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忘れられない日

 ふかふかなベッドで眠っているのとは違う、けれど心地が良く幸せな気持ちで目が覚める。まだこのままこうして微睡んでいたい。


 ヴィンスと出会って、誰かと手を繋ぐ事はくすぐったくて温かな気持ちになる事を知った。今もまた繋いでいる手から温もりを貰える。


 (…………手?………誰の……)


 心地良さに抗うようゆっくりと目を開けると、同じく目を覚ましたばかりの様子のヴィンスが映る。


 「きゃっ!」

 「なっ!?」


 私が繋いでいる手はヴィンスの手だった。しかも繋いでいるというより私が両手でがっちり掴んでいる。


 慌てて手を離しがばっと起き上がると、ヴィンスも同じタイミングで起き上がった。


 「っごめん!私いつの間にか一緒になって眠ってしまったみたい……」

 「………」


 ヴィンスは無言のまま動かない。寝ている間に私に手を握られていたのだ。ヴィンスからしたら寝込みを襲われてびっくりしたに違いない。


 「あの…怒ってる?」

 「…怒ってないよ。何が起きたのか分からなくて頭の中で整理してた。」


 怒ってはいなさそうでほっとする。寝起きでまだ頭が働かなかったのかもしれない。少しぼーっとしているヴィンスも貴重でそんな彼を見られて嬉しい。


 ヴィンスは手の平を開いたり閉じたりしてそれを眺めている。


 「ニーナと手を繋いでたからか」

 「?」

 「良い夢を見てた気がする」


 またそんな事を言われて戸惑ってしまう。私と手を繋いで良い夢を見られるなら、いつでもこの手を貸してあげたいところだ。


 ヴィンスは「んーっよく寝た」と伸びを1つすると履き物を脱ぎ裸足になった。


 「ヴィンス?」

 「川に入ろうと思って。ニーナもどう?」


 そう言うと川にザブザブと入っていく。少し汗ばむ気候で川に入ったら気持ち良さそうだ。頭もすっきりするに違いない。


 「ヴィンス!私も入る」

 「えっ本当に?」


 今日のこの格好で入ろうと思う令嬢は私くらいだろう。そもそも川遊びをしないかもしれない。でも私は普通の令嬢では無いからいいかな、と靴を脱いだ。


 ザブッと川へ入ると少し冷たいくらいで頭が冴え渡る。水位も膝上辺りでワンピースの裾が少し浮くが問題ない。誰も居て無かったら全部浸かって泳いでしまいたいくらいだ。


 「気持ちいいね」


 まさか本当に入ると思わなかったのか、驚愕しているヴィンスを見ると少し楽しくなってイタズラをしたくなる。ヴィンスの顔目がけて手で掬った水をかけた。


 「わっニーナ!」

 「ふふっ冷たくて頭も冴えるね」

 「…そうだね」


 パシャっとヴィンスも悪戯っ子のような顔で水を返してきた。顔にかかる水が気持ち良い。いつの間にか水の掛け合いが始まる。


 お互いに濡れた髪と顔を見合わせて笑いが込み上げる。


 「ははっこんな事するのいつぶりだろう」

 「ふふっ本当……2人共びしょ濡れだね」


 このまま帰ったら着飾ってくれた侍女の皆が絶句しそうだ。いや、怒られるかもしれない。


 「そろそろ上がろうか」


 先に陸へ上がったヴィンスが手を差し伸べてくれる。その手を取って陸へ上がるとそのまま乾かす魔法を掛けてくれた。フワッと温かい空気が身体を抜けて、2人共一瞬で元通りになる。


 「わっありがとう!」


 (あっこのシチュエーションは……)


 「あの時みたいだな」


 ヴィンスも同じ事を思っていた。初めて学園でヴィンスに会った時も、びしょ濡れになっていた私に魔法を掛けて乾かしてくれた。


 「うん、あの時みたいだね」


 あの出会いが無ければこんなに仲良くなっていなかっただろう。


 「あの時ヴィンスに会えてよかった」


 真っ直ぐに見つめてそう言うと、ヴィンスは驚いた表情で口に手を当てる。


 (あっ照れてるのかな)


 あの時よりもヴィンスの考えている事が少しは分かってきたと思う。


 「俺も、ニーナに会えてよかった…」


 ヴィンスからも嬉しい言葉を貰えて、この幸せな時間のまま時が止まってほしいと思ってしまった。




―――――




 帰ってからは私にとってのメインイベントが待ち構えていた。


 「あの、このままでいいんだけど」


 川で遊んで帰ってきたのはバレなかった。けど、髪の毛が所々ほつれ服も皺々になっていた為に着替えをさせられそうになっている。


 「駄目です。お嬢様の大事な方もいらっしゃっているのだから綺麗な装いを心掛けてください」


 お母様にも怒られた事が無いのに…なんて言ってみたりして。侍女の皆さんは私を着飾る事にウキウキしている。


 普段女の子のお世話に飢えていて、たまに来る私を着せ替え人形のように楽しんでいるのではないかなと思う。


 1番華やかなワンピースは既に着てしまった為、クラシカルなワンピースを用意される。ウエストで切り替えになっていてくすみピンクの光沢のある生地がとても上品だ。髪型も先程とは違い後ろで1つに編み込んでくれた。


 「とてもお似合いです」

 「ありがとう」


 褒められて私もまんざらでも無い。今からお父様とヴィンスを交えた晩餐があるのだ。気分を上げて晩餐会に挑みたい。




 そんな気合いを入れて挑んだ晩餐だけれども、今のところ私にとって平和な時間が流れていた。


 主に何処の貴族が力をつけてきたとか、何処そこの領地の特産物はこれから流行るとか、そんな話題ばかり。私にはさっぱり分からないので相槌だけ打っておく。ヴィンスは社交の場に出ているだけあって話の幅が豊富だ。


 お父様もお兄様もヴィンスと話すのが楽しそうで、私も緊張がほぐれほっとする。


 食事も終わりという頃にお酒も程良く入っているであろうお父様がしんみりとして言った。


 「ニーナをよろしく頼むよ」


 まるで娘を嫁に出す時に言う台詞のようだ。不覚にもお父様のその様子に私までしんみりと切ない気分になってしまう。


 ただ言われたヴィンスは困っているだろう。まだ嫁に貰う訳でも無いし婚約解消するかもしれないのに。なのに――


 「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 誠実な返事をしてくれる。お父様もその返事に満足そうで…それが本当で無かったとしても、私には忘れられない一日になってしまうくらい印象に残る出来事だった。


 

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