第二百二話 アイドルが知っている話
グランディス教会で精算を済ませ、一休みしたら夜番に出るというセシルさんと別れ。
僕とユーは、宿への帰路についていた。
「ヘンリー、本当に報酬七:三でいいの?」
「いいよ。朝っぱらから僕の勝手で引っ張ってたんだから。……まあ、少しでも恩を感じるんだったら、是非教会の上の方への口利きをだな」
「私が断るってわかってて、ヘンな頼み事をしないの」
はいはい、と予想通りの答えに僕は生返事をする。
……まあ、本気ではない。仮にユーが引き受けたら、前言撤回する気だった。
英雄からの口利きってなると流石に飛び道具が過ぎる。リーガレオという激戦区に配置されてるだけあって、この街の教会のお偉いさん方は、実に真面目で優秀な人たちだし。
「しかし……ロッテさんのライブ、成功みたいだな」
「そうね」
道ですれ違う人たちは、みんな笑顔だ。
……なぜ彼らがロッテさんのライブ帰りだとわかったかというと、物販で売ってる鉢巻やらシャツやらタオルやら音写盤やらをみんなが持っているからである。
この手のグッズは今までは数が少なかったのだが、どうやらリーガレオの物流の改善はこんなところにも影響しているらしい。
「……星の高鳴り亭も騒がしいわね」
「あー、半分以上はライブ行ったみたいだしな」
徐々に見えてきた常宿の喧騒が、ここまで聞こえてくる。
まあ、士気が上がったようでなによりだ。うちのみんなも、楽しんできただろうか。
なんて想像しながら、道を歩き。
宿の玄関を開ける。
「……うわ、本当に大騒ぎだな」
談話室や食堂に冒険者が詰めて。ライブの余韻からかいつもより数段大きな声で話をするみんなに、僕は若干面食らう。
「ロッテさんのライブ、久し振りだしね。私も明日は楽しんでくるつもり」
「そーか。僕は……今度はリオルさん辺りでも誘うかね」
三日全部防衛……みんなの楽しげな様子を見ると、少し参加したいという欲望が面を上げるが、そこはぐっと我慢である。
四日目のためにも、偵察は万全にしとかないと。
「ああ! ヘンリーさん、おかえりなさい!」
そう静かに決意をしていると、なんか凄まじい勢いで名前を呼ばれ、人影が突っ込んできた……って、フェリス!? シリルじゃなくて!?
普段は冷静で真面目なフェリスが、頬を上気させ、ちょっと入ってはいけないテンションで僕の前に立つ。
ライブの物販で買ったと思われる鉢巻とシャツを身に付けた彼女は、猛然と口を開いた。
「やあやあ、ヘンリーさん、一陣お疲れ様! いやしかしだね、仕事熱心なのはいいが、シャルたんのライブに参加しないのはやっぱり人生の損失だぞう!? ライブ期間中、ずっと前線に出ずっぱりという話だったが、やはり明日はヘンリーさんもライブに参加しないか、いやするべきだろう!?」
近い近い近い近い!? 顔近付けんな、暑苦しい……っていうか純粋に怖い!
「あー、ヘンリー? 私、汗流してくるから……チャオ♪」
「あ、こら!? 逃げるな、ユー!」
ホホホ~、と、胡散臭い笑顔を浮かべながら、ユーが滑るような足取りで浴場の方へ去っていく。
そのユーを見送って『ユースティティアさんには後で話すか』と、決意を込めた呟きを発したフェリスは、くるりともう一度僕の方を向き、
「ヘンリーさん! 今日のライブはすごかったぞ! いつもすごいんだけどな! 最初は名曲『ラブ・エクスプローラー』から始まって、それはもう可愛らしかったんだが、続く『シャルたん音頭』はみんな楽しそうに踊ってたし、休憩中の余興のグランエッゼさんとの模擬戦は……!」
そんな怒涛のように話されても頭に入ってこねえよ!
「フェ、フェリス。わかった、存分に楽しんできたのはよくわかったから。と、とりあえず、落ち着け。ま、まずは席につかないか? それで水でも飲んでだな、少し冷静になって……」
「うん、そうだな! じっくり腰を据えて、ヘンリーさんに今日のシャルたんの魅力を語ってあげよう!」
そういう意味じゃねえよ!?
フンスフンス、と鼻息を荒くしているフェリスとともに、他のみんなが座っているテーブルに向かう。
ふと、席についているシリルと目が合う。
(ヘンリーさん、観念してください。今日のフェリスさん、テンションアゲアゲですので)
(……今の一瞬で思い知ったよ)
苦笑いのシリルからの念話に、僕は自分にできる限りのげんなりさ加減を込めて返事をする。
「……おう、ヘンリー、おかえり」
「ただいま、ジェンド。……その様子だと、お前も随分『楽しんで』きたみたいだな」
「そりゃもう、嫌んなるくらいにな。午前も午後も思い切り楽しんできたさ……」
確実に一日フルで冒険に出るより疲れている様子のジェンドが、項垂れながらこぼす。
「シリルとティオはどうだった?」
「はい、私は普通に楽しんできました。午後の部は、ちょこちょこ覗き見るくらいでしたけど」
「……私も」
ティオの方は、なにやら目の前に円盤型の機材を起き、そこから伸びる糸のようなものを片耳に付けている。
? なんだこれ。
「ティオ、それなんだ?」
「小型の音写盤再生機です。今日物販で買った新譜を聞いているんです」
オウ……音写盤再生機といえば、小型のものでも枕くらいの大きさはあったはずだが、こんな小さなものも発売されてんのか。ティオの耳に繋がってる糸みたいなのから音が出てるって寸法かね? 糸電話みたいなもんか。
「その魔導具もロッテさんの引き連れてきた商会辺りが持ってきたのか?」
「はい。最近開発された新商品だそうで……よくもまあ、こんな高価なものを、こんな最前線に売りに来るものだと思いました」
ティオは酒以外にはあんまり散財しないやつなので、まあ随分溜め込んでいるはずだ。そいつが高い、っつーのか。
まあ、最新の魔導具って大体そんなもんなんだが。
「ぐぬぬ……いいなあ。私も欲しかったんだが、借金返済して、装備整えて……流石にまだ貯蓄に余裕がなくて」
「フェリスさん。私が使わない時であれば貸してあげますよ」
「おお、ありがとう! ティオ、キスしてやろう、キス!」
「……やめてください」
高まったテンションのまま、抱きつこうとしたフェリスをティオが面倒そうに押しのける。
「あ! そうそう。聞いてくれヘンリーさん! 午前のライブの最後には新曲も発表されたんだ! ティオの聞いている新譜ってのがそれで、これがまた実にだな!」
……どうやら、今日はこの状態のままらしい。
僕は天井を見上げて、はあ、と重い溜息をつくのだった。
フェリスのライブの感想を聞き流しながら夕食を済ませ。
……さて、そろそろ逃げても不自然じゃないかな? という時間になって、僕がおもむろに席を立とうとすると、
「やあ、みんな! ただーいまー!」
……星の高鳴り亭の玄関を堂々と開け、噂の渦中の人物が宿に戻ってきた。
ざわざわと騒いでいた冒険者達が、一瞬ピタリと静まり、
『シャルたーん、おかーえりー!』
と、半数近くが声を揃えてそんな掛け声を上げた。
……打ち合わせでもしてたんか?
「うんうん、みんなありがとうー! あ、クリスの旦那、冷えた水を一杯くださいな!」
食器を片していたクリスさんが、フンと鼻を一つ鳴らし――その場でなにやら呪文を唱え、手の中にコップを生み出した。
……あれ、氷製だ。そして、そのアイスコップに次の呪文で水が張られ、すいー、と宙を舞ってロッテさんの手の中に。
ライス式生活魔導術。クリスさん、相変わらず鮮やかな発動である。
「そいつはサービスにしておいてやる」
「ありがとー! っっん、ぷはぁ!」
水を一気に飲み干したロッテさんが手に力を込めると……なんか氷のコップがじゅう、と蒸発して消えた。
「ジェンド。ロッテさんの今のあれ、もしかして火神一刀流的なやつ?」
「だと思う。……なんか普通に俺より得手っぽいけど」
ドンダケ技の引き出し持ってるんだ、あの人。
ロッテさんの小技に驚愕していると、当のその人はあっけらかんとした笑顔を浮かべて、うちのテーブルにやってきた。
「やっほう」
「やや、シャルロッテさん、よくぞ我々のテーブルに! ささ、お席は用意してあります、どうぞお座りください!」
「ありがとう、フェリス。よっこらせっと」
フェリス……お前、よくやるよほんとに。
「……あ、折角の私のライブをブッチした薄情者発見」
そうして、ロッテさんは僕を見て指を差してきた。
「ロッテさん、薄情者は勘弁してくださいよ。うちのパーティは四日目大事なんですから、敵情視察はしとかないといけないんです」
ロッテさんのライブは三日間続く。
そして四日目は、アイドルとしてのロッテさんではなく……英雄『虹の歌い手』としてのシャルロッテ・ファインが一陣に出撃する。
そして、歌の届く範囲の味方全員に対するバフという強力過ぎる魔法で、一陣のみんなを援護してくれるわけだが……つまりこれ、二陣を張っている連中が、比較的安全に一陣での戦いを経験できるという、貴重な機会なのだ。
なので、ロッテさん来訪の四日目は、一陣に出ることを見据えている僕らみたいな連中が、リーガレオの一番前を担当することになる。
まあ、能力が底上げされても経験や技術がすぐさま追いつくわけではないので、事故がないわけではない。ないが……下手な能力向上ポーションの複数併用より効果の高いバフを受けて尻込みするようであれば、そもそも最初から一陣に行くべきではない。
「そうだったね。……まあ仕方ないとは思うけど、終わったら呑みに行こうね」
「それなら喜んで」
「あ、私も一緒に行く予定です!」
はい! とシリルが手を上げて宣言する。
「いいよー! うん、今から楽しみになってきた! ラ・フローティアのみんなも一緒に行くか! 一陣デビューの祝いに私が奢ってやるよ」
「是非!!!!!!!」
「うん。でも、フェリス? 張り切って怪我したりしたら台無しだからね?」
「勿論承知しています!」
……そして案の定ではあるが、フェリスの圧がすごい。
「いやー、でも。あのフローティアの山で頑張ってた君たちが一陣参戦かあ。早いなあ…………いや、本当に早いね?」
「それはもう、僕も思っています」
こいつら、ガチで全員才能ありすぎるもん。
「そういえば、ヘンリーとユーちゃんのパーティが一陣に初参加するときも、私が歌ってやったっけ」
「ええ。懐かしいっすね」
僕が十六、ユーが十四の頃だ。
「はいはい! ロッテさん、その頃のヘンリーさんの話とか聞いてみたいです!」
「ああ、いいよー。……丁度ユーちゃんも来たみたいだし、『色々』語って聞かせてあげよう。……あ、逃げようとしてる」
……風呂から上がってきたユーは、ロッテさんから向けられた視線に回れ右をしようとしたが、
「わっ!?」
「へいへーい、ユーちゃーん? ロッテおねーさんから逃げようなんて十年早いよー」
秒で回り込んだロッテさんに捕まり、あえなく御用となった。
そうしてその夜は。
僕とユーの未熟な時代のことをロッテさんが赤裸々に語り尽くし。
……こう、仲間同士の理解が深まった、といい話としてまとめておこう。
本日、コミカライズ版『セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい』一巻発売です!
よろしくお願いします。




