第十一話:プロローグ
声が聞こえる。
女の子の声だ。
「ミツ……さ……返……て……い」
ところどころにノイズが入っているような、急にボリュームが小さくなるような。
何を言っているのか、うまく聞き取れない。
「お……や、こ……どう……ったね」
また声が聞こえた。
だが、先ほどの声とは違う。大人びた余裕のある雰囲気の、女性の声だ。
同じく喋っている内容は聞き取れないが、どこかで聞き覚えがあるような気がした。
「きん……だ。致しか……ま……とりあ……と……しよう」
――キィン。
そんな、言葉では表せない高い音が耳から入り、頭の中へと広がっていく。
それと同時に、体の中に「熱」を感じた。
胸、右手、右足、左足、左手。
徐々に熱を感じる部分が増えていく。
先ほどまでは五体があることさえわからなかったが、今は己に肉体が存在していることを知覚できる。
「ミツギ……ま……起きてくだ……い」
また女の子の声が聞こえる。
だけど今度は先ほどよりも、少し鮮明に、何を言っているのか聞き取れるくらいに。
「ミツギ様、起きてください!」
今度はすべて聞こえた。
ああ、この声だ。ビスカの声だ。彼女が僕を呼んでいる。
声を出そうとする。だが、喉に力が入らない。
わずかに唇を動かせているような感覚だけが伝わってくる。
そうだ、目を開こう。
覚醒していく意識と同調するように、その考えが浮かんだ。
重い瞼を開こうとする。だが、なかなか開かない。
まるで血がうまく通っていないかのように、わずかに力が入らない。
けれど徐々に熱が体全体に伝わり、感覚が戻ってきている気がする。
誰かに体を揺さぶられている。そんな感覚が伝わってくる。
「早く、起きてください!」
また聞こえた。
ああ、今起きる。
今度こそ、瞼に力を入れる。そして、ついにゆっくりと開いていく。
そして、僕の目に映ったのは――。
「天村君!! いい加減起きなさい!」
「ビスカ……じゃない?」
目に映ったのは、ビスカではなかった。
黒髪の、見覚えのある制服を着た……女子生徒だった。
「はぁ? 何言ってるのよ。寝ぼけてないで早く立ちなさい。とっくに他の皆は降りてるんだから」
「あれ、ここ、は……」
「もー、しっかりしてよ天村君。ここは飛行機よ、飛行機。もう空港に着いたの。学級委員長の私に手間かけさせないでよ。早く手荷物持って、さっさと降りるわよ」
「えっと……あの、はい」
重い体を起こして、あたりを見回す。
窓の外には、見慣れた滑走路と他の飛行機の姿が目に映る。
「もしかして……」
そう、僕は帰ってきていたのだ。
元の世界へと。
その後、僕は特に何事もなく帰路につき、家に戻った。
別段、おかしなことは何も起こらず、いつもの日常に帰ってきた。
怪しい女性に絡まれたり、突如として異世界に放り出されたり……そんなことは、最初から起きなかったかのように。
そう、まさにあれはすべて「夢」だったとしか思えない。
未知の世界に召喚されたことも。
女神の使いを名乗る少女に出会ったことも。
魔王軍の幹部を名乗る魔族に出会ったことも。
そして、その魔族と決死の戦いを行ったことも。
全部、夢だと言われればそれまでだった。
だけど。
夢とは思えないほど、鮮明に覚えている。
砦から見渡した景色や、魔族と対面した時のあの恐怖。
そして……。
彼女の唇の、あの柔らかさ。
だから、僕にはどうしても「夢」だとは思えなかった。




