第十話:銀星の裁断《アルゲントゥム・セカトゥーラ》
銀色の煌めく剣をヴァガルドへ向け、僕、アメムラミツギは高々と名乗りを上げた。
発熱する体、高鳴る鼓動。湧き出る力が血液と共に体中を駆け巡るのを感じる。
『契約は成功したようですね』
頭の中に直接声が響く。
彼女――ビスカの声だ。
『本当は祝福の言葉をかけてあげたいところですが、時間がありません。いいですかミツギ様。現在あなたには、本来なら時間をかけて慣らしながら注ぐはずの力を、無理やり流し込んでいる状態です。本来ならば力に耐えきれず体が崩壊してしまうところですが、私がミツギ様と一体化し、力の流れを制御することでこの状態を維持しています』
「一体化って……それっていったいどういう……」
『質問は後です。とにかく今の状態は長くは持ちません。それまでに、あの魔族をどうにかして倒すか、撤退させるしかないのです』
「この状態って、どれくらい立っていられるの?」
『おおよそ五分。力の使い方次第では、もっと短く……』
「五分……。それだけで、あんな化け物みたいな相手を退けないといけないのか……」
『あんな啖呵まで切ったんですから、今更後悔しても遅いですよ。とにかく今は一心不乱、猪突猛進!』
「当たって砕けろってことね!」
ミツギは剣を構えると同時に地面を蹴った。人間とは思えない速度で一気に距離を詰め、銀の剣を大きく振り下ろす。
だが、その攻撃はヴァガルドの素早い反応によって防がれた。金属同士がぶつかり合う高い音が森に響く。
「はっ、ずいぶんな覚悟を決めたな異世界人! あのまま何もしなけりゃ助かった可能性が高いのによ、馬鹿な野郎だ」
「僕も馬鹿だと思うよ。でも、目の前で人が死ぬのは後味が悪くってさ!」
「死んだら後味も何もねぇだろうが! ……だが、そういうのは嫌いじゃねぇぞ!!」
ヴァガルドは叫ぶと同時に斧を振り上げ、銀剣を弾き飛ばす。
ふらついた体勢を整えるため、ミツギは後ろへ大きく飛び、再び剣を構えて切りかかった。
振りかぶり、弾かれ。振りかぶり、受け止められ。振りかぶり、避けられ。
ただひたすらに、剣を打ち込んでいく。
ミツギには剣の心得なんてない。ただの高校生にそんな技術があるはずもない。
だがそれでも、ひたすらに打ち込まれる剣撃は、ヴァガルドを一時的に防戦一方へと追い込んでいた。
嘘のように息は切れず、疲れを知らず、体は軽い。
素人ゆえの戦闘経験のなさを、とにかく手数で補い、相手に対処の時間を与えない。
だが――。
「っつ……!? あ、が……っ!」
一瞬、全身に電撃が走ったかのような激痛が襲う。
あまりの苦痛に顔が歪み、攻撃の手が止まった。
「どうした! 動きが止まってんぞ!!」
ヴァガルドはその一瞬を見逃さず、雄叫びと共に大斧を振り下ろした。
「くっ……!?」
体を無理やり横へ逸らす。地面を転がりながらも、なんとか直撃だけは避けた。
「動きはまるで素人だし力任せだが、今のを避けるとはなかなかセンスがいいじゃねぇか」
「お褒めの言葉、どうも……っ」
崩れた体勢を立て直しながら、再び銀剣を構える。
頭の中にビスカの声が響く。
『ミツギ様、大丈夫ですか!?』
「なんとかね……。でも、今のは?」
『強大すぎる力の流れに、ミツギ様の体が耐えられなくなってきています。このままだと想定より早くタイムリミットが……』
「そんな、まだ一撃も与えてないっていうのに……!」
「何をボーッと立ってやがる!!」
ヴァガルドは会話の隙を見逃さず、肉薄して斧を振り下ろす。
体をひねって回避し、こちらも剣を振り下ろす。お互いに一歩も引かない攻防が続く。
自分が本当に強いのか、それともヴァガルドが手を抜いているのか、ミツギにはわからない。
だが、この男を退けない限り、生き残る道はない。
そんな時だった。
『ミツギ様、考えがあります』
「考え?」
『一度、相手と距離を取ってください!』
「……っ、わかった!」
ミツギは斧を強引に弾き返すと、その反動を利用して大きくバックステップを踏んだ。
「どうした、息切れでもしたか? 今更逃げようって算段か?」
「さて、どうだろうね!」
長剣を正眼に構え、軽口を返す。
ミツギの体には、すでに異変が起きつつあった。時折走る激痛、そして感覚がなくなりつつある両手両足。
限界が来るのは、もう明白だった。
『いいですかミツギ様。残っているすべての力を、剣に集約させてください。残りの稼働時間をすべて、次の一撃に注ぎ込みます』
「全部!? でも、それで決めきれなかったら……」
『どのみちこのまま続けても、タイムリミットが来て敗北するだけです。それなら、全力の一撃を叩き込み、相手を退けるしか道はありません』
合理的、というより、それが唯一の手段だった。
ミツギが意識を集中させる。彼を包んでいた純白のオーラが、銀の長剣へと吸い込まれていく。
剣身はまばゆい輝きを放ち、周囲の空気が漏れ出る力で渦を巻く。
「ハッハハハッ! いいね、異世界人! 小細工なしの真っ向勝負ってか! なら受けて立ってやるよ!!」
こちらの考えを察したか、ヴァガルドもまた、巨大な斧を両手で構え直した。
禍々しい黒い魔力が集まり、地面がその圧力だけでひび割れていく。
「この重壊斧のヴァガルドの全力の一振り、受けてみやがれ!!」
ヴァガルドが地面を蹴った。
比較にならないほどの魔力を纏った斧が、空間そのものを破壊するかのような威力で迫る。
ミツギもまた、限界まで力を注いだ銀剣を全力で振り抜いた。
『この技は、勇者に伝わる秘儀の一つ。女神の力を使った、魔を割く剣撃。その名は――』
『「銀星の裁断!!」』
ミツギとビスカの声が重なり、銀色の流星と化した一撃が放たれた。
銀の光と、漆黒の衝撃が重なる。
爆発的な衝撃波が森をなぎ倒し、土煙が空高く舞い上がった。
白と黒、相反する二つの力が激しく競り合い、空間そのものが軋みを上げる。
大きな閃光があたり一面を包み込む。
そして、その光に飲み込まれながら限界を迎えたミツギの意識は、白く塗りつぶされていった。




