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門番、魔王軍と交渉する〜ハズレジョブでも、話を聞く奴が世界を動かす〜  作者: ハル
門番、世界と話す

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295/315

第295話「門番という答え」

---


カイルが一歩踏み出した瞬間、俺は止めなかった。


ゴブが隣で小さく息をのんだ。来た者が、静かに半歩引いて場所を空ける。カイルが判定者の光の前に立つ——白く、冷たく、千年間ただ分類だけを繰り返してきた光の前に。


「俺が話す」


その声は、固かった。緊張ではない。腹を決めた人間の声だ、と俺は思った。


判定者の光が、かすかに揺れた。


「……入力を、受け取る」


「そうか」


カイルは一瞬、目を閉じた。それからゆっくりと、口を開いた。



 



「俺は、こいつを見下していた」


断言から始まった。


カイルが顎でしゃくった先にいるのが俺だとわかって、ゴブが「おい」という顔をした。でも俺は止めなかった。カイルが語ろうとしていることの核心が、そこにあるからだ。


「ジョブ判定の日、俺は「剣士」Aランク候補だった。こいつは——門番。ランク外。俺は正直、それを聞いて「こいつは終わったな」と思った。あんたの判定が正しいと、俺も疑わなかった。世界中の誰もがそう信じていたように」


判定者の光が、静止する。


「……その個体を、「ランク外」と判定した記録がある」


「そうだろう。俺もそれを当たり前だと思っていた。ランク外とはつまり——「何にもなれない奴」だと、そう思っていた」


カイルは続ける。声が、静かで、でも確かに通った。


「でも、こいつは門を開けた。誰も来ないと言われていた墓場の門に一人で立って——ゴブリンが叩いた扉を、開けた。俺だったら開けなかった。絶対に開けなかった。なぜかはわからない。でもそのことがずっと、頭から離れなかった」


判定者は何も言わない。カイルの声が続く。


「第四迷宮に一人で派遣されたとき、俺は失敗した。正確に言うと——聞かなかった。先に結論を出して、相手の話を聞かなかった。そのせいで交渉は壊れかけた」


「……聞かなかったから、失敗した」


「そうだ。こいつに怒鳴り込んだ。「なぜお前はあの場で引けたんだ、お前は何者だ」って。そしたらこいつは——茶を出して、まず座れって言った」


俺には覚えがある。カイルが門番小屋に怒鳴り込んできたあの夜のことを。外は暗くて、茶葉が少し古くて、でも俺にはそれしかなかった。


「俺はその後、二代目調停者になった。何十回も交渉した。今でも毎回——「まあ、聞いてから判断しよう」って頭の中で言ってから始める」


カイルがそれを言ったとき、俺は思わず顔を向けた。


カイルは俺を見ていなかった。判定者の光を、真正面から見据えていた。


「あんたは「門番=ランク外=底」って判定した。俺も最初は、まったく同じ判定をした。でも——俺を変えたのは、その「底」にいた人間だった」


短い沈黙が落ちた。


「それだけだ。言いたかったのは、それだけだ」


カイルが半歩引いた。


判定者の光は、長い間揺れなかった。



 



ゴブがそっとカイルの腕を叩いた。ゴブにしては珍しい、気遣いの仕草だった。


「……よかった」


「何が」


「言えてよかった。俺が勝手にそう思っただけだ。気にするな」


カイルは何も返さなかったが、俺から見えた耳の先が、かすかに赤くなっていた。


俺は判定者を見ていた。


光は揺れていない。処理が止まっているのか、何かを考えているのか——外からは何もわからない。ただ白く、静かに在るだけだ。


空腹だった。


いつからここにいるのかも、もはっきりしない。時間の感覚が、この空間には薄い。足の裏から伝わってくる硬い床の感触だけが、俺がまだ地上の生き物だと教えてくれる。


来た者が、俺の隣に立った。


「……判定者が、動いた」


静寂の中に、声が落ちた。


判定者の声だった。でも、いつもと違う——どこか、遠くを眺めているような響きだ。


「動いた、というのは」


来た者が問う。俺は黙って聞いていた。


「……自発的に、走査を開始した。対象——ジョブ「門番」。再分析モードに移行」


俺は一拍、頭が空白になった。


「俺のジョブを、もう一度見直すということか」


「……そうだ」



 



白い光が、ゆっくりと俺へ集まってきた。


痛みはない。ただ——見られている、という感触がある。全部をひっくり返されるような、分類される感覚。かつて十七歳の俺がギルドで経験したのと、よく似た感触だった。


「ジョブ:門番。ランク:外。判定根拠——戦闘能力、魔法適性、経済貢献、社会統制貢献、いずれも計測不能。設計上の位置:秩序の最下層」


書類を広げるような声で、判定者が俺のデータを読み上げる。


「それが最初の判定だったな」


「……更新の必要が生じた」


ゴブが身を乗り出す気配がした。カイルが端末を握り直す。


「更新?」


「設計原則に照らした再判定は、基本的に行わない。だが——今、処理上の矛盾が生じている」


「どんな矛盾だ」


「……「ランク外」に位置する個体が、秩序の設計に影響を与えている。これは、設計の誤りか——それとも」


判定者の声が、途切れた。


珍しい、と俺は思った。言葉が続かなくなるのは人間の特権だと思っていたが——この存在も、詰まることがあるらしい。


「続きは」


「……それとも、「ランク外」という判定が、正確ではなかった可能性がある」


来た者が、低い声を出した。


「それは——」


「ジョブ「門番」の再分析を行う。現在、最も古い定義の参照を開始」



 



光の色が、わずかに変わった気がした。


白から——ほんのわずか、別の色が混じったような。気のせいかもしれない。でも俺は、その変化から目を離さなかった。


「「門番」の最初の定義を発見した」


「どんな定義だ」


「……世界に最初のジョブが生まれた頃の記録。「門番」の初期定義は——「往来する者たちの声を聞き、必要な者を通す役」だった」


ゴブが息をのんだ。


「「声を聞く」……?」


「そうだ。その後、定義が「出入りを管理する者」へ書き換えられた。理由は——「声を聞く」が主観的すぎて、計測不能だったから」


カイルが、端末をゆっくりと下ろした。


「計測できないから、削除したのか」


「……そうだ。設計の合理化のため、削除した。より客観的で計測可能な定義に書き換えた。そのとき——「聞く」という機能が、「門番」の定義から消えた」


長い沈黙が落ちた。


俺はその静寂の中で、あの春の朝を思い出していた。


ギルドの判定の間。石の台の上に手を置いて、光が走るのを見た。そして告げられた言葉——「ジョブ:門番。ランク外」。


周りの表情を覚えている。哀れみや、見下しや、「やっぱりな」という目。俺は何も言わなかった。「まあ、聞いてから判断しよう」と自分に言い聞かせた。


あの判定は、間違いではなかったのかもしれない。


ただ——「ランク外」の意味が、最初から間違っていた。


「声を聞く者」は計測できない。だからランクが付けられない。ランクが付けられないから「ランク外」——「ランクの外側にある何か」を、その言葉は最初から意味していたのかもしれない。計測の枠から外れた場所に、あの機能はずっとあった。



 



「……一つだけ聞いていいか」


「……入力を受け取る」


「その定義を削除した日——誰かに確認したか?」


判定者は、すぐに答えなかった。


「……していない。合理化のために必要な変更だった。独断で行った」


「そうか」


俺は、光の向こうを見た。


「聞いていれば、何かが変わっていたかもしれない。でも——今更それを言っても仕方がない。今、気づいたんだからな」


「……「今、気づいた」」


判定者がその言葉を繰り返した。それだけで何かが変わるわけじゃない。でも——繰り返した、という事実が、俺にはどこか意味があるように思えた。


「あんたが削除した定義——「声を聞く者」。それが俺のジョブの本来の機能だったなら、俺が「ランク外」と判定されたのは当然だ。計測できないんだから。でも、それは失敗じゃない」


「……失敗でない、とはどういうことか」


「計測できないことは、価値がないことじゃない。計測する道具がなかっただけで、機能はあった」


ゴブが、俺の隣で小さく頷いた。


「俺が第七迷宮の扉を開けられたのも、計測できる何かがあったからじゃない。ただ——声がしたから、聞いた。それだけだ」



 



カイルが横から声を出した。


「境界、という話をさっきしていた」


「……そうだ」


「「門番」は境界に立つ者、と分析した」


「……その通り」


「その境界は——人と魔物の間だけじゃない」


カイルが、俺を見た。俺は何も言わなかった。カイルが続ける。


「第四迷宮での俺と交渉相手の間にも、境界があった。俺が一人で行って失敗したのは、どちらか一方の側に飛び込もうとしたからだ。でもこいつは——境界の上に立った。どちら側にも属さず、ただその上に立って、両方の声を聞いた」


「……境界の上に立つ、とはどういうことか」


「どちらかの側に入らず、どちらの話も聞くということだ。それが「門番」だったんじゃないか、と俺は思う」


判定者の光が、少し長い時間をかけて揺れた。


来た者が、静かに口を開いた。


「私たちが封印されていたとき——境界に立った者がいた。封印する側にも、される側にも属さず、ただその間で声を聞こうとした者が」


「……記録にある。ただし、その者も「ランク外」と判定した」


「なぜか」


「……計測できなかったから」


「そうだ」と来た者は言った。「お前は何度も、境界に立つ者を「ランク外」と判定した。なぜなら、その者たちは計測できなかったから。だがその者たちこそが——世界を繋いできた」


長い沈黙が落ちた。


【世界判定エラー:54.3%】


カイルの端末に、数字が流れた。動いている。ゆっくりだが、動いている。



 



腹が鳴った。


タイミングが悪い。でも仕方がない。ゴブがこっそりポーチから何か固いものを取り出して押し付けてきた。携行食だ。無言で受け取る。


静寂の中で、俺は固い携行食を噛んだ。うまくない。でも——この場に「腹を空かせた人間がいる」というその普通さが、不思議と気持ちを落ち着かせた。


「……走査を継続する」


判定者が、独り言のように言った。


「何の走査だ」


「「門番」の再定義。全記録の参照を継続する」


「かかるか」


「……わからない。再走査の前例がない」


俺は携行食の残りを口に放り込んだ。


「まあ——続けてもらおう。急かして速くなるものじゃないしな」


判定者の光が、止まった。


そして——かすかに、振動した。


何を意味するのか、俺には読めない。でも不思議と——怒っているような感じはしなかった。むしろ、何かを確かめようとしているような揺れ方だった。


ゴブが俺の袖を引いた。そっと囁く。


「レン。なんか、判定者が……違う感じがする」


「何が違う」


「顔はないけど。でも——なんか、違う」


俺も、そう思っていた。


千年間ただ分類し続けてきた仕組みが、自分の判定を疑っている。千年前に削除した定義を、今更掘り返している。


それは小さな変化かもしれない。でも——確かな変化だ。


「……「門番」とは」


光の中から、声が生まれた。


俺は待った。


ゴブが待った。カイルが待った。来た者が、静かに目を閉じた。


「……「門番」とは——」


もう一度、判定者が声を出す。今まで聞いたことのない、探るような声だ。千年間、答えを持って語り続けてきた声が——初めて、定義を探している。


「……境界に、立つ者——?」


その言葉が、白い光の中に溶けた。


問いの形をしていた。断定ではなく——問いの形を。


千年間、答えを持って話し続けてきた存在が、初めて問いを口にした。


俺は、その問いに答えなかった。


答える必要は、まだない。この問いには、続きがある。この問いを自分で立てたことが、今は重要だ。


まあ——聞いてから判断しよう。

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