後編
前編と同時投稿です。誤ってこちらを先に開いた方は【<< 前の話】をクリックしてください。
2017.08.11 加筆修正。
もう物語は始まっている頃だろうか。
実家の事が気にならないかと言えば、とても気掛かりだ。ザリエルに歪められた家族関係は良くなかったが、それでも情がない訳ではない。
特に四十も離れたオッサンに付け狙われている妹が不憫でならない。ロックの奴、上手くやってくれただろうか?
使用人や家臣も心配だ。ザリエルの魔の手に何処まで侵されているか分からないけど、全員が裏切っている訳ではないだろう。それにお家騒動に振り回される領民にも申し訳ない。
でも、この田舎と呼ぶのも烏滸がましい秘境には都会の噂話が数年遅れで届く有様。山を隔てた隣国の話など、ここを訪れる数少ない商人たちの耳にも入らない。
かと言って郷を出て故国の話が届くような場所まで出る気にもなれない。
メリッサ譲りの美貌に男好きするスケベボディの少女が見知らぬ土地で一人暮らしなどしようものならどうなるか、火を見るより明らかだ。おまけに右眼はスミレ色、左眼はヒスイ色のオッドアイという嬉しくない中二仕様は良くも悪くも印象に残りやすく、トラブルホイホイも甚だしい。
護符術具を卸す際に商人から噂話をそれとなく聞き出そうとしてはいるが、欲しい情報は今のところ手に入っていない。
やきもきするけど、仕方がないと割り切ろうとする自分もいる。
成り行きはどうあれ、物語から降りるために私は家族を捨てた。
命を拾ったのは僥倖だが、人間を辞めた上に性別まで変わった。侯爵家の縁者である証明はまず出来ないので、下手に近付けば無用のトラブルを引き起こすだけだろう。
自ら望んで退場したのだ。今の私には侯爵家の行く末、引いては物語に関わる資格は無い。だから姉に言われるままに口調を変え、言動も砕けて『侯爵令息シリル・ロジャーズ』は顔立ちに名残がある程度まで消した。前世の名を名乗っているのも、シリルは死んで別人になったのだとケジメを付けるためなのだ。
ダークエルフは妖精族らしく長命で、老いても姿は若々しいままだ。
この先、私はこの郷から出ることなく時の流れに取り残されて生きるのだろう。何十年も経てばこんな事があった、ということも忘れてしまうのかもしれない。
などと世捨て人な心境で腐っていたマズかったのだろうか。災厄は痺れを切らしたらしく、向こうからやってきた。
「んー、こんなもんかなぁ……姉さん、どう?」
「可愛いけど、ちょっと地味じゃない?」
出来上がったバングルを姉さんに見せ、実際に腕に嵌めて具合を見て貰う。
ダークエルフの褐色肌に銀の輝きがよく映える。
「やっぱ地味かな。でも石を増やしたら重くなるからなぁ」
「いっそ素材を銀からミスリルに変えたらどうかしら」
「ミスリル使って効果が障壁だけってショボくない? それにコストがねぇ」
術式陣を刻印した金板を重ね合わせて表側に蔓草の意匠の彫金を施し、銀製のフレームに嵌め込みんで要所に水晶粒を散りばめたが確かに地味だ。
「石をダイヤにしたらどーかな?」
「悪くないと思うけど、仕入れも加工も大変よ?」
「そーだよねぇ」
マッドな研究バカ種族ダークエルフの郷では素材が慢性的に不足している。
そのくせ外部との交流は疎かというか、面倒臭がるから始末が悪い。何よりも優先されるのは目の前の研究なのだとか。
メリッサは勉学の為に幼い頃から外に出ていたらしく、それなりの社交性を持っている。行商人の窓口は主に彼女が担っており、金属素材なんかも外で結んだ昔の伝手を使って仕入れているのだそうだ。
「貝の真珠層を貼るのはどうかしら」
「あれ綺麗だよね。どうやって取り出すのか知らないけど」
「外側を削るか溶かすか、ね。頼めばやってくれそうな人は沢山いるわ」
「そだね、いっぱい居たわ。あ、量産できそうならそれも商品にしていいんじゃない?」
「いいわね。あの人たち、使うだけ使って稼げるものを作らないし」
困ったことに郷の住民達は経済観念が欠如している。
素材はあればあるだけ遠慮なく使いやがるので、必要分は勝手に持ち出されないように確保しておかねばならない。
しかも研究成果や製作物は趣味性が高すぎて需要がない。種族総穀潰しとか本当に勘弁して欲しい。
外が俄に騒がしくなった。
車輪が転がる音が徐々に近づいて、人々の会話する声が集まってくる。
行商人が到着したようだ。
姉さんに試して貰っていたバングルを箱に納め、他の製作物と一緒に纏めておく。
玄関から出ると、郷の中央にある広場に荷馬車が五台連なって入ってくるところだった。実は距離が結構あるのだが、長い耳は伊達じゃない。慣れるまでは夜中に森の奥で吠える獣の声に悩まされて寝不足が続いた程度にはよく音を拾う。
毎度思う事だけど、郷の門からこの広場まで割と距離があるのよね。なのにここまで辿り着いてようやく出て行くって、この郷の連中は呑気にも程があるでしょ。門番なにやってんの。隊商も先触れ出しなさいよ。
「いらっしゃい、ハーゲン。元気そうで嬉しいわ」
「やぁメリッサ、相変わらず美しい。俺も無事に会えて嬉しいよ」
「ありがとう、お世辞でも嬉しいわ」
「お世辞なものか。君ら姉妹ほどの美人なんて、大陸中探したってそうはいないさ」
旅装ながらも身なりの良い、ガッチリした体格の髭男がこちらへ歩み寄り、姉さんと握手を交わす。
こんな僻地にある郷と取引をしてくれる稀有な商人御一行だ。
で、このハーゲンさんも例の昔の伝手って人。四十過ぎのように見えるが、姉さんより歳下だそうな……うん、深く考えるのはやめよう。せっかく拾った命を投げ捨てるのは良くない。
「こんにちは、ハーゲンさん。前に卸した分は売れた?」
「おうムツキちゃん、お邪魔するよ。もちろん完売さ、次はいつ入荷するのかって催促されたよ」
「そうなんだ、よかったぁ。デザインがありきたりだから、飽きられたらどうしようって思っていたの」
「いやいや、下手に奇を衒っていないから服装を選ばないって評判だよ。せっかく術式付与された物だから、常に身に付けていたいという人が多いんだ」
遠回しに地味って言われてる気がするんだ。
派手なものを作りたい訳じゃないけど、やっぱりデザインも気に入って買って欲しいなぁ。
ネタはあるけど、それを活かせるセンスはまた別物。やっぱり簡単には行かないよね。侯爵家にいる間にもっと勉強しておけば良かったなー。
ああ、そうだ。せっかく真珠層を作るんだし、漆塗りと蒔絵も郷の誰かに開発して貰おうかしら。シックだけど目を惹かずにはいられない黒と朱と金銀螺鈿の織り成す独特な美は、この世界でも絶対に受けると思う。凝り性なダークエルフにはピッタリの作業だし、うまくいけば郷の特産品にできるんじゃないかな。
「今回はムツキちゃんにお客さんを連れてきたんだ」
「お客さん? 私に?」
「うん。君のファンだよ」
私のファン? 地味デザインを確認した直後にファン登場ですか? こんな秘境まで遥々お越しとな?
売りの術式付与自体も効果はともかく、種類は売れ筋を狙ったものばかりで目新しさはない。オーダーメイドを頼むなら、ここまで来る旅費で都市部の工房に依頼した方が早いし安上がりで確実だろう。
奇特な人が居たものだ。もちろん嬉しい。
「会うかい?」と問われたので頷くと、ハーゲンさんは停っている荷馬車へと駆け寄っていく。そして幌馬車から三人の男女が降りてきた、のだが……あれェ? 妙に見覚えがある大男が居ませんかね?
「はじめまして、私はドロシー・プレストンと申します」
目の前まで歩いてきた三人のうちの一人、私とあまり変わらない年頃の若い女性が長いスカートを両手で軽く摘み上げて腰を落とす。
綺麗な所作のカーテシーをこんな秘境で目にしたことも驚きだが、彼女の名乗りに唖然としてそれどころではない。
艶のある波打つ紫髪に画面の向こうのプレイヤーをじっと見つめるような碧色の目、そして生真面目そうなこの顔には非常に見覚えがある。幼い頃も整っていたけど六年経つとこうなるのか~、とか、液晶画面で見るよりもずっと美人だな~とか思い出に逃避したくなるが、そういう訳にはいかない。
「ご丁寧にありがとうございます、睦月です。こんな森の奥まで大変でしたでしょう?」
引き攣りそうになる表情筋を叱咤してにっこり笑顔を作る。どうして貴女がここに居る!? と叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
ドロシー嬢は六年前まで『シリル』の婚約者だった女性で、死亡フラグ第二號さんだ。
物語では父を弑逆し、兄を追放して侯爵家を簒奪したシリルに逆らえず、実家の子爵軍を率いて反乱軍の尖兵となった。そして主人公が率いる義勇軍と遭遇するや矛を交えるどころか即寝返り、反乱軍の内情を暴露して壊滅へと追い込むのだ。
淡々とした口調からは婚約者への情は一切感じられなかったし、シリルを討ち取った後も何も語らなかった。
実際に婚約者として接していた間も観察されているような視線を感じる以外は儀礼的な言葉のやり取りに終始していて、貴族としての義務感で親に言われるがまま交流していたようにしか思えなかった。だからシリルが死んでしまえばさっさと別の婚約者が充てがわれると思っていたから、彼女に関しては全く心配していなかったのだ。
それにドロシー嬢は筋金入りの箱入り娘である。あんな事情でもなければ兵を率いるどころか、自分の足で地元の商店を巡ることすら殆どしないような令嬢だ。
それが何故こんな辺鄙な場所に来ているのか。
他の二人にもすっごい見覚えがあるのだけど、気拙くて正視できない。したくない。
あと胸部にものすっごい視線を感じるのだけど、どうしたら良いのか分からない。
「ええ、長い道のりでした……」
そう呟いたドロシー嬢は遠い目をしたようだった。が、それも一瞬のことで、実は私の気のせいだったのかもしれない。
「早速ですがお尋ね致します。これを作られたのはムツキ様、貴女で間違いありませんか?」
いつもの淡々とした口調と共に差し出されたのは、やや幅広な造りの銀製のアンクレット。不整地を歩く時や高いヒールを履いた時に足首を痛めないよう、バランス感覚を補正する術式と簡易的な治癒術式が組み込まれている。
今見ると彫金がちょっと雑というか、荒削りな感じがするので割と初期に作ったものだと思う。
私が作ったものが故国にまで流れていたのか。ちょっと感慨深いものがある。
「ええ、私が作った物ですね」
そう答えた瞬間、後ろに控えていたもう一人の女性が動いた。
それはさながらラガーマンのタックルの如く、一瞬で低い体勢をとった彼女は矢のように飛び出して一投足で距離を詰めると、私の腰に腕を回して抱きついたのだ。
豊満すぎる胸部装甲に彼女の顔が埋まる衝撃で息が詰まったが、転倒はなんとか堪えられた。が、しかし――。
「やっと……やっと見つけましたわ…………『お兄様』ッ!」
――乳肉に篭もりながらも血を吐くようなその声色に、飛んで逃げたしたくなっても仕方が無いだろう。絞められる鶏みたいな悲鳴を上げてしまった私は悪くない!
でも逃げられない。腰をガッチリロックされていて身動ぎも辛い。体格的にも体力的にも優れているわけではないから強引に振り解くのも難しい。
ドロシー嬢の後ろに佇む大男をチラリと睨みつけてやる。あいつの手解きに違いない。くっそう、ニヤニヤ笑いやがって小憎らしい!
「ムツキ~」
凛とした涼やかな声に呼び掛けられてそちらへ振り向くと、姉さんがハーゲンさんはじめ隊商の人達を率いて移動し始めていた。
「私達は長の所で手続きをしてくるから、お客様のお相手は任せるわ」
「へ? いや、ちょっ、姉さん!?」
「よほど熱烈なファンのようだし、ちゃんとおもてなしして差し上げなさいな」
引き留めようにも腰をホールドされた状態ではどうしようもなく、広場から倉庫の方へ歩いていく姉と隊商を呆然と見送るしかできなかった。
姉さんには『僕』の事情は話してある。だからこの訪問者が何者か察したのだろう。
そして彼女もダークエルフである。面倒事の臭いを敏感に嗅ぎとってトンズラを図ったというワケだ、ちきしょーめ!
「よう、坊。えらく可愛く、というか色っぽくなっちまったなぁ」
「ロック……なんでこの二人がここに? いえ、どうしてあなた達が一緒に、それもこんな少人数で行動しているの?」
「まぁ、話せば長くなるんだが……」
ドロシー嬢の後ろに佇む大男、ロックは以前より精悍さが増したおっさん面で遠い目をしている。
説明をしてくれたのはドロシー嬢だ。
「シリル様の暗殺に端を発した混乱は、今や国の東半分を巻き込んで収拾がつかない状態です」
どうしてそんな大事に発展した!?
「私は侯爵閣下よりセラフィーナ様の世話役を仰せつかり、王都のタウンハウスに避難しておりました」
「セラの世話役? なんで? 貴女は子爵家の一人娘でしょう?」
そう尋ねるとやたら目力の強い視線でじっと見詰められた。
戸惑ってロックの方へ目を向けると何故か呆れたような顔をされるし、なんなの?
「……それはひとまず置いておきます。事態収拾の為にご助力頂ける方を求めて王都で活動していたのですが、かの奸物がセラ様を手に入れんと魔の手を伸ばしてきたのです。ロック様をはじめ護衛の活躍により何度かは凌げましたが、これ以上留まるのは危険と判断したので国外へ避難することにしました」
「伯爵閣下からは神殿は信用ならんから絶対に頼ってはならぬ、と厳命されておってなぁ。故に奥方に一筆認めて貰い、閣下の縁故を頼ったのだが……」
言葉を濁したロックは苦々しい表情を隠そうともしない。先回りされて窮地に陥ったのだろう。
「南方の国境へ向かう途中でザリエル配下の傭兵団に襲われ、連れていた者達は悉く殺されました。ロック様も手傷を負われいよいよ覚悟を決めねばならなくなったその時、とある方に救われたのです」
主人公ですね、分かります。
確か南の辺境伯の庶子って設定だったよね。本当は王の落胤だけど。物語が始まる前だったとしても、あの辺だったら居てもおかしくないし。
「それからしばらくは、その方のご厚意で辺境伯領内に匿われておりました。その折に慣れない旅で足を痛めて困っておりましたところ、痛みが軽くなるからとこのアンクレットを頂いたのです」
彼女らは本来よりもえらく早い段階で主人公パーティに加入したようだ。バタフライ効果だなぁ。
それにしても波乱も波乱、よく無事だったものだ。
抱き着いているのか逃げられないように拘束しているのか微妙なラインだけど、セラは一向に顔を上げず肩を震わせている。手持ち無沙汰に彷徨わせていた両手で私が失った銀色の髪と背中を撫でると、ビクリと身体を震わせた。
話の感じだと母は王都に残ったようだけど、セラ付きの侍女たちはみんな命を落としてしまったようだ。幼い頃から世話をしてくれた者達を失い、どれだけ心細かっただろう。
「それを手に入れた経緯は分かったけど、製作者が私だって目星を付けたのはどうして?」
セラの髪を撫でながら、ドロシー嬢へ質問を続ける。
彼女もお付きの者たちを失ったのだからセラと同様に深く悲しみ、苦労したことだろう。それでも気丈に前を向き続けている。
強い人だ。『僕』にもその気概があれば、もっと違う未来を築けたかもしれないが……。
「私達を救ってくれた方のご友人が教えてくださいました。アンクレットとこのチョーカーの製作者は同一人物だ、と」
そう告げたドロシー嬢は外套の首元を緩め、白く細い首に巻かれた物を指し示す。
それは革紐を黒のレースで装飾し、結んだリボンに模した中央部に銀の台座と紫水晶で作ったブローチを配置したもの。ちょっと背伸びしたい女の子が好みそうなデザインで、確かに『僕』が作った物だけど……。
「え? それ、まだ持ってたの?」
ていうか使ってたの? あげた時はあんまり関心が無さそうな感じだったし着けているところを見たことがなかったから、とっくに捨てたものと思っていたのだけど。
そう言うとドロシー嬢の瞳が揺れたような、また目力が強まった気がした。
「何か問題でも?」
「いや、別に良いけどね……」
なんだろう。深く突っ込んじゃいけないような……って、なんで私が罪悪感を感じなくちゃなんないワケ!?
「話を続けます。その方が仰るにはこの二つに刻まれている術式には同じ特徴があるそうです。それは呪文に特殊な文字が用いられているそうで、『カンジ』、『ヒラガナ』、『カタカナ』と呼んでおられました」
ぎっくぅ!
心臓が喉から飛び出たかのような驚愕に、もう自分がどんな顔をしているのか気にする余裕が無い。だってドロシー嬢の口から漢字や平仮名なんて、日本語に関する言葉が出てくるとは思わないじゃない!
呪文っていわゆる言霊なんだけど、書いた本人が意味をしっかり理解していればどんな文字や言語を使っても問題はない。
こっちの言葉だと長々と書かなきゃいけないものが、日本語だとすごく短く出来ることがあるのよ。幾つも単語を書き連ねたものが漢字一文字で完結することもあるんだから、そりゃ使うでしょ。時間もスペースも有限だし。
ドロシー嬢に贈ったこのチョーカーには確か銀の台座に魔除けの術式陣を描いて、アメジストの裏側に無病息災とか平仮名で刻んだような覚えがある。今みたいな細かい作業に適した工具は持っていなかったから結構苦労したなぁ。
「チョーカーの製作者は私の婚約者だと告げると、その方はとても驚かれていました。この文字を読み書き出来る人間が自分以外にも居たのか、と」
私もビックリだよ!
これを読めるってことは確実に転生者だ、それも元日本人。主人公の近くに居るって事は物語の登場人物だろうか。
物語の知識があるかどうかは分からないけど、その人物が実力のある魔導師ということは分かる。分解せずに付与された術式を読み解くには特殊な技能が必要になるからだ。
それにしても、まさか日本語から辿られるとは思ってもみなかった。主人公側、それもセラとドロシー嬢だったから良かったものの、まかり間違ってザリエル側の勢力に嗅ぎつけられていたらと思うとゾッとするわ。
「このアンクレットはシリル様が亡くなったと聞いた時期よりも後に作られていることが分かり、私達は一縷の望みを胸に手掛かりを求めて領内の商人から情報を集めました。そして隣国に渡り、手掛かりを辿るうちにハーゲン様と巡り会えたのです」
ふぅ、と一息吐いたドロシー嬢。
いやいや、主人公も友人の転生者も何やってんの!? 聖女と箱入り娘を護衛一人付けただけで旅させるなよ! もしかして転生者さん、物語の知識を持ってないのか!? 素性を隠していても知識があれば、セラとドロシー嬢の顔を見たら大体気付くだろうし。
などとまだ見ぬ主要人物たちへ脳内で悪態を吐いていると、ドロシー嬢はカッと鋭い眼差しを向けてきた。気圧されて思わず後ずさろうとしたが、ホールドが効いていて動けない。
「道中、ハーゲン様から製作者の話を聞きました。これらは若く美しいダークエルフの女性が作っているのだと。そして実際に聞いていた通りの方が現れました」
一旦言葉を切ったドロシー嬢。珍しく逡巡するように視線が彷徨うが、意を決したように私を射抜く。
「貴女は私の知るシリル様とは似ても似つかぬお姿ですが、セラ様とロック様への対応を見るに遺憾ながらシリル様と同一人物であると判断せざるを得ません。いったい貴方が何故そのようなお姿になり、この郷で暮らしているのか」
一歩、ずいっと近付いたドロシー嬢。その目はいつもと変わらないように見えるのだが、どうしてか据わっているようにも感じた。
気が強いとは思っていたけど、基本的には口数が少なく控え目なんだと認識していた。だからこんなにグイグイ押してくるドロシー嬢は初めてで戸惑うばかりだ。特に今は下手に口を滑らせてはいけないような気がする。
「納得のいく説明を求めます」
言い逃れは許さない――そんな副音声が聞こえた気がした。
元より言い逃れなどするつもりはなかったので、事情を話すことは吝かではない。寧ろ右眼の色以外の分かりやすい共通点を失っている私がシリル・ロジャーズであることを証明する方が難しいので、最初にこれを信じて貰う手間が省けたのは有難い。
ただガチで死に掛けていた事をはじめ刺激の強い内容が目白押しなので、ショックを与えやしないかとそっちの方が心配だ。
で、頭以外がほぼ死んでいた事実を語ったら案の定、ドロシー嬢が卒倒した。
そして生体融合技術の応用で辛うじて命を繋げた事を話したら、腰をホールドしている腕に力が篭もりギリギリと締め上げてくる。そーだよね、アナタ聖女ですものね! 禁忌を見逃す筈がないわ!
再び絞められる鶏の断末魔を上げた私は、なんやかんや色々あって故国へ戻ることになった。なんでさ。
「デザインの勉強をしたいって言っていたじゃない。いい機会だし、色々見てきなさいな」
尤もらしい事を言っていた姉さんだけど、あなた面倒事から逃げたいだけでしょう!
でも姉さんの言にも一理ある。私が知っているのは窮屈で偏り捲った貴族の幼年教育とダークエルフの郷の非常に狭い世界での生活に、実感の乏しい前世知識。生の刺激が決定的に不足しているのを痛感している。
姉さん自身も私と同じ年頃には研究機関の附属学校で学んでいたそうなので、本当にいい機会と捉えているのかもしれない。
ともあれ故国に戻った私はなし崩し的に主人公が旗揚げした義勇軍に参加させられてしまい、妹と元婚約者共々めでたく主人公ハーレムに加わった。いや、全然めでたくねーわバカちんがー。
セラは何故か私の乳に執着して離れないし、ドロシーも新しい婚約者を探すどころか妹と一緒になって離れない。
どーにかしてよ、とロックに愚痴っても「どーにもなりませんなぁ」と笑うだけで全く役立たずったらない。
ていうか、いつの間にかライナスの馬鹿が義勇軍に紛れ込んでいるのはどーいうことなのかと小一時間問い詰めたい。
武術は侯爵家で習ってはいたけど、ダークエルフになってからは彫金ばかりやっていて体力作りなんてしてないから剣や槍を振り回して戦うなんて無理。私に出来るのは武具に術式付与を施すくらいで、完全に裏方だ。
なのにあの馬鹿野郎は何故か私を戦場に連れ出したがる。
仕方がないので攻撃用や支援用の術式を組み込んだ術具満載で出撃し、後方に下がって支援専門で凌いでいる。でも正直めちゃくちゃ怖い、帰りたい。
そんで、戦う度にハーレムメンバーが増えるのだけど――。
「ムツキ! 君に決めた!」
「やっかましいわ! こんボケぇ!」
――何故、私は主人公に纏わり付かれているのだろう。
新しく加わった娘の所に行けばいいじゃない!
ハーレムキングから貞操を守るべく、私は今日も姉さんから貰った結界装置に引き篭るのだった。
お読み頂き、ありがとうございました!