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安寧求むる君たちへ  作者: 形而上ロマンティスト
第一章:旅立ち

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4/17

アラート

「ーーーはぁ!?!?」


「なになに、アイツ劇でもやるの?ドラマでも作んの?」


「シ、シャンティさん、い、今、な、なんていいました…⁉︎」


「シャンティ、それ本当なの…?僕、サハさんいなくなってほしくないよ…」


「リタ、お前こんなの信じる方がアホだぞ。あの能天気バカのことだ、どうせ死ぬほど誇張してんだよ。」


「シャンティさん、そ、それは一体どういうことなのでしょうか…?サハさんは本気なのでしょうか…?」


 各々が予想通りの反応を示す。まだその場の誰も、シャンティの言ったことを飲み込めていないといった様子だ。


「で、でも確かに、最近のサハさん、く、訓練での動きキレキレですよね…。じ、授業中も、何か熱心にノートとってるのよく見ますし…。」


 誰よりも早くこのトンデモ発言に順応したルシャは、そう言ってこの頃のサハの行動を思いだす。


 確かに、最近のサハはいつにも増して威勢がよく、日中の授業もその後の訓練もより熱心に取り組んでいる気がする。

 彼はもともと真面目な性格ではあるため、それもただただ調子がいいだけかのように思われていたが、この予想外の計画を耳にした今、その熱気に合点のいく者も多かった。


「シャンティさん、他に詳しい情報はサハさんから聞いていないのですか?」


「全く。いや、なんか死にたくないから脱出する的なこと言ってたか。」


「アイツ一体何やったのよ…」


 そんなキテレツ極まりない与太話を繰り広げていたところ、忙しない駆け足を響かせながら、あの考えなしに陽気な声が近づいてくる。


「おーーーーい、皆んなまだこんなところ歩いてるのかーーーーい?

 な、お前ら。歩くの遅くね?」


「ーーお前のせいだよ‼︎‼︎」


 この日、サハ以外のみんなの息が初めて揃った。



「今さっきシャンティから聞いたのよ。あんたがなんか失踪しようとしてるって。」


「そうだ。死ぬなら勝手にしてくれって話してた。」


「いやいやいや、待ってくれ、話変わり過ぎだろぉ!俺そんなこと一ミリも言ってねぇよ!おいシャンティ、お前ちゃんと説明しろってぇ!」


 この時には既に、これがいつもの戯言の類だと確信していたアティーテとアシュはそうサハをからかう。この光景はさほどレアではない、このA組メンバーになってからはよく見る光景だ。尤も、その茶化しのつけは何故かいつもシャンティが払うことになるのだが。


「いや、俺はちゃんと説明したぞ。こいつらの読解力の問題だ。というか、そもそも俺も詳しい説明聞いてないし。」


 ささやかな仕返しを二人にしながらも、しっかり本題に触れようとするシャンティ。歴史の授業以降ずっと気掛かりだったその詳細。そのむず痒い状態を今すぐにでも解消したいと、じっとしていられない様子だ。


「あ、そっか。ワリワリ笑」


「(やっぱこいつ死ぬべきかもしれん…)」


 心の中でそう悪態をつくシャンティの隣で、こちらも未だ、彼が本気である可能性を微かに信じているニルも、サハに問う。


「それでサハさん、ドーラムから出るって話、本当なんでしょうか…?」


「あぁ、マジだよニル。俺はここから脱出する。もっと言うと、お前たち全員だ。」


 午後6時頃、夕焼けで橙に染まる彼らの時間が一瞬止まった。その場の皆が一斉に面を喰らったのだ。

 それもそのはず。誰もが皆、サハがいつも通り勝手に一人で盛り上がり、思いついた絵空事だと思っていたその計画に、自分たちも急に巻き込まれたのだ。

 すでに勧誘されていたシャンティでさえ、まさかA組全員に同じ提案をするとは想像すらしていなかった。


「はぁ?お前が勝手にいなくなる分にはうるさい奴が減って逆に好都合だが、なんで俺らがお前のついでについて行かなきゃならねぇんだ。ふざけんのも大概にしろよ」


 呆気に取られたみんなを差し置いて、アシュは一番乗りにその沈黙を打ち破る。常人の道理を超越したサハの強引なその決定は、従属嫌いな彼の神経を逆撫でし、その憤りのままに反発した。


 そんなアシュに対し、サハは一変、切迫した表情でアシュに視線を送る。

 その眼からはただならない危機感が伝わってくるようで、周囲一帯に薄くピンと張り詰めた緊張感が漂う。


「それが、俺たちがいち早くここを出なきゃいけない理由があるんだ。ここじゃまずいから、とりあえず寮に着いたら話すぞ。」


 刹那、流れる気まずい沈黙。


「え〜?私早くお風呂入りたいのに〜。今すぐ話しなよ、どうせよく分かんないこと言うんだしさぁ〜」


 アティーテがいつも通りの明るい口調で言った。きっと、少し重たくなったこの空気に耐えかねたのだろう。その場に似つかわしくない彼女の気楽な声が鈍化した空気の換気を図る。

 そんなアティーテに乗っかるように、ニルもまた、相変わらずのバカ丁寧な優しい声で言う。


「まぁまぁ、アティーテさん、これはきっとサハさんにとって、ものすごく大切なお話なんですよ。寮に着いてからゆっくりと聞いてあげましょうよ。」


「おお!ニル!お前は俺のこと分かってくれるのか…‼︎」


「いやサハ、『お前にとって』大切な話ってことは、ニルも大して重要なことだと思ってねぇぞ…」


「え!?そうなのか、ニルゥ…!お前はことの重大さ分かってるよなぁ、分かってると言ってくれぇぇぇ…‼︎」


「あ、アハハ…」


 そんな見事な連携プレーにより、水と油のように分離しかかったその場の空気もだんだんと色を取り戻し、いつもとなんら変わらない、淡い夕焼け色に乳化されていった。



 彼らが寮にたどり着く頃には日もすっかり落ち、あたりには夜特有の静けさが広がっていた。

 運動場から寮まではたかが1キロ弱程しかないのだが、みんなとくだらない事で笑い合う帰り道は、その体感距離を数倍に引き延ばしていた。


 みんなが順々に寮に入る中、最後に入ったサハはしっかりと扉を施錠し、ラウンジにA組メンバーが全員いることを確認した。

 そして、満を持したといった神妙な面持ちで口を開いた。


「よし、みんな居るな。みんな、聞いてくれ、話が…

 っておいアシュ!どこ行くんだ!」


「付き合いきれん。俺は課題やってさっさと寝る。」


 そんなサハの出鼻を挫いたのは、普段、帰宅後はすぐに自室に直行するアシュだ。たかがサハの意味不明な発言如きに、己のルーティーンはそう簡単には崩させんと言わんばかりのフル無視だ。


「兄ちゃん…。ちょっとだけ聞いてあげようよぉ…。」


 そんな兄を宥めるリタ。あくまでも兄の言うことを否定はせず、少しだけでも情を分けてやってくれと譲歩する。そんな彼の説得からは、彼がこれまで幾度となく兄を説得してきたことを如実に証左している。

 そんなリタの気遣いに内心感謝しながら、サハもアシュを止めにかかる。


「アシュ。これはお前にとってもクソ大事な話だ。もちろん、リタ、お前にとってもだ。」


「何っ?リタにもだと…?」


 ちなみに、この反応からも見て分かる通り、アシュは重度のブラコンだ。もしもリタに何かあったと聞けば、きっと世界の裏側にだって駆けつけるだろう。尤も、彼がリタをそんな目に合う状況に放置することなんてないのだが。


「もっと正確に言うと、()()()A()()()()()にとってだ。」


 いつものふざけ具合と一変して深刻な表情でそう言い放つサハの声色は、皆の気を引き締めるのに十分な迫力であった。


「なぁサハ、もう分かったから何なんだよ、その大事なことって。」


「シャンティ…そうだな。みんな、よく聞いてくれ。

 ーーー俺たちは、ここエーカンテを卒業した後…政府によって殺される。」


 再度訪れる不気味な沈黙。皆、放たれた言葉の意味を、疲弊しきった終日の脳内で反芻しているのだ。


「そ、それはどう言うことでしょうか、サハさん。」


 理解に苦しむニルはそう尋ねる。

 それを受けて、サハは不穏な冷静さをたたえながら話し始めた。


「あぁ。まず初めに、お前たち、前のA組の先輩方がここを卒業した後どうなったか、忘れてないよな…?」


 皆の顔が少し陰る。


「もちろん忘れてないわ。みんな様々な任務をこなしていく中あえなく戦死したって…。ジェーシュ先輩、優しくて大好きだったのに…」


 アティーテが涙を堪えるような、か細い声で答えた。


「そう。一昨年卒業したA組8人は全員、戦時任務中に殉死していることが分かっている。」


「ーーだからって俺らもそうなると…?馬鹿馬鹿しい。そうならない為に日頃トレーニングしてんだろうが。」


 聞いていられないとでも言うようにサハの声を跳ね除けるアシュ。先輩方の殉死は、アティーテのみならず、みんなの心に深く刻まれた出来事の一つだ。そんな先輩方の死をわざわざ掘り返す行動に怒りが募る。


 しかし、それに呼応するように強く、少々荒げた声でサハは言う。


「それが…‼︎ 俺たちの訓練なんてきっと一切意味がないんだ…。

 ーーー旧A組の先輩方は皆、()()()()()()()で戦死したのだから。」


「な、何だと…!?」


 その時、その場の誰もがサハの発言の理解に苦しんだ。いや、無意識のうちに理解を拒んだのかもしれない。

 予想だにしない「自爆テロ」という言葉の響きは、自然と自らの命に危機感を抱かせ、心臓の鼓動を加速させた。


「この前、ドゥルバーに大量の爆弾を送りつけることに成功したことあっただろ?それのおかげで敵星の主要宇宙港の一つに甚大な被害を与えることができた、直近では革命的な出来事だったはずだ。でも普通、そんな簡単に爆弾なんて送り届けられると思うか…?」


「確かに、当時俺たちもドゥルバーがそう易々と爆弾なんか受け取ってくれるはずがないと疑った。だけどそれは先生から、『新しく開発されたミサイル発出システムによって、宇宙を跨ぐ遠投であったとしても、空中爆散せずに目標点に達することができる』ようになったとか説明受けなかったか?」


 すかさず返したのはシャンティだ。サハとの付き合いが最も長いこともあってか、これまでの強烈で衝撃的な発言の連続にも唯一追いつけたのだ。

 サハも、まるでシャンティがこう反論することが事前に分かっていたかのように淀みなく続ける。


「あれは恐らく辻褄合わせの嘘だ。そもそも、向こうの星防軍がみすみすミサイルの着弾を許すわけがない。彼らがそれに気づけば、身を挺してでもミサイルを止めるはずなんだ。」


「それも、『超重合金の鎧がコアを守るから、光銃なんかじゃ破壊されない程の耐久性を獲得した』とか説明を…」


「それも本当かどうか怪しいんだよ…‼︎」


 珍しく、サハが感情のままに叫んだ。

 サハの唇は小刻みに震えていた。

 まるで、何か強大なものに怯えているように。

 まるで、必死に自身を冷静に保とうとしているように。


「もう、俺にはもう、何が嘘で何が本当か分かんねぇ…。

 ーーとにかく、あの時俺は聞いちまったんだよ…」


 皆が一斉に息を呑む。


「先生と院長先生が話しているのを…」



〜ドーラム豆知識その3〜

アシュは18歳の元気はつらつ好青年!…に一見すると見えるが、実のところは気性がA組の中で最悪で、いつも何かに不満を抱えているような態度をしているぞ。

そんな彼にとって、弟のリタが他の何よりも大切。彼が関わってくると、生粋のツンデレ力を遺憾なく発揮するといった可愛らしい一面もあるぞ。

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