第二百一話 初日の防衛戦
ロッテさんが来た翌日。
今日から三日間、毎日ロッテさんは午前、午後にライブをこなす。
よくもまあ喉が潰れないものだと思うが、その辺りについてあの人を心配する方が馬鹿馬鹿しい。
さて、ライブ会場は内壁の中にある広場で行われている。
当然席には限りがあるので、抽選制。ただし、立ち見客も半端ない数が参加し、広場の外や建物の上から見る連中もいる。んで、ロッテさんのファンには、勇士連中も多い。
……つまり、ごそっと前線の戦力が下がるわけだ。
勿論、今まで何度もあったことなので、その辺りの対応についても抜かりはない。
その一環で、僕は現在、一陣で大立ち回り中だ。
「ヘンリー君! 南西から魔物の群れが来た!」
「――っ、了解。セシルさん! そっちは僕の方でやりますので、こっちしばらく一人で大丈夫ですか!?」
ドラゴンの群れを相手している全身鎧の英雄、セシルさんに僕は告げる。ドラゴン連中を牽制している僕が外れると、一気にキツくなるはずだが、
「了解、なんとかするよ!」
そこは単騎最強格の勇者。力強く頷いてくれた。
「わかりました! ……《強化》+《強化》!」
二重に強化をかけた如意天槍を振りかぶり、ブン投げる。
途中で五十に分裂した投槍は、迫ってきていた中級上位の群れを蹂躙。生き残りの突撃に備えてしばらく注視し……うっし、討ち漏らしなし。
「これで終わりだ!」
セシルさんの応援に戻ろうと目を向けると……彼は丁度最後のドラゴンの心臓を貫くところだった。
……ドラゴン八匹をほぼソロで、しかも数分とかからず片付けるとか、ちょっと凄まじすぎる。
と、感心していると、後ろに下がっていたユーがこちらに近付いてきた。
「ヘンリー、私の魔力、あと四割くらいです。もう少ししたら休憩を入れましょう」
「ん? 消耗早くね?」
「貴方が、人の魔力だからってぽんぽん分裂投擲を……しかも数を盛ってカマすからでしょう。もうちょっと節約してください」
……まあ、なんだかんだ、投槍が今ので二十……二、三回目くらいか。
魔力の量においては僕の数倍はあるユーでも、ちとキツかったようである。
シリルがいれば『リンクリング』の神器で魔力を都合してもらえるところだが、今日はいないし。
「ああいや、丁度魔物も途切れたし。今休憩しようか」
「あ、本当ですね」
セシルさんに指摘されて気付いたが、さっきからひっきりなしに来ていた魔物が見当たらない。
「うん、そうしましょうか。ユー、魔力回復のポーション、今出すから」
「ええ、お願い」
ポーチからユー用のポーションを取り出して渡す。
僕もスタミナ回復用のポーションを飲み、携帯食料を胃に詰め込んで、一息つく。セシルさんも、水筒で喉を潤していた。
「ふう」
……そうして、しばらく。一陣にしては珍しく、追加の魔物がなかなか来ない。
そこでふとセシルさんが口をついた。
「そういえばヘンリー君、よかったのかい? 仲間のみんなはロッテちゃんのライブを見に行ったんだろう?」
抽選制とはいえ、当然主催のロッテさんであれば多少融通を利かせることができる。
……待てをできない犬のような状態になってしまったフェリスのため、他のみんなはロッテさんにチケットを都合してもらって初日のライブに参加しているのだ。
なお、フェリスは、立ち見でもなんでもいいから全日参加する、と息を巻いていた。
似たようなのは他にも結構いるし、それは別にいいのだが……付き合わされるであろうジェンドには黙祷である。
「僕は何度も見ていますし。それに、ライブ初日の今日は、特に戦力的にキツいと思って」
ロッテさんの来訪期間中は、低下する戦力を補うため、勇士に一陣の防衛出撃のノルマが課せられる。毎日、というわけではないが、三日のうち一日は義務だ。
勿論、より出撃回数を多くすれば、それだけ教会からの評価や報酬も上がる。
シリルの目標のためには、教会からの覚えはめでたいに越したことはない。とりあえず、僕は三日全部防衛に出るつもりだ。
……それに、四日目を見据えて、今の一陣の状況を把握しておきたいし。
「で、暇をしていた私は、それに付き合わされたんですよ。まったく」
じー、とユーが睨んできた。
「……あー、悪い。めぼしいやつがいなくてな」
「まあ、別にいいけどね。今日は私、診療所の当番から外れてるし。みんなが安心して楽しめるようにする手伝いなんだから」
そんなわけで。ライブの抽選は二日目が当たり、宿の談話室で紅茶をシバいていたユーを誘って、こうして一陣に来たわけである。
んで、戦場は当然のように激戦区に割り当てられ……同じく、たまたま近場で戦っていたセシルさんと合流して、今に至る。こうしてその場で組むのもリーガレオでは割と一般的である。
「俺も助かっているよ。ヘンリー君は上手く合わせてくれるし。それにやっぱり、治癒士が側にいるのといないのとじゃ、安心感が違う」
「……あの、セシルさん? 私、魔将との戦い以外で、貴方が怪我しているところ見たことがないのですけれど」
「俺だって、魔族とはいえ普通の人間だからね。不覚を取ることもあるかもしれないじゃないか」
あるかな……今までのセシルさんの戦績的に、そんなこと起こり得ない気がするが。
「ちなみにセシルさんは、ライブの席は当たりました?」
「ああ、俺は応募していないよ。興味がないわけじゃあないけど……さっきヘンリー君が言った通り、彼女のライブ期間は戦力が必要だからね」
……そういえば、僕結構な回数、ロッテさんのライブを見に行っているが、セシルさんを見た覚えがない。この人目立つから、来ていれば気付いていたはずだ。
「貧乏籤だと思わなくもないけど、仕方ないさ。これも力を持つものの義務……っていうのは上から目線すぎるか」
セシルさんが苦笑するが、この人の実力からするともっと上から見てもらわないと釣り合わないぞ。
「ご立派ですね。……ヘンリー、折角懇意になったんだから、セシルさんを見習いなさいよ」
「……へーい」
ジロリと見てきたユーに、僕は肩をすくめる。
……生憎と、この人ほど清廉に生きるのは僕にゃ無理だ。
「ああ、そうだ。セシルさん、ロッテさんなら今回は星の高鳴り亭に泊まってますよ。きっと、夜に一曲くらい食堂で歌ってくれるでしょうし、終わったら来ません?」
「うーん、ありがたい申し出だけど。今日は夜番も参加する予定だから、ちょっと無理かな」
……日中、一陣でずっと戦って、夜番まで。
一昔前ならともかく、今そこまでのローテで戦っている人、ほとんどいないはずなのだが。
「……大丈夫ですか? そういえば魔導結界が動くようになる前も、セシルさんが休んでいるって話、ほとんど聞いたことないですけど」
「なぁに、昔から頑丈でね。それに休んでないなんてことはないよ。月に一日は休養日を取っている」
それ、休んでいるとは言わない。
セシルさんの言葉に、恐る恐る、といった感じでユーが口を開いた。
「あの、差し出がましいですが。医療の心得のある者として、その、もう少し休みは増やしたほうが」
「ありがとう、ユースティティアさん。でも、魔王を倒すまでは、俺はこのまま続けるつもりなんだ。ごめんね」
十年……いや、もう十一年前に起こった、魔王の戴冠。
魔国の王、という意味での魔王ではなく。おとぎ話や神話に出てくる、『魔物の王』としての魔王。
詳細なところはわからない。魔将たちが、自分たちの主がいる、という風にほのめかしているから存在は知られているが、姿を見た人は誰もいない。
それを倒すまで、と言い切ったセシルさんの決意は固いようだが、
「あー、セシルさん? そりゃ、最前線で戦う者としてはそうしてくれるのはありがたいんですけど。セシルさん一人がそこまでの負担を負う必要は……」
「あー、うん。ヘンリー君も、心配してくれてありがとう。でも、俺が戦ってるのは、個人的な事情もあってのことでね。……ちょっと、頑張らないといけないんだ」
意味深にそう言って、セシルさんは言葉を区切る。
……これ以上は追求しないで欲しい、と思っているのは雰囲気からわかった。
「っと。変な空気にしちゃったかな。別の話にしようか」
「そ、そうですね。……って、ん?」
南方面。ふと、人影が現れた。
「……ヘンリー、魔物?」
「いや、フード被ってる。人間だな。パーティからはぐれたんだろ」
一陣は大混戦もよくあるから、戦っているうちに仲間から離れてしまうこともままある。
明日は我が身なのだから、そういった人を見かけた場合は助け合うのが習わしだ。
「おーい!」
手を大きく振って、こちらに来るようアピールする。
「って、行っちゃった」
しばらくこちらを見ていたフードの男だが、小さく会釈だけして踵を返した。
まあ、一人で元のパーティに合流できる自信があれば、別におかしな話ではない。……でも、普通は一時的にでもこっちに来て、一息入れるもんなんだが。
「変な人」
「うん、俺も見たことない冒険者だったから、あまりここの流儀を知らない新人かもね」
「あー、なるほど。どうします?」
「どうするもなにも、わざわざ追いかけるのかい?」
まあ、そうか。
一陣に割り当てられるレベルの冒険者に対して、助けを求められたわけでもないのに、それはおせっかいというものである。
「っと、言ってるうちに魔物が来たね」
「はい。……じゃ、やりますか」
僕とセシルさんはそれぞれ武器を構える。
そうして、一陣での防衛戦は、日が落ちるまで続いた。




