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安寧求むる君たちへ  作者: 形而上ロマンティスト
第二章:惑星イルシャー

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フェイタルリゾルヴ

「ルシャ……?」


 見上げた先にはルシャと思わしき人物の影。

 でも、その姿は俺らが知るルシャのそれではなかった。


 欠けた四肢からは見覚えのある蔦腕が数本、螺旋をなして伸びていて、ニュルニュルと不気味に宙を漂う。

 胴に巻き付く細い蔦は幾重にも積み重なり、ギリギリと捻れるそれが小柄な彼女の体躯を中空に固定する。

 きっとパーパと争った結果だろう、顔には痛々しい切り傷がいくつもついていて、メガネは割れ、片方の目は真っ赤に充血していた。

 それでも彼女は心の底から嬉しそうに、引き攣った笑みを湛え恍惚とした表情を浮かべる。


「あはっ!それ、みんながやったの?

 すご〜い♡ …やっぱり、私のつくった失敗作とか、いらなかったよね…!」


 そう溢したルシャの目にはもはや俺たちなんて映っていなかった。

 焦点の合わないその眼光はここではないどこか異空間を見つめているようで気味が悪い。


「ルシャ……お前…ルシャなのか……?」


 咄嗟に出したその言葉は、おそらくこの世で最も酷い質問だった。


 今、彼女の精神が混沌としているのは火を見るよりも明らか。

 そんな倒錯した彼女相手、まずは時間を稼がないと。

 俺はそう思った。

 だけどなんだ。

 結果として捻り出したその言葉がルシャを刺激してしまっては本末転倒じゃないか。



「え?…まぁそっか、私のことなんて、もう誰も覚えてないよね?

 出来損ないのお荷物さんなんて、記憶からもいなくなったほうが環境的だもんね。」


 俺の焦りとは対照に、彼女の蔦腕は少し速度を落とした。

 まだ、間に合うかもしれない。

 会話の余地が、そこにあるのなら…


「い、いやそうじゃなくて…!

 お前…その姿は一体…

 パ、パーパはどうしたんだよ…!?」


「パーパちゃん…?

 あぁ、すごいんだよ? あの子。 この腕、見かけよりもすっごく動かしやすいの!なんか、付け根から先端まで関節が無数にある感覚でね、まるでジョイントの多いロボットアームを動かしてるみたい!」


「いや…それってどういう…

 その蔦って…」


「ねぇシャンティさん、何が言いたいの?

 私がバカでダメで読解力の無い悪い子だから分かんないんだと思うんだけど…

 でも、なんかちょっと変だよ…?」


 胸に抱いた薄い希望が儚い幻のように霞んでいく。

 

 もう手遅れだ。


 そう、思ってしまった。

 ああ、なんて酷いリーダーなんだろうか、俺は。

 でも、俺が受け止めきれる地獄にだって限度があった。


 ルシャは今、ある根本的な歪みを当然のように受け入れている。

 非現実的で非科学的、故にまるで彼女らしくない、その事実。

 

 ”パーパの腕が自分の腕になっている”


 やはり、俺はまた悪い夢でも見ているんじゃないだろうか。


 この星に来てから、見たことのない出来事は無数に経験してきた。あらゆるものが新鮮で奇怪。それでも、ドーラムで得た科学知識をもとに俺たちなりの理解を深めてきたつもりだ。

 

 でも、もうそれすら通用しないのかもしれない。

 目の前に映るはまさに魔法だ。

 人の想像力が作る非現実的世界、ファンタジーの光景なんだ。

 

 絶対に、現実と虚構を混同してはいけない。

 小さい子供がテレビを見るのと同じだ。

 彼らは現実と空想の分別がつかないから、ヒーローが現実にいるものだと勘違いする。

 現実には起こり得ない爆発やテロに怯えながら生き、同時に存在すらしない英雄を信仰するようになる。


 だがもしも、その架空のテロや爆発に現実で遭遇してしまったらどうだろうか。

 その時はもう、想像と現実の区別など存在しない。

 まるで想像しうるあらゆる事象が顕現可能かのように思え、目を塞ぎヒーローの登場を待つほかなくなる。 


 手に余る状況に今、シャンティは自らがヒーローになり得ないことを悟った。

 


「…ルシャ、お、お願い…!私たちを助けて…!」


 後ろで震えるアティーテの声が鳴った。

 恐る恐る投げられたその声には、アティーテの葛藤が乗っている。


「見えるでしょ…、この火事…!

 こ、この勢いじゃ…私たち、拠点まで戻れない…!

 拠点には、まだニルとリタが残ってるの…! 早く助けに行かないと、二人が危ないかもしれないから…!きっと、今のルシャなら…!!」


 それを聞いたルシャは上げっぱなしだった口角を下ろし、考えるように頭を傾げた。


「火事…火事…。なーんだ、みんながやったんじゃないんだ…。


 リタちゃんとニルさん…か…。

 ニルさんの頭脳、尊敬だな…。

 リタちゃんの子供心も尊敬できる。でも、子供心ってどこにあるんだろ?

 こころって感じだとやっぱり心臓?いや、こころは脳にあるって説もあるし…」


 もはや何を話しているのか分からない。

 あまりの荒唐無稽さに共感しようという気すら遠のいていく。


「な、なぁお前…、

 さっきから言ってるその尊敬って…一体なんなんだよ…?」


 そう言い放ったサハに対し、ルシャはまるで不思議なものを見ているようにキョトンと目を丸ませ、既に傾いた頭をもっと傾げて答えた。


「尊敬って…尊敬ですよ…?

 あ、そっか。

 皆さんは『できる人』だから…?」


 ルシャはうんうんと納得したように一人で頷いた。


「これはすみません、皆さんには馴染みの浅い単語でしたよね…!

 皆さんとは違う私みたいな劣等者には、できないことが山ほどあるんです。

 そこで、できる人のことを尊敬して、その人になろうと頑張るんです!

 それが、尊敬なんです!」


「で、でもお前…

 い、いま、その”尊敬”する相手を傷つけようとしてるじゃないか…!」


「いやだから…、

 尊敬するっていう事は 

 その人になろうとすることなんですよ…サハさん。」


 ルシャは先ほどの熱気籠った声色からうってかわって、ひどく冷めた、氷のような声でサハに言った。


「私は昔から…きっと、生まれた時から、「ヒト」の失敗作だった。 

 脳も体も細胞も、DNAの構造から遺伝子まで、あらゆる要素が劣等品で、みんなみたいな優秀な「ヒト」には元々なれない存在だった…。

 だから、いくらやってもいくら望んでも結果は私に振り向かない。

 私はこれに気づくまで、随分と時間がかかってしまいました…。



 でも…そんな私に、パーパちゃんが希望を与えてくれたんです…♡」


 ルシャの眼球が吊り上がり、うっとり陶酔する表情が浮かびあがる。


「お願いすれば、願いが叶う…

 そんな与太話、バカみたいだと思いませんか?笑

 そんな都合のいい奇跡なんて起こるはずもない。

 失敗作は失敗作。正規品になれるわけが無いんです。


 だから私、適当に

 死にたいです

 ってお願いしようと思いました…笑」


 誰一人として彼女の話についていけてなかった。

 ただ、「死」という言葉の響きに、並々ならない緊張が走る。

 シャンティの背中で炎がパチパチと音を立てた。


「でも…なんででしょうね…

 その瞬間、心の底から思ったんです___


 みんなみたいになりたいな


 って。

 そしたら、この森が私に奇跡を起こしてくれたんです…!」


 ルシャは目を見開き、この世ではないどこかを見つめる。


「一瞬、思考が真っ白になりました…!

 それはそれは綺麗で、頭の中にこびりついた汚れが綺麗に洗われていく感覚でした…

 その快感に包まれた次の瞬間、

 今まで考えてもみなかった斬新な発想が私の頭にポッと浮かび上がったんです…!


 『物理的に違うのなら、物理的に同じになればいいじゃない』


 って!」


 背中に感じる熱が増加する。

 既にスーツの体温調節機能はエラーを起こし、直に当たる炎は火傷を意識させるには十分だった。

 それでも、誰もその場から動かない。



「なんか、できるかもって思ったんです。


 今まで、いくら努力しても尊敬する人にはなれなかった。

 私なんかの頑張りじゃ、天賦の差異は埋められなかった。

 生まれながらにして付与された格差においては、当人の努力なんて関与の余地すら与えられていなかった。


 だから、初期条件を変えるんです。


 皆さん、化学の魅力って…なんだと思いますか…?」


 突然の問いに、彼らは戸惑う。

 それは問題の内容が故か、はたまた彼女に返答できるものがいなかったからか。


「それは、再現可能性。

 初期条件を整えて、実験過程をそっくりそのまま真似すれば、必ず求めた結果が得られるって性質です。」


 ルシャの顔には再度、引き攣った微笑みが戻ってきていた。

 この時シャンティは初めて、ルシャはこんなにも表情豊かな人だったんだな、と思った。


「そこで私、気づいたの。

 『初期条件』が根本から違う私の身体でいくら努力しても、意味なんてなかったんじゃん!って!♡」


 彼女の肩がモゾモゾ蠢く。

 次の瞬間、スーツを内から食い破って両肩から蔦腕が突き出した。


「なら、初期条件を整えちゃえばいいじゃん!

 可愛くなるためには、顔の皮膚を。

 賢くなるためには、前頭葉を。

 記憶力なら海馬を、フィジカルなら筋肉を、俊敏性なら両脚を、視力なら両目を…

 尊敬する人とそっくりそのまま同じになれれば、私はその人に近づけると 

 思いませんか?♡」


 無茶苦茶だ。

 シャンティはそう思った。

 ルシャの言っていることに論理的な破綻はない。

 けれど、問題はそんなことではない。

 理論よりももっと、根本的な何かが間違っている。

 きっと、それは


「そんなの…尊敬じゃない…。


 ただの嫉妬じゃないか…。」



 しまった


 シャンティはそう思った。

 その音が彼女の耳に届くや否や

 ルシャの表情は一転した。

 楽しそうで嬉しそうな破顔から

 信条を貶された動揺に。


「違うッ!!!」


 その叫びと同刻、宙に漂う蔦腕がシャンティ目掛けて放たれた。

 動きは早い…が、パットラのものと比べると些かお粗末。

 俺はすかさずナイフを手に取り、その急襲に対応する。

 ジャク…という聞きなれた音に続いて、迫り来る蔦腕にスッと刃が通る。

 勢いそのままナイフを並行に流し、何本かの蔦で補強された蔦腕一本を綺麗に切り落とした。

 意思の通わなくなった蔦腕がベチッと音を立てて地に落ちる。

 しかし、たったそれだけで攻撃が終わるはずもない。

 ルシャの失った腕からは新たに何本もの蔓が生え揃い、それらが螺旋状に束となって欠けた部位を補完する。



「お前ら!!!」


 シャンティがそう叫んだときには既に、サハとアシュは臨戦体制についていた。

 サハの背中から降りたアティーテはまだ足に力が入らないようで地面に座り込んでいるが、その右手は光銃にかかっている。



ドドドドドドド……!!


 迫り来る無数の蔦腕。

 ルシャの攻撃は見境がなかった。

 手に届くもの全てを拒絶するようなその物量は男手3人であっても油断を許さない。


「ルシャ!!!」


 ルシャの攻撃を上手くいなしながらもサハが叫ぶ。


「お前、ちょっと考えすぎなんだよ…!

 誰もお前のこと、できない子だなんて思ってねぇよ!!!」


「そんなの嘘だ!!!

 みんなは優しいから思ってても言葉にしないだけでしょ!?!?

 私なんて、端から同じ立場じゃないじゃない!!!!!」


「なんでそう思うんだ…!!

 お前は既に俺たちのために動いてくれたじゃねぇか…!!

 ドーラムで惑星軌道調べてくれたり、こっちに来てからだって水の精製を一生懸命やってくれたじゃないか!!」


「そんなの…!!!

 みんなの仕事量に比べたら少なすぎる!!

 惑星軌道なんて適当にデータベース漁るだけ、水なんてアスヤーくんを殺しかけた失敗作じゃん!!!

 私には、もう何をやってもダメなの……!!!」


 ルシャの声がだんだんと高くなっていく。

 少し湿ったその震える声は、明らかに誰かの助けを欲している。

 なのに

 俺たちの言葉じゃ

 ルシャの耳に、ルシャの心に届いてくれない。


「おいルシャ!!!それは違うぞ!!!」


 アシュがそう叫んだ。


「俺はともかく、アティーテが惑星データの細かい数字なんて1時間でも眺められるわけねぇじゃないか!

 水だって…あの時は強く言っちまったけど、あれは別にお前が悪いわけじゃねぇ!!

 なぁルシャ、もう少し話し合わないか…?!

 俺にあのこと、ちゃんと謝る機会をくれねぇか…?!!」


 アシュがそう丁寧に問いかける。

 きっとこの場の誰よりも拠点に残るリタのことを心配してるだろうアシュ。

 なのに、今はそれよりもルシャを優先しているんだ。


「うるさいうるさい!!!!

 そう言って、心の底では私のことお荷物だって思ってるんでしょ!!!!

 役立たずだって思ってるんでしょ!!!!」


「そんなことない!!

 なんでそう悲観的になるんだよ、ルシャ!!!」


「だって!!!私だけがこのチームで何も成果を上げていないんだもん!!!

 私にはただ、みんなの成果のいいとこ取りをして

 心の中で一人、みんなのことを尊敬することしかできないの…!!!」


「ルシャ!!!」


 アティーテの高い声が響いた。

 彼女の右手は今、光銃にかかっている。

 が、それを構えることを躊躇している。

 そんなアティーテが金切り声で叫ぶ。


「あんたね、私だってあんたのこと大好きで尊敬してるのよ…?!!

 癪だけどアシュの言う通り。 私は惑星データなんて1秒も見たくない!

 あんたは私の持ってないものを持ってて、私にはできないことができるの!

 でも、私はあなたみたいになろうなんて思ったことない…!

 人には人の役割があると思わない…?!!

 ルシャ、あんたはあんたのままでいいんだよ!!」


「アティーテさんまで……!!

 違う違う違うの…!!!

 うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!」


 蔦腕の動きがますます加速する。

 ナイフ一本じゃ対応が追いつかない。

 少しずつ蔓が体に当たりはじめ、スペーススーツに傷が入る。

 全身に少しずつ擦過傷が刻まれている感覚もあった。

 けれどそんなこと気にならないほどもっともっと重要なことが俺たちにはある。


 激しく蔦腕を動かすと同時に、ルシャの体からは一本、また一本と蔦が生え、その都度痛々しい血飛沫が宙に舞っているのだ。

 攻撃に使われていない蔦が少しずつルシャの体に巻き付いていき、彼女の体躯をどんどん締め上げていく。

 このままじゃ、じきに埋もれて見えなくなってしまう。

 もう会えなくなってしまう。

 今この瞬間を逃したら、もう二度とルシャに会えないような気がする。


 光銃の存在が頭をよぎったが、それはダメだ。

 蔦が絡みついて、体のシェイプが見て取れない。

 間違えてルシャの体を撃ってしまう可能性が高すぎる。

 そもそも、攻撃が激しすぎて光銃に持ち替えることすらできない。

 他に何か策はないのか。他に何ができる?

 

 何もできない。

 何も届かない。

 不甲斐なさに押しつぶされそうだ。


 ルシャの体に巻き付く過剰量の蔦が遂に彼女の首へと到達し、絡みつき、顎を抑え、全身が埋もれて今まさに顔が隠れようとする。彼女の目から光る雫が溢れた気がした。



 その時


バシュッ


 何者かの人影が空高く飛び上がる。

 それは勢いよくルシャに突っ込み、そして何かを盛大にばら撒いた。


ジュウウウウウゥゥ


 液体のようなそれはルシャの全身に巻き付く蔦に付着するや否や盛大に蒸気を上げ、凄まじい反応音と共に全体へと赤黒く侵食していく。


「悪い、遅くなった。

 状況は、なんだ。」


「先生…!!!」


 ああ、今日はデジャビュが多い。

 いや、これはデジャビュじゃないか。

 二週間前、初めてやった狩猟の時と同じ。


 ここぞという時、

 先生が助けに来てくれた。




===

 アスヤー君の秘密を必ず吐かせる。

 それはもちろん、彼の事情を鑑みず懐へ土足で入り込む野蛮な行為だ。

 きっと、一筋縄では行かない。

 嫌われる程度なら安いもん、最悪の場合はきっと争いにまで発展する。


 その覚悟で、俺はアスヤー少年と対峙した。


 しかし

 事態は俺の予測を遥かに裏切った。

 それも、最悪の方向に。


 突然の光。

 そして天へと昇るあの白光。

 それを見つめる俺の後ろで彼は呟いた。 

 なんで…と。

 その顔は絶望そのもの。

 目に光が宿っていない。

 しかし、それはつまり、彼はこの光について何か知っている。


 俺はアスヤー少年に問い詰めようとした。

 詰問、尋問、なんでもいい。

 とにかく今は、最速であの光について情報を得る。

 何も隠し立てさすまい。


 …が、俺は結局そうしなかった。

 理由は単純。

 彼は既に、心を現実とは違うところへと飛ばしていたからだ。

 伊達に孤児院の先生をやっているわけじゃない。

 子供の表情、特に、精神面的な葛藤は見ればすぐその方向性に見当がつく。

 今の彼の顔は単なる恐怖だけじゃなく、後悔や不安、原因追及と責任感で頭が埋め尽くされている時のもんだ。

 こんな状態の子供は皆、どれだけ外部から言葉をかけようとそれが芯へと届くことはない。

 脳が外界からの情報をシャットアウトしちまうんだ。

 ただ一つ、彼のその表情から持ち帰ることのできるものといったら、これはきっと彼にとっても後悔の生じる異常事態なのだと言うことだろう。


「アスヤーくん…。

 俺は先に行く。子供達を守らねばならん。」


 俺はそれだけおいて、来た道を戻った。

 

 

 アスヤー少年との密会の場としてテントから十分距離がある場所を選んでしまったのが裏目に出た。

 ここからテントまで最速でも4、5分、そしてあの光の発生源まで行くにはさらに4、5分はかかるだろう。


 俺は走りながらレーダーを確認した。

 最初に目に入ったのは二つの点、ニルとリタの信号が拠点にある。

 そしてそのすぐ近く、狩猟班の3人は全員固まっているようだ。

 そこで俺は状況の奇妙さに気づく。

 ルシャが明らかに変な位置にいる。

 それも、ただ変なだけじゃない。そこはアスヤー少年が毎日通う、あの湖の場所じゃないか?

 さらに何故かアティーテの信号がニル、リタとは別の場所にあるし、それはルシャのいる方向へと進んでいる…いや、よく見たらシャンティらも拠点には戻る気配がないのか?!


 なるほど、理解したぞ。 あの光の発生源はあの湖か…!

 なぜあいつらが勝手な自己判断で湖まで向かおうとしてるのかなどもうこの際どうでもいい。元々、理由さえ与えれば自分の星からも逃亡するような肝の座った奴らだ。ここは彼らの判断を尊重する。

 とはいえ、なら俺はどこへ行くべきだ?

 あの湖までなら道はある程度理解している。

 一直線に向かえばそこまで時間はかからないはず…、それこそ、シャンティたちが着く頃には俺も合流できるんじゃ…


 いや、違うな。

 あいつらが一ヶ所に集まるなら、それはある程度安全な場所となる。

 特に狩猟班の奴らはこの二週間で動きがかなりよくなった。野獣レベルの脅威くらいならあいつらだけで十分対応できるだろう。

 ならば俺が行くべきは戦力の薄いリタたちの方だ。

 あの光が野生生物の行動パターンを乱している可能性もある。

 ニル1人にリタを任せるには荷が重いだろう。

 

 そうして、俺は顔に被さる草枝を跳ね除けながら、最速で拠点を目指した。

 

 

 結果論だが、この選択は間違っていなかったようだ。

 とは言え、だ。

 状況は想定よりもはるかに悪い方向へと進行していた。

 全力で拠点へ向かってる途中、明らかに空気が濁ってきていたから覚悟はしていた。 

 が、蓋を開けてみれば、あと一歩遅かったら犠牲が出るというほど二人は窮地に追いやられていた。

 間に合ったのは奇跡と言ってもいい。

 俺のスーツにスラスター機能がなければ確実に間に合わなかった。


 そんなギリギリのところではあったが、俺はなんとかリタ達と合流を果たせた。

 しかし、目の前の光景にもう、俺の余裕は完全に消え去っていた。


 拠点が燃えているのだ。

 

 遠くからでもうっすら見えた黒煙。

 吸い込む空気がだんだんと棘を含んでいくその感覚。

 だろうなとは思ったさ。

 しかし、いざそれを目の前にすると心が揺らいだ。

 もう、自分たちは端からこういう運命であったんじゃないかと。

 もう、俺たちは救いようがないんじゃないかと。


 俺は二人から現在の状況を迫った。

 強い子達だ。 この混沌とした状況の中、俺が欲しい情報を正確に把握している。

 それを聞いて俺は少し勇気をもらえたと彼らが知ったら、二人は失望するだろうか。


 さて、とは言っても状況は見かけ以上に絶望的なようだった。

 二人からもらった情報。

 パットラの暴走。火の不始末。それら二つが作り出した地獄。

 幸い、今パットラの大半は火に夢中だ。 リタを狙ったやつも、それ以降追撃してくる様子はない。


 が、だ。

 こいつらのせいもあるんだろうが、流石に火の手が回りすぎている。これはどうにか鎮火できるレベルをとうに超え、このままだとこの森を全焼させてしまうほどだ。

 さらに、パットラの気がいつ変わるか分かったもんじゃない。

 こいつらの興味は万物へ向く。 それが俺たちやこの拠点内の何かになることは時間の問題だ。


 チェックメイト、ほぼ詰みだ。

 こうなってしまった以上、もう残された手段はただ一つ。

 この森、この星を放棄し、俺たちだけ脱出を試みる。


 アスヤー少年、パットラたち。

 彼らに人情を振り撒けるほど俺たちに余裕は残されていない。

 多くは望まん。子供達を守る。それだけを第一にせねばならない。

 とはいえ、この判断は子供達には辛いだろう。

 彼らに着せるには罪が重すぎる。

 俺が全ての責任を取らなければ。

 俺は大人だ。 必要ならば、鬼にでも悪魔にでもなる。ならねばならないのだ。


 俺は二人に宇宙船へ戻るよう指示し、自分はあの湖へと走る。

 これまでの選択の中で唯一功を奏したのは、アスヤー少年との密談前、脱出の準備を軽く整えておいたことだ。

 必要最低限の物資は船に運んでおいたし、船のスリープモードも解除してある。

 二人が無事辿り着ければ、1分もしないうちに脱出の準備が整うだろう。

 

 俺の目標はただ一つ。

 残された子供達の回収。

 そのためなら俺は、火だろうがパットラだろうが立ち向かう覚悟をした。

 

 

 ___はずだった。

 



「……!!! …シャ…!! ___か!!!」


 通信越し、シャンティの声が聞こえてきた。

 その音はひどく乱れていて、翻訳機能もうまく作動していない状態だ。

 しかし、それでも伝わってくる、彼らの壮絶な状況。


 彼らは今、戦闘している。


 一刻も早く向かわなければ。

 この感じ、かなり厳しい戦況のようだ。

 もしかしたらもう火の手がそこまで回っているのかもしれない。


 二週間の思い出が詰まる広場を駆け抜ける。

 丸く円状に切り取られたようなその広場は、もう既にその半周を火の海が侵食している。

 吸う息が痛く、目もろくに開けられない。

 少し寄り道をし、そのまま真っ直ぐみんなの元へと足を急ぐ。


 シャンティたちがちょうど火の向こう側にいることをレーダーで確認し、大回りをしてそこへ駆けつけることにした。

 幸い、アティーテも彼らに合流したらしく、俺の助ける対象が一点に固まっている。

 さらに、彼らとの距離が近づくにつれ、彼らの音声がより強く耳に入るようになった。

 その音はまさしくただの音であり、あまり意味をなす言葉には聞こえない。

 翻訳機が正常に機能していないこの現状を見るに、今、この辺一体は意思場の乱れが酷いんだろう。意思が意思場に乗ってちゃんと届かなければ、翻訳機は機能しない。この機械の、唯一の欠点だ。


 無理やり道なき道をかき分け、ついにそれが見えた。

 宙に浮かぶ謎の物体。

 それは蔦でできた繭のようで、うねる蔓が数本前方を激しく攻撃している。


 やはり、寄り道してでもアレを持ってきたのは正解だったようだ。

 俺はスラスターでその物体に急接近し、そして持ってきた小瓶をぶちまけた。

 中に入っているのは通称、鹿酸。

 水精製のため保管しておいたそれをルシャの研究テントから取ってきたのだ。

 敵がここの原生生物であった場合、それはもれなく最強の武器となる。

 持ってきておいてよかったよ。


 

 しかし、次に俺が見た光景は俺の想定していたどの現実よりも悪趣味なものだった。


 蒸気を挙げ侵食する鹿酸。

 その空いた隙間からチラリ映るその中身。

 その繭の中には、泣いている少女がいた。



「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁ」


 途端、ルシャの叫び声が響き渡る。

 なんだ、これは。

 ルシャ…なのか?


 そんな動揺すら、子供達に見せてはならない。

 後ろを確認するとそこには、全身ボロボロで満身創痍の子供達が立っている。


「先生…!!」


「状況報告!! ルシャはどうした!!?

 あれはなんだ!!」


「あ、あれは……」


 シャンティが一瞬言い淀む。


「あれがルシャです。 パーパの蔦腕を奪って今、暴走してて…!」


「はぁ!?

 でもやっぱあの中にいる子はルシャなのか!?」


 俺はとりあえずその蔦繭へ飛びかかり、酸でデロデロになった蔓を引き剥がしその中身を確認しようとした。

 

 が、


「先生、危ないっ!!!」



バンッッッ!!!


 瞬間、脳が揺れる。

 わざわざ死角から攻撃してくるその小癪な攻撃を、俺はモロにくらってしまったらしい。

 地面にぶつかる衝撃にギリギリ意識は保てたが、目が回って三半規管が悲鳴を上げる。


「せんせい…


 痛いですよ……」


 ルシャの声がした。

 けど、どうも方向がおかしい。

 まるで、上空から見下ろされているような方向で…。


 顔を上げるとそこには、紛れもない、ルシャの姿がそこにあった。

 無数の蔦に侵食され、身体のいたるところが鬱血し青白く変色している。

 なのに、顔だけは、頑張って笑顔を作ろうとしていた。


「「先生!!! 大丈夫ですか!!!!!」」


「ああ悪い、大丈夫だ…。

 で、これはどういうことだ、ルシャ…?」


 正直立っていることすらギリギリだったが、虚勢を張ってルシャに聞く。


「どういうこと…

 もう…分かんないんです…

 ただ、みんなのその…

 優秀さが憎いの…!!!」


 ボッと音が鳴った気がする。

 それほどの気迫でそう叫んだルシャは全身の蔦を一斉にこちらへ送ってきた。


「走るぞ、お前ら!!!」


 俺は鹿酸もう1ビンを迫り来る蔦腕にお見舞いし、その隙になんとか走り出す。

 他の奴らも俺の合図にしたがって一斉に走り出した。


「待ってぇぇぇええええ!!!!」


 酸に悶絶するルシャだったが、それでも無理やり蔦腕を動かしこちらを追ってきている。

 周りの木々にぶつかり、鈍い音を立てながら迫ってくるのが耳に届く。

 木々を薙ぎ倒しながら来ているようだ。

 

「先生、どこに逃げますか!!?

 拠点方向が燃えてて…」


「ああ、拠点はダメだ。

 俺たちは船に戻る。

 今頃、ニルとリタが起動準備を終えているはず。

 この星は放棄してすぐ飛び立つぞ。」


「リタ!! ってことは先生、あいつらは…?!」


「ああ、二人は無事…って訳でもなさそうだが、とりあえず大丈夫そうだ。

 お前らはどうなんだ?

 アティーテ、お前は足をやったか?」

 

「はい…ちょっと捻っちゃったみたいで…。」


「アシュ、アティーテ乗せながらがキツければ俺に言え。

 代わるぞ。」


「いえ、全然大丈夫です…!」


 リタの無事を聞いてアシュの顔に元気が戻った。この状況…、正直助かるよ。

 心の中でそう言いながら、俺は度々後ろを振り返り光銃で蔓腕を撃退する。

 本体はきっと酸の侵食がピークに達しているんだろう。 

 少しずつだが距離が離せている。


「先生…

 ル、ルシャは…」


 シャンティがそう言って、でもすぐに


「い、いや…なんでもないです。」


 とだけ言った。


 賢い子だ。

 彼だけじゃなく、この場のみんな。


 分かっているのだ。 

 そう簡単に答えが出るものでもないのだと。


 今は辛うじて全力で走れてはいるが、正直先ほどの一撃がまだ芯に響いている。

 そして、ギリギリなのは俺だけじゃないだろう。

 子供達も精神的、肉体的に疲弊している。

 酸の効果が切れるまでどれほどかかるか分からないが、もし暴走したルシャがそのまま襲いかかってきたら今度こそ全滅を迎える可能性がある。

 とはいえ、彼女を無力化しなければ、宇宙船すら出すのも危うい。

 まさに、絶体絶命。


 そんな俺に、たった一つだけ策があった。

 成功率は50/50。

 が、何よりこの策は一つ、重大なものを計算に入れていない。

 

 俺は覚悟を決めた。

 作戦を成功させる覚悟?いや、そんなんじゃない____






 鬼になる覚悟だ。

〜イルシャー豆知識その15〜

 ドーラムの科学者によって完成された意思理論によると、あらゆるものの意思は意思場によって伝わっているっていう話なんだ。 

 それは古典物理学に登場する重力場、電場、磁場に加わる第四の場として解釈され、それらと似た数式で定性化されているらしいよ!

 その系を扱う学問、意思物理において原理として認められているものは3つ!

1. 意思場は重力場、電場、磁場に相互干渉する。

2. 意思あるものは全て意思波を意思場上に発生させ、それらは普遍的な波の性質、干渉や回折等を示す。

3. 無機物の定義を意思波の検出が限りなくゼロに等しいもの、そして有機物の定義をそれ以外、とする。

なんだって!

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