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14.可愛い後輩





2026年10月26日、月曜日。お昼休みの時間。


俺は海斗、直樹、谷口の三人とともに、教室で教卓の前に立ち、クラスメイトたちを一望していた。


「よし、それじゃあ、改めてみんなに一覧を共有しよう。俺たち四人が体験した減点をそこへ反映させてるぜ」


そう言って、クラスメイト全員がいるLINEグループに、直樹がまとめてくれた減点対象一覧表を送信した。


みんな各々のスマホを見て、その一覧の内容を読んでいる。


「わあ、結構たくさんある……」


「今分かってるだけでもこれだけあんのか。やべえな……」


クラスメイトたちがざわつく中、直樹が一言付け加えた。


「もちろん、これはまだ現時点で分かる範囲だよ。みんなも、新たに減点の対象が分かったら、ぜひ共有して欲しい」


「どうやって共有したらいいの?」


「LINEグループに直接送信してくれればいいよ。そうしたら、僕がその一覧に随時書き込んでいくから」


「あの~、浅倉くん。私、追加したいのあるんだけど、いいかな?」


「ほんと?もちろんいいよ。今グループに送ってくれるかな?」


前回のミノタウロスのテストを経て、俺たち二年一組は前よりもまとまるようになった気がする。


みんなを見捨てずに、誰一人死ななかったという事実が、俺たちの精神を安定させているんだろう。


次回の実力テストに向けて、さらに仲間との連携を強めていきたい。そうしたらきっと、さらにみんなが生き残れる確率が上がるはずだ。


「優太郎くん、今時点での減点一覧は、こんな感じだよ」


直樹から新たに修正された一覧をもらい、その内容を読んでみた。



【減点対象一覧表(10月26日時点)】


【1点】

・悪口を言う(バカ、アホ、死ね、ブスなど)

・器物破損

・故意に嘘をつく

・感情的になる(怒鳴るとか)

※評価の基準がまだ曖昧なので、要確認


【2点】

・暴力(人を殴る、物をぶつけるなど)

・セクハラ(不同意で胸やお尻を触る、卑猥な言動をするなど)


【3点】

・集団での暴力(いじめ、リンチなど)


【4点以上】

・校外へ勝手に出る

※4点の人が亡くなったのを見たので、具体的な点数はまだ分からない。

・実力テストの無断欠席(10点)

※他クラスからの情報提供



「……なるほど、まだまだ掘ると出てくるな」


「だね、僕もさらに情報収集してみるよ」


「ああ、ありがとな直樹」


俺は改めて礼を述べ、またみんなの方へ顔を向けた。


「さてみんな、貴重な昼休みを使ってすまないが、今度の実力テストについて話し合わないか?」


俺がそう言うと、クラスメイトから「話し合うってどういうこと?」と質問が飛んだ。


「まだテストの内容、分かってないよね?どんな話し合いをするの?」


「そうだな、まあ話し合いというより、心構えの確認みたいなものだ」


俺はチョークを手に取って、黒板に「よい子テスト」と書いた。


「よい子テストの本質は、俺たちが善人であるかを試すものだ。つっても、あいつら天使が勝手に決めた善悪だが」


「………………」


「つまり今後のテストも、俺たちの人間性や善悪を測るようなテストを仕込んでくるはずだ。俺たちがどれだけ結束しようとしても、それをバラバラにされるような状況に追い込まれることになる」


「ミノタウロスのテストが、まさにそれだな」


海斗の付け加えに、俺は「ああ」と言って頷いた。


「生け贄組は助けないと死ぬのに、テセウス組には減点がなかったり、タブレットの情報が欠けているから、疑心暗鬼になったり……。とにかく、あの手この手で俺たちを試してくる」


「………………」


「だから、もし誰かのことが信じられなくなったり、怖くなったりしても、それで罪悪感を覚えることはない。それは、テストで無理やりそういう感情にさせられているだけだ」


「………………」


「信じていた人を疑ったり、憎んだりするのは、本当に辛いし、自己嫌悪になる。でも、必要以上に、自分を責めないで欲しい。本当に悪いのは、こんなテストを開催した天使どもなんだから」


「………………」


「俺たちに必要なのは、テストを俯瞰して見ることだ。天使側が俺たちに何を試そうとしているのか、それを客観的に見ることができれば、きっと仲間を信じられる」


俺は「よい子テスト」の文字の下に、二重線を引いた。


「テストは3月31日まであって、めちゃくちゃ長く感じるが、逆に言えばゴールが分かっているってことだ。だからみんな、それまで一緒に頑張ろう。きっと俺たちなら、なんとかなるさ」


そうして、俺はなるべく笑顔をつくって、みんなに見せていた。



ガララッ



その時、思いがけない来客が現れた。


それは、塩ケ崎さんだった。


「ユータロー、遊びに来たよ」


「あ、あれ?塩ケ崎さん?」


「ぼく、前に遊びに来てねって言ったけど、よくよく考えたら、ぼくから遊びに行けばいいやと思って」


そして彼女は、何の気負いもなく教室の中へてくてくと歩いてきた。


「だ、だめだよ塩ケ崎ちゃん、勝手に先輩の教室に入ったら!」


その後ろには、付き添いの女の子がいた。彼女はかつて、俺たちが一年三組に来た時に、塩ケ崎さんのことを紹介してくれた子だった。


「えー?でも、ユータローは友だちだよ?」


「そんな、先輩を軽々しく友だちだなんて……」


「ははは、塩ケ崎さんらしいや。いいよ、大丈夫。俺も友だちだって思ってるよ」


俺がそう言うと、塩ケ崎さんはぱあっ!と花が咲くように笑って、「よかった!」と言った。


「ねえユータロー、将棋しない?ぼく、もう“ぼく”と対戦するの飽きちゃった」


「お、おお。わかった。でも普通に駒は使いたいな。目隠し将棋はさすがにできないからさ」


「うん、わかった。じゃあ、スマホのアプリ使おう?」


そうして、あれよあれよという間に、彼女と遊ぶことになっていた。


「ふ、藤山、その子って誰だ?」


塩ケ崎さんのことを知らないクラスメイトたちから、質問を受けた。


「ああ、一年三組の塩ケ崎さんだよ。ほら、この前のテストを6分17秒でクリアした……」


「あ、あの一年三組の!?」


クラスが、一気にざわざわと騒ぎ始めた。


「みんな、昼休みにくどくど言ってごめんな。また何かあったら、いろいろ情報共有するぜ」


そうして、俺はクラスの会合を終えて教卓から離れ、自分の席に戻った。


「すみません、ほんと。塩ケ崎ちゃんが無理言ってしまって……」


付き添いの女の子は、俺たちへぺこぺこと頭を下げていた。それを見た直樹が「大丈夫大丈夫」とフォローを入れていた。


「ちょうど、話も終わるところだったから、気にしないで」


「あ、ありがとうございます、すみません」


俺は自分の椅子に座り、塩ケ崎さんは海斗の椅子を借りて、対面に座ってもらった。


「どうだい優太郎?勝つ自信はあるかよ?」


海斗が全部分かった上で、ニヤニヤした顔でそう尋ねてくる。


「ちぇ、相変わらず嫌なことを訊くな海斗。正直、自信なんてねーつっの」


「くくくっ、だろうなあ」


「ユータロー、どうしたの?」


「ん、いや、塩ケ崎さんに勝てる自信がないって話だよ」


「そう?」


「そうさ。君こそ、俺が相手でよかったのかい?俺なんかじゃ面白くないかも知れないけど」


「ううん、いいの。だって、ユータローと遊びたいから」


「ははは、そっか」


そう素直に言われたら、俺も断るわけにはいかない。


「藤山、あなた将棋指せるの?」


谷口は俺の脇に立って、両手を腰に当てていた。


「まあ、それなりにな」


「なら、あんまり簡単に負けないでね。先輩のメンツを保って欲しいわ」


「ちぇ、谷口まで意地悪を言いやがる」


「ユータロー、早くやろー?」


「おう、よしよし。始めよっか」


そうして、周りの友だちに見守られながら、俺と塩ケ崎さんの対局が始まった。







「……あ、あり、ありません」


そして、まあ当然と言えば当然なのだが、俺は塩ケ崎さんに完敗した。


三回中、三回ともこてんぱんに詰められた。


あまりに負けすぎて、もう灰になってしまった。真っ白な灰によ。


「つ、強すぎるよ、塩ケ崎さん……」


後ろで見ていた直樹の声が震えていた。海斗が「そんなつえーの?」と尋ねると、直樹は「うん」と言って答えた。


「僕も駒の動きくらいしか知らないけど、これは凄まじいよ。どんなに優太郎くんが攻めても、完封されてしまう……。まるで、プロの一手を見るようだった」


「かー!やっぱ塩ケ崎ってすげーんだな」


「す、すみません先輩、塩ケ崎ちゃん、遠慮がなくて……」


付き添いの女の子は申し訳ないなさそうに、何度も頭を下げていた。俺は打ちのめされながらも、掠れた声で「だ、大丈夫さ……」と答えた。


「ユータロー、もっかいやろ?」


「え、ええ!?ま、まだやるの……?」


「うん、ユータローとやるの、楽しい」


「そ、そう……?俺、全然君に敵わないんだけど……」


「そんなことない。ユータローは、いつも面白い手を指す」


「ええ?そうか?」


「うん」


塩ケ崎さんは、アプリで今の対局の履歴を遡って、俺にひとつ話をしてくれた。


「例えば、ここは普通、飛車を生かしたくなるところを、ユータローは敢えて捨ててる。でもそれで、ぼくも王が危なくなった」


「ま、まあ……。でも、簡単に君に返されたけどね」


「それはしょうがない。ぼくの方が強いし」


「な、なはは……」


「でも、それが面白い。ユータローは、自分が負けそうだと分かってても、戦いを諦めない。どんな時でも、必ず……一子報いようとする」


「………………」


「ユータローの一手一手がビリビリしてて、火が燃えているみたい。こんなに楽しい将棋、初めて」


「ははは、そっか。まあ、君が楽しんでくれたなら、それでいっか」



キーンコーンカーンコーン



その時、お昼休みを終えるチャイムが鳴り響いた。


「塩ケ崎ちゃん、もうさすがに行かないと」


付き添いの女の子にそう言われるが、彼女は「ええ?やだやだ」と不服そうに答えた。


「もっと、ユータローと将棋する」


「も、もう、だめだよ駄々こねちゃ」


困り果てる彼女へ、谷口が援護した。


「あなた、藤山に三回もやってもらったじゃないの。今日はもう終わりにしなさい」


「えー?サヤカの意地悪」


「意地悪とかどうとかじゃなくて、もう授業が始まるから、止めなさいって言ってんの!自分の教室に帰りなさい!」


「やだな、つまんないの」


塩ケ崎さんは唇を尖らせて、子どものようにブーたれていた。


「塩ケ崎さん、また今度やろうよ」


「ほんと?またぼくと将棋してくれる?」


「ああ、もちろん。いつでも待ってるよ」


「わかった、じゃあまた明日来る」


そうして、塩ケ崎さんは付き添いの子に連れられて、教室から出ていった。


「いやあ、嵐のような子だったな」


俺の言葉に、海斗と直樹が笑った。


「まあでも、可愛い後輩じゃねえか」


「うん。賢い子なんだけど、子どもっぽくもあって、不思議な子だよね」


「だな、いい友だちができたよ」


と、そんな雑談を交わしていた最中。


「ユータロー」


と、またもや塩ケ崎さんが入ってきた。


「お、おおっ、どうした塩ケ崎さん?」


「忘れものした」


「忘れもの?」


「うん」


彼女は真っ直ぐに、俺へ近づいてきた。


そして……。



ちゅっ。



と、俺の頬へキスをした。


「!?!?!?」


「なっ!?」


「おおっ!?」


「ええっ!?」


俺も谷口も海斗も直樹も、みんな度肝を抜かれた。


そんなことはお構い無しに、塩ケ崎さんはにっこりと笑って、俺に言った。


「ぼく、ユータローのこと、好き」


「え?え、え?」


「みんないつも、ぼくと将棋するの嫌がる。ぼくばっかり勝っちゃうから」


「………………」


「でも、ユータローはぼくが勝っても、一緒に遊んでくれる。ぼく、しあわせ」


「し、塩ケ崎さん……」


「これからもずっと、お友だちでいてね」


そうして、彼女はまた、足早に去って行った。


「ちょ、ちょっと待ちなさーい!」


谷口は決死の形相で、塩ケ崎さんを追いかけた。


「あなた!ふ、藤山になんてことを!こら!戻ってきなさい!」


「えー?でもサヤカ、さっきは帰れって言ったよ?」


廊下の方で、彼女たちの言い合う声が聞こえてくる。


「ぎゃははははは!!ひー!マジか!いやーおもれ!!ぬはははははは!!」


海斗はよほど面白いらしく、腹を抱えて笑っていた。


直樹は苦笑しながら、「凄いことする子だね」と呟いた。


俺もさすがにぽかんとして、「あ、ああ」と答えるしかなかった。


「塩ケ崎さん、前に『自分は人の心が分からないことある』って言ってたけど、こういうことなのかもな……」


「う、うん。気に入った人には、物凄く詰め寄っちゃうタイプなのかもね」


俺も直樹も、しばらく放心状態になっていた。


海斗の笑い声だけが、教室に反響していた。







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