三十六話 魔導士は魔王を封印をする
「レイン、起きてー」
「んん……」
ぺちぺちと顔を叩きながら勇者が魔導士を起こしに掛かるが、ちっとも目覚める気配がない。
「代わります。起きろっ」
「いでぇっ!?」
バシッと手馴れた調子で団長が叩いて目を覚ました魔導士と一緒に、魔王の待つ部屋へと朝食を食べに向かった。
「その格好でいいのかよ」
叩かれた頬をさすりながら、”アリア”の姿のまま向かおうとする勇者に魔導士が突っ込んだ。
「うん、いいの」
「まあもうすぐ封印されるしな」
じゃあいいかと特に気にしなかった魔導士は、さらに人間に近い姿になっていた魔王を見て首を傾げた。
「ああ、その格好のほうが食べやすいんですね」
魔王の姿を見ていない魔導士は、会話だけで本来の姿がわからないので爪とか角とかが邪魔なんだなと勝手に納得した。
【そういうわけではないが】
それでも「食べ終わってからでいいか」と、街で買い込んだ食事が並べられているテーブルについていった。
魔王のいる城で魔物が外を囲っている状況で普通に食事をしていく勇者一行に突っ込む人は誰もいないので、むしゃむしゃとひたすら食べ続ける魔導士を見ながら朝食を口に運んでいた。
【こっちは結構食うな】
「移動魔法を使うと異様にお腹が減るんだって」
【ふぅん】
”アリア”の姿で食べていく勇者と普通に会話をしている魔王にも不思議な顔をしないで、ただひたすら普通の食事をありがたく食べていく魔導士はやっと落ち着いた。
「はあ……食べた」
半月分の道のりを一気に飛んだことも今ではいい経験になったと、晴れやかな笑顔を浮かべている魔導士に改めて魔王が向き直る。
【それで、大魔導士 レインよ】
「すでに懐かしい呼び方ですね」
「フツーでいいですから」と手をパタパタと振って本題に入ることにした。
「魔王を封印しないっていうのは、すでに今の民衆には通用しませんよ」
城に飛ぶ前に勇者と団長には話しておいたことを、改めて伝える魔導士の言葉に魔王は頷いた。
【それは聞いたし納得もしている】
自分から声を掛けて頼んだのだ。オレを倒せと。
「それなんだけど、レインて他にどういう魔法が使えるの?」
はいっと手を挙げた勇者の不思議な問いかけに、少し考えながらも答えていった。
「大体の魔法は使えると言えるだろう。詠唱を言わなくても使えるのは中級までで、それ以上は長ったらしい詠唱が必要になるが……」
古代魔法にも精通していることから大魔導士と呼ばれるのだと自分で言っていく魔導士の言葉に頷いて、今度は別なことを訊いてみた。
「じゃあさ、こことは違う世界に送るとかは?」
「んあっ!?」
【もしくは同じ世界の先の未来に、だな】
「そ、れは……」
魔王を封印したら魔物をどこか別な場所へ飛ばそうかと言ったことはある。
けれど魔王と勇者が言っていることは、魔導士が考えていた方法と近いが全然違う魔法だ。
禁術中の禁術の一つ。
さらに言うなら膨大な魔力も必要で、いまだに達成したものはいないと言われている、魔法を使う者なら憧れている大魔法だ。
「つまり、転生するということか?」
ここではない別な世界に。もしくは同じ世界でも、かなり先の未来へと生まれ変わる魔法。
禁術扱いになっているのは、飛ばした先の世界でどんな影響を生むのかわからないからで。
何年か後の同じ世界に転生できたとしても、波長の合った者に乗り移ることによって生まれ変わるという魔法だ。
つまりこれから産まれようとしていた、誰かの人生を丸ごといただくことになるのだ。
禁止されていなくとも、誰も使おうとはしない最大の理由がそれだった。
「……できないとは言わないが、できればやりたくない」
今よりもいい状況になる保証も何もないことに、責任など持てないという魔導士の言葉にも頷いた勇者と魔王だったが、そもそもこんな話になった根本的な問題を言っていなかったことに気が付いた。
「でもさあ、レイン。わたし、この人にプロポーズしちゃったんだよね」
「んあっ!?」
ケロッと言う勇者が指差したこの人にゆっくりと顔を動かして視線を合わせた魔導士に向かって、その人は金の瞳を細めてニコリと微笑んだ。
【お前には言っただろう?】
「マジか……」
お揃いの金の瞳を魔導士に向けた勇者と魔王は、「だからなんとかならない?」と固まった魔導士に尋ねていった。
「魔王が人型になるのは五日ほどしか保たないんでしょ?それじゃあわたしの実家に連れて行けないじゃない?」
あくまでも婿として魔王を家に連れて帰ろうとする勇者に魔導士は顔を引きつらせるしかない。
【しかしオレだけ封印されたら、男として旅に出た勇者をそのままにしてはおけないではないか】
さらにこのまま城へ戻れても、前と同じ生活に戻れるとは思えない勇者は魔王が人間になれても無理だろうと話していく。
だから一緒に転生できたらいいんじゃないというのが、朝食の時間までに話し合った勇者と魔王の結論だった。
「魔王と勇者が、ですか……」
突然のことでポカンと聞いていただけの団長だったが、ある意味お似合いだったかと妙に納得してしまった。
「どう、レイン?わたしはお城に戻ったらお嫁さんを迎えなくちゃいけないのは困るんだよね」
「あ、ああ。そうだな、その可能性は高いな」
そもそも勇者を野放しにしておくほうが危ないのだから、手の届く範囲に置いておきたいと思うほうが普通だろう。
「ずっと支配していた魔王をアッサリ封印することも、しばらくは疑問も持たれないだろうけどやっぱり無理が出ると思うんだよね。だから勇者が封印した魔王が外に出れないように、一緒に封印されたってことにしたほうが楽かなあと思ったんだけど」
「……」
勇者を見た人なら第二の魔王になる可能性も担ごうと考えるヤツも出てこないとは魔王に言った。
しかし本人を見ていない人のほうが多いし、何より男として行った勇者を別な意味で狙う輩が出てこないとは限らない。
さらに言うなら、一年未満で魔王を封印できた勇者を葬ろうとする動きも出てくるだろうと容易に想像できて魔導士は頭を抱えてしまった。
それは魔導士の考えうる中で一番面倒くさくて巻き込まれそうな嫌な事態だということも同時に気が付いた。
「……いいだろう。国一番の大魔導士に任せろ」
啖呵を切ったレインは言った先から後悔していた。
誰も使ったことのない禁術中の禁術魔法なんて、一体どのくらいの魔力が必要なのかと。




