第二百七十八話 クエスト初日の夜
そっと、扉から顔を覗かせ、周辺を探る。
夜の闇の中、星と月の明かりを頼りに視線を巡らせ……ひとまず、見える範囲に魔物がいないことを確認して、僕は一つ息をついた。
「ヘンリーさん、どうです?」
「おう、今んところ、魔物はいない。……暗がりに隠れるやつでもいりゃ別だけどな」
中で火の番をしているシリルに、僕は手を上げて応える。
クエスト遠征初日の夜。
リオルさんの飛行魔導により大きく距離を稼いだ僕たちは、当初の予定通り旧ヘキサ王国はアランの街まで辿り着いていた。
そして、僕たちはかつてのグランディス教会の跡地にて野営をしている
魔軍の侵攻と年月による劣化により、この街のほとんどの建物は倒壊しているが、教会の建物は元々公共の施設。しかも戦神の拠点として他より頑丈に作られているので、しっかり残っている。そのため、ここで休むのは遠征組にとってド定番だ。
しかも、少しだが泊まりやすくなるよう色々と整えてあるので、けっこう快適に過ごせるのである。少なくとも、岩陰に隠れて魔物の夜襲を警戒する野外とは桁外れだ。
そうした設備の一つが、暖を取ったり煮炊きするための小さな炉だ。ぱっと見はガラクタっぽく見えるが、ちゃんと使える。
……あまり露骨に人の手が入ると、魔物が嗅ぎつけて荒らしてしまうので素朴なものだが、今日という日にはありがたい。
「ふぅ」
炉の側の椅子(これも壊れかけ)に腰掛けると、思いの外重い溜息が出た。
「ヘンリーさん、お疲れみたいですね。飴いります?」
「もらう」
シリルが自前のポーチから飴玉を一つ取り出し、ぽい、と僕の方に投げる。
「あっ」
……狙い外しやがった。
動くのを億劫に思いながらも、僕は戦闘モードで立ち上がり、飴玉の方に素早く回り込む。
パクッ、と口で飴をキャッチした。ン……甘い
「おおー」
「ったく、無駄に疲れさせないでくれ」
コロコロと口の中で飴玉を転がしながらシリルに抗議する。
「すみませんー。でも、ヘンリーさん、まだ初日なのに珍しいですね? いつもの遠征なら、最初の二、三日は余裕なのに」
「あのな。今回のは、どう考えても『いつもの遠征』じゃないだろ。こんな重要なクエストなら、僕だって気を張って普段より疲れる」
ここまでの――場合によっては、人類側の趨勢を左右するようなクエストなんて、受けた経験ほとんどねえし。魔将とやりあった時くらいか?
「リオルさんの飛行とかお前の魔法とか使って、ちょい無理めにアランの街まで来たのも、一番緊張する初日だけでもゆっくり休むためだぞ」
「お、おお? そういう意図があったんですか。もしかして、今日の夕飯を豪勢にするように言ってたのもそういう?」
「そういうこと」
先程済ませた夕食は、初日ということもあって日持ちを気にしなくていいので、シリル手製の弁当だった。
中身の食材もいいのを使うようにしていたので、みんな旺盛に食っていた。おかげで、きっと明日には元気になっているだろう。
教会の一室で、寝袋に包まれて寝入っているであろうみんなを思う。しっかり眠れているといいが。
「ふーむ、ヘンリーさんの考えはわかりましたが、そういうことなら先に言っておいてくださいよ」
「言うと、逆に意識しすぎるだろ。まあ、ゼストとリオルさんは勿論察してたと思うけど」
そのため、僕含めベテラン勢は自然とみんなのフォローに回っていた。
……多分、ジェンドたちは気付いてはいなかったと思う。いつもより動き固かったし。
ということを説明すると、シリルは深く頷いて、
「ほほー。ヘンリーさん、相変わらず冒険のことに関しては気が回りますよねえ」
「……『冒険のことに関しては』って一言いらなくない?」
いらなくない?
「必要不可欠です」
言い切りやがった。
昔に比べりゃマシになっただろ! と胸を張って言いたいが、この手の話題に関して僕がなにか反論を試みても、敗北する未来しか見えないので話題の転換を図る。
「……そういえば、今向かってるリースヴィントの街ってどんな感じなんだ? エッゼさんとリオルさんの偵察の写真は見たけど、住んでたお前からしたら」
「そういえば、話したことありませんでしたね。とはいっても、私も小さい頃の話なのであまり覚えていないんですが」
うーん、と思い出そうとしているシリルの顔を、ぼんやりと見る。
魔物への用心を完全に解いているわけではないが、ずっと百パーセントの警戒をするとはいかない。……こうした、夜番の間の他愛無いお喋りは、遠征中の数少ない楽しみである。
「あ、そーですね。一つ思い出しましたが、お城の敷地にグランディス教会の建物があって、毎日そこでお祈りするのが日課でした」
「へえ? 割と敬虔な信徒だったのか?」
今はお祈りとかしてるとこ見ないけど。
「いえいえ。実は、王都の騎士の方は天の宝物庫の下賜品、そこで引くので。どんな神器が出てくるか、こっそり見るのが楽しみだったんです。街の方の教会には流石に行けませんでしたからね」
あー、なんとなくわかる。
こう、ぱぁー、って光って、武器やら道具やらカッコいいのが出てくるの、子供心には憧れるよなあ。僕も昔はそれ目当てでたまに教会行ってたっけ。
……まあ、完全男の子の感性だけど。
「そういえば、ここの教会、一応祭壇は原型残ってますけど……引けるんですかね?」
「噂で聞いたけど、引けるらしいぞ。好奇心でやっちまったパーティいるらしい」
まあ、窓とかから宝物庫の光が漏れたりしたらしく。その時たまたま魔物が近くにいなくて助かったが、もしいたらこの貴重な拠点が潰れていただろう。
「マジですか」
「マジマジ。神様なに考えてんだろな」
どーも、基本的に正式な解体手順を取らないと、教会は延々と宝物庫へアクセスできるポイントになるらしい。
「『暗幕』の魔導具もありますし、やっちゃいたい気もしますが」
「流石に、それでもし万が一があったらみんなに申し訳ないぞ」
「ですよねー。諦めます」
ティオのお陰で普段遣いできている『暗幕』や『消音』の結界魔導具があるので、滅多なことでは外に気付かれやしないだろうが……まあ、遠征中にすることじゃない。
「大体お前、クエスト前の縁起担ぎで昨日手持ちの功績点全部使ったろ」
内訳はコモンが十、アンコモンが四、目ぼしい能力付きはなし……という箸にも棒にもかからない結果だったが。
「今日空で魔法どかーんってやったじゃないですか。あれで一回か二回分にはなってないですかね」
「……なってるな、多分。でもやめろよ」
「はぁい」
まったく。
「で、リースヴィントのお話でしたね。とはいっても、私は立場上あまり外を出歩いたりしませんでしたし……あとはー、うーん。同じくお城の庭にあった近衛さん向けの修練場を見物してたくらいですかね」
「言ってたなあ。……そういや、近衛秘伝の技とか知らねえ? 僕の街の騎士団に伝わってないようなの」
近衛といえば、フェザード騎士の花形だ。実力も信頼も経験もある者しかなれず……王都から離れた僕みたいな街の騎士の間では、きっとなにか秘密の必殺技でも持ってるぞ、とかなんとか噂されていた。勿論、眉にべったり唾を付けながら。
「……ふっふっふ。実は知っています」
「え、マジで?」
「王女様だから特別に、と教えていただきました。動きは全然覚えていないので今まで言いませんでしたが……『一貫』という名前の技です」
…………………………
「わりぃ、シリル。それ、フェザード流の基本のきだ。そもそも技っていうか、正しい突きの型の名前」
「なんと!?」
がびーん、とシリルが大ショックを受けている。
「う、うぬぬ……おのれ、ヴァイス団長。いたいけな子供に嘘を教えていたとは」
当時の近衛騎士団団長かつ、フェザード騎士筆頭の名前だ。……まあ、王族だし、知り合いでも当然か。
「まあまあ。基本こそが奥義ってことで、一つ」
「俺の特別な技だ、って言ってたんですよ! 今まで大切に覚えていたというのに!」
しかし、意外とお茶目な人である。
武者修行時代、少数の仲間とともに最上級を倒した経験があるという、フェザードの中でも屈指の実力者と聞いていたんだが。
……そういやあ。考えてみると、当時雲の上の存在だった騎士筆頭に、実力だけなら多分追いついてるな、僕。
准騎士時代の僕からは考えられん。
「まったく。……まあ、普段は冗談ばっか言ってるあの人の言うことを、真に受けていた私も悪いですが」
少しシリルがしんみりとした目になる。
「その団長さんは?」
「最後に見たのは、近衛の皆さんを取りまとめて出撃する背中ですね。……帰ってはきてくれませんでした」
そうか。
……まあ、そうか。
「……おっと、ちょっと湿っぽいお話でしたね。気分転換にお茶でも淹れましょうか。ヘンリーさんもいりますよね?」
「おう、頼む。あと小腹が空いたから、なんかつまむものも」
「それじゃ、おやつのクッキーでも添えますね」
夜番する人間用のお茶セットを用意しながら、シリルはてきぱきと動く。
「ヘンリーさん、薬缶にお湯ください」
「いいけど、毎度ながらポットに直接じゃ駄目なのか?」
「お湯の注ぎ方にもコツがあるんですー」
さよけ、と僕は受け取った薬缶に魔導で出した湯を入れる。
そうして、シリルが淹れた爽やかな香りのお茶を飲みつつ。
クエスト初日の夜は過ぎていくのだった。




