第1話「ダンジョンの出口で、俺は死ぬはずだった」
夜半過ぎ、ダンジョンの鉄扉が、内側からノックされた。
コン、コン、と二回。
魔物がノックをする、という事例を俺は知らない。マニュアルにも載っていない。それでも俺は松明を持って扉に近づき、誰何した。
「……誰だ」
「交渉に来た」
扉越しに、流暢な人間語が返ってきた。
俺はこの日、配属初日だった。攻撃スキルも戦闘補正も持たない、最底辺の門番として。
そして本来なら——今夜ここで、死ぬはずだった。
話は、三日前にさかのぼる。
「ジョブ判定の結果、レン・アシダ。お前のジョブは——『門番』だ」
ギルド長がそう告げた瞬間、会場は静まり返り、それから笑い声が起きた。
門番。ダンジョンの出口に立って、魔物が外に出ないよう見張るだけの役職だ。攻撃スキルなし、戦闘補正なし。唯一のスキルは『迷宮管理Lv.1』——ダンジョンの内部状態が「なんとなくわかる」だけの、役に立つかどうかもわからない能力。
冒険者ランクは最底辺のFにすら届かない。門番はランク外、つまり冒険者ですらない。
同期のカイルが、慰めのつもりで肩を叩いてきた。
「まあ、生きてはいけるんじゃないか」
最大限の励ましが、それだった。
配属先は、王都から馬車で三日。エルガ山脈の麓にある第七ダンジョン出口前哨基地——通称「墓場の門」。
前任者がいない理由は、着いてから知った。三ヶ月前、魔物の大量発生(溢出)で壊滅したからだ。
荒れ果てた小屋に荷物を置き、俺は正門の前に立ってスキルを起動した。頭の中に、情報が流れ込んでくる。
【第七迷宮 現在状態】
階層数:47層/内部魔物数:2,847体/危険度:B+
特記事項:第23層付近で「統率型知性体」を確認
次回出口接触予測:本日夜半
夜半。つまり、今夜。
マニュアルには「溢出発生時は最寄り都市に通報して逃げろ」とある。合理的な指示だと思う。最寄り都市まで馬で六時間かかる、という一点を除けば。
俺は小屋で夕飯を食べ、支給品の毛布にくるまって眠った。逃げる理由もなかった。どうせ、これ以上落ちようのない場所にいる。
そして、夜半過ぎ。
扉が、ノックされた。
松明の光の中、扉を細く開けると、ゴブリンが一体、立っていた。
ただし、そのゴブリンは鎧を着ていた。胸には紋章が刻まれ、右手には白い布を持っている。
白旗だ。
「……俺たちも、逃げてきたんだ。第23層の『アレ』から」
ゴブリンは、疲れ果てた目で続けた。
「外に出たいわけじゃない。ここの門番と、話がしたかった」
俺は一度だけ、後ろを振り返った。逃げる方向を確認するためではなく、ただの癖だ。
それから扉を、もう少し広く開けて、言った。
「まあ、聞いてから判断しよう」
ゴブリンの目が、かすかに見開かれた。
驚いているようだった。おそらくこれまでの門番に、そんな言葉をかけられたことがなかったのだろう。
俺には、それが少し不思議だった。話を聞く前に判断できることなんて、そんなに多くないと思うのだが。
攻撃スキルもない、ハズレジョブの門番。
だがこの夜、俺が扉の前で選んだ「聞く」という一手が——やがて、この国と迷宮の歴史を、まるごと動かしていくことになる。
もちろん、この時の俺は、まだ何も知らない。
◆ 次話「第2話:ゴブリンの事情と、外交の作法」
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