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安寧求むる君たちへ  作者: 形而上ロマンティスト
第一章:旅立ち

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キタイ

 唐突に放たれたその提案は、食後の睡魔に囚われているシャンティの脳みそでは到底理解不能だった。


「は…?逃亡って…何言って…?お前…馬鹿なこと言うのはいつも通り勝手にしてくれて構わんが、それ、下手に大人に言うとマジで殺されるぞ?」


「だからまだお前にしか言ってねぇのさ。お前も、A組以外には絶対口外すんなよ。」


「(そんなの言われなくても、誰にも言えねぇし言わねぇよ…)」


 サハに呆れながら心の中でそう突っ込むシャンティ。

 この緊迫した戦時下、星を捨てて逃げ仰ようなどとは口が裂けても言えない情勢なのだ。

 誰かに聞かれていないか不安に緊張するシャンティに対し、そんなこと露も知らないサハは続ける。


「ってかお前、全然信じてないだろ!俺、マジだからな…!」


 いや、そんなこと「はいそうですか。」と素直に信じる奴こそどうかしている。更に言えば、こんなこと堂々と、それも授業中に先生の目を避けながら宣言する奴の方がよっぽどどうかしているのだが…。


 未だ冗談だと思い込んでいるシャンティはそれでもさほど気に止めず、まだフル起動には至らない脳みそを無理やり動かしながら適当な返事をする。


「ってもさ、そもそも逃亡する理由が見つからねぇじゃん。確かに、戦争が激化してきているこの頃は訓練も多いし、自由も少ないさ。でも別にそれで良くね?どうせ俺たち、時間あってもやることなんかねぇんだし。」


 そう。どこまで行ってもどうせ俺たちは孤児なのだ。

 たとえ戦争から解放されたとしても、人並みの幸せを感受することはないモノクロな未来だ。


 すると、サハは徐に目だけをキョロキョロと器用に動かし周囲の誰にも聞かれていないことを確認する。そして、イヤホンでもギリギリ聞き取れるかどうかという押し殺した声で言った。


「それがもし、()()()()()()()()()()()()()()()、か?」


 これまた唐突に発される『殺される』という単語はシャンティの睡気をさらに幾分か吹き飛ばす。そのあまりに荒唐無稽な発言に、シャンティは揶揄われているのかと少しばかり苛立った。


「はぁ?話飛躍し過ぎだろ。意味わかんねぇ。でもまぁ、別にそれでもなんじゃねぇの?もし明日俺がミサイルかなんかで吹っ飛ぶとしても、人生そんなもんって感じだろ。」


 ぶっきらぼうに突き放したシャンティに対し、サハも少しばかり苛立ちを見せた。


「ああぁもう、お前はそんなんだから利用されるんだよ!いいか、皆んなに大事な話がある。放課後、寮のラウンジで待ち合わせな。他の奴らにも声かけておけよ!」


「あ?今なんて…」


 ゴーーン ゴーーン



 俺がアイツにそう聞き返そうとしたその時、ちょうど授業の終わりを示すチャイムがなった。周りがバタバタと忙しくなる。そうか、次は「訓練」の時間だ。遅れるとどんな目に遭うか身にしみて理解している俺たちは、みんな急いで準備に取り掛かる。ちらっとサハの方を見たら、アイツは俺を見て二カッと笑うだけで、足早に運動場へ出ていってしまった。


「(あいつ、言うだけ言ってもうほったらかしだよ…。放課後話があるからラウンジで集合だって?ってかなんで俺が他の奴らに言うことになってんだ。あいつが自分でやれよ…。)」


 言い逃げされた俺は複雑な感情だったが、ふと冷静に先の会話を振り返る。


「(でも、”逃亡”…か。確かにあいつ、昔から夢は探検家になる!だの、宇宙の果てに行って、新たな惑星を探すんだ!だの、バカなことよく言ってたっけ。)」


 俺は正直、サハのことを半分羨望、半分尊敬の眼差しで見ている。

 アイツは俺の持っていないものを持っているんだ。

 俺は物心つく前から孤児院にいた。だからか、俺は「家族」的な人との深いつながりを理解できない。きっと、それを感じ取る機能が欠落しているんだろう。

 何をやっても、何をやらかしても、人から受ける賞賛や叱責は全てうわべだけの方便に感じる。それがまるで、俺の一挙手一投足も、それはこの世界に微小の影響すら与えない無意味なものであるかのように思えてならないのだ。この果てることない無力感は、今を必死に生きることへの意欲を少しずつ削いでいく。

 この空虚な胸の鎮まりはちょっとやそっと刺激したところで満たされることはなく、揺さぶられた感情すらもやがて無味乾燥へと帰ってゆく。俺にはきっと、情熱や執着といった熱量がないのだ。


 だから、サハのことはすごいと思う。俺と同じく物心つく前からここにいたのにも関わらず、アイツは確たる自我を形成し、やりたいことを見つけ、さらにはそれを他人に力説できる。その内容が如何に滑稽で現実離れしたものだろうが、奴には関係ない。アイツは、自分のアイデアに最大限の自信を添えて訴えることができる。

 それ故に、その雄弁を聞いた者は皆、結局彼を応援してしまうのだ。俺ですら、サハがやりたいって言ったことを何らかの形で成し遂げる様は見ものだと思うし、彼ならできるんじゃないかと思わされる。


「(だけど星外逃亡かぁ。)」


 ドーラムからの逃亡。あいつはいつも本気だから、きっと今回も本気で言っているんだろう。

 にしても、突拍子のない提案だ。たとえここから逃げ出したとして、一体どこに行こうと言うのだろうか。

 サハならやってのけてしまう気もする。アイツのことだ。知らない星でもやっていく自信なんて売るほどありそうだ。

 だとしても、やはり唐突が過ぎる。何がアイツを揺り動かしたのか…


 そういえば、なんか大事な話があると言っていた。「殺される」とか物騒なことも言ってたが、きっとその話の内容こそが、アイツをこの星から脱出することを意思付けた「何か」なのだろう。


 あまりに予想外の星外逃亡宣言はシャンティの頭の中で反響し、思考を悶々と蝕んでいく。たった1度言われただけのことに影響され過ぎかもな、とシャンティは自分に毒づいた。


「(『利用される』…か。俺はどうするんだろ。)」


 ぼんやりと眺めた窓の外は、いつもより若干薄暗く濁っているように感じた。



 運動場に集まった俺たちA組。

 に加えて、一回り小さい奴らがウロチョロしている。今日は下級生のB、C組との合同訓練だった。

 今日の訓練では、俺たちA組は実際の宇宙船を使う。司令塔から出される信号に応じて的確に指令をこなす練習や、チーム間のコミュニケーションを円滑に回しながら対象物体に攻撃を仕掛ける練習だ。

 下級生組は、その合図を出す司令塔にて合図の意味、そしてその操作の修得、加えて俺たちの動きを実際に見て学ぶ参観型の学習だ。


 基本的にエーカンテでは、A組の生徒全員が成人すると俺たちは立派な兵として所属を軍隊に移すこととなっている。そして今のB組がA組に、C組がB組に…と進級するのだ。

 A組は基本17か18歳(俺たちの場合15が一人いて少々イレギュラーだが)で構成される。来年には卒業ラインに到達してしまうため、現在のB組やC組には俺たちの逞しく勇ましい姿を見せておかなくてはならない、と言う訳だ。



 いつもと変わらないはずの訓練。だけど今日はいつもより全体的にもたついた。

 きっと、俺があまり集中してなかったからだ。


 訓練中ずっと、俺の脳内にはサハの言い放った言葉がこびり付いていた。


「(もし俺がこの星から脱出して全く違う世界に行けるなら、俺はどうすんだろ。のんびり何もせずにスローライフでも満喫するか?例えばそこに原生生物の集落なんかがあったらどうしよう。きっと、馴染むのに時間かかる。そりゃあ何とも居心地の悪い生活を送ることになっちまうだろうなぁ。あるいは…。)」


 不思議な感覚だった。宇宙船を操作している感覚はある。目の前の任務にも集中しているはず。なのに、脳みその一部だけはまるで全く別の世界に居るような、気味の悪い浮遊感を感じる。


 これが未知への畏怖と興奮であると気付くには、シャンティはまだ未熟であった。



 やけに長く感じた訓練もやがて終わり、その後はその場解散となった。特にすることもない俺たちは、寄り道もせず足早に寮に直行する。


「ちょっとシャンティ、今日動き悪くなかった〜?なんか聞いても反応遅かったしさ〜」


「いやアティーテ、お前も今日は危なかったぞ。あの時もしお前が本物の光銃を撃っていたらリタの宇宙船に当たってたんだぞ。しっかりしろ。」


「いや兄ちゃん、それは僕も悪いんだ。ポジションがちょっと右にずれちゃって…」


「そうよ、リタがこっちに寄ってきたのよ!私のせいじゃないわ〜。」


「まぁまぁお二方、今日も何事もなく平和に終えられてよかったじゃないですか!訓練の内容も段々と過酷さが増してきたわけです、いつも通りできないことなんて当たり前ですよ。」


「二、ニルさんは相変わらずミス無しの完璧な操縦でしたよね…。す、すごいです…!わ、私、頭では理解してても、焦っちゃうとつ、つい頭が真っ白になっちゃって…」


「いえいえ、ルシャさんもお上手でしたよ。」


 そう、こいつらがA組の残りのメンバー。あの気強い金髪がアティーテで、そいつに文句言ったのがアシュ。アシュの弟がリタで、敬語使ってるロン毛がニル、そしてあのメガネかけたちっちぇのがルシャだ。

 ま、ニルとルシャは他のメンツと比べてエーカンテに来るの少し遅かったからまだぎこちなさは残っているが、見てわかる通り基本仲良し。変な奴らだけどいい奴らだ。


「ってかさ、誰かサハのやつどこにいるか知らね?アイツ今日俺たちに重大発表あるってよ。」


「ああ、サハさんなら少し忘れ物をしたと言って教室に戻っていらっしゃいましたよ。」


「またアイツなんかやるの〜?前は何やったんだっけ?」


「ダンス極めるとか言って一日中踊り狂ってた。」


「そうそう笑笑 あ〜れは傑作だったなぁ〜笑」


 数ヶ月ほど前、テレビで見たアイドルに魅了されたサハが突然「俺もアイドルになる!」宣言して踊り狂っていた時期があった。結局、ダンスはできても歌は片想いだったらしく諦めたようだが。


「またどうせしょうもない特技極める宣言だろ。俺はパス。」


「ちょっと兄ちゃん、もしかしたら大事なことかもしれないよ…。」


 訓練後の疲労も相まって普段以上に気が立っているアシュ。そんな兄を宥めるように、だけども疲弊した兄を刺激しすぎないように、リタは慎重に言葉を選ぶ。絞り出したその当たり障りのない言葉は、今回に限ってはドンピシャに未来を言い当てているのだった。


「うん、多分今日の発表は大物だと思うぞ。なんてったってアイツこの星から逃亡するらしいから。」


「ーーーはぁ!?!?」




〜ドーラム豆知識その2〜

サハは運動神経抜群、天真爛漫な17歳。彼曰く、ドーラムではあまり見ないスカイブルーの髪色と周りよりちょっと小柄な体がコンプレックスらしいぞ!

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