第二百七十七話 初日の進撃
クエスト前最後の一日も、僕たちはつつがなく過ごした。
ジェンドとフェリスはデートに出かけ、ティオはアゲハのやつと訓練。僕とシリルも、部屋でゆったりと、茶とお喋りなんぞに興じて……それぞれ大切な相手と一緒にいたようだ。
唯一ゼストだけは『これも道半ばの話。特別気張る必要もない』と、いつも通りの一日だったらしい。
ともあれ。
クエスト決行の早朝。昼行性、夜行性どちらの魔物も動きが鈍くなる時間帯に、僕たちはリーガレオの南門のところに集合していた。
「……よし、全員気合は入っているようだな」
先に来ていたリオルさんが、僕たちの顔を見渡してそう感想を漏らす。
「たっぷり休みをもらえましたからね。体調も万全です」
「ああ、安心した。……では今日の手筈の再確認といこう。ヘンリー?」
リオルさんに促され、僕は頷く。
立場的には英雄のリオルさんが一番上だが、ラ・フローティアのリーダーは僕だ。色々と助言はしてもらうが、基本は僕が主導となってクエストを進めることになっている。
幾度かの打ち合わせの内容を頭に思い浮かべ、僕は口を開いた。
「この後すぐに、リオルさんの飛行術式で僕たちは魔国に向かう。できるだけそれで行けるところまで行く予定だけど、空の魔物が多くなった辺りで降りて、歩きで進行開始。初日の目標は、旧ヘキサ王国の国境、アランの街跡」
リーガレオの存在するビフレスト地峡の三分の一くらいを領土としていた、かつての南大陸最北端の国。
その中でも、北と南の大陸の玄関口の一つとして栄えていたアランの街は、廃墟で身を隠せるため、遠征中は比較的安心して野営できるポイントの一つだ。
僕たちだけじゃとても一日じゃ到達できないが、リオルさんの魔導を加味すればギリ届く……かもしれない。
まあ、魔物の湧きにも左右されるので、目標は目標だ。
「ってわけで、リオルさん。お願いできますか」
「承知した」
僕の言葉に従い、リオルさんは愛用のステッキでトン、と軽く地面を叩く。
途端に、光の文字が空中に溢れ、それは確かな意図をもって翼のような形を形成し……飛行術式『導きの鳥』となっていく。
早朝から南門の警備についている何人かの騎士がこちらに注目しているが、この街に住んでいればリオルさんがこの魔導でカッ飛んでいく光景は珍しいものではない。
まだ僕たちのクエストについては、一部の人間以外には伏せられていることもあるので、大々的な見送りもない。
……が、それも今日までだ。
本日正午に、ラナちゃんの開発した術式と、それを受けてリースヴィントに向かう僕たちのことは公表される。
それをもって、首尾よく転移門の設置に成功した後。リースヴィントで戦うもの、リーガレオに残るもの、それぞれを選別していくのだ。
まあ、そっちは教会や各国の上層部に任せることになる。僕たちは僕たちの任務に集中だ。
「行くぞ」
ふわっ、と足が地面から離れる。
リオルさんの術式により、僕たちはぐんぐんと上昇していき、リーガレオの街が小さく見えてきた辺りで魔国に向かって推進。
「うわぁ、もう何度目かですが、相変わらず高いですねえ」
「うむ。……そういえば、ヘンリーとゼスト以外の諸君をこっちで乗せるのは初めてだったか」
リオルさんの言う通り、シリルたちが導きの鳥で移動したのはアルヴィニア王国内だけである。
……っと、ああ、そうか。
「? それがどうかしましたか」
「ああ、大したことではないのだが。当然のことながら魔国に向かえば向かうほど、空を飛ぶ魔物による妨害は増える」
噂をすればなんとやら。
ふと、南西方面から鳥型の魔物の群れがやって来るのが見えた。
リオルさんはステッキを振り、攻撃術式を生成。小さな光弾の弾幕に、その鳥の群れは六割ほど引き裂かれた。
「今の魔物程度なら、この通り片手であしらえるが。……上級以上の魔物が殺到すると、有り体に言って今までのような快適なフライトは約束できないので、そのつもりで」
時間帯や運、また僕たちのクエストを悟られない程度に教会が防衛に出る冒険者を増やしていたことが功を奏したのか、リオルさんの飛行術式による進行は特にトラブルもなく順調『だった』。
しかしそれも、一陣の連中が守る領域を越えた辺りで、一気に情勢が変わる。
「おっと」
リオルさんが小さく呟き、ステッキを振る。
途端、まっすぐ飛んでいた導きの鳥は右に旋回し、前方の雲の魔物、魔雷雲の放った光線を避けた。
……だが、一つ避けても二発、三発と飛んでくる。滅多に地上に降りてこないからあまり知名度はないが、魔雷雲は立派な上級上位。
それが五体も群れていて攻撃を仕掛けてくる。
並の軌道じゃ避けきれるはずもなく、リオルさん操る導きの鳥はぐりんぐりんと豪快に旋回しながら進んでいき、
「ぉぉぉぉおおおおおおお!?」
「ぁぁぁあああああああ!」
……そうすると、当然のことながら、リオルさんといえど中の僕たちのことを構う余裕なんてない。
最低限放り出されないようにはしてくれているが、普段は展開している風の膜もなく、僕たちは竜巻に巻き込まれたようにぐるぐるしていた。足場や手すりになるようなもんがないので、こう、されるがままって感じだ。
(ちょっとぉ!? こんなことになるとは聞いていませんよ、ヘンリーさん!?)
(出発する時にリオルさんが言ったろ!)
諸事情により喋れないシリルが神器による念話で文句を言ってくるが、むしろ今日はこの程度で済んだか、と僕とゼストなんかは安堵していたりする。
ジェンドとフェリスは素直に叫び声を上げているが、このくらいの振り回されっぷりなら安いものだ。
「にしても、ティオは落ち着いてんな」
導きの鳥の中で撹拌される気分を味わいながらも、ティオは落ち着いて態勢を整えている。僕とゼストは何度かの経験でできているが、初めてで大したもんだ。
「アゲハ姉との訓練で、これ以上の目はいくらでも見てきたので」
そうか、アイツのせいか。
……従妹にどんな稽古つけてたんだ、アゲハのやつ? なんか『叢雲流の秘伝だぁ!』つって、訓練風景はあんま見たことないけど。
「ヘンリー、お喋りしている暇はないぞ! 南東からウインドドラゴンが六匹来てる。魔雷雲は私が片付けるから、そっちを迎撃してくれ」
「いいですけど、こんなとこじゃ踏み込みも出来ませんよ」
地上からなら投げで仕留めることができるが、導きの鳥の中はふわふわ空中に浮いているような状態だ。
雑魚なら体のひねりだけの投げでも始末できるが、ドラゴンは無理。
「問題ない。お前も空中戦はできるようになったんだろう?」
「は?」
「後で拾いに来るつもりだが、できればそっちから合流してくれ!」
聞き返す間もなく。
ぺいっ、と僕は導きの鳥から放り出された。
「リオルさんアンタまた――! って、《光板》ぉ!?」
文句を言いかけた僕に、敵が逸れたと見た魔雷雲の光線が飛んでくる。
《光板》で足場を作り、横っ飛びで躱し――その頃には、リオルさん操る導きの鳥は、声の届かないところまで進んでいた。
~~っ、昔クッソ雑に戦場に投下されたの思い出したぞコラ!? 絶対後で文句言ってやる!
そう、内心で固い決意しながら、空中に連続で《光板》の足場を作ってウインドドラゴンの方に走る。
途中、筋力と速度の強化ポーションを飲み干し、連中のブレスの間合いに入る直前、
「《強化》+《強化》+《強化》+《強化》!」
――ここまでの道中、リオルさん任せで温存できた魔力をこれでもかと込め、一気に投擲。
ウインドドラゴンは避けようと展開するが……動きを読んでいい感じに分裂させた如意天槍が、全員の翼を引き裂く。
……っと、何匹かは外すかと思ったけど、上手くいった。
飛行のための魔力を発生させる翼を傷つけられたドラゴンが落下していくのを見て、僕は踵を返した。
ドラゴンの体力なら、落下の衝撃程度じゃ死なないだろうが、今回は敵を倒すことより前に進むことのほうが優先だ。再生して追ってくる前に振り切れば、わざわざ相手をする必要はない。
そうして。
遠く、魔雷雲を相手取って大立ち回りをしている光の鳥に合流するべく、僕は走るのだった。
――と、そんな風に魔物の襲撃を十回程蹴散らして、かなりの距離を進んだ。
「っはぁ! はぁ!」
(ヘンリーさん、大分疲れてるみたいですけど大丈夫です?)
息を整えている僕を、シリルが心配してくれる。
が、返事をする余裕もない。襲撃のたび、ひっきりなしにリオルさんに『出撃』させられて、魔物を撃退したら全力で離れた導きの鳥までダッシュ。
こんなん繰り返してたら、いくら僕が体力あるほうだっつっても息の一つも乱れる。
……いやまあ、僕に負担がかかるのは仕方がない。
うちの面子的に、空中で動けて遠距離の高火力持ってんの、僕しかいねえし。
それにまあ、ここまでだ。
「ふむ……流石に、ここから先は空を行くのは無謀だな」
リオルさんが前方を見据えて、ふう、とため息をついた。
空中で何度も派手にドンパチをしたせいで、周囲の空飛ぶ魔物を集めてしまった。
大攻勢ほどとまでは言わないが、空と魔物が五分五分で見える範囲を塗りつぶしている。
リオルさんが普段遠征に出る時は、ここまで集まってくる前に地上行きに切り替え、地形を利用して隠れながら進む。
……だが、これも作戦の一つだ。
「~~♪ ~~~~♪」
シリルの、魔法を発動するための歌。
出発してからずっと歌って高まった魔力は、最上級を一撃で下したり魔将に有効打を与えた時をずっと上回る。
「お疲れ、シリル。もうぶっ放していいぞ」
(ぐるんぐるん回ってる間もずっと歌ってた恨みを、今こそぶつける時だということですね!)
お、おう。
まあ、リオルさんの機動に振り回されながらも歌い続けたガッツは買う。
念話はみんなに届いているのか、ぷっ、と誰かが吹き出した。
魔物がすぐそこに迫っているというのにどこか弛緩した空気が流れ……リオルさんが、ステッキをつい、と振り、シリルがゆっくりと前の方に出る。
シリルの歌が止まる。
高まった魔力を導くように、シリルは杖を前に突き出し、
すぅ、と一つ深呼吸をして、
「『ライトニング・ジャッジメント』――拡散!」
放たれたのは、過去にも何度か使った雷の魔法。
……が、今回放たれたのは、一発ではない。
シリルの魔法が黒雲を呼び、落雷を豪雨のように降り注がせ、見える範囲の魔物を蹂躙していく。
……ちょっと前に遭遇した魔雷雲の放つものなど問題にならないレベルの雷である。
しかし、
「……シリル、お前。地獄かなにかでも呼んだのか?」
「し、失敬な! それに、一発の威力はそこまででもないですから!」
いやでも、雷の雨とか、ちょっとわけがわからない。それに一発の威力? 普通に上級が落ちてるんだけど?
……そうして、たっぷり数十秒も魔法の効果が続いた後。
「お、おお……?」
誰かが思わずといった風に声を上げる。
そりゃそうだろう。
今や、僕たちの目の前には、見渡す限りの青空が広がっていた。
「これはご機嫌だな。……さっ、今のうちに距離を稼ぐとしよう」
からからと、リオルさんは一つ笑って。
光の鳥が、魔国の空を征くのだった。




