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10.第二回実力テスト「迷宮」(4/4)




……廊下の奥へ行けば行くほど、日の光が届かず、仄暗くなっていく。


それが、私の不安そのものを暗示しているようだった。


「はあっ、はあっ、はあっ!」


浅倉の言う一番奥の部屋とは、今は使われていない旧一年生の教室だった。


(藤山!)


その教室の扉が開いていたので、直ぐ様飛び込んだ。


「!」


ミノタウロスの二体は、藤山と藤山の友人(海斗と呼ばれていたかしら?)を、黒板際へ追い詰めていた。


海斗は藤山の左肩を担いで、ミノタウロスたちを睨んでいた。


藤山は苦悶の表情を浮かべて、汗だくになっていた。


彼の右肩からは、血が垂れていた。


「藤山!」


私が叫ぶと、藤山たちもミノタウロスたちも、こっちへ顔を向けた。


「た、谷口!?ダメだ、こっちに来たら死ぬぞ!」


藤山は私へそう言ったけど、もう戻るつもりはなかった。


「あ、あんたたち!こ、こっち来なさいよ!」


私は手前にあった椅子を掴んで、ミノタウロスたちに威嚇した。


「ヴオオオオオオオオオッ!!」


「グオオオオオオオオオッ!!」


「………………」


ミノタウロスたちの雄叫びが、私の身体に浴びせられる。


それだけで、吹き飛ばされそうな気持ちだった。


早くもここへ来たことを、後悔しそうになった。



ヴオッ!!



「きゃっ!!」


ミノタウロスの内の一体が、私めがけて斧を振り下ろした。私は咄嗟に持っていた椅子で顔を守りながら、後ろに仰け反って躱した。


「はあっ、はあっ、はあっ……!」


対峙するだけで、どっと汗が吹き出る。


心臓を思い切り鷲掴みにされて、強く握られているような感覚。


(ど、どうする!?考えるのよ!どうしたらこのミノタウロスたちを回避しながら逃げられる!?)


制限時間を確認する余裕もないけど、もうきっと2分くらいしかない。


(何か!何かいい方法は!?)


「ヴオオオオオ!!」


私が逡巡するのを許さないミノタウロスたちは、同時に斧を振り下ろしてきた。


「きゃーーーーー!!」


私は持っていた椅子を放り投げて、後ろ向きに走り、教室から出た。



ガバァンッ!!



投げた椅子は斧に当たり、ぐにゃぐにゃにひしゃげた。


だがそのお陰で、斧の軌道がズレて、私には当たらなかった。


「はあっ!はあっ!はあっ!」


床に尻餅をついた私は、顎先から落ちる汗をそのままにしていた。


わからない、私じゃどうしようもない。どうしたらいいかわからない。


歯がカチカチと、音を鳴らしていた。


やっぱり止めておけばよかった。こんなところで死ぬのは、嫌だ。あんな椅子のようになるのは嫌だ。


死にたく、ない。


死にたくない。


死にたくない。


死にたく──。




「こ、こっち見ろ!ミノタウロスー!!」




「!」


その時、私はミノタウロスに向かって、上履きを投げる人物を見つけた。


吉田だった。


彼の足腰は生まれたての小鹿のように震えており、声も半泣きの状態だった。


「よ、吉田くんまで何してるんだ!早く逃げてくれー!」


藤山の声へ答えるように、吉田は「俺、情けねえよ!」と叫んだ。


「お、俺、友だちから、『絶対来てくれると思ってた』って言われたんだ……!見捨てようと思ってたのに!俺だけ助かればいいと思ってたのに!」


「!」


「ちくしょーー!俺、俺!自分が情けなくて!!恥ずかしくてしかたねえ!!」


「ヴオオオオオオオオオッ!!」


一体のミノタウロスが、吉田の方へ近づいていった。


「ひ、ひぃっ!!」


彼はその場にへたりこんで、身動きが取れずにいた。


「おらあっ!!」



ドッ!!



そんなミノタウロスの背中へ、海斗が飛び蹴りを入れていた。


「グウウッ!!」


「浮気はよくねーなミノタウロスちゃん!俺のこと忘れてもらっちゃ困るぜー!」


「ウオオオオオオオオッ!!」


そうして、海斗はミノタウロスからの攻撃を綺麗に避けながら、教室の中で鬼ごっこを続けていた。


(はっ!そうだ、藤山は海斗に担がれてたはず!)


私はすぐに、藤山の姿を探した。


彼は教室の隅に座らされていた。


「藤山!」


私が彼の元へ駆け寄ろうとすると、もう一体のミノタウロスが邪魔してきた。


「グオオオッ!!」



ブオンッ!!



大きな腕を使って、こん棒のように振るってきた。


「ひっ!」


私は間一髪でそれを躱し、でんぐり返しの要領でミノタウロスの股の間を通った。


「はあっ!はあっ!っんく、はあっ!」


自分がまさか、こんなカンフー映画みたいな動きをすることになるとは、思わなかった。


「ふ、藤山!」


そしてすぐさま立ち上がり、彼の元へ駆けつけた。


「藤山!しっかりして!」


「た、谷口……」


藤山は激痛に苦しむ顔で、私を見つめていた。


右手はもう血にまみれていて、赤黒く光っていた。


「どうしたのよ!?なんであなたがこんな傷を!?」


「ミ、ミノタウロスのやつ、意外な習性があってな……」


「意外な習性?」


「あいつら、どうやら人間のことしか認識できないらしい」


「え?」


「あれだ、見てくれ」


そう言われてから、私はもう一度ミノタウロスたちに目をやった。


「ウオオッ!!」


「グアアッ!!」


確かに、人間のことは目で追っているのに、ミノタウロス同士は見えていないようだった。


その証拠に、互いの身体がぶつかっても、何も気にする様子がなかった。


「な、なんで……そんな習性を……?」


「たぶん、天使側がそういう風に作ってんだ」


「え?」


「例えば、ミノタウロス同士が偶然ばったり会って、お互いに喧嘩をおっ始めたら、テストにならないだろ?」


藤山は「いてて」と、怪我の痛みに顔をしかめた。


「それに、俺たちみたいに喧嘩させようとするやつのことも、考えてたんだろうな。あいつらに先回りされて、対策されてたんだ」


「そんな……」


「俺も気がつくのに時間がかかっちまった。なんとかお互いに喧嘩をさせようとしたんだが、それで焦ってた時にざっくりいかれてな……」


「……ごめんなさい、私のせいだわ。私が喧嘩させようだなんて提案しなければ……」


「いいんだよ、あの時は最善だと思ったんだ。そして、俺はそれに乗っかった」


「藤山……」


「最善を尽くして失敗するなら、上等さ。後悔はねえよ……」


「ヴオオオオオオオオオ!!」


ミノタウロスが、私たちめがけて襲いかかってきた。


「きゃーーーー!」


「そらっ!!あっち行ってろ!」



ガンッ!!



藤山が目の前にあった机を蹴って、ミノタウロスへぶつけた。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


藤山は身体中に汗をかいていて、制服がびったりと肌に吸い付いていた。


「谷口、もう……生け贄組は、みんなグラウンドへ出たか?」


「え、ええ!みんな無事よ!」


「そっか……。それならよかった」


「バ、バカ!何をもう終わる気持ちでいるのよ!?制限時間だってあと30秒もないのよ!?早くグラウンドへ行かないと!」


「いいんだ、これで。お前と吉田くんが来てくれたから……」


「いいわけないでしょ!?何を言うのよ!?私!まだ、まだあなたに何も返せてないの!」


「………………」


「もう!あなたが動かないなら、是が非でも連れていくわよ!」


私は彼の手を取って、根の張った植物を引き抜くように引っ張った。


しかし、藤山は全く動く気配がない。


「ねえ!何してるのよ!早くグラウンドへ行かないと、死んじゃうわよ!?クリアできないのよ!?」


「………………」


「ねえお願い!しっかりして!こんなところで、あなたが負けるはずない!」


藤山とのことが、走馬灯のように過ぎ去っていく。



『これ、やる!』

『早く!もう時間がないぞ!』



「ねえ!お願いよ!」



『目の前で人が死ぬのが嫌だっただけだ。お前のことを特別に感じてるわけじゃない。あの場にいたのが違う人だったとしても、俺は同じことをした』

『俺は……お前が生きてたらそれでいいんだ』



「お願いだから!生きて!諦めないで!」



『……ありがとな』

『お前がいてくれて、助かったよ』



「私の……私の……!」




「私のために、生きてって言ってるのよーーーー!!」




「……へへっ」


藤山は、私の左肩を掴んで、自分の方へ抱き寄せた。


「え?」


突然の行動に、私は一瞬固まった。


「だから、さっきから言ってるだろ?」


藤山はニッと笑って、こう告げた。


「お前と吉田くんが来てくれたから、“勝ったんだよ”」


「ウオオオオオオオオッ!!」


ミノタウロスが、私たちめがけて斧を振り下ろした。


「いやーーーーーー!」


私は咄嗟に藤山を庇うために、身体を前に乗り出した。



キーンコーンカーンコーン



その刹那、教室内にチャイムの音が鳴り響いた。


「……?」


なぜか、ミノタウロスの斧は、私たちへは届かなかった。


ちょうどその頭上で、ぴたりと止まっていた。


「こ、これは……?」


よく見ると、さっきまで獣臭い息を吐いていたはずのミノタウロスが、いつの間にか石像に変わっていた。


「ど、どういうこと?何が起きたの?」


「クリアしたのさ」


「そ、そんなはずないわ。だってあなたは制限時間内に外へ出れなかった。だからずっとミノタウロスたちは追いかけてきたはずよ?」


「タブレットのルール、見返してみな」


「………………」


藤山からそう言われて、私は床に落としていたタブレットを拾い上げ、メモ帳の中にあるルールを確認した。



・ノーマルクリア

一時間以内に、生け贄組を全員グラウンドへ連れ出す。成功報酬は+3点。


・トゥルークリア

一時間以内に、生け贄組、テセウス組ともに一人も死なず、生け贄組を全員グラウンドへ連れ出す。成功報酬は+7点。



「………………」


「俺な、このルールを最初に見た時から、ずっと違和感を覚えてたんだよ。なんでわざわざ、事前にトゥルークリアを公開するんだ?ってな」


「え、ええ、確かに前回のリンゴは、トゥルークリアは伏せられてたわ」


「それでな、ひとつピンッと来たんだよ。天使どもは、“これ”に気がつけって言ってんじゃないか?ってな」


「“これ?”」


藤山はこくりと頷いた。


「このテストのクリア条件は、よく見ると“生け贄組”がグラウンドに出ていることだと書いてある」


「!」


「なら、俺らテセウス組が最後まで校内にいても、なんら問題ないわけだ」


「で、でも、もうクリアしているはずなのに、どうしてミノタウロスは襲ってきたのよ?」


「トゥルークリアの条件はなんだ?」


「……誰も、死んでいないこと」


「そうだ。整理すると、生け贄組がグラウンドへ全員出た時点で、このテストはクリアしていた」


「………………」


「後は、俺らが死ぬかどうかで、ノーマルかトゥルーかに評価が分かれるだけだったのさ。天使どもは、これに気がつけって言ってるんじゃないかと思ってな」


「!」


「だから、制限時間を迎えるまでに死ななければ、俺たちはトゥルークリアで勝つってことだ。もちろん、俺たちもグラウンドへ出れれば一番いいが、怪我した状態でミノタウロスから逃げれる自信がなくてな……。やむを得ず、ここで時間稼ぎをしようと思ってたわけだ」


「………………」


「そして、その時間稼ぎを、お前が果たしてくれたってことだよ」


「………………」


タブレットの液晶に、雫が落ちた。


それは、私の涙だった。


「うっ、ううっ、ううう……」


「お、おい、谷口?」


「うううっ、うううう……!」


私は両手で、その涙を必死になって拭った。


それでも、私の頬が濡れることは止められなかった。


「……ありがとな、谷口。助けにきてくれて」


「うううっ!うわあっ!うわあああああ!!」


私は、子どものように泣き叫んだ。


恥も外聞も捨てて、ただ今沸き上がる感情をそのまま形にした。


……藤山が、死ななくてよかった。


本当に、よかった。










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