学園祭の準備 3
今日は休日。私は朝から髪をセットされている。
「サラ、私いつも通りの髪型でいいんだけど」
「駄目です。領地ではヴィンセント様がいらっしゃる日に可愛い格好をしていた、と奥様から聞きました。これから私もそうさせていただきます」
「ええっ」
ヴィンスとダンスのレッスンをする為、自分で髪を束ねようとしたらサラに止められてしまった。そして、いつも私の希望を聞いてくれるサラが今日は聞いてくれない。
領地で私がしていた格好を、お母様から聞いたサラは『私もずっとお嬢様を着飾りたかった』と言っていたらしく、今私の髪を整えながら嬉しそうにしている。
「今日はレッスンで動き回っても邪魔にならない様にアップスタイルにしてみました」
「ありがとうサラ」
私には絶対に出来ないであろう可愛い髪型にしてくれた。私もお洒落をする事に、段々と抵抗が無くなってきている。
「ふふっこの髪型だとヴィンセント様から戴いたピアスも映えますね」
「うん、そうね」
ヴィンスの名前を出されて恥ずかしくなる事も少なくなってきた。この調子でダンスにも挑みたい。
「ヴィンス、今日はよろしくね」
「ああ、よろしく。俺も踊るのは久しぶりだからニーナとレッスン出来て嬉しいよ。それと今日も可愛いね」
「っありがとうございます……」
この、挨拶に褒め言葉を入れ込んでくるのは…まだ慣れない。
「ヴィンスは普段パーティーで踊ってるの?」
遠回しに誰かと踊ったりしていないのか聞いてみる。社交として色んな人と踊るのは仕方が無い事だけれど、これで肯定されたらちょっとへこんでしまうかもしれない。
「誘われたりはするけど、俺は踊らないな。母親の練習に付き合って踊るくらいで」
「そうなんだ」
誘われたりはする、というのは引っ掛かる。でもほっとした。これならこの後のレッスンにも響くことは無い。
「安心した?」
「っ!」
探っていたのがバレていた。やっぱりヴィンスには敵わない。
「……うん、安心しました」
正直にそう答えたら「この後レッスンじゃなくてデートしたくなったな」と言われてしまった。
「基本のステップのお手本を私とヴィンセントさんがするので見ていてください」
「はい」
先生が女役でワルツを軽快なステップを見せてくれる。因みに先生は男性だ。
基本のステップはニーナも少ししていたので、ゆっくりだったら私もいけそうだ。
「こんな感じで。じゃあ、次は2人で組んでみましょうか」
「えっもう、ですか?」
「実践して体で覚えた方が早いんですよ。はい、向かい合って」
ヴィンスと手を繋ぐ。向かい合って目が合うと、それだけでドキドキしてしまう。
「ニーナさんからもっと近づいて」
「はい」
思ったより近い距離だ。ヴィンスの右手が私の背中に添えられる。今日は動きやすいように、とシンプルな薄地のワンピースにしたのは失敗だった。
(……ヴィンスの体温が伝わる)
意識しない様にと思うと逆に意識してガチガチになってしまう。この状態で踊ったらヴィンスにも迷惑をかけてしまいそうだ。
「ニーナさん意識し過ぎ!そんな格好で踊ると恥ずかしいですよ!もっと背筋を伸ばして」
「はいっ」
「ニーナ、足踏んでも滅茶苦茶でもいいよ。楽しんで」
「えっ」
「じゃあ始めますよ。1、2、3、1、2、3……」
先生の掛け声に合わせてステップを踏む。
ヴィンスの『楽しんで』の言葉が心を軽くしてくれたのか、足がイメージ通りに動いてくれる。ヴィンスのリードも踊りやすい。
(わっ思ったり踊れる)
くるっと室内を一周出来てしまった。
「ニーナ踊れてるね」
「うん、楽しいっ」
「いいですね。ダンスは周りにアピールするのも大事ですが、何より自分自身が楽しく踊ることが前提です。基本は踊れそうなので、そのまま何周か続けて踊りましょう」
クルクル踊って、他のステップも教わって、午前中はみっちりダンスレッスンを行った。
途中何回かヴィンスの足を踏んだり蹴ったりしてしまい、痛い筈なのにそんな素振りもせず「大丈夫だよ」と言ってくれた。優しすぎる。
「次のレッスンは一週間後ですね。今日やったステップは毎日練習しておいてくださいね」
「はいっありがとうございました」
「ありがとうございました」
先生を見送り、ヴィンスに向き直る。
「ヴィンスもありがとう。ヴィンスのお陰で楽しくて、あっという間にレッスンが終わっちゃった」
「俺も楽しかったよ。ありがとうニーナ」
そう言って私の手を取り手の甲に口付けようとする。
「ちょっ、と待って」
「なに?」
止められてヴィンスは不満そうだ。けど、レッスンが終わったばかりの今の私は、頭の上から足の先まで汗だくなのだ。
「汗かいてるから…」
「ニーナのは気にならないよ」
「っ私は気になるから駄目です!」
「残念」と言われたけれど、そこら辺のヴィンスの感覚はよく分からない…
お互い着替えてテラスで昼食を取った後、私の部屋で勉強をする事になった。
夏期休暇中に宿題は出なかったが、この週明けにある実力テストで一定点数が取れなければ大量の課題が出るという。恐ろしい。
「ニーナの部屋に入るの初めてだな」
「そういえばそうだね」
ガチャっと部屋のドアを開けて中に入る。
「……イメージに無かった。大人っぽい雰囲気だね」
「……そうよね」
ニーナが使っていた頃のままなのだ。広い部屋に必要なものだけを置いてあり、色はシックで大人っぽい。
ヴィンスが言いたい事も分かる。私はシックな色より明るい色合いの方が好きで、一緒に買い物へ行くとそういう色の物ばかり見ていたから。
「ここのテーブルで一緒にしよう」
広めのテーブルに教科書やペンケースを置いて振り返ると、ヴィンスは少し離れた私の机の前にいた。
「ヴィンス?何かあった?」
「飾ってくれてるんだ」
「あっ」
殺風景な机の上に一輪、薔薇を飾っている。花を貰った事もこれが初めてなので凄く嬉しかった。ペーパーフラワーなので枯れる事もないのがいい。
「綺麗で気に入ってるの。この部屋は何も無いけどこのスペースは好きなんだ」
「気に入って貰えてよかった。でも一輪じゃ寂しいな」
そう言って自分のノートを1枚破ると魔法を掛けた。シュルシュルと形を変えて薔薇の花へと変身させるその魔法は、何回見ても感動しかない。
「わあっすごいね!」
「……どうぞ」
「ありがとう!」
貰った薔薇を同じ花瓶へとさす。一輪でも綺麗だったけど、二輪になると一輪だった花が喜んでいるように見える。私も嬉しくて、1人顔が緩んでしまう。
「そんなに喜んでくれるなら、これから会える日は一輪ずつ贈らせて貰おうかな」
「えっ」
「要らない?」
「ううん、凄く嬉しい。でも貰ってばかりで私は何も返せてないから」
ピアスもこの前貰ったばかりだし、私は貰った分をヴィンスに返せていない。
「気にする事ないけど、気になるなら…お返しに歌を聴かせてほしいな」
ヴィンスは机の上にあった楽譜をトンッと指差した。ウィルくんから借りている楽譜だ。お返しに歌を……少し照れるけど人前で歌うのに慣れる為にも、聴いてもらうのはいいかもしれない。
「うん、じゃあ勉強の後で歌うね」
「ははっ偉いねニーナ。じゃあ勉強の後のお楽しみにとっておくよ」
そんな勿体ぶるような歌声ではないのにハードルを上げてしまった。多少後悔しつつ、勉強に励む事にした。




