先輩と水族館デート
水族館で美少女とデートするのは僕の夢であった。
青く幻想的な空間に美しい魚たちと、僕と先輩。
少し後ろを歩いて先輩がどんな表情をしているのか想像しながら歩幅を合わせる。
先輩の振る右手が何度か僕の左手とこすれ合って、その度に(次に当たったら、手を繋ぐ)なんて思う。
……そんなイメージトレーニングも儚く、先輩はただただ水を抜かれた水槽を凝視し続けていた。
先程起きた殺人事件の現場である。
普通ならば立ち入り禁止なのだろうが、犯人が逮捕済みということで普通に開園された。
といってももちろん客はまったくいない。
予定通り水族館に入れたのは嬉しいが、先輩がぶつぶつと「なるほど、あそこに紐を」「でも、なんでこんな人の目に留まるような」「つまり犯人は」などと犯行方法、動機、犯人と被害者の関係をつらつらと言っていく。
水槽の中には遺体も証拠もほとんど残っていないにも関わらず。
「はぁ、まだ不完全燃焼だけど少しは満足したかな。だけどもうこの事件も他の探偵の手柄なんだよね。本当に情けないなぁ、師匠に言われた言葉を思い出すよ」
「『探偵は山ほど居るから事件をものにする早さが重要。どこの世界でも早い者勝ちだ』ですね」
「そ。師匠が掲げる『名探偵の条件』。私にはどうやらないらしい……彼女が居なくなってから私は一度も事件に関われていないからね」
「なら探偵業から足を洗いますか」
「確かに。そうなったら悠木クンと関わる理由がなくなって開放されるね」
「残念でした。僕は先輩のことが大好きなんでどんなことがあっても隣にいますよ。恋する少年の粘着質をなめないでもらいましょうか」
先輩は大人っぽく呆れたように小さく笑う。
事件現場である水槽から離れて僕の前に出て歩き出した。
「でも師匠はこうも言っていた『君には才能があるのだから名探偵になる義務がある』って。だから独り立ちの探偵にならないと。もちろん隣にいるのは相棒の悠木クンだよ」
彼女にとっての僕は高校の後輩でも、自分に片想いしている男の子でもない。
どんな探偵にも相棒が存在する。
ホームズにとってのワトスン。バットマンにとってのロビン。杉下右京にとっての亀山薫。
つまり僕はそれなのだ。
嬉しくもあり、少し複雑な気持ち。
「さ、少しの間だけ君のわがままに付き合ってあげる」
「つまり水族館デートをして下さると」
「うん、その水族館デートってやつさ」
先輩の魚知識を聞かされながら水族館を回った。
デートというよりも魚類の勉強会である。
けれど先輩が楽しそうだから良しとしよう。
例え僕が裏で行っていることがただのわがままだったとしても。
先輩には普通の女の子として生きて欲しい。
その為にも『死神』は僕がなんとかしてみせる。




