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25.他の女性はいらないのに(レン視点)

少し長いです

「レン、ナーデク伯爵家から面会来てるぞ」

「ナーデク?なんのために」

 やることがあり過ぎて忙しいので、いらないと判断した面会はほとんど断っている。

「ここ最近はお前が突然立太子するって言うから、みんな繋がりを持とうと焦ってるんだろう。しかも、婚約者までいつの間にか出来てるし。予想外の展開に貴族たちはみんな焦ってるんだろう」


 この間も娘を紹介しようとする貴族の面会だらけで辟易したところだった。


「今まで興味なかったのにか?」

「貴族たちからしてみたら、お前が急に変わったんだよ。もっと時間はあると思ってたんだろ。19になっても婚約者の一人もいなかったのに、突然何者かわからない伝承の姫のような美人の婚約者が現れて、立太子しますっつったら、そりゃ驚くだろ」


 レンの行動は上級貴族たちを震撼させた。まさかそんなことが起きるとは思っていなかったため、どうするべきなのか迷うものと、今からでも遅くないと娘をなんとか取り入れようとするものと様々だ。


 ちなみに娘を勧めてくるのは、伝承の姫の存在を直接知らない新興貴族などが多い。そんな伝承を信じるなんて……と思っているのだろうが、力ある古い貴族たちほど二の足を踏んでいる状態だ。

 領地を原始の森にされてはたまらない。


 フェリシアはここでは家名を明かしていないため、貴族たちからすれば突然現れた謎の令嬢だ。しかし、わかるものにはわかるのか、城を堂々と歩くフェリシアに対し、思わず頭を下げてしまった者たちもいるようだ。


 最初こそ婚約者が何者なのか明確にしろと言ってくる声も多かったが、フェリシアの姿を見た上級貴族たちからはその声が次第になくなっていった。


 ……、いや、フェリシアの魅力はオレだけわかってればそれでいいんだけど。


 今バタバタと動いているのはそんな上級貴族たちの動きを理解していないものたちがほとんどだ。


「断ってくれ」

「ま、そうだよな」

 了承してマラディアが部屋を出ていく。

 その様子を見ながらレンはため息をついて、部屋の壁を見た。向こう側がフェリシアの部屋だが、忙しさもあり最近あまり会えていない。


 やるべきことはやりたいタイプなので、終わりの見えないこの状態でフェリシアに会うのは気が引ける。フェリシアの様子については侍女から伝え聞いているが、直接会いたいという思いもある。


「ただ会いたいって思ってるのオレだけなんだよな……」


 書類を読みながらまたしても大きなため息をついてしまう。

 基本的にフェリシアから会いたいと言われたことがない。ここでの知り合いはレンだけのはずなのに、彼女はあまりレンに頼ろうとしてこない。基本的に邪魔にならないようにと思われているのか、大きな要望などもなく、とても静かに暮らしている。


「フェリシアのわがままならなんでも聞き入れたいのに」

 自分の方がよっぽど重症な自覚はある。そのために今頑張っているのだが、フェリシアの心も欲しいと願ってしまう。そうしなければ、レンは結局彼女を手に入れることはできないのだから。


「……、ダメだ。ちょっと休憩しよ」

 頭が暗い考えに染まり、よくないと思い椅子から立ち上がり部屋を出た。


「少し歩くか」

 隣の部屋を覗きたい気もするがやめておこうと首を振り、レンは下の階へと降りていく。たまには庭園の散歩もいいかもしれないと思いながら歩いていると、廊下の角で人とぶつかりそうになる。


 反射的に避けてしまい相手が転びそうになったため、慌てて助けるために手を差し出す。相手は茶色の長い髪の若い令嬢で、レンは思わず眉を顰める。


 ぼんやり歩きすぎた。


 そんな風に思ってももう遅い。相手の令嬢はおそらくぶつかりそうになる相手が皇子だと理解していたのだろう。取った手に躊躇いがない。しかも、少し後ろから彼女の父親と思われる人物がわざとらしく心配そうに声をかけて歩いてくるのが見えた。


「おぉ、マリアンナ、大丈夫か?殿下申し訳ありません」


 ナーデク伯爵か。やられた。


 マリアンナと呼ばれた令嬢はレンの手を取ったままよろけて体を寄せてくる。その時に鼻につくいやな甘い香りに手を振り払いたかったが、相手が若い令嬢ということもあり乱暴なことも出来ず、レンは眉をさらに深く寄せるだけに留まった。


 しかし、ふと視界の遠くに見慣れた姿を見つけて固まった。淡い金色の髪に、紫の瞳の女性。レンが愛しくて仕方ないその人が、そこにいた。そして、明らかに相手と目が合った。


 フェリシア……!


 レンに寄り添うように立つ令嬢の存在に気づいたのか、フェリシアはそっと目を逸らすとそのまま青の花園の方へ歩いていってしまう。その表情は特に動かず、フェリシアが何を思ったのかもレンには読み取れない。

 引き留めたくて、この状況は違うんだと主張したくて手を上げようとしたが、令嬢に手を取られたままでそれも叶わない。


 え、今のはどう受け止められた?他の女性と居たって関係ないって感じか?


 レンがフェリシアのことで頭がいっぱいになっていると、ナーデク伯爵がそれすら気づかない様子で話しかけてくる。

「マリアンナを助けてくださりありがとうございます。少しばかり体調が良くなかったようで……」

 娘を心配そうにしながらも、下卑た視線をレンに向けてくる。

「良ければ気分転換に娘と散歩でも……」

「悪いがそれどころではない。手を離してくれ」

 レンはナーデク伯爵ではなく令嬢の方を見てそう言った。見知らぬ女性にいつまでも触れられていたくない。しかし、なぜか泣きそうになられてしまう。


「私、……殿下をお慕いしております。どうか一度だけ機会をお与え頂けないでしょうか」


 突然の告白にレンは頭がくらくらした。正直それどころではない。今すぐフェリシアの所へ走っていきたい気分なのに、いつまでもこの親子の茶番に付き合う義理はない。


「すまないが、急いでいる」

 レンは自分がおそらく酷く冷たい表情をしているなと思いながら、若い令嬢の手を振り払った。後から父親に怒られるかもしれない令嬢のことを思うと少し心が痛むが、レンとて余裕はない。そしてすぐにでもこの甘ったるい匂いから逃げたくて仕方なかった。


 振り払われた令嬢は立っていられなくなったのか、床に座り込み父親がレンを非難してくる。しかし、そんなこともどうでもよかった。


「言いたいことがあるなら、ノイゼン卿を通せ」

 マラディアを指したつもりだが、もしかしたら宰相を言っていると思うかもしれないなと思う。宰相にこんなくだらないことを伝えたら、冷たい目で一蹴されて終わりである。


 レンは無意識に走り出していた。走り出すとようやく甘ったるい匂いから解放された気がして、ホッとする。そのまま、フェリシアが向かったと思われる青の花園へ走る。



 花園へ行くと、奥のバラの生垣にフェリシアの姿を見付けて、思わず声を上げる。


「フェリシア!」

 呼ばれた方のフェリシアは、レンの姿に驚いたように目を見開いた。走って近づくと不思議そうな顔を向けられる。

「どうしたの?」

「あの令嬢は……」

 そう言い掛けると、フェリシアが先に反応する。

「私に気を使わなくても大丈夫よ」

 あっさりとそう言われてしまい、なんとなく予想はしていたものの、心臓を締め付けられる気持ちがした。


「若いご令嬢だったし、レンにお似合いよ。私のことばかり気にしてないで、この婚約後の新しい相手を探すのも必要なこと……」

 そんな風に諭すように言われるのを我慢して最後まで聞くことできず、レンはフェリシアの腕を取り抱きしめた。

 

「レン⁉︎」

 フェリシアが驚きと焦りの声を上げたが、そんなことを気にしていられなかった。フェリシアを抱きしめるといつもの爽やかな甘い香りがして、心が満たされる気持ちになる。

 腕の中でフェリシアが怒っている気がするが、自分の気持ちを優先させた。


 他の女性(ひと)なんて勧められたくない。


 レンはフェリシアのことが欲しいのだ。そのフェリシアに他の女性を勧められるなんて、最も嫌な事態だ。最初から自分は相手に入っていないと言わんばかりだ。


「……今のオレの婚約者はフェリシアだよ」

「でも」

「でもじゃない。婚約者がいるのに自分の娘を勧めてくるやつなんて無理だ」

 それについては多少思うところがあるのか、フェリシアはそれ以上何も言わなかった。


 しばらくの間ずっとフェリシアを抱きしめていると、不意にぽんぽんと背中を優しく叩かれる。まるで子供をあやしているかのような行為に、若干居た堪れなくなる。


「何……」

 ちょっと声を低くして聴くと、フェリシアの優しい声が返ってくる。

「疲れてるのかなと思って」

「……、疲れてる。だからフェリシア癒してよ」

 こうして抱きついているだけでかなり癒されているのだが、そんな風に言ってみる。

「癒してって言われても……」

 フェリシアが困った声を上げるが、少しどうしようか考えてくれているようなので調子に乗ってみることにした。


「フェリシア、一緒に出かけよう」

「え?忙しいのよね?」

「なんかやる気なくなったから、ちょっと街に行こうよ」

「えぇ?」

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