第三百十八話 花祭り その二
ジェンドの試合は大層盛り上がった。
ジェンド自身の実力もさることながら、対戦相手も勇士の中では上から数えたほうが早い腕前で、ど派手な撃ち合いを繰り広げて観客に大いにウケた。
しかし、攻撃、防御、移動……それぞれ少しずつジェンドが上回っており、見事ジェンドは勝利を飾った。
「……うっわ~。私もまあ自衛くらいはできるつもりですが、やっぱり専門の近接屋は違いますねえ。高威力の魔法でも撃ったみたいじゃないですか」
「いやー、流石に、今回は相性もあったな」
ジェンドの炎と相手の氷。ぶつかり合うごとに小規模な爆発が巻き起こり、試合会場はそこかしこが抉れ惨憺たる有様だった。
勝者の腕を取り讃えている審判さんも、ちょっと顔が引き攣っている。
『え、ええー、会場がご覧の有様ですので、少し整地の時間をいただきます。皆様、少々お待ちを』
……と、審判さんと大会本部とやり取りの末、そんな宣言がなされた。
まあ、ジェンドたちの戦いほどじゃないだろうが、少し強力な技を使えば会場が荒れることは想定されている。地ならしの魔導使える整備の人間くらい確保しているんだろう。
『次の試合は、勝ち抜いたジェンド選手の試合となります。是非とも、見ていってください』
ふぅむ。時間ができるなら別の所回ろうか、と思ったが、次もジェンドか。流石に仲間の試合くらいは見届けてやった方が……って、ん?
「あれ、フェリスさん?」
「やあ、シリル、ヘンリーさん。こんにちは。来ていたんだね」
と、手を上げながらやってきたのはフェリスだった。……む、不覚。いくら人が多いとはいえここまで近付かれるまで気付かなかったとは。
「おう、まあな。あいつが出るとは知らなかったけど」
「ああ、そうだね。昨日急遽決まったことだから」
む、とシリルがその言葉に反応する。
「フェリスさん、ジェンドに一言物申したほうがいいんじゃないですか? 折角の帰省で休暇なのに、フェリスさんを放って賭け試合なんかにかまけてて」
「ああいや、別にジェンドが出たいと言ったわけじゃないんだよ。ほら、フローティアに到着したときご領主様も言っていたろう。この街出身で活躍している勇士として、ジェンドは人気だと」
言っていた。
……っつーことは。
「毎年、花祭りの時期にはここで賭け試合をやっているそうなんだけど、例年あまり盛り上がらないらしくてね。ご両親を通じて、大会本部から直々に招待されたんだ。客寄せのためにね」
あー。
会場が街外れだし、『花祭り』だしなあ。武が好まれるお国柄とはいえ、祭りの趣旨に合わない催し物はあまり人気出ないか。
「むう、そうなんですか」
「ああ。祭りを盛り上げるためなら、とジェンドも納得して参加したし。それにね」
「?」
フェリスが、ちょい、とウィンクをしてみせて、
「自分の男が格好いいところを見せているんだ。シリルは心配してくれたけど、私だって楽しんでいるさ」
「お……おおー」
自信たっぷりの物言いに、シリルはなんかパチパチと拍手を送った。
……口に出して言いはしないが、シリル、フェリスのこういうところは見習ったほうがいいと思いますよボカァ。
「ヘンリーさん、私になにか」
「なんでもない」
言っても多分聞きゃしないし、ジェンドとフェリスの関係と僕とシリルの関係はだいぶ違う。なんだかんだ言っても、今のシリルの態度が僕たちにとっては丁度いいのだ。見習ってほしいとは思うけど。
「ふーん、またどうせ妙なことを考えていたんでしょう」
「お前はなぜにそうも僕の内心を断言するのか」
「こういう時のヘンリーさんの考えは非常に読みやすいので」
え、マジ?
「はは……相変わらず尻に敷かれているようだね」
「はい、お尻に敷いております。このように……」
と、シリルは懐から財布を取り出すと、硬貨を数枚僕に渡した。
「……なにを買ってくればいいんだ」
「ちょっと喉が渇いたのでドリンクを買ってきてください。私とヘンリーさん、フェリスさんの三人分」
「へーい」
手をひらひらさせて了解を伝える。
「フェリスさんにはご馳走です!」
「ありがとう、シリル。それにヘンリーさんも、使いっ走りのようなことをさせてごめん」
「いいんです、城の方でもよくやってもらっていますから。早くて便利ですよ、この人」
そう。シリルの言う通り、リースヴィントの城でもこういうのはたまにある。
やれ屋台のお菓子を買ってきてほしいだとか、夕飯の材料に緑が欲しいから野菜をちょっぱやで仕入れてくれ、だとか。
「え、ええと。たまに城の窓から飛び出して、空から城下に買い出しにでる人がいるらしい、という噂は聞いていたけど」
「僕のことだなソレ」
だって《光板》でトントンと宙を駆けて数分とかからずで店に行けるし。僕に護衛とかいらないし。シリルにはときに便利なパシリとして使われているわけだ。
……あと、地味顔だからか、知り合いじゃなきゃ実は城から援護射撃しているえらいさんなんだぞ、とか気付かないし、騒ぎになったこともない。
何度も行っているのに僕自身と繋がってないってことは、まー、気付いている人が少数なんだろう、あっはっは。……はあ。
「そ、そうなんだ」
「ああ。……で、飲み物のリクエストはなんですかね、二人とも」
僕は二人の注文を受け、観客をあてこんで沢山ある露店へと向かうのだった。
飲み物を買って戻ってきてみると、シリルとフェリスに加えてまた見慣れた顔が合流していた。
「ジェンド?」
「ああ、ヘンリー。こんちは。試合見てくれたんだって?」
「おう。ついでにお前に賭けて儲けさせてもらった。こいつは僕のオゴリだ」
自分用の飲み物をジェンドに差し出す。まあ、地元人気でそこまでオッズ的には美味くなかったが、僕はそこまで喉乾いてないし。
「お、いいのか」
「どうぞ。シリル、フェリスも」
残り二人にも飲み物を渡す。わーい、とシリルはリクエストの果汁ジュースをごくごくと飲む。
それを微笑ましく見て、僕はジェンドに話しかけた。
「で、戦った感想はどうだ?」
「ああ、ここの試合はたまに見に来てたけど、自分が舞台に立ってあんなに思い切り戦えたのは嬉しかった! 勝ったしな!」
相変わらず戦いに前向きな奴である。初めて会った時からこっち、この姿勢は全然変わっていない。
「あ、そうだ。俺の相手、もう一人はいるんだけど、他にまともに相手できそうな実力の選手がいなくてさ。ヘンリー、出てみないか?」
「……嫌だよ。無駄に目立つのも、訓練と仕事以外で戦うのも」
「まあまあ、そう言わず。こんな広いところで模擬戦できるなんてそうそうないだろ」
それはまあ、そうだ。
リースヴィントやリーガレオは、城壁で囲まれた範囲しか安全と言える場所はない。そのため、広い訓練場を一対一の戦いで使うなんて贅沢はそうそう許されない。
ようは上位に位置する騎士や冒険者が、戦術や技の制限とかもなく全力で模擬戦とか、とてもじゃないができないのだ。
まあ、最前線は基本魔物だらけで思うように動けない環境なので、実戦に即しているといえば即しているのだが。
「俺も、全力のヘンリーと戦ってみたいし、どうだ?」
「全力ねえ」
そりゃ僕とて一戦士として、そういう競い合いにまったく興味がないわけではないんだが。
「……でもジェンド。全力でやるってなると、お前多分、僕に手も足も出ないぞ」
「おいおい、そりゃちょっと言いすぎじゃないかヘンリー。そりゃ昔はその通りだったけど、今じゃそれなりに追いついた自信はあるぜ」
うん、それは別に否定しない。真正面からカチ合えば……それでもまだ僕が有利だろうが、少なくない負けの目がある。そう、真正面からカチ合えば。
「あのな。ここの試合場、一応場外はあるよな」
「ん、ああ。あんまり観客席に近いと、結界があるからって危ないし」
「でも上の制限はないよな」
パンフに書かれたルールを見ても、記載がない。
試合場を囲む結界の形状も、円筒形かつ上は抜けてる。高威力の爆発系の魔導とか使われた場合、威力の逃げ先を用意するために、こういう会場の結界は大体こうなってる。
「……おい、まさか」
「ジェンド。お前僕が《光板》で何十メートルか上行ったら、届く技あるっけ」
炎の刃を飛ばす飛炎剣も、上を狙おうとしたら態勢に無理が出てそこまでの飛距離は出ないだろうし。ジャンプで追いすがろうとしても、僕はもっと上に逃げるだけ。
そして真下に向けて延々と槍を投げれば……まあ勝ち確だろう。
「えーと。横から聞いていましたが、ヘンリーさんえげつなくないです?」
「シリル、そんなことはないぞ。全力でやるっつってんのに、有効な戦術取らないほうが失礼だろう。なあジェンド?」
「うぐ……」
普段の模擬戦はいくら本気でやるって言っても、お互いの実力の向上が目的であり、そんなハメみたいな戦い方はしない。だが、勝ちのみを目指すならこういう戦い方もある。
「……ま、ジェンド。お前もパーティの攻撃役なら、そろそろそういう苦手も改善してけよ」
役割分担も大事だが、その仲間が怪我とかした時に他のメンバーがまったくできないのも困りものだ。
遠距離攻撃役は、多分今のジェンドのパーティだと新入りであるエミリーの魔導がメイン。これにティオの弓や、同じく新入りのフレッドの魔導も加わる形だろう。
これに加えて、ジェンドの攻撃力を飛行する敵にも向けられるようになれば、ぐっと対応力が広がる。
「大剣じゃ槍みたいに投げは無理だし、飛炎剣を改良するか、空中で動けるようになるかだな」
「……空中で動くって、ヘンリーの《光板》みたいに足場作ってか」
「火神一刀流の応用で、こう、炎の翼を生やして空を飛ぶとか……」
「できるか!」
「えー、めっちゃ格好良さそうなのに」
なんかそんな感じの絵物語を見た覚えがある。
そんな感じで、ジェンド空中戦対応計画を立てていると、そろそろ会場の整地が終わろうとしていた。
「っと、俺、そろそろ戻らないと。……で、ヘンリー、真面目にどうする? やってくか?」
「うーん」
別に絶対にやりたくない、というわけじゃないんだが。前向きにやる理由もない。なにかここで一つ、モチベにつながるようなものでもあれば、
「ヘンリーさん」
「なんだシリル」
「せっかくですし、どうぞ思い切り暴れてきてください。私もヘンリーさんの格好いいところ見てみたいです」
ふむ。
「よし行くぞジェンド。遅れんな」
「手のひら返しすげえな!?」
自分の女に発破かけられたら男ならこうしますぅー。
「ああ、安心しろジェンド。『格好いいところ見せる』んだから、ハメはしないから。厄介な戦術が潰れてよかったな?」
「……言ってくれるじゃねえか。返り討ちにしてやる」
軽く挑発すると、ジェンドも火がついたようで、好戦的な目を向けてきた。
「やれるもんならやってみろ」
僕も、やるからには負けてやれんので、それを迎え撃つように不敵な笑みで返す。
「ヘンリーさん、頑張ってください」
「ジェンド、高い壁だけど乗り越えてくれると信じてるよ」
それぞれの女の声援を背に。
僕とジェンドは、大会本部に向かうのだった。
僕とジェンドの試合のセッティングは、すんなりと通った。
ジェンドの戦いで盛り上がったはいいが、それ以降目玉となる試合がなくて大会運営側としても渡りに船だったらしい。
「さてと、ジェンド。連戦だけど、疲れとか言い訳にするなよ」
「平気さ。俺だって最前線でだいぶ揉まれたんだ」
対峙するジェンドは、確かに三戦目とは思えないほど気力に満ちている。
……とすると、体が温まっている向こうの方がスタートダッシュ的には有利か。
ま、そのくらいのハンデくらい先達として乗り越えてみせよう。
『それでは準備はいいですかー!?』
……前二戦と同じく、結界の外で実況する審判の人に、僕たちはそれぞれ頷いて返す。
「ヘンリーとの模擬戦も、もう何度目だっけな」
「さあ。四桁は余裕でいってるだろ」
初めてジェンドと会ってから二年ほど。最近はご無沙汰だが、僕とジェンドは訓練のために何度となく戦ってきた。
「俺の負けが込んでるけど、こんな大舞台で勝ちゃあちっとは取り返せるかね」
「さっきも言ったろうが。……やれるもんならやってみろ」
「やったろうじゃねえか」
ジェンドが大剣を構え、僕はそれに応じて短槍型にした如意天槍を構える。
『それでは……はじめ!』
審判さんの合図に、僕たちは駆け出した。
なお、僕はこの戦い、投げ、魔導、その他全部解禁したが、ジェンドはそのことごとくに対応し。
この手の試合としては異例に近い十五分もの戦いの末、僕は薄氷の上の勝利を掴んだ。
……やっぱハメ戦術でやり合うべきだったか?




