第三百十九話 花祭り その三
「ティオちゃんいなくて残念でしたねー」
と、隣を歩くシリルがボヤいた。
ジェンドとの賭け試合に辛うじて勝った後。ジェンドとフェリスという二人に出会ったのだからと、シリルの提案でもう一人の元仲間のところへと顔を出したのである。
しかし、生憎とティオは花祭りの見物に繰り出しており不在。
顔見知りでもあるティオのご両親へちゃんとしたご挨拶はしたかったが、商会として毎年出している出店の方の切り盛りで忙しそうで、簡単に済ませることになった。
なお、これまた毎年サギリ商会フローティア支店の出店の定番であるという串団子を一本ずついただき、それをウマウマと食べながら僕たちはあてどもなく祭りの中を歩いてるわけである。
「ヘンリーさん、次はどこに行きましょうかね?」
「うーん、そうだなあ」
こうして祭りの喧騒の中を歩くだけでも楽しいが、それだけというのも芸がない。
シリルが見せてきた花祭りのパンフを横から見て、よさげな出し物かなにかがないかと視線を彷徨わせ、
「あ」
「? どうしました、ヘンリーさん。なにか面白そうなものでもありました?」
「いや……その、ティオの居場所分かった」
「え?」
フローティアの街の中央広場。
花祭りの開会式もやったここは、今や即席のテーブルと椅子が設えられ、広場に多数出店している露店で買った軽食などを食べているお客さんで溢れている。
……なお、露店で売っているのは勿論食い物だけではない。
お祭りといえばそう、酒である。
「……お、発見。シリル、こっちだ」
広場には人がごった返していたが、集中して少しばかり時間をかければ、知り合いの気配くらいは掴める。……のだが、さっきの賭け試合の会場でフェリスの気配に気付かなかった。ちょっと鈍ってるか?
「よくわかりますね……」
「隠れているわけじゃないし」
でないと流石に見つけられない。
隠密に優れたティオとかくれんぼとかしようものなら、一日かけても発見できないだろう。……周りの建物とかぶっ壊していいならなんとでもなるけど。
「ほい、こっちだ。混んでるからはぐれるなよ」
「あ、はい」
シリルの手を取って、ティオのいる方へ向かう。
まあ、万が一シリルとはぐれたとしても、同じように気配ですぐ見つけられるが。最悪、少し距離を置いて僕たち護衛している人の誰かが保護してくれるだろう。
人波を縫って広場の奥の方にあるテーブルへ。
しばらく歩くと、テーブルの隅っこで一人黙々とジョッキを傾けているティオを発見した。
「おおー、本当にいました」
シリルが感心し声を上げ、それに気付いてティオがこちらに顔を向けた。
「よう、やってるな」
「ヘンリーさんに、シリルさん? 奇遇……って感じじゃないですね」
「ああ。ちょっと顔を見にお前んちの実家に行ってみたんだがいなかったんでな。パンフ見て、いるならここだろうと思って」
フローティアはエールが有名であるが、その他にもワインも作ってるし、この時期くらいにしか出回らないが花を使った酒――花酒とやらもある。
何気に酒の名産地なのだ。
花と水の都、の異名の通り、綺麗な水が沢山確保できる土地柄だからだろう。
そのため、醸造所も沢山ある。
各醸造所もこの広場に出店を出しており……普段は流通しない、少数生産の銘柄なんかも花祭りでは出ると、パンフレットに載っていた。
そりゃティオがいるならここだろう。
「でも……ティオちゃん、まだお日様が高いのにお酒って」
「ハレの日くらいいいでしょう。周りにも沢山呑んでいる人いるじゃないですか」
うん……いるけど大半男だよね。ティオくらいの少女でエールを傾けている人はぱっと見いない。
いや探せばいるだろうけどさ。……あとティオ、お前本当に昼間っから呑んでるのはこういう時だけだよね?
「もう」
「まあまあ。ところでシリル、僕も一杯やっていきたいんだけどいいか?」
デートの最中ではあるが、ティオが実に旨そうに呑んでいるので僕もやりたくなってきた。
「はいはい、言うと思っていました。いいですよ、ティオちゃんとお喋りも楽しいですし」
「サンキュウ。愛してるぞー」
「もっと気持ちを込めてください!」
そんな情熱的な台詞をこんな公衆の面前で言えるか。
「ところで……さっきからそこで護衛しているゼストさんは、こっちのテーブルに誘わなくていいんですか」
「仕事中のあいつが頷くはずがない」
危険もほとんどない街だし、他の護衛もいるが、それはそれとしてあいつはこういう時に誘って頷くようなタマではない。
「じゃ、買ってくる」
「ヘンリーさん、買いに行くんだったら、あそこの露店のダークエールが美味しかったですよ。私の分も二杯ほど買ってきてもらっていいですか。ツマミは提供するので。余らせそうですし」
確かに、ティオが陣取っている一角には、普段はそう大食漢ではないティオには珍しいことに色々と食い物が並んでいた。
「ちょっと、あれもこれもと、はしゃいで買いすぎました」
「へえ」
また、ティオにしては珍しい。
ああいや。こういう時に素直にはしゃげるようになったってことかね? それなら、いい傾向だ。出会った頃からこっち、ティオは順調にいい成長をしている。
……勿論、大酒呑みになったことを除けばであるが。
「ちなみにティオ、お前それで今日何杯目?」
「はて?」
すっとぼけられた。
……まあいい。こいつ、リシュウの表現で言うところの、ザルを通り越してワクだ。顔を赤くしているところすら見たことがない。金も持ってるし、問題ないだろう。ないってことにしとけ。
混んではいるものの、店自体も多く、さほど待つことなくエールを購入できた。
……後から、領主様の賓客として来ているっていう身分を振りかざせば割り込みもできたかもな、と思い当たったが、多少の時間と引換に風聞を悪くするのは論外なので、これは思っただけ。
「ほい、ティオ」
「ありがとうございます」
二つのジョッキをティオに渡し、
「シリルも、アルコール薄い果実酒あったから買ってきたぞ。いらなきゃ僕が呑むが」
「うーん、じゃあ一杯だけお付き合いします」
こっちはこの祭りの限定品らしい。エール工房に生まれた娘さんが『最近にゃエールよりこっちのほうが若者ウケる!』と親御さんを説き伏せて試作中なんだとか。
……という説明書きもあり、意欲がよく分かる。
「って、ティオ、待て待て待て」
「?」
ジョッキをそのまま傾けようとしたティオを止める。
「乾杯くらいしようぜ」
「……そうですね。ちょっと気が逸ってました」
ねえ、仲間との乾杯まで忘れるほど呑みたかったの? ……酔って判断力が落ちているからだということにしておこう。
「さて、それでは。僭越ながら私が乾杯の音頭を……」
ニヤ、と口元に笑みを浮かべてティオがジョッキを掲げ、
「あー! ティオちゃん、やめてください、やめてください。その顔、あの恥ずかしい口上やるつもりでしょう」
「おっと、バレましたか」
なんか悪戯しでかそうとしてんなー、と思ってみていたら、察したシリルが手をぶんぶんさせて止めた。
やれやれ、『麗しの女王』様は恥ずかしがりだこと。
「残念。それでは普通に。……我らが故郷、花と水の都の、変わりない美しさと活気に、乾杯」
「おう、乾杯」
「乾杯ー」
うむ、久方ぶりの帰郷なのだから、この場には相応しいだろう。育ちがここのシリルはまだしも、僕は一年くらいしかいなかったんだが……まあいいだろ、故郷がいくつもあったって。
グビグビ、と、ティオ推薦のダークエールを呑み……複雑な苦味と、その奥にある薔薇のような香りに、くぅ~~と思わず唸ってしまう。
「旨い!」
「そうでしょう。私がいくつも呑み比べて決めた、今回の祭りの一押しです。その分ちょっとお値段は張りますが」
フフン、とティオが得意げにするが……どんだけ比べたんだって話である。
まあいい、突っ込むまい。
とりあえず、つまみだ、つまみ。
ティオが勢い込んで買いすぎたという屋台飯……うむ、まずは肉だ。肉を食わねばならない。
大振りの肉が豪勢に六個も突き刺さった肉串に手を伸ばし、一個を食らう。
少し冷めているが、甘辛いタレと肉汁がそんなこと些細なことだと、僕の味覚を刺激した。
「うむ」
一つ頷き、再びエールを傾ける。
……肉、旨い。エール、旨い。なんだここは、パラダイスかなにかか。
「あの、ヘンリーさん? あまり深酒はしないでくださいね。夜はアルベール様主催の夜会に出席しないといけないんですから」
「だ、大丈夫大丈夫。まだ日が落ちるまでには時間あるし、それまでには抜けるから」
「深酒、しないで、くださいね?」
「……はい」
シリルが『私怒ってますよ』モードになり、一つ一つ区切りながら詰め寄られ、僕は項垂れながら折れた。
「大変ですね、偉くなるのも。こんな日でも、自由に呑めないなんて」
「それなー」
こんな日というか、こんな日だからこそ色々顔出さないといけないやつがあって、自由に動けない。
まあ、今回は休暇を兼ねてるから、そういうのはかなり少ない方だが。
「はあ……明日、花祭りの二日目は夜の予定ないですから。明日なら目を瞑ります」
「お、いいのか」
「そんな絶望した顔されると、シリルさんも多少は譲歩します」
え、そんな顔してた、僕?
……いや、してたかもな。もしかしたら、冒険で一人特攻をかます時に次ぐくらいには。
「ふむ、それならまたご一緒しますか。私も、明日もここでやる予定なので」
「想像通りの予定を教えてくれてありがとう。じゃ、ジェンドとか他の面子も誘うか?」
「いいですよ」
うむ、明日の楽しみが増えた。
「そういえばジェンド、明日も賭け試合出るんじゃないですかね? 大盛り上がりでしたし」
「さあ。でもまあ、終わってからでもいいだろ」
「なんと。ジェンドさんがそんなイベントに?」
「ああ。僕もやりあった。……勿論勝ったけどな!」
ギリギリの辛勝であってことは言う必要はないだろう。
「もう少しで負けるところだったじゃないですか、ヘンリーさん」
「シリル……そういうのは言わなくてもいい。ハメ戦法採用してたら完封してたし!」
「それやってたら、多分会場の空気がヒエッヒエになってましたよ」
……いやまあ、地元出身のスター相手にやったら、ヒール扱いになるのは想像できるけど。
「ほほう。興味深いですね。参考までに、どんな戦い方を考えていたんですか」
「ティオには通用しないけどな。まず《光板》を使ってだな……」
そうして。
その後も、とりとめのない話題で盛り上がり、ティオとの時間は過ぎていくのだった。
さて、次か、またその次辺りが最終話です。
ちょい仕事が立て込んでいますが、なんとか今月中には完結といきたいところ。




