カオス
ーーー遡ること数十分ーーー
「アティーテさん…遅いですね…」
黄昏時に差し掛かる彼らの拠点には、夕飯の支度をするニルとリタの姿があった。
不安そうなその表情とは裏腹に、辺りにはジュージューと食欲をそそる音が鳴り響いている。
「そろそろアティーテさんが行ってから10分経つよね…?本当に大丈夫なのかな…」
「シャンティさん達の姿もまだ見えませんし…先生もなかなか帰って来ませんね…。」
「このままじゃせっかくのお肉が冷めちゃうよ…」
気まずい沈黙流れる。
仲間に何かあったのではないかという不安。
それなのに何も行動を起こせていない自分。
かといって、下手に自分判断で動くこともチームとしての連携を損なってしまう。
そんな難しい状況に置かれた彼らにはやはり助けになることは何もできず、ただその場で祈ることしかできなかった。
目の前に並ぶ、美味しそうに照り輝く鹿肉だけが彼らの意識を現実に引き留める。
そんな重々しい空気の中。
それは唐突に起こった。
ーーーーーーービュンーーーーーーー
目に映る世界が一瞬、真っ白に染まる。
それは刹那の一瞬、それこそ、瞬きしていたら見逃してしまうほど一瞬の出来事で、もはや視神経の不調を疑ってしまうほどだった。
「…!? 今……!」
「はい、今何か光りましたよね…?!」
それが自分だけのことではないと自覚できたのは、お互いの顔を見合った時。
互いの表情からそれが幻覚や錯覚などではなく、確かに現実に発生した異常であると認識する。
驚く顔そのまま、彼らの視線は自然に同じ方角へと流れた。
「…ニルさん…あれって…」
二人の視線の先には、真っ白な光の柱があった。
それは森の遠くを発生源とし、雲層を超え遥か天空へと伸びている。
その光は一目見れば一瞬うっとりさせてしまうほど魅了的であり、同時にそれが不吉の前兆であると気付かせる不気味な魔力を持っていた。
「二、ニルさん!火、弱めて!!」
焦ったリタの声に言われふと視線を手元に戻すと、溢れた肉汁がプレートの上を流れて火に注ぎ、焚き火がジュウジュウと音を立てながら勢いを増していた。
「ああ…!すみません…!」
ニルは少し水で湿らせた枝木を数本焚き火に加え、すぐに勢いを調整する。
「あの光…なんなんだろう…。」
リタが肉をひっくり返しながらそう言った。
その目線は肉と遠くの白光とを行き来している。
「そうですね…、何かこの惑星における自然現象の一種でしょうか…?
それにしても不気味ですね…
白の光があれほどまでくっきりと見えると言うことは、あらゆる光波長が散乱せずに全て私たちの網膜まで届いているわけです…それはきっと、ものすごくエネルギーが必要なはず…」
「何か危ないものだったらどうしよう…
アティーテさん…ルシャさん…みんな早く帰ってこないかな…」
そう呟いたリタさんの声からは不安の声が漏れていた。
いや、それもしょうがないこと。
今広場には私とリタさん、二人しかいない。
普段はみんな和気藹々と楽しく過ごしていたから忘れかけていたけど、私たちは今、故郷から離れ見ず知らずの世界に放浪している身なのだ。
未知への恐怖、見知らぬ地での孤独感。
それらを軽減してくれたのはやはり、みんなが居てくれたからこそなのだ。
たった二人で待つことしかできないこの瞬間、そのことを痛感する。
「(やっぱり、あの光は嫌な予感がする…
ただの気象、自然現象の類なら問題ないかもしれないけれど、自分にはあれが自然に発生し得るものには到底思えない。
さらによりによって今はまさに日が沈もうとしている時間。
辺りも暗く、何か変化があっても気付きにくい時間帯…。
まずは自分たちの身の安全、特にリタさんの安全が第一優先ですかね…。)」
ニルは真剣な表情でリタの方を見た。
「ここは一旦、調理を中止しましょう。
やはりあの光には嫌な予感がします。
みんなが帰ってくるまで、ここで焚き火を見ながら待っていましょう。」
それを見てコクリと頷くリタ。
急いで石盤の上に焼かれた鹿肉を自家製トングで挟み、プレートに置いておくか蓋付き容器に入れてしまうか迷いオドオドする。
その姿にクスリと笑みをこぼしながら、ニルも石盤上に残った油を容器に移した。
焚き火にしては強すぎる火力を数本の湿った枝で調整する。
弱まる炎の勢いに比例して、周囲が少しだけ暗くなった。
「僕、ランプ取ってきます!」
結局、お肉はプレートの上に避難させることにしたリタが追加の灯りを持ってこようと席を立った。
その時
「あれ…?」
立ち上がったリタが小さく呟いた。
その視線はテントの方角にも、あの白い光の方角にも向いていない。
ニルは、リタの向く方向を追従した。
その先に映るは小さく波打つ影の数々。
暗くてその姿は確認できないが、それらは十中八九パットラ達だった。
「……」
彼らはゾロゾロと群れをなし、住処とする木々の中からゆらゆらと出てきた。
パットラは基本、広場に点在する木の根本、あるいは幹をくり抜いてその中で生活する。
主なエネルギー源は太陽光。
植物と動物の両方の性質を併せ持つ彼らは、普段はおしなべて温厚で友好的、どんな生物に対しても基本中立的な立場を保つ。
そんな彼らはこの森においては珍しい、音を使って意思伝達を行う生物。
故に、アスヤーやシャンティらとは他の生物と比べて分かりやすい共生関係を築けた。
シャンティ達との共同生活において、彼らの生活に一つ、新たな文明が加わった。
それは、火だ。
シャンティ達の作るキャンプファイヤーによって、彼らは初めて火と言うものを目の当たりにする。
それは周囲の酸素を吸い尽くし息苦しい焔煙を上げる代わり、メラメラと美しい灯りを彼らに届けた。
初めこそ、彼らはその文明に興味津々だった。
毎晩毎晩、キャンプファイヤーを起こすたび何匹ものパットラがその場に集まりだし、その揺れる輪郭をアスヤーと一緒に眺め見る。
あるものはキャーキャーと興奮を露わにし、あるものはうっとりと魅了されたように見入っていた。
しかし、目新しいものの新鮮さというのはそう長くは続かない。
きっと、これは人間のみならず、全生物にとって共通することなのだろう。
シャンティたちが訪れてから一週間ほどが経った頃、大半のパットラは既に炎から興味を失っていた。
そもそも、彼らにとって、日没は一日の終了を合図する。
遺伝子レベルに刻まれた彼らの生活リズムにおいて、夜更かしすると言うのは非効率的で決して好ましいものではなかった。
そのため、もはやもう見慣れてしまったキャンプファイヤーなど、わざわざ見にくるパットラの数はますます減少し、すでにその数は0に近しいところまで来ていたはずだった。
故にリタは驚いた。
今夜、目の前には何故か大勢のパットラが群れている。
いつもの千鳥足でふらつきながら、彼らはゆっくりとこちらに近づいてきている。
これほどまで数が揃うのは、一体何日ぶりだろうか。
もはや、初日ぶりの可能性だってあるレベルだ。
「うわぁ…!」
ニルが急にリタの腕を後ろにグイッと引っ張り、リタはバランスを崩してふらついた。
急に引っ張られたリタは驚いた顔をしている。
「急にすみません、リタさん。
ですが…」
何かが、おかしい。
パットラがこんなに集まるのも不自然だが、それよりももっと不気味なものーー
静かすぎる。
パットラは誰一人として声を発していない。
彼らはいつも、小さな子供のようにピャーピャーと喚いている。
きっとパットラの性質なのだろう、
思った感情をそのまま音に出し、思った思考をそのまま口に出す。
それは言語を用いてコミュニケーションを取る彼らにとって重要な意思疎通手段であり、同時にそれ以外の意思疎通技能は持っていないという明確な証拠でもあった。
しかし
今の彼らはどうだろうか?
これだけ大勢いるのにも関わらず一際静かで、誰一人としてその甲高い声を発してはいない。
不気味なほど静か。
気持ちの悪い静寂。
「ど、どうしたのニルさん…!?」
リタはまだ困惑と言った表情のままだ。
この不自然さに気づいていないのか、もしかしたら気づかないフリをしているのかもしれない。
というのも、さっきから異様に空気が悪い。
どうしようもないほど巨大な不安が胸のうちに膨張していくのを感じる。
この騒めきに囚われてはいけない。
一度呑まれると、二度と帰ってくることができないような気がする。
そんな不吉な緊張が、あの光以降漂い続けている。
ニルはほろ苦い唾をゴクリと飲み、リタに冷静さを装って言った。
「リタさん、冷静に聞いてください。
パットラたちの様子が変です。
不気味なほどに静かじゃないですか…?
何か嫌な予感を感じます、少しだけ警戒をしておきましょう…」
「確かに…うん、分かった…。
でも変なのって…
あの光のせいなのかな…?」
そう言ってリタが空へと昇るあの白光へと顔を向けた、その時。
ビュッ
高速で何かが空気を擦る音。
それは弾丸より素早く、押し出された空気が遅れてやってくる。
人間の閾値をとうに超越した、超速な動き。
「(いま何か、すぐ側を…)」
ニルがそう思ったのと同タイミングだろうか、
彼の視界は宵闇に包まれた。
「(暗い……?
火は…!?)」
音、視覚、思考。
その全てが一つの事実に結びつく。
火が、消されたのだ。
いや、正確にはそうじゃない。
視界は確かに暗くなった。
が、完全に真っ暗闇ではない。
もちろん、あの白光の分もあるだろう、
しかし、視覚に感じる明るさはそれだけじゃない。
無機質で荘厳な恐ろしい白色ではなく、暖かく穏やかで包み込むような赤が混じっている。
眼球がその光源を捉えるまでわずかコンマ数秒。
その後、ニルの顔には焦りが浮かび上がった。
「…すごい…すごい!」
可愛らしい、天真爛漫な声が広場に響く。
それは、可愛い子供の声。
純粋無垢なパットラの声。
群れの中、一番手前にいたパットラの葉先からは2本の蔦腕がニュルニュルと伸びており、その片方は暖かい光に包まれていた。
「やった!火!火!!」
全体的に黄色がかったその葉身。
その特徴は確か、ミーミさんだ。
ミーミから見て右の蔦、それは今、ホワホワとした白い光に包まれている。
そしてその先端には、不思議な白色を掻き消すほど熱烈な赤い炎が宿っていた。
それはメラメラと勢いをつけ、ミーミの腕を少しずつ少しずつ侵食していく。
「いいな…!いいな…!ピピも!ピピも!」
「ギギも欲しい!ギギも!」
「ずるい、ずるい!ルルの!それ、ルルの!!」
一匹のパットラの言葉に共鳴し、パットラたちの思考が伝播する。
彼らがいま注目するは自然における最大の脅威。
本来ならば本能的に防衛反応を示す必要のあるその脅威は、今や皆の注意を惹く宝物と化していた。
「ミーミさん!早く火を!!」
ニルは咄嗟に手元にあった水ボトルをぶちまけた。
ばら撒かれた水分子は炎に届きはしたものの、それを消火させるには至らない。
「(なんてことだ…!早く消火しないと…!
どうしても急に焚き火に手なんて…!アスヤーさんがいないから!?
あの白い光は?熱さは大丈夫なのか?やけどは?
いや、そもそもなぜ燃え移った!?
普通、植物の蔓には維管束を中心に水分が豊富に蓄えられていて
火に近づけたとしても燃え移ることはないはずなのに…!)」
兎にも角にも、火がパットラに燃え移ってしまった。
それはこの惑星、この拠点で火を扱うにおいて最も注意しなければならないこと。
周囲は森、パットラも植物。
この森に自然な炎など、どこかに落雷でも起きなければ自然発生はしない。
その環境で自分達は火を扱う。
それはすなわち、外の文明を利己的に持ってくる危険な行動だ。
その責任として、生態系への影響をできるだけ最小化する義務がある。
その義務を一番に背負うべき存在は、チーム内で火元の管理を任されたニルであった。
チームにおける役割分担。
そこで請け負った火の管理。
そんな彼において、今目の前に広がる現実は起きてはならない最悪の状況だった。
「ミーミさん!早く火を…!!!」
___ドジュ……
とりあえず、早く火を。
そう思ったニルは早くも2本目の水ボトルに手を伸ばしたところだった。
まずは痛みからだった。
そのあとは痛み、
そして痛み。
激痛に思考が真っ白になり、全身の神経に電撃が流れたような気分がした。
ようやく脳が機能を取り戻すと、伸ばした腕に、緑色の蔓が突き刺さっている。
その先は血で赤く滲み、それが自分の血であるとは頭が受け付けなかった。
ブシュッ…
また右腕に凄まじい痛みが走った。
腕を貫いた蔓がズル…という音に続いて抜かれ、空いた空洞からは赤い血が溢れ出る。
「ん”ん”ん”………!!!」
やっと動いた体は右腕を抱いて縮こまる。
穴を塞がないと。
痛みや衝撃でぐちゃぐちゃな脳内の中、唯一冷静な自分がそう言い聞かせる。
左手で傷口を塞ぎ、圧力で血の循環を阻害しようと試みる。
でも、少し握るだけで傷口は悲鳴をあげ、とてもじゃないが止血などできないと思った。
「…ニルさん!!!!!」
リタの声が聞こえた。
そうだ、まだ、リタがいる。
彼の手を借りれば止血は…
___いや、違う。
今はそんなことどうでもいい。
今自分がやらねばならないことは、自らとリタ、二人の命を守ること。
たとえ自分の身が傷もうと、最低限リタだけは無事に守らなければ。
さっきのはどのパットラだ…?
一体なぜ…?
かろうじて冷静さを取り戻したニルの視線はパットラへと戻る。
炎を宿した蔦の持ち主、その反対側の蔦腕は途中から赤色に滲んでいた。
「ミーミの火、とっちゃダメ!!」
彼女の左腕は先端にかけて赤く色づく。
ニルの血によって赤く色づく。
ミーミがニルを襲ったのだ。
ニルがそう理解した時。
ザシュッ
血に濡れた蔦腕
___とは反対側の、炎の腕が宙に舞う。
「あ”あ”あ”!!!
…ミーミの!!!ミーミの返して!!!!」
葉身から切り離された蔦腕は炎をそのまま美しい白光に包まれる。
それはまるで何か奇跡に直面しているような、審美的な神々しさがあった。
淡い白に包まれてホワホワと宙を漂う蔦腕。
それを一匹のパットラがズプリと突き刺す。
「わーい、ギギの、ギギの!!これ、ギギの!!!」
「ダメーー!!!それ、ミーミの!!!」
「ううん、それ、ピピの!ピピも欲しい!!!」
「ずるいずるい、ルルの、ルルのー!」
ザシュッ ザクッ ズプッ
「み、みんな、…ちょっと…」
リタが震える声を漏らす。
ビュン バシュッ グスッ
「あ、あぁ……!」
彼の声は届かない。
ザクッ ザクッ ザクッ
ほんの数秒のことだった。
ミーミが焚き火の炎を奪い取り
ニルがそれを消そうとし
ミーミが反撃してニルの腕に穴が開く。
そんなミーミをギギが影撃ちし
炎の宿ったミーミの腕が宙を舞い
ギギが嬉しそうに強奪する。
それを見たパットラは我を失い
我こそはとこぞって炎の腕を奪い始める。
ほんの数秒のことだった。
炎の宿る蔦腕は一匹、また一匹へ移り行き
その度に悲痛な叫び声と蔦が斬られる痛快な音が鳴り響く。
彼らの争いは音速を超え
目にも止まらぬ速さでしなる腕は
溢れる火の粉を宙に舞い上げる。
辺りにはパットラの体液がバシャバシャ飛び散り
ついに
降り落ちた火の粉が地にあった枯葉に引火した。
その惨劇をニルとリタはただじっと見ていた。
火は枯葉から枯れ木へと、枯れ木から草花へと、
ゆっくり着実にその範囲を拡大し
目に映る景色が徐々に明るくなってゆく。
新たな炎は新たな宝石。
パットラたちはますます乱暴に活気づき、目に映る炎全てを独占しようと蔓をしならせる。
まるで地獄のようだとニルは思った。
未知の超力に魅了され、欲望を赤裸々に争うパットラ達。
他者の幸福を受容せず、自らの福のみを満たそうとする傲慢な暴力。
もはや数秒前に受けた腕の傷すら痛みはなく、その醜い感情の暴動にただ絶望した。
「みんなもう辞めて…お願い…だから…」
震える声でリタが鳴く。
パットラの暴走は人が止められる範疇を超えている。
彼はただ手を前に構えて止める仕草をするだけで、決して彼らに関与することは許されなかった。
ビュッ
その瞬間
リタの目はまんまるに開いた。
目の前の悲劇を止めようと
興奮状態のパットラを少しでも落ち着けようと
ほんの少しだけ片足を前に一歩前に出たところ。
目では追えないその蔦腕が一本
目の前に流れてきたのを知覚した。
視界を横切るようにしなるそれは
脊髄反射であろうと間に合わない
スパッ
リタは、死んだと思った。
脳裏に焼きつくコンマ1秒。
疾速に迫る蔦に、流れてくる生温かい風。
それが一瞬すぎて、自分がいま生きているのか、それともすでに斬られて幽霊にでもなったのか分からなかった。
「……おいお前ら…これは何事だ…。」
いつ自分は目を閉じたんだろう。
ずっと目を開いていたと思ったのに、いつの間にか目を閉じていたらしい。
脳裏には迫る蔦がまだ残っている。
恐怖で頭がいっぱいだ。
それでも、聞き馴染みのある安堵感のある声が聞こえた。
だから、恐る恐る目を開けると
僕の前には背の高い人影があった。
それは怒ったような焦ったような声でそう、僕に尋ねたんだ。
「…先生!!」
間一髪
先生の到着が間に合った。
先生の手にはナイフが逆手に握られており、その視線は脅威の方向へと向けられている。
足元には蔦が一本転がっており、やはり死にかけたのは事実なんだと怖くなる。
先生の額からは脂汗が滲み出し、周囲の火炎に照らされて険しい表情が浮かび上がった。
「お前ら二人だけか!!他はどうした?!
シャンティは?!!!」
先生は前を向いたまま、後ろで固まる二人に声を出した。
「み、みなさんの場所は分かりません…!
シャンティさんたちはまだ狩りから戻ってきてなくて…」
「ルシャさんがいなくなっちゃって…!
それでアティーテさんが探しに…」
後ろから見ても先生の顔が歪んだのが分かった。
その顔はとても苦しそうで、けれど先生の眼光が鋭く光った気がする。
「ここで何が起きた?!
こいつらはいま何やってんだ!!俺らにとって、敵か?!!」
「分かりません…!
焚き火を狙われて、火が目的みたいなんですが…」
「あ、あの光…!
あれが出てからおかしくって…!!」
二人はなるべく簡潔に、最速で起きたことを先生に伝えようとした。
「…なるほど分かった。 お前らに怪我はないか?」
「二、ニルさんが…!」
「いえ、大丈夫です、
平気です。」
リタがびっくりした顔でニルの方を振り向く。
「致命傷ではないんだな?」
「はい、少し腕を刺されましたが問題ありません。
動けます。」
「ニ、ニルさん…ほんとに…?」
「分かった、すまんが今は少し耐えろ。
緊急事態だ。俺の指示に従え。
お前ら二人は船まで最速で走れ。
船まで行けたら傷の処置、その後ここを発つ準備を最速で終わらせろ。
誰かが発てと言ったら即座に飛び立てる状態にしておけ。」
「分かりました。
先生は…?」
「俺は他の奴らを探す。
見つけ次第、船まで直走させる。」
「了解です。
無事を祈ります。」
「あ、あの、荷物は…」
「ここにあるものは全て放棄する。
何一つ持つな、手ぶらで走れ。
この火はもう止められん。
惑星イルシャーはもう終わりだ。」
「そ…そんな…」
「あと、今からはヘルメットをつけておけ。
緊急時はサインを出すこと、加えて他の奴らにも定期的に通信を出しておけ。
分かったか!」
「「…ガッチャ!」」
そうしてニルとリタは先生を背にその場から離れ、宇宙船の方向へ走り出した。
プレートに乗ったソテーが、ドサっと静かに地面に落ちた。
===
「勘弁してくれよ……」
アシュが小さな声で呟いた。
ルシャを置き去りに逃げてきたシャンティたちは広場へと走っていた。
しかし、目の前に立ちはだかるは自然の脅威。
轟々と燃え上がるその炎は空気を蝕み、あらゆる生命に直感的な恐怖を植え付ける。
デジャビュ
シャンティはそれを感じた。
夢で見たあの光景と似ている。
住み慣れてきた森が炎の海に侵食され、理屈も道理も効かない理不尽な脅威が心を恐怖の海へ沈める。
「これ…拠点どうなってんだ…?」
そう言ったサハの声も少し震えていた。
全速力で走ったあとなのに、息継ぎも忘れるほどの絶望がそこにある。
「待って…、ニルとリタは…?」
光を失った眼でアティーテがそう言った。
その途端、シャンティの視界左が燃え盛る森に突っ走った。
「…おい、アシュ…!!」
シャンティは走り出したアシュを追いかけギリギリその手を掴む。
しかしアシュはそれを必死に振り払おうとした。
「アシュ!ちょっと待て!!!
この火の中じゃ無理だ!!引き返すぞ!!」
「うるせぇシャンティ!
俺を止めんな!
中にリタがいんだよ!!」
「バカ野郎、突っ込んだってどうにもなんねぇだろ!!
リタにはニルが着いてる!
二人がこの火の中逃げない訳ないだろ!!」
「じゃあなんでこの森が火事になってんだ!
あいつらに何かあったからこうなってんに決まってんだろ!!!」
「それでもこれ以上行っちゃダメだ!!!
お前まで死んじまうぞ!!!」
「うるせぇ!!死んだっていいんだよ!!!!」
「おいお前ら!!!!」
激昂するシャンティとアシュの言い争いの中、サハが無理やり割って入った。
しかし、その声はただ喧嘩を諌めるために荒げた声ではない。
その口喧嘩なんかちっぽけな問題に思えるほど、より危機的な絶望を知らせる音だった。
「ねぇ…みんな…
逃げないでよ…♡」
ギョッとする声がした。
二人が後ろを振り返ると、そこには誰もいない。
視界の左に映るサハの姿を確認する。
その首は45度上に傾いており、空を見つめているようだった。
シャンティはその視線を辿ると、自分はまた悪夢でも見ているのかと思った。
そこには恍惚とした表情を浮かべたルシャが蔓を全身に巻きつけながら宙に浮いていた。
〜イルシャー豆知識その14〜
パットラはこの森において唯一独自の言語体系を持つ生物だぞ!
元々はただ発する周波数の違いで外敵や脅威などを仲間に共有するために進化した能力だけど、世代を経るごとにその信号はより広い幅を持ち、今や言語と呼べるほど体系的で膨大なものになったんだ!
音の出し方はとても簡単!葉身に小さく空く気孔から二酸化炭素を吐き出すことで、周波の高い笛のような音が変幻自在に出しているぞ!
シャンティらの使う翻訳機は検知した周波数をもとに人間の声を復元するから、彼らにとっては子供の声に聞こえているんだ。中でも、パーパの声は無邪気で可愛い男の子の声らしいよ!




