最終話 きっとくる未来
「おっ、ヘンリー、シリル。フレッドとエミリーも、こっちだ!」
昨日の話通り、本日はジェンドたちも誘って昼間っから中央公園の出店で飲み会である。領主館に泊まっているゼスト、フレッド、エミリー以外の三人には、シリルのリンクリングによる通信で連絡を取った。
結果、一人を除いて全員快諾。
人数が多いので現地集合はやめ、少し離れた場所を合流地点とした。
「おう、みんな早いな」
「ごめんなさい、ちょっと遅れましたかね?」
既に僕たち以外の三人――ジェンド、ティオ、フェリスは揃っていた。これで約束通り、僕とシリルに加え、ゼストを除いたパーティ『レーヴァテイン』のメンバーの全員が集合だ。
「すまん、ジェンド。エミリーがちょっと途中の露店に寄っちゃってな」
「だって、あんなに素敵な飴菓子だったんだもの。……でも、ごめんなさいね、ジェンド?」
「いや別に。まだ時間にゃちょっと早い。気にすんな」
ああ、よかった。別に僕の時計の時間がずれていたわけじゃなかったか。流石に待ち合わせに遅れそうならエミリーを止めていた。
「じゃあ、早速公園に向かおうか。ふふ、楽しみだね」
「フェリスにしちゃ珍しい」
「私もお酒はそこそこ好きだしね」
そりゃ知っているが、それにしてもこんなになんかはしゃいでる感じになるのは見たことない。
……よーく観察してみると、いつもよりジェンドとの距離が近い。
ははーん? ジェンドの実家で、なんか嬉し恥ずかしラブラブイベントでもあったな?
「……なんだい、ヘンリーさん。その目は」
「別にぃ」
「ヘンリー、言いたいことがあるんだったら言え」
「いや、僕もデリカシーっつーモンがあるから」
ジェンドの追求を、僕は躱す。
……おい、シリル。なに高速で僕の方を見て、目を『くわっ!』とさせてんだ。なにか言いたいことでもあるのか。
「もう、お話なら歩きながらでもいいでしょう。早く行きますよ」
呆れ顔のティオに、それもそうだと頷く。
……うーん。しかし、なあ。昨日数杯呑んだ素直な感想なんだが、
「あー、でも。公園で呑むのは楽しいけど、いかんせん酒の回転がなあ……」
口に出してみると、ティオも『それはそうですね』と、と力強く頷いた。
……いや、やっぱり次の一杯を呑むのに、わざわざ屋台に並んで買うのって面倒じゃん? 祭りの雰囲気は楽しいけど、昨日雰囲気は味わったし。
「お前ら……自分たちから誘っておいて」
「あ。い、いや。そのー」
「まあ、俺はどっか別の店でもいいけどさあ」
いかん、呆れられている。
なにか、なにかないか。こう、僕が公園行きを撤回しても不自然ではない、なんかうまい言い訳。
……はっ!?
「い、いや、それだけじゃあこんなこと言わないよ。ただほれ、後ろのあいつ」
と、僕は少し離れた物陰でこちらを見ている男を見やる。
ゼストだ。今日も今日とて大張り切りでシリルの護衛を買って出ているあいつ。仲間として同じく飲み会には誘ったのだが、昨日と同じように仕事とか言って参加しないと宣言していた。
公園で呑むとなると、それも致し方ない。雑然としたあそこだと、どこにでも刺客が潜めることができる。
しかしこれが屋内の、ちゃんとした飲み屋ならどうだ? 護衛の難易度もぐっと下がり、ゼストくんも他の人に任せて宴会に参加できるって寸法よ。
その僕の説明は思いの外みんなを説得したらしい。
「なるほど、確かにそれならゼストさんも参加しそうね。私は賛成」
「エミリー、わかってくれたか」
「ええ。ヘンリーさんにしては機転の効いた言い訳だったしね」
バレッバレかよ。
「うん?」
先程の理屈で渋るゼストを説き伏せ、やってきたのは熊の酒樽亭。
ここなら、酒も飯も旨いしうってつけ……とやってきたはいいものの、
「あれー、なんかお屋台出していますね?」
シリルの言う通りである。
熊の酒樽亭の前に屋台が設置され、ノルドさんと妻のリンダさんが並んでいるお客さんを捌いていた。
「お父さん、追加の器……って、あれ?」
宿の方から、使い捨ての容器を手に出てきたラナちゃんがこっちに気付いた。
容器を置いて、こちらにてててと向かってくる。
「ティオ、こんにちは。ヘンリーさんたちも、皆さんお揃いでどうしました?」
「あー、いや。この面子で飲み会やろうかって思って来てみたんだけど」
いつもの熊の酒樽亭なら、お昼時から食堂が開いていて昼飲みもできるのだが。
ぱっと見た感じ、どう見ても開店はしていない。
「あー、ごめんなさい。花祭りの時期、いつも夜はともかくお昼はあまりお客さんが来なくて。お父さんたち、今年から屋台を出すことにしたそうなんです」
僕が滞在していた時はやってなかったけど、そういうことかー。
しゃーない、別の店探すか。
「あ、でもちょっと待ってください」
「?」
ラナちゃんが取って返して、ノルドさんのところへ。
なにやら話している様子だが……?
と、さほど時間もかけず、ラナちゃんは戻ってくる。
「皆さん、お店に入ってください。お父さんがどうぞって。一グループくらいなら、屋台捌きながらでも回せますから」
「え……っと。いいの? 随分忙しそうだけど」
色々と並べてあるようだが、ノルドさんの屋台のメインを張っているのはビーフシチューである。流石プロというか、前に僕たちが宿の催しで屋台出したときとは発想が違う。
ここまで漂ってくる美味そうなシチューの芳香に釣られて、お客さんは満員御礼といった感じだ。まあ確かに、シチューは保温の魔導具にかけられた寸胴から器に注ぐだけだし、後のメニューも作り置きっぽいので、客の数を度外視すれば回すのにそこまで支障はでなさそうだが。
「私が色々お世話になったから、せめてこれくらいは、って言ってました。私としても、少しでもお返しできると嬉しいです」
お……おう。
いいや、確かにお世話はしたけど、冒険者全体――どころか、三大国全部がラナちゃんから受けた恩恵に比べれば、比較にもならないんだけど。
と、僕がまごついていると、脇にシリルの肘が入った。
「ヘンリーさん、下手にお断りする方が失礼な場面かと」
「……ん、そうだな。じゃ、ラナちゃん。そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらうよ」
シリルの言葉に頷いて、僕たちは熊の酒樽亭にお邪魔させてもらうことにするのだった。
『ちょっと……五分ほどお待ち下さいねー』
熊の酒樽亭の真ん中のテーブルに案内されて。
ラナちゃんの言葉に従い、少し座って待っていると、
「わ……ぁ」
あれよあれよと。
表の屋台で出していたシチューにパン、肉串の類がまず並べられ、中央にはチーズの散らされたサラダボウルがドン!
更に、キンキンに冷えたジョッキに注がれたフローティアンエールが各自の前に置かれるまで、ラナちゃんの宣言通りおよそ五分だった。
「て、手際いいね……」
「あはは。他のお客さんに目を配る必要もないですし。料理は最初はお任せってことで、サラダ以外は屋台の方から持ってきて盛り付けただけなので、それほど」
絶対にそんなことはない。
僕はラナちゃんの十倍は素早く動ける自信があるが、倍の時間をかけても到底無理だ。
「じゃ、後の料理はお父さんが屋台の追加を作りに戻ってくる時に、作ってくれますから。夜の仕込みは終わってるので、好きなメニュー言ってくださいね」
「あ、しまった。こういうことになるんだったら、猪仕留めておくんだった」
ちぇっ、とティオが唇を尖らせた。
あー、そうだねえ。ティオが爺さんの猟師手伝いやってた頃に猪持ち込んでたが、あれを使った料理は滅法美味かった。
「……今の私なら、十五分もあれば」
「ええい、やめとけやめとけ。血抜きの時間とかもあんだろ」
呆れたことを言うティオを留め、僕はジョッキを持つ。
この面子ならどうせ乾杯は僕に押し付けられるだろう。とっとと呑みたいのもあって、率先して挨拶することにした。
「みんな、久し振りの休日は満喫しているか? 僕は昨日もティオと呑んだけど、存分に羽根を伸ばしてる」
「羽根を伸ばすのはいいですが、明日は予定があるの忘れてないですよね?」
ぼそっとシリルが突っ込む。
……昨日より呑むのはいいが、どちらにせよ呑みすぎるなという釘刺しだろう。わかってる、明日は近隣の領主の――某さんとの面会があるのだ。覚えている。
ぐるっと集まった面子を見渡す。
「ジェンドとフェリスは昨日は賭け試合だったな。……最後は僕が勝ったけど」
「抜かせ! 次こそ勝つからな!」
「と、いうことらしいよ。明日も参加するそうだから、負けが怖くなければどうだい?」
「時間が合えばな」
フェリスの挑発するような発言を適当に流す。リベンジを受けてやってもいいが、やはりタイミングが合えばの話だ。
「フレッドとエミリーは……なんか二人で歩いてたけど、デキてんの?」
「直截に言いすぎです、ヘンリーさん」
はあ~~、とフレッドがため息をつく。
「ま、お試し期間中ってところかしら? 他にアテがあるわけでもなし。こういう関係になってから見えるところもあるかなって」
「お、おう」
存外……いや、マジで意外なことに、エミリーもそこそこノリ気っぽい。
同じパーティの仲間同士の恋愛はトラブルに繋がりかねないから気をつけるように――なんてお小言は、『てめえどの口が言うんだコラ』という話なので口を噤んだ。なんかあるようならゼストがフォローすんだろ。
「……となると。また独り身が二人だけってことになるんだが」
そろー、とティオ、ゼストの両名を眺める。
この二人、実はくっつくんじゃね? とちょっと思っていたが、こうして視線を向けてもまるで意識している様子がない。多分、お互い完全にそういう目で見る範疇の外だ。
「だからどうした。こういう仕事だ。特定の相手と付き合わないやつなど大勢いる」
「アゲハ姉にタイマンで一勝上げるまでは、男にかまけている暇はありません」
ぶすっ、と不満げに鼻を鳴らすゼストと、未だ従姉との勝負で勝ちを拾えていない様子のティオであった。
「そういうことで。当面はこれが恋人ということで」
「……ティオ。お前、そこで酒を掲げるな、酒を」
とりあえず全員ジョッキを持ってて……っと、
「ラナちゃんもどう?」
「え? でも私は皆さんのお給仕をしないと」
「まあまあ。乾杯くらいいいでしょ」
そういうことなら、と。ラナちゃんは厨房に取って返して、グラス片手に戻ってくる。
流石に仕事中だからか、ソフトドリンクだが。
「んじゃ、まあ」
集まった面子が飲み物を掲げる。
ゼストを除けば、フローティアに引っ込んだ後に知り合った連中ばかりだ。
付き合いは最前線で出会ったみんなと比べれば短いが、大切な仲間である。……こっ恥ずかしいのでシラフでは言えないが。
さてはて。しかし、こうして僕たちが乾杯しようとしている今も、最前線ではユーやアゲハ、エッゼさんたちみんなが頑張って魔物をしばいているのだろう。
「リースヴィントで戦ってるやつらにゃちと申し訳な……いや嘘だ、遠くで頑張ってくれよー、って感じだ」
「しょうもない前置きはやめてください」
「悪い悪い」
こほん、と一つ咳払い。
「ま、前線の仲間が頑張ってくれてるおかげで、こうして英気を養うことができるわけだ。感謝しつつ、乾杯!」
乾杯! と。
みんなの声が唱和した。
……ふう。
と、三杯目のエールを半分ほど呑み干し、取皿につまみが残ってないことに気付く。
どれ、と先程ノルドさんによって追加された三品の大皿を見やると、その隙に隣のシリルがちゃちゃっと取り分けてくれた。
「どうぞ、ヘンリーさん」
「サンキュ。でも、つまみくらい自分で取るぞ」
「まあまあ」
相変わらず世話したがりというか。
まあでも、こうした距離感ももう慣れたものだ。
「……おっ、このなんか肉料理? めっちゃ美味いぞ。シリルも食ってみろ」
「へえ、どれどれ……むう。流石はプロ。どうやってこの柔らかさを出しているのか、是非知りたいところです」
「再現できたら作ってくれな」
「勿論です! 帰ったら研究ですね」
城の方にもシェフは勤めているからアドバイスくらいもらえるし、なんならノルドさんに尋ねればレシピを教えてくれるだろう。
でもまあ、試行錯誤するのも楽しいんだろうし、野暮なことは言わないでおく。
「っと、シリル。ジョッキ空いてるな。おかわりいくか?」
「んー、そうですね。ごめんなさいラナちゃん、ご注文いいですかー?」
はーい、と僕たちしかいないので注文を今か今かと待っていたラナちゃんがやってくる。
「ルネ・シュテルをグラスでください」
「はーい。シリルさん、いいもの呑むようになりましたね」
「へへー、ユーさんに味を覚えさせられまして。この街にいた頃は、高くて手が出ませんでしたが」
かしこまりましたー、とラナちゃんは厨房に取って返す。
「シリル、今日いつもよりペース早いか?」
「そうですねー。お酒自体は毎日呑みたいほど好きじゃないですが、こうしてわいわいやるのは好きなので。少し浮かれちゃってるかもです」
うん、楽しんでいるのであればなによりだ。
「まあ、今のお仕事を考えるとあまりのんびりし過ぎるわけにもいきませんが。年に一度くらいはこうして休暇を取るのも悪くないですね」
「……年に一度くらいどころか、僕は毎日お休みで呑み放題がいい」
あ、いけね。本音が出た。
はあ~~~、とシリルがふかーいため息をつく。
「もう、一応次の日朝から仕事入っていない夜は、私がお酌してあげているじゃないですか」
「でもさあ。僕、自分で言うのもなんだけど、根は怠け者なんだよ」
シリルのことがなきゃ、多分ずっとこの街にいたはずだ。
「本当に自分で言うこっちゃないですね……私もオンオフははっきりさせる方ですけど、そこまで開き直れません」
でも実際そうなんだよ。故郷が焼かれるまで、准騎士として勤めてはいたが、お小言は日常茶飯事だったし。
あの後は……まあ、今に至るまで、色んな理由で突き動かされているけどさ。
「ああでも、そういえばフローティアに来た頃はそんな感じでしたね。素でドン引きした覚えがあります」
「覚えておくな、んなこと」
「今思い出させたのは貴方ですけど」
いやまあ。
「仕方ないですねえ。勤勉なシリルさんとしては退屈そうに思えますが、二十年後か、三十年後か。情勢が落ち着いたら、ヘンリーさんのゆったり生活にお付き合いいたしましょう」
「……そんなにかかる?」
「これでも相当甘い見積もりだと思いますけれども」
だーよーねー。
くそう、魔国め。
はあ~~~。
……まあでも、そうだな。
もし、そうしてのんびり暮らせるようになって。その時シリルが隣にいるなら。
それはとてもとても楽しみな想像だろう。
「……んじゃ。その時までも、それからも。よろしく」
「はいっ」
そうして、満面の笑顔が返ってくる。
……アルヴィニア王国は北方の街フローティア。
その街の、飯と酒が美味くて、看板娘がちょっぴり凄い宿の食堂で。
僕は仲間に囲まれ。隣にいる一番大切な人を眺めて。
――きっと訪れるであろう未来に、思いを馳せるのであった。
と、いうわけで完結です
あとがき的なものを、活動報告に投稿いたしました。




