五話 魔導士は勇者を迎えに行く
「アレクー」
「はーい」
娘をアレクと呼ぶことにも慣れてきた春、田舎には不釣り合いな馬車がガタガタと思いっきり揺れながらこちらに向かっていた。
「なんだか最近、珍しい鳥とか動物がよく来るねえ」
いつものように『なんでも斬れる』という剣で仕留め、さらに細切れにしていく娘の横で母親が首を傾げながらも籠に入れていく。
今日の獲物はでっぷりと肥えているから「肉だ!ステーキだ!いやっほーぅ!」と剣を向けたのに。
中身は太い骨だけで、肉はほんのちょっとしかついていないハズレ肉だった。
「んんっ!?でもこれすっごく濃厚!」
「豚骨より出汁が出るね。それなら骨と一緒にスープを並べれば売れるかな?」
「母さん、ラーメンにしよう、ラーメン」
「賛成ー!」
グツグツと煮込んだいい香りを漂わせた家の前に馬車が止まり、腰や肩につけていた豪奢な装飾がシャランと揺れた。
手には魔法が使える者の証であるゴツイ杖、その両手にも指の数以上に指輪が並べるようにつけられている。
「おかーさん、チャーシューチャーシュー!」
「うるさいよ、アレク。麺がまだ茹で上がってないだろうが」
「……アレク?」
慌てて書き付けた手元のメモを見返して首を傾げる魔導士の目の前に、髪を一つにまとめた少年が扉から飛び出してきた。
「じゃあネギ採ってくるねー……うん?」
彼は言う、「あれはかなり焦った」と。
彼女は言う、「面倒くさいのが来たなと思ったら面倒くさかった」と。
使い込まれた二本の剣を背中に差し、こちらを見つめる金の瞳が魔王と同じものだと知っている人はどのくらいいるのだろうか。
一目でこれが魔王の言う勇者だと気付いた大魔導士 レインは、被っていたきらびやかな装飾の施されたローブを外してにこやかに微笑んだ。
「やっとお会いできましたね、勇者 アリア」
「人違いです」
「は?」
固まるレインをそのままに、ものすごーく鬱陶しい不審者を見るような視線を向けた少年は、家の中に声を掛けたらそのまま畑へと向かっていってしまった。
「おかーさん、ネギは一本でいいよね」
「いいよ」
「はーい」
「早く、アレク!」という父親の声に急かされて、とっととこの国一番の大魔導士に背中を向ける。
「はっ……。いやいや、ちょっと待って!君は女の子でしょ?魔王から声を掛けられたことがあるでしょ!?」
畑までついてきた魔導士に、さらにうさんくさそうな視線を無言で向けるだけの少年。
「そんな目で見ないでくれ。ほら、全身で魔法が使える魔導士だってことがわかるだろう?君と一緒に魔王を倒しに行く者だ」
「……」
「うわぁ、コイツ頭大丈夫かよ」という視線を向けた少年は、ネギを一本手にしたらとっとと家の中に戻っていった。
バタン ガチャ
「おかーさーん、変な人がいるー」
「食べられるの?」
「ううん、人間ぽいから食べたくない。マズそうだし」
「じゃあ無視でいいんじゃない」
「はーい」
「ラーメンラーメン」とウキウキする声にかき消され、大魔導士 レインは無視されることとなった。
「こらああぁっ!」
ドンッと鍵を掛けられた戸を蹴った魔導士は、そのままドンドンと拳で叩いて叫び出した。
「魔導士だって言ってんだろ!?食うってなんだよ!そもそもマズいとは失礼だぞ!魔物の間では力のある魔導士を取り込むとパワーアップできるって評判なんだからな!?」
トンチンカンなことを叫びながら戸を叩き、自分をパワーアイテムだと叫ぶ変な人。
「……どうしよっか」
「どうもこうも鬱陶しいのが来ちゃったみたいだね」
「それで追い出しな、アレク」
「はーい」
ドンドンと周りに家がないのをいいことに、叩きながら叫ぶ変な人を追い返そうと、先ほどの少年が鍵を開けて出てきた。
……剣を抜きながら。
「ラーメン伸びるからサクッと斬るね」
「なんて!?」
彼は言った、「いつでも食えるラーメンより魔導士のほうが貴重だろーがっ!」と。
彼女も言った、「麺作るの面倒だからなかなか食べられなくて、焼き肉よりラーメンのほうが貴重なんだ」と。
「……いや、ラーメンはもういい!!」
「なんだこれ!?」と杖を地面に打ち付けて、少年に向かって魔法を放つ。
「探索魔法でも君が女の子ってことはわかってるんだ。それに背中の剣は『勇者にしか扱えない伝説の剣』ではないか」
「まったく、手間をかけさせやがって」と息を吐いた魔導士の目の前に少年はもういない。
「あれ!?」
「ほら、おかーさん。やっぱりわたしが勇者なんだって」
「面倒くさいから寝言は寝て言えって言っただろ?」
「でもあのオジサンが」
「誰がオジサンだ!俺はまだ十代だ!!」
聞き捨てならないことを言われて食って掛かる魔導士に、じいっと見つめる三人の瞳。
「その眉間のシワは三十代でしょ」
「若作りなだけじゃないかい?」
「どっちにしても変な人」
ズルズルーッとラーメンをすすりながら失礼なことを次々と言う親子。
「ラーメンはもういいっ!!!」




