一夜明けて
(………朝)
少しは寝たような寝てないような、昨日の出来事で胸がいっぱいになり過ぎて夢心地のまま朝を迎えてしまった。
『ずっと俺の側にいて』
頭の中で反芻しては身悶える。言葉通りであればこれからずっとヴィンスと一緒にいていいのだ。
侯爵家は私の魔力が乏しくてもいいのかなとか問題もあるけれど、今は頭の中がそれどころではない。
(幸せすぎてどうにかなってしまいそう)
「サリーおはよう」
サリーはもちろん通常運転で、挨拶すると擦り寄って来てくれて今日も癒される。しばらく何も考えないようにお世話に勤しむ事に決める。
まあ、私がそう決めるといつも思い通りにはならない訳で
「ニーナおはよう」
「おはようございますお兄…様……」
少し遅れてきたお兄様に振り向きながら挨拶をすると、お兄様と一緒にヴィンスも来ていた。
「おはようニーナ」
「……おはようヴィンス」
昨夜ぶりのヴィンスはいつにも増して格好良くて直視出来ない。一緒に見た星空のようにキラキラ輝いて見える。
少し冷静さを取り戻す時間が欲しかったけど、会えたら会えたで嬉しい。
「俺もサリー達のお世話したくてお兄さんにお願いしたんだ」
「そうなんだ」
(よかった…思ったより普通に話せるかも)
「ニーナ、目の下にクマができてる……眠れなかった?」
「っ!」
心臓がドキンと跳ねる。私の頬をヴィンスが手の平で覆い、目元を親指で触られて、私だけ時間が止まった様に体が硬直する。
「大丈夫、ちょっと眠れなかっただけ…」
精一杯普通を装って返事をすると、くいくいとサリーに背中を押された。
「サリー?どうしたの?」
声を掛けるとヴィンスと私の間に入って、私に擦り寄ってきて離れない。後ろからくくっと笑う声が聞こえる。お兄様だ。
「サリーはやきもちを妬いているんだよ。2人が仲良くしているからニーナを取られると思っているんじゃないかな」
「えっ」
「餌をあげたら少し落ち着くと思うよ。持ってくるからちょっと待ってて」
(お兄様やサリーにも仲良くしていると思われてる)
サリーはともかくお兄様にそう思われているのが無性に恥ずかしくて仕方ない。ヴィンスは気にも留めていなさそうなので、この世界ではこれが普通なのかそれとも私が気にし過ぎているのか。
ヴィンスは「サリー」と声をかけながら近づいて顔を撫でる。
「サリーは男の子?」
「ううん女の子だよ」
「そう…」
今のやり取りは何だったんだろう。
「男の子だと何だったの?」
「いや…男の子だったら俺もやきもちを妬くとこだったなぁって思って、女の子でよかったよ」
「!」
「サリーもニーナが好きなんだな」
(サリーもって……)
ヴィンスの一つ一つの言動に悶絶してしまいそうになる。せっかく昨日ヴィンスと想いが通じ合ったのに、私は今日という日を生き延びられるのか分からない。
サリーの体に顔をうずめて呼吸を整える。
「ニーナ?」
「……私はまだこの世界を堪能したいので…お手柔らかにお願いします」
「ははっニーナ面白いね」
面白い事は何一つ言っていないけど笑ってもらえて笑顔が見られるなら本望だ。
サリーはヴィンスに撫でてもらったからか、優しい人間だと分かったからか少し落ち着きを取り戻していた。私もサリーを見習わなくては。
お兄様も戻ってきて、サリー達のお世話を会えた後も午前中は殆どを3人で過ごした。昨日の今日で先程みたいに2人きりになるのは耐えられなくなりそうなので、お兄様がいてくれて本当によかったと思った。
あっという間に昼過ぎになり、王都へ戻る為荷造りをしているヴィンスのいる客室へと向かう。
「もう帰らなきゃいけないんだね」
「あっという間だったな。また暫く会えないと思うと寂しいな」
「……うん」
暫く会えなくて寂しいと思うのは本当、けど一方でまだどう接していいか分からなくてほっとする気持ちも半分ある。
「ニーナ、俺とどう接していいか分からないって顔に書いてあるよ」
「う、えっ!……そんなこと…」
気持ちを見透かされて変な声が出てしまった。確かに今日は朝から意識しすぎてまともに目を合わせていないし、話も出来ていない。
「あるかもしれない……」
「……正直だね」
そう言いながら、ヴィンスは私の髪を手で梳いて耳にかける。触られてピクっと身を動かし緊張する私の反応を楽しむ様に今度は頬を包んで上を向かせられ、私はヴィンスと視線が合ってしまった。
「ニーナが好きだよ」
「〜〜っ!」
昨日とは異なり直接的な告白を受け、かあっと顔が熱くなる。まさか今この場で告白されるとは思っていなかった。何だか足は震えるし、どうしていいのか分からなくて昨日とは違う意味の涙が出そうになる。
「ははっ」
心の中で悲鳴を上げている私とは対照的に、ヴィンスはすごく楽しそうだ。
「ごめん、俺凄く浮かれていると思う。本当はニーナに会いに来ようか迷ってたんだけど、無理をしてでも来てよかった」
ヴィンスがここに来たのは他に用事があるのでは無く、私に会いにくる為だった。その言葉も会いに来てくれたことも嬉しくて堪らないのに、緊張して話せないなんて情けない。
ほっとする気持ちが半分あると言うのは前言撤回。ヴィンスが帰ってしまうのが寂しい。私が王都に帰るまであと10日ほど会えないのを我慢しなくてはいけない。
思わずヴィンスの肩にぽすっと頭を寄せて、温もりをもらう。今はここにいるのだという事を感じていたい。
「……来てくれてありがとう。嬉しかった……」
ヴィンスは私に伝えてくれたのだ。私も勇気を出さなくては。
「……私もヴィンスが好き…」
震える声で何とか振り絞って伝える、と同時にヴィンスの肩に預けていた頭がぎゅっと優しく包み込まれた。
ありがとう、と小さく囁くヴィンスの声も少し震えていてそれさえも心地良かった。
2人で無言のまましばらくそうして、ずっとこのままでいたかったけど時間には限りがあるわけで。
「ニーナ、そろそろいくね。帰ってきたら教えて」
「うん。帰ったら連絡するね」
玄関へと向かい、馬車に乗るヴィンスをフローレス家総出で見送る。
「ヴィンセントくんまた来てね」
「ご両親によろしく」
「はい、お世話になりました」
「ニーナ、またね」
「うん、また……気をつけてね」
動き出した馬車を姿が見えなくなるまで見送ると、隣に立っていたお兄様が口を開いた。
「ヴィンセントくんいい子だね」
「…うん」
「父様がランフォード侯爵家という肩書きにつられて婚約を結ばせたと思ってたから…変な奴だったら父様の代わりに『妹はやれん』て言うつもりだったんだけどな」
「ふふっちょっと聞いてみたかったです」
どうやらお兄様から私の婚約者として了承が得られたみたいでよかった。
私の方が相手からお断りされそうな気もするけれど、格上の家を相手にそう言ってのけるお兄様が格好良い。
私も彼の婚約者として恥じない様に成長したい。
そして、これから先ずっと一緒にいたい――




