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安寧求むる君たちへ  作者: 形而上ロマンティスト
第一章:旅立ち

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8/17

スポイラー

 それからの日々は目まぐるしく過ぎ去っていった。

 それもそのはず、次から次へと湧き水のように溢れ出す懸念や課題。それらを矢継ぎ早に対処し続ける日々は彼らの手を一日たりとも止めることを許さなかった。

 しかし、彼らにとってそれは苦ではなかった。それは自分たちの命に関わることであったが故か、はたまた人生で最初で最後のグループワークにやりがいを見出していたからだろうか。


「シャンティさん、せ、セキュリティの件なんですけど、宇宙船加速器に接続する際に必要な宇宙エレベーターの使用時に、政府へ情報が届くそうなんです…。もし事前連絡のない利用が確認されれば、もしかしたらエレベーターごと機能を一時制止されてしまうかも知れません…。」


「なるほど…。そうだな…とりあえず今考えられる選択肢としては、

 1:気にせず突っ込む 2:事前申請を偽る 3:加速器を使用しない

 のどれかってところか…。

 正直この中だと一番分がいいのは強行突破にかけることかも知れない。最悪エレベーターを停止されても、自力で加速器に突っ込むことだって理論上は可能だからな。加速器自体はここからいち早く逃れる上で必須だし、政府に偽りの申請を送るのもただ懸念要素を増やすだけになりかねない。

 よしじゃあその場合、なるべく近い加速器に向かって出発する方が失敗しづらいだろう。今から三ヶ月後にここから一番近くなる加速器がどの方角にあるか、ニルに計算してもらうことにするよ。それまでの間、お前はとりあえずここら近辺の惑星データを集めておいてくれ。正直近辺の惑星に寄るつもりは無いが、情報はあればあるだけいいだろうからな。」


「は、はい、分かりました!ひ、引き続き、セキュリティに関してももっと深掘りしてみようと思います…!」


 ===

 みんなで動き始めて早二週間。みんなだんだんと自分の役割に慣れてきたのだろう、作業効率がますます向上している。その分飛び交う情報量も指数関数的に増えているため、俺にとっては情報の整理で忙しさに止めどがない。

 そこで、一週間に二回、みんなで集まって全体ミーティングをすることにした。

 そのミーティングは、サハがこの計画を最初に俺たちに共有した時のようにラウンジに集まって行われる。そこではみんな一人一人が順番に自分の調べた、こなした成果を発表することになった。それ故、このミーティングはみんなにとってある種の締切としての役割と、情報を平等に共有することで皆の足並みを一つに揃える、という二つの役割を果たしていた。


「おいシャンティ、お前の宇宙船どれくらい空いてる?」


「そうだな…。食糧優先的に積んだとして残りスペースはあんまないと思う。ベッドと小さいシンクくらいなら入るってところかな。」


「だよなぁ…。俺たちの宇宙船は別に遠征用って訳じゃねぇからスペースが最小限すぎるぜ。」


「うちのはまだ余裕ある感じだよ〜?なに入れたいのさ〜?」


「いや、キッチン周りをどうしようかと考えていてな。水関係になるから、宇宙に持ってこうとすると結構嵩張るんだよ。」


「洗濯やキッチンといった設備にはどうしても場所を必要としますよね…。

 こう言うのはどうでしょうか。例えばアティーテさんの宇宙船にはキッチンを、シャンティさんのには洗濯関係を…といったように、広く空間を必要とする施設をみなさんの宇宙船で分配する形にしてみると言うのは…?」


「あぁ。その案しかないと思う。実際、その辺の設備は一人ひとつ必要ってわけじゃねぇからな。

 ってなわけでアシュ、大きくてかつみんなでシェアできるようなものはとりあえず一つ揃えてくれれば十分だ。それらの分担は実物を見てから決めよう。」


「オーケー、了解した。」


 ===

 一ヶ月たった今、みんなこの生活にも十分慣れてきた模様だ。

 ニルとルシャの熱心な貢献により宇宙逃亡計画もだんだんと輪郭が露わになってきており、みんなの意識は少しずつ計画策定から物資の調達へと移っていった。


 想定より厄介だったのは、サハの担当する見知らぬ星におけるサバイバルに関しての対処だった。


「おいシャンティ、今日すごいこと聞いちまったぞ!先生達、新星探索にいく時はグループに一つ、特別な小型マイクを持って行っていたらしいぞ!それを装着すると、話す言葉に乗っかる意思が相手に作用して、俺たちの持ってる意思感受翻訳機がなくともコミュニケーションを取れるんだってさ!」


「ああ、歴史でもちょこっと触れられた、意思伝達型スピーカー内蔵マイクのことか。その昔、まだこの意思感受型翻訳機が世界中に浸透しきっていない時に用いられたとかだっけ。それ、手に入るのか?」


「分かんねぇ。一応、アシュに聞いといてくれるか?」


「分かった、聞いといてやる。情報サンキュな。でもこーゆー機器はできれば人数分欲しいよなー。」


 サハが先生から教わってくる機械類は物によってひどく相場が異なった。物によっては、すでに生産中止されているものもあり、実質入手不可能なものもあるくらいだ。

 夢見るサハと現実的なアシュの間で何度争いが起きたかは想像に易いだろう。


 ===

 数あるタスクの中で、最も大変だったのは食料の備蓄だった。 

 機械類やツール等は最悪妥協しようと言う話になるが、食料だけは妥協が効かない。


 ルシャの調べによると、加速器を使って超光速移動をしても安全に降りたてそうな惑星までは約3ヶ月かかる見込みだという。さらに惑星に辿り着いたとしても安心するにはまだ早い。俺たちが無理なく口にでき腹の中で消化可能で、さらにはエネルギーとして吸収できるような食材が、その惑星に存在するかどうかは完全に運なのだ。


 だからこそ、食料はあればあるほど良い。最低でも六人全員の食糧を約一年分は備蓄したいところだった。


 その無理難題を達成するために、俺たちは今日、一線を超えたとある危険を冒そうとしていた。


「ほ、本当に院内で盗みを働くのですか…?他に方法とか…」


「腹を括れ、ニル。食料なんていくらでも、あればあるだけいいんだ!どうせ俺たちはもう一ヶ月くらいでこことはおさらばなんだし、罪も罪じゃなくなるっての!」


「おい、もうちょっと冷静にな。ってかなんかお前楽しそうだな、アシュ。」


「そりゃ楽しいだろ!こんな正々堂々犯罪犯すのなんてスリルたまんねぇよ…!」


「(リタがいないと案外こいつ悪ガキだよな…)」


 ===

 そんなこんなで怒涛のように日々が流れ、ついにあと二週間ほどで運命の日が訪れる、そんな時だった。


 今日もいつもように授業後の訓練をこなし、みんな散り散りに寮へ帰っていく…

 と見せかけて、毎日変わるがわる誰かしらがグラウンドに残り、自分の宇宙船に必要な物資を運んだり惑星データをダウンロードしたりしていた。


 今日は俺とサハが当番。俺はサハに今日備蓄する用の食材が入った段ボールを渡し、サハはそれを持って自分の宇宙船に戻っていく。


「なぁ、お前の宇宙船、あとどれくらいスペースある感じ?」


「うーん、まぁまぁあるかな。水分タンク10個くらいは追加で置そうだぜ?」


「アシュが、お前の欲しがってた宇宙ヘルメットと宇宙服届いたから場所あるかって。そんだけあるなら大丈夫そうだな。次のターンで貰ってくるよ。」


「え、まじで!!!?テンション上がるぅ!!」



 はっきり言って、俺たちは油断していた。

 ここまで二ヶ月半、全て順調にことを運んでいると思い込んでいたんだ。


「へぇ〜。そんなものまで買ったのか〜!結構しただろ〜?」


 突然、背中からわざとらしく感心するような声が飛んできた。

 聞き馴染みのある優しさのこもった、でも同時にハキハキとした元気な声。

 しかしその瞬間だけは、まるで自らの死を暗示させるような悪魔的響きにすら聞こえる。


 音に脊髄反射で反応し、声の方向にぐるりと顔をむけたその先にいたのは


「…!!!…せ、先生…」


 驚きのあまり声が詰まり、今まで聞かせたことのないほどか細い声でそう呟いた。


 やっと気付いてチラリと地面を見ると、自分の影の上に一回り大きな大人の影がそこに重なっていた。その影は俺のシルエットにピッタリと揃い、ただ少しだけ縦に引き伸ばしたかどうかというだけだった。


 なんてことだ。

 その接近に全く気づかなかった。


 作業前、いつもは必ず先生の居場所を確認していた。先生にバレないようにだ。

 そもそも二人がかりで物品の搬入をするのは、一人が作業をしている間もう一人が監視の役割を担えるからだ。

 俺は今日それをしくじった…?油断?慢心?

 俺の失態で、三ヶ月にわたる俺たちの努力が全て水の泡になる…??


 その時のシャンティはまさしく、悪事をしているところを親に見つかり焦り散らかしている子供の姿そのものだった。


「え?なんてー?聞こえなかったー」


 先生の存在にまだ気がついていないサハが能天気な声で近づいてくる。

 マズイ…これじゃサハもバレ…


「え?あれ、先生じゃん!ヤッホー!」


「なんだ、お前は訓練直後なのに元気が有り余っているようだな。もうちょっと厳しくした方がいいか〜?」


「いやいや先生、これでも俺めっちゃ疲れてるんすよ〜?」


 俺とは違い、サハは先生の姿を目にしても顔色ひとつ変えず、いつも通りの平常を振る舞った。もしかしたら中で先生の存在に感付いていたのかもしれない。


 こいつの嘘は上手い。

 大胆というか度胸があるというか、嘘をつく際に人が感じる恐怖心的なものが無いように感じる。まるで本人すら嘘だと気づいていないんじゃないかと思えるほどに、声や顔には一切の歪みも写さない。そんなサハの強靭な精神力に、つくづく心を折られるものだ。


 しかし今の今に限っては、それもこの上ない最大の武器。一瞬だけでも先生の相手をサハに任せて、俺は脳みその全リソースを思考に割くことにした。


「(考えろ考えろ。

 今の状況は?先生にこそこそと食糧を運んでいる場面を見られたんだ。いや、どこから見られていたのかは分からない。もしかしたらまだ何をしているのかまでは知られていないかも。だだ、宇宙服の話は確実に聞かれてしまった…。どう言い逃れる…?どう嘘を吐く?その嘘とこの行動の辻褄をどう合わせる?先生はいつから俺に背後に居た?どこまで知られた?どこまで見ていた?俺たちは他に何か話していたか?俺が今忌避すべき最悪の自体はなんだ?俺は何をしなければならない???)」


 考えをまとめ切るにはあまりにも短いその刹那。それでもシャンティはあらゆる状況に対処すべく今すべきことを明確に自覚した。


「(とりあえず、まずは情報だ…。先生にどこまで聞かれたか、どこまで見られたか、そして、どこまで知られたのか。何に勘づいているかだけでもいい。とりあえず、先生が何を確信しているかを知らなければ、嘘を吐くにも必ずボロが出る…)」


 さりげなく視線をサハに送ると、どうして気付いたのか、サハもこちらへ一瞬アイコンタクトを送った。その視線からは、『冷静に行動しよう、ボロを出してはならない』といった冷静ながらも臨戦体制を感じ取れるものだった。


「宇宙服買ったんだって?そんな高いもん、なんで買ったんだ?訓練着じゃ満足いかなかったのか〜?」


「いやー、先生の話聞いてたら新しい高性能のやつ欲しくなっちゃったんですよ〜」


「へぇ〜。宇宙行く準備バッチリじゃないか!」


「そりゃもちろん、あと半年もすればドゥルバー相手に勇敢に戦う立派な兵士になりますから…!」


「(いいぞサハ…。無理のない範囲で何一つ明確な情報を与えていない。このままやり過ごせれば最高なんだが…)」


「そりゃあいい心意気だ!ダンボールに入った非常食はその時まで放置しておくつもりかい?」


「(まずい…、ダンボールまで見られてた…!これはいくらサハでも言い逃れられ…)」


「あれ、見られちゃってました〜?弱ったな〜。

 ーー実はこれ、野良猫ちゃん用なんすよ〜。寮の近くで保護したんすけど、寮ってペット禁制じゃないですか〜」


「ほう、野良猫ちゃんか!俺も猫は大好きなんだ!せっかくだし、その猫ちゃんのご尊顔、拝ませて頂くとするかな〜!」


「実は…先生にも見せようと思ってたんですけど、あいにく、今どっか行っちゃってるんですよ〜。きっと戻ってきた時、そしたら先生にも触らせてあげるんで、こっそり野良猫飼ってること許してくれないっすか…?」


 見ている方が緊張するそのやり取りは、シャンティの目にはギリギリの間合いで見合っている双傑の侍に写った。互いが互いに取り留めのない情報で相手を探り合うその光景はまさしく戦場と言えよう。その様子を隣でしっかりと見届けながら、シャンティは自分のなすべきことに集中した。


「(タンボールのことまで見られていた。サハの咄嗟の嘘は素晴らしいが、食糧の中身は日持ちする非常食。到底ネコが食べるものじゃないし、中身を調べられたら即ゲームオーバーだ。

 …いや、待てよ?この状況、もうとっくに詰んでいるんじゃないか?

 もし先生がサハの、いやこの際、誰の宇宙船にでも直接中を調べられれば、これまで貯めてきた物資から俺たちの企てが少なからずばれてしまう。かといって、先生の介入を無理に拒むのも、今まさに不審な行動を見られた以上不可能じゃないのか…?

 つまり、先生に何か不信感を抱かれたこの時点で即終了…。遅かれ早かれ、俺たちの企みは先生に突き止められてしまう…)」


 どう考えても、この場を無難に乗り越え、さらには微塵も不信感を与えずに逃げ仰ることなど、できるわけがない。

 彼の思考はすでに絶望の一歩手前まで追い込まれ、普段なら諦めて放り出している頃合いだった。


 しかし、

 彼はそれでも考えることを辞めなかった。

 だって、彼はこのチームのリーダーなのだから。

 自分で請け負ったその仕事、自らの意思で引き受けたその役割、蔑ろに途中放棄することなど、彼にはできる訳もなかった。


「(考えろ考えろ考えろ考えろ

 最悪な未来はなんだ?それは、俺たちみんなの策謀がバレて今生を罪と共に終幕する未来だ。そう、最悪なケースは()()()の罪がバレ、罰を課されること。ならば、もし俺だけで済むなら…?そうだ…いっそのことこの場で俺が全部バラして、他の奴らには俺が命じたことだと言えば幾分かマシなんじゃ…?

 いや待てよ、そもそもこの逃亡における最大の動機は自らの命を守るためだ。さらにその理由の一つには、先生から見放されたからってのが入っている。ならば、たとえ先生に全てを曝け出しても、一方的に非難はできないだろう。少なくとも俺は正当防衛という立場を貫けるし、先生だって俺たちを責める資格なんてないのだから…。)」


 この時、シャンティは覚悟を決めた。

 この計画全ての責任を一人で背負うことを。リーダーとしての役目を果たし、かつ最後まで醜く争うことを。


「(全てを曝け出してやろう…!とはいえ、いきなり自ら全てを暴露するのはナンセンス…先生の持っている情報を全て吐かせてからだ…!そして俺がそれを肯定し、その後こっちが反撃してやればいい。先生は少なくとも、俺たちが近い将来テロの弾にされる運命なのは知ってるんだ…。勝機は…ある…!)」


 次の瞬間、サハはシャンティの行動の意図が全く読めず、ひどく混乱することになった。


「…先生……どこまで知っているんですか……?」


「ん?なんのことだ、シャンティ?」


「先生…さっき俺に話しかける時…宇宙服()()って言いましたよね…。その、『まで』ってなんですか…?俺たちが他に何を買ったのを知っているんですか…。」


「おい、シャンティ!お前何を…!」


 そう小声で訴えるサハをフル無視してシャンティは続ける。


「何も知らないなら俺の計画に介入しないでください…。先生の…あんたの思っているほど生半可なもんじゃないですから…!」


 最後のハッタリだった。この挑発で何か得られれば好都合、もし何も得られずとも既にシャンティの目標は達成していた。さりげなく紛れ込ませた『俺の計画』というワード。最終的にどんなことが明らかになろうとも、彼だけは一途に先生を敵対視し続けることで、これら全ての責任を自分勝手なリーダーのせいにできる盤面を整えていた。



 しかし、帰ってきた答えはシャンティの想像していたものとは、ましてや隣のサハが予期していたものとも、全く異なるものだった。


「宙路はどれを使うつもりだ。」


「…え?」


「翻訳機は持ったか。ゲーム機やガスコンロ、持てる文明技術はなんでも全て持ったか。救急道具は、調理器具は、身を守れる武器は持ったのか。」


 先生が一体何を言っているのか全く理解が及ばなかった。

 視線は宇宙船を見つめながらいつもより落ち着いたトーンでただただ列挙する先生に、シャンティもサハも唖然とその状況を眺めるほかなかった。


「飛来物に衝突して破損が生じたらどうする。着陸に失敗して現地人の反感を買ったらどう対処するんだ。」


「え…いや……あの……」


 シャンティは気づいた。

 そして恐怖した。

 彼は思い出した。どこか懐かしい、不快感のない嫌悪感を。



 俺がエーカンテに来てから数年後、突如新任教師としてやってきた先生は、俺たちの代を担任として持つことになった。

 先生は不気味な人だった。初めての担任だから慣れていなかったのかもしれないが、先生は自慢の探検話以外、自分のことについて何も話さなかった。主にサハが遠慮のない質問を投げかけるといつだって、のらりくらりと明確な回答をせずやり過ごしていた。そんな先生を見て俺は、表面的な人間だな、と子供ながらに軽蔑したのを覚えている。


 いや、少し違うな。当時の俺は先生を恐れていたんだ。その理由は、眼だ。先生の眼は、俺が今まで見てきた誰よりも優しく慈愛に溢れている。俺はその眼が、対象を心から慈しみ、それだけで最大の幸福を享受しているのだと語りかけてくるその眼が、たまらなく怖かった。その目で見つめられた時にどこか胸の奥に感じる穏やかな温もりと、思考とは裏腹に安心して脱力する俺の体が、まるで自分のものじゃ無いようで恐ろしかった。

 怖かったんだ。愛を持って接してくるその人の存在が。堪らなく怖かった。


 だから俺は逃げ出した。先生に見つめられるのが、大切に扱われるのが耐えられなかった俺は、何度も何度も教室から逃げ出して院内のいろんなところに隠れてたんだ。

 しかしその愛情は俺の拒絶を雄に上回った。いつも穏やかで優しい雰囲気を漂わせているくせに、まるで全てを見透かしているかのように先生はいつも俺たちの行動を掌握していた。エーカンテのどこに隠れてもすぐに見つかり、それでいて無理には連れ戻そうとはせず、何度も何度もゆっくり語りかけてくるのみだった。


 その異様なほどに鋭い洞察力の対象は俺だけではなかったと思う。

 ある時サハがバカなイタズラを仕掛けた時も、リタを背に庇いながら敵意剥き出しのアシュを迎えた時も、まるで魂が宿っていない屍のように無機質だったルシャを迎え入れた時も、先生はいつでも過剰量の優しさを振る舞った。


 忘れていた。先生のその不気味なほどの洞察力を。

 思い出した。いかにその理不尽な愛情が俺たちに隠し事を許さないのかを。

 恐怖した。あれから随分大人になった今でも、先生には敵わないのかと。


「ど…どこまで……」


 そう震える声でサハは言った。

 全部だ。きっと全部、先生に気づかれていたんだ。

 そんなこと、あり得ない。俺のみならず、みんなが本気で隠していたことだ。先生どころかエーカンテ内の誰にさえも知り得ないことのはずだ。


 それでも、先生は全てを知っている。俺たちは二ヶ月半もの間、彼の手のひらの上で泳がされていたのだ。あの優しさの奥に潜む精鋭な洞察眼の中で、俺たちはまさにロールプレイで遊んでいる子供達に過ぎなかったのだ。



「…残念だが、この調子じゃあ行かせられないな。」


 そう先生は言い放った。先生の眼が怖かった。ただ、それは底なしの慈悲故の恐怖ではなく、単に強烈な否定の意思に屈服する恐怖だ。


「お前たちは宇宙を舐めているようだ。そんなお前たちをそのまま行かせることなんて許可できない。今ここで終止符を打とう。お前らには今後一切の宇宙船の利用を禁ずる。訓練も参加しなくていい。ほら、鍵を出せ。」


 そう言って先生は手を前に出した。先生の声はとても冷たく黄昏時のグラウンドに響き渡った。

 これほどまで先生が真剣な怒りを露わにしたのはいつぶりだろうか。その昔、俺たちがまだ小さかった頃、こんな風に先生に激怒されたことがあったのを思い出した。あの時は何で怒られたんだっけ…。


 先生から放たれた言葉を頭で理解した時、シャンティは自然と現実から逃避していた。先ほどまでの勝機はどこへやら、今のシャンティは既に戦う意欲を欠き、絶望にただひれ伏していた。


 その時、サハが感情昂る声で先生に言い放った。


「先生が……!!!!!先生が…俺たちを先に見捨てたのに……!!!」


 それは彼の最後の抵抗だった。全てが水泡に帰したその状況で、やりどころのない感情をそのまま全て発散したのだ。

 サハの目は潤んでいた。それは決して先生が恐ろしかったからではない。

 計画が頓挫したことへの悔しさと、この場にはいない協力者への申し訳なさと、理不尽に引導を押し付ける先生への怒りと、そんなことに託けて感情のままに暴走する自分への情けなさと。


 その魂の一声を微動だにせず聞き入れた先生は手をそっと下ろした。

 そして、声色そのまま淡々と言った。


「が、もう一つ、ある条件を飲むのならば、これら全てのことを不問にし、見逃してやろう。」


 思っても見ない発言に二人の顔に若干活力が戻る。

 が、これまでやってきたことは到底許されることのない事だと彼らは理解している。それを見逃すと言うのだから、それはさぞかし冷酷無比な条件が提示されるのだろう。二人はごくりと息を呑んで顔を上げた。


「その条件は…」


 先生は悪戯めいてニヤリと笑った。


「その逃走劇に、俺も同行させてもらうことだ!」






〜ドーラム豆知識その7〜

「意思伝達型スピーカー内蔵マイク」と言うのはシャンティが言っていたように、意思受動型翻訳機が広く世界に普及する前に制作された代物だぞ!

それは人がものを発する時にわずかに揺れ動く意思波なるものを増幅し発することで、相手に言語の奥にある伝えたい意思を直接伝えることができるぞ!とはいえ、翻訳機とは違って受け取り手はなんの細工もされていないただの人間そのもの。大まかに言いたいことは伝わるが、細かなニュアンスが全部抜け落ちてしまうと言う欠陥があっためあまり実用的に普及しなかったのだ!

ちなみに、シャンティたちはみんなの有り金をかき集めてようやく一個だけ取り寄せることができたと言うほどの超高級品でもあるぞ!

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