26.皇都の街
また少し長いです
フェリシアが街に出たのはこれが初めてだった。城内は自由に歩いていいと言われていたため、その通りにしていたが、城の外へは出たことがない。ここに来た時も気絶していて記憶がなかったため、ろくにどんな街かも見れていない。
レンの指示でクデリがフェリシアの服を着替えさせていく。どうやら身分を偽るのか、平民の女性がよく着ている水色と白のエプロンドレスを身につける。明るい色のそれは案外可愛らしい。
「……、私には可愛いすぎじゃない?」
思わずそう言うとクデリが満面の笑みで微笑み「よくお似合いです!」と言ってくれるが、そうじゃないと思いつつも何も返せなくなる。
髪も動きやすいように三つ編みにしてくれ、旅をしていた時とも雰囲気が異なり、フェリシア自身も鏡を見ているとなんだか少しワクワクした気分になってくる。
「フェリシア様は何を着てもお似合いですね!」
少し恥ずかしくなるがクデリの屈託のない笑顔にフェリシアも癒される。
……あれ?癒されるってこう言うこと?
そんなことを考えているうちに、扉がノックされる音がして返事をする。するとそこには、同じようによくいる平民の男性のように、白いシャツに黒いズボンのさっぱりとした格好をしたレンが現れる。いつもより髪も雑にわざとしているのか、少年っぽさの方が際立つ。
「気をつけてお出かけください」
笑顔のクデリに見送られ、フェリシアとレンは城を出た。
城門を出れば、そこは直ぐに街だった。
大きな通りが城門の正面を走り、その両脇には様々な店が並ぶ。沢山の人々の姿に、フェリシアは気分が上がっていくのを実感する。
見たことのない街や知らない街に足を踏み入れると不思議な感覚になる。知らない世界に入り込んだような、新しい世界を知る楽しさに心が躍る。
そんな感情に流されるようにフェリシアの表情も動く。そのフェリシアをレンが幸せそうに見つめているが、そんなことに全く気づかない。
「フェリシア」
名前を呼ばれて振り向くとレンが手を差し出してきており、その手の意味を理解できず首を捻る。
「人多いから迷子になっても困るだろ」
確かにフェリシアがここでレンと逸れた場合、城に戻って来れない可能性の方が高い。フェリシアが手を取ろうとすると、逆にレンの手に掴まれる。
「行こう」
嬉しそうに笑ったレンは少年のような笑みなのに、フェリシアは心臓が一度大きく跳ねるのを感じた。
さすが皇都と言うべきか、人の多さがフェリシアの祖国とは違う。大きな通りですら人と人が直ぐにぶつかってしまうような人混みで、フェリシアは慣れないその人の多さに目がまわる。
レンに繋がれた手を離さないように気をつけながら、人混みを歩く。レンは慣れているのか、迷うことなく人の波をかき分けて歩いていく。
人にぶつかりながら、なんとか歩いていたのだが、不意にレンに強く手を引っ張られる。直ぐそばにレンの顔が来たと思ったら、手を離され肩を抱かられた。
「今日は人が多すぎるから少し裏道に入ろうか」
そのままフェリシアがなるべく人にぶつからないように気にしながら、レンは人が少ない裏地へと進んでいく。細い道を抜けると、また少し広い通りに出た。
「あ、こっちの方がマシだ」
メインの道ではないためか、一本外れた通りは人の量が先ほどと段違いで、フェリシアも歩きやすい。
「ごめん、最初からこっちにすれば良かった」
フェリシアが誰かに当たったであろう肩などをレンはパパッと払うと再びフェリシアの手を取った。
「フェリシアは、故郷の街とか歩いたことあるの?」
「あるけど、こんな風にお忍びじゃなくて公式的にって感じよ」
わざわざ平民の服に着替えて紛れ込んで出かけるなどはしたことがない。
「そうなんだ」
「レンは慣れてるのね」
「親父がこう言うのも大事だっていうタイプだからさ。たまに出かけてた」
二人で並んで歩いているとお店を出している人たちに声をかけられる。基本はどの店も建物の前にも台などを置き、広い軒下でも商品が見えるように出していることが多いようで、この通りは服飾品などが多いように見えた。
「兄ちゃん、恋人に指輪なんてどうだい?」
一つの店の店主にそう声をかけられ、フェリシアは思わず首を振る。指輪に対する否定ではなく、恋人という言葉への否定だ。そんな様子のフェリシアに、店主はケラケラと面白そうに笑う。
「なんだまだこれからってことか!兄ちゃん余計に必要なんじゃないか?見てってくれよ」
そう言う店主の声にレンは意外にも反応する。
「そうだな。おすすめは?」
「ちょっと、レン!」
「いいから」
レンの言葉に店主はニッと笑いながら、並べられたアクセサリーでおすすめなものを説明していく。
「指輪ならこの黄色の石のなんてどうだい?あとは、このブレスレットもオススメだね。青紫の石が綺麗だろ?」
どれも石と組み合わされたアクセサリーのようで、そう言うものを売っている店ようだ。レンは何故か店主の話を熱心に聞いたり、石の産地について質問していたりする。
結局オススメされた青紫色の石がついた細いブレスレットを買ったようだった。
「兄ちゃんありがとな!がんばれよ!姉ちゃんもこの兄ちゃんは良い男だよ」
応援されたレンは楽しそうに笑うと、その場でフェリシアの腕を取る。
「つけてもいい?」
店主の前で断るのもどうかと思い、フェリシアが小さく頷くと、レンは銀のブレスレットをフェリシアの腕につけた。
きらきらと太陽の光を反射して光る青紫の石が綺麗だ。
「……、ありがとう」
フェリシアがそう小さな声で言うと、レンには十分届いたらしく、嬉しそうに微笑んだ。
「行こう」
その先も何度もいろんなお店の人に声をかけられながら、進んでいく。フェリシアも珍しさにキョロキョロと辺りを見回しながら歩いていく。
その中であまり見たことのない柄の布地を見つけて、つい立ち止まってしまう。幾何学的な模様のようだが、フェリシアのいた国では見たことのないものだった。そのほかも生き物や植物をモチーフにしたような繰り返す柄の布地がいくつも並べられている。
「これは……?」
思わず口にするとそこの店主がすぐに反応してくれる。
「お姉ちゃんお目が高いね!こいつは最近輸入したばかりの布地だよ。東の島国との交易が復活してな。そこのものなんだが、珍しいだろう?」
「東の島国……」
疑問に思ったフェリシアに対して、レンが答えをくれる。
「ネキア・ロナって知らない?こっちの大陸とは違った文化を持つ国なんだけど」
フェリシアは聞いたことのない名前に首を横に振る。国の名前など大抵知っていたつもりだったが、知らないことに驚く。
フェリシアの反応を不思議そうに思いながらもレンが「あ」と声を出す。
「ネキア・ロナって、一時期地図から消えてるんだ。フェリシアの時代はもしかしたら存在してないのかも」
「地図から消えた……?」
「そう。内乱だったと言われてるけど、本当のところはわからない。領土内に入ることもできないような状態になって、国として成り立たなくなったとかなんとかって聞いたことがあるような。あんまりネキア・ロナの文献ってないんだよね」
「そうなんだ」
「うん。あ、でも服装とか建物も特徴的でなかなか面白いよ。オレも行ったことないけど、死ぬまでに一回行ってみたい。帰ったら本貸そうか?」
「えぇ、お願い」
そんな風に二人は色々な店を見て回って楽しんだ。
「ちょっとお腹空かない?」
「そうね。甘いもの食べたいかも」
「屋台でもいい?」
「旅で食べてたみたいな感じよね?大丈夫よ」
レンが連れてきてくれたところは、食べ物の屋台が並ぶ広場だった。
その中の一つにレンが迷わず進んでいく。
「これもさ、ネキア・ロナのおやつみたいで、ちょっと前から流行ってるんだよね。単純なんだけどなんか美味しいんだよね」
そう言ってレンが買って手渡してくれたのは、イチゴに透明な飴がかけられたものだった。キラキラとした艶やかな飴に包まれた真っ赤なイチゴが串に三つほど刺さっている。
「可愛い」
「見た目もいいけど、味もいいよ」
そう言われてフェリシアは試しに一番上のイチゴにかぶりついてみる。カリッと飴が割れた瞬間、イチゴの甘い果汁が溢れて口の中で合わさり、幸せな気分になる。
「美味しい!」
思わずそう言うと、レンが目を細めて笑う。
「こっちも食べてみなよ」
そう言ってレンは自分の持っていた黄緑色のブドウの刺さった串を差し向けてくる。こちらも同じように艶やかな飴がかけられており美味しそうだ。
「種のないブドウだからそのまま食べられるよ」
口元までブドウ飴を差し出され、すごく食べたくなったのだがフェリシアは少し躊躇う。
レンが持ったままのを食べるの……⁉︎
このレンの持ち方明らかに手渡す感じじゃないわよね?正解がわかんないんだけど……。
「遠慮しなくていいよ」
フェリシアが戸惑っているのを遠慮と捉えたらしいレンは、口のすぐそばまで飴を移動させる。
食べてみたい気持ちもあり迷った挙句、フェリシアはおずおずと口を開けて目の前のブドウを一粒貰う。
先ほどのイチゴ飴同様、カリッとした飴の食感の後に甘いブドウの果汁が口の中に溢れてきてとても美味しい。
美味しさを味わったあとふとレンを見ると、何故かとても真っ赤な顔をしていた。
「ごめん!オレ!気づくの遅かった!フェリシアが口開いたのみたら……!」
やっぱり直接食べるのは正解じゃなかったのね!そんな赤くなられると私まで恥ずかしいんだけど……。
二人して赤くなってしまい妙な沈黙が流れる。
「……、レンも食べる?」
フェリシアは自分が持っていたイチゴ飴の串を手渡すつもりで差し向ける。流石に同じ過ちはしないと思いながらレンを見ると、レンはフェリシアの持つ串とフェリシアの顔を見比べる。
「イチゴ苦手だった?」
どこかで食べてたのを見たことがあるようなと考えていたら、レンはフェリシアの手を掴みそのまま自分の口元に引き寄せると、器用に自分の思い通りにフェリシアの手を動かして、二つ目に刺さっていたイチゴ飴を食べた。
フェリシアの手に串は残ったままだ。
一気に頭が沸騰したような気分になり、自分が真っ赤になったのがわかる。
「レン⁉︎」
思わず声を上げると、レンが咀嚼したイチゴ飴をごくりと飲み込むところだった。レンはフェリシアに、ニッと笑うと「ご馳走様」と少年にはとても見えない顔で言った。
ホントやめてほしい……‼︎
それからしばらくレンの顔がまともに見られなかった。
空が橙色に染まり始めたころ二人は城へと戻る。
「私は楽しかったけど、レンは疲れただけじゃない?」
街でのことを思い出してフェリシアがそう言うとレンは首を横に振る。
「オレも楽しかったし、ちゃんと癒されたよ」
「そんな要素なかったと思うけど……」
フェリシアはそう言ったが、レンはにこにこと笑うだけだった。
苺飴美味しいですよね。




