第二百七十六話 食料
クエストの出発を明後日に控えた今日。
僕は、ティオと一緒に買い出しに来ていた。
とはいっても、ロープやテント、薪に諸々の工具など、そういうのはとっくの昔に揃えていて、漏れがないかダブルチェックまで済ませている。
今日の目当ては食料品だ。
遠征の時の食い物を調達するために贔屓にしている食料品店の店主さんが、一つの袋を僕に差し出す。
「ほい、こいつが九日目昼に指定されてたやつな。堅焼きパン、キャベツの酢漬け、ベーコン」
「どうも。……オッケー、ティオ」
「はい」
袋の中に、注文した通りのメニューが人数分入っていることを、メモと照らし合わせながら確認し、一回の食事分が入った袋をティオに渡す。
ティオは神器の鞄にそいつを収納し、次だ。
「九日目夜分。ライスの干したやつ、野菜の塩漬け、魚の干物。ライスは湯で柔らかくして食ってくれ。こっちは夜食のドライフルーツ」
「ほいほい」
同じくチェックして、ティオへ。
遠征の場合、まともな料理を煮炊きする余裕なんか滅多にない。こういった、そのまま食べるか、せいぜい湯をかけてふやかす程度で済む食料を用意するのが通例だ。
まー、そのため、大体は塩漬け、砂糖漬け、酢漬けに燻製、天日干し……そういった日持ちする加工食品となる。
とはいえ、やはり作ってから日が浅い方がより持つし、味の方に気を使う余裕も出る。そのため、食料に関してはこうしてクエスト直前に仕入れるわけである。
この店はあまり大きな店舗ではないが、色んな種類の保存食の作成を引き受けてくれるため、重宝していた。似たような味ばっかだと飽きるし。
なお、メニューはシリルが考えたものだ。長期の遠征で、栄養や味の偏りがないように献立を決める手腕は、あいつがパーティ随一である。
「これが十二日目朝……っとと、間違い、こっちじゃなくてこっちがそうだ」
「あー、面倒頼んですみません」
「いいよ、その分のお代はもらっているから。改めて、十二日目朝分ね」
ちなみに食事回ごとに荷物を小分けにしているのは、万が一……そう、万が一にでもティオがやられてしまったことを考えてのことである。
その場合、神器の鞄は天に返還され、中に入ってるのはその辺にぶちまけられるのだが……その際に『とりあえず何回か分の食事袋を引っ掴んで撤退する』ためだ。
完全にバラバラに収納したり、逆に道中の堅焼きパン全部同じ袋に入れたりすると、とてもではないが咄嗟に適切なものを手に取ることが難しく、『その後』の食料事情が悲惨になる。
仲間が死んだときのため……という憂鬱な理由だが、生き残るための知恵。店に手間賃は取られるものの、こうして適切な単位で小分けにするのは地味に大切なのだ。
黙々とチェックリストと渡される食料袋の中身を照らし合わせながら、受け取っていく。
「これがラストの、十五日目夜……なんだが、相変わらず君の鞄、恐ろしいくらい入るな。今まで最高は七日分だっけ? それでもびっくりしてたんだけど」
「はい。ちょっとした倉庫くらいの容量はありますので」
まあ、それだけの容量がなければ、いくらコンパクトといえど携行型転移門を予備含めて二基も持ち運べない。やはり、うちにこのクエストが回ってきたのは、ティオの存在が大きいといえるだろう。
今一度、チェックリストのチェックを見て、全日程の食料を受領したことを確認して、僕は財布を取り出す。
「じゃあこれ、後金です」
「毎度」
代金の半分は前渡しているので、残りを支払う。
店主さんは金を数えて、『確かに』と頷いた。
「ときに、一気に遠征の日程延びるみたいだけど、なにかあるのかい?」
「まあ、ちょいとしたクエストの準備っすよ」
今までのラ・フローティアの遠征の最高は、往復で五日。二日分余裕を持たせて、七日の食料をこの店で買った時のことだ。
今回は片道で十五日分の食料を用意した。
エッゼさんとリオルさんが、フェザード王国王都リースヴィントに偵察に行った時の実績が、片道で六日。その時の道程は可もなく不可もなく、といったところらしい。
ただでさえ大人数、かつその二人より体力のないメンバーがいる。そのうえで、魔物と多く遭遇したり天候が悪かったりしたら、もしかしたらかかる日数が倍でもきかないと思っての、この数だ。
実はティオの鞄的にはもっと余裕はあるが、これ以上の日数を遠征で過ごすとどうあっても誰かが潰れるので、詰め込めるだけ詰め込んでも意味はない。その場合は転移門で撤退だ。
可能であれば、長期遠征の予行もしておきたかったが……肝心のメンバーの一人であるリオルさんの都合がなかなかつかない上、下手したら『事故』が起きてメンバーに欠けが出る。
リスクとリターンを鑑みて、ぶっつけ本番とすることになった。
「ふぅん。まあお得意様の武運を祈っておくよ」
「はい、ありがとうございます」
僕の礼の言葉に、ティオもペコリと小さく頭を下げる。
……さて、買うものは買ったし、帰るか。
星の高鳴り亭に帰ってきて、そのまま食堂の方へ。
「ただいまぁ、っと」
「あ、おかえりなさーい」
僕の言葉を聞きつけ、厨房の方からシリルの出迎える声がした。
ここまで漂ってくる甘い香りに鼻をひくつかせながら、僕とティオはシリルのもとへ向かう。
厨房の中を覗いてみると、シリルが複数の小鍋をかき混ぜているところだった。それぞれ鮮やかな色合いの中身に、自然と唾が出る。
「お買い物お疲れ様でした、二人とも。ちゃんと買えました?」
「ああ、注文した分、きっちり揃ってた。品質の確認まではしないけど……いいよな?」
「いいと思いますよー、あそこのお店は信用できますし」
悪どいところだと粗悪な麦でかさ増ししたり、保存食なのに二日と持たないような処理をしてたり、冒険者がずぼらだからと勝手に品目を減らしてたりする。
あそこの店主はそういうことをする人じゃあない。と、何度かの注文でわかっている。
「そういうシリルさんは、いつものジャム作りですか」
「はい。ティオちゃんの好きなオレンジジャムも勿論ありますよー」
今回仕入れた食料品店の味は、結構いい方だ。
……しかし、やはりどこか味気なさがないわけではない。特に堅焼きパンは定番中の定番だが、余計なものを混ぜると日持ちしなくなるので、味は素朴なものだ。
だけど、新鮮な果物を使ったジャムを付ければ、立派なご馳走になる。ちゃんと密封してりゃ相当持つし。
シリルは初回の遠征のときの食事に大層不満を抱いたらしく、二回目以降こうして毎回これを作ってくれるのだ。
「あ、ティオちゃん、味見お願いしてもいいですか?」
小皿にオレンジのジャムをちょびっと載せて、シリルがティオに手渡す。
ティオは、湯気を立てるそれを、ちょいと行儀悪く小指ですくって口に運んだ。
「……ん、いつも通り美味しいです」
「それはよかった。ヘンリーさんもいかがです?」
「んじゃ、そっちのイチゴのくれ」
はーい、とシリルは返事をして、同じく小皿にルビーを思わせるような色鮮やかな赤いジャムを載せて寄越してくれた。
僕もティオにならって指ですくって味わう。……うーん、甘酸っぱくて美味い。
なお、ジャムは高熱だが、鍛えた冒険者はこの程度で火傷は負わない。身体強化の無駄遣いな気もするが。
「……ところでシリル。なんかジャム以外にも、色々作ってるっぽいが」
厨房のテーブルに、なんか色々美味そうなのが置いてある。
「今回は特別ですので! 飴玉にクッキー、リシュウのおかきなんてのも作ってみました。そして目玉はこちら、ラム酒やシロップや砂糖漬けの果物をふんだんに使ったフルーツケーキです。氷の魔石を使った冷蔵容器もヘソクリから購入しました」
お、おう。贅沢品過ぎて普通の食料品店じゃ扱う想定のない魔導具きたな。
………………ピクニック気分か!
「なんというか。いつも通り余裕ですね、シリルさんは」
「あはは。ティオちゃん、別に余裕があるわけじゃないですよ。でも、手を動かしてれば不安を忘れられるので」
出来上がったジャムを瓶に詰めながら、シリルはそう笑う。
基本図太いやつなんだが、流石に大一番の前で少し不安や緊張はあるようだ。
「……成る程。ヘンリーさん、わかっていますか? 男の甲斐性というのはこういう時に見せるものです。……わかってますか?」
「念押しするな! わーってる!」
ティオさん。『本当か?』みたいな顔しないでほしいんですけど!
「あ、そういうことなら、ヘンリーさん、次のクッキー作り手伝ってくださいよ」
なにがそういうことなら、なんだろうか。単に一緒に作業したいだけな気がするが。
「……いや、手伝うのはいいんだけど。まだ作るのか? 遠征用はもう十分じゃ」
「いえ、こっちは普通に今晩のお茶のお供です。ジャムの残り使ってジャムクッキーにしますよー」
おー、と無駄に張り切るシリルに、はいはい、と僕は頷く。
「……それでは、私は部屋に引っ込みます。クッキーは楽しみにしています」
「はい、楽しみにしちゃっててください!」
ティオが厨房から去り、さてと、とシリルはボウルを取り出す。
「んー、ヘンリーさん。ちょっと小麦粉が足りないので、倉庫から持ってきてくれます?」
「はいはい」
そうして、その後はシリルとのお菓子作りに興じ。
その夜は、知り合い連中を誘って、お茶会と洒落込んだのだった。




