第二百話 アイドル、来訪
三大国からの補給や商人、旅人の出入り口である北門。
勿論、ちゃんと防備は固めているものの、魔国側である南門とは流石に詰めている人数が違いすぎる――のだが、今日は例外的に、オフの兵士や冒険者が全部来たんじゃないかという程の賑わいを見せていた。
「ええい、お前ら静まれ! 街のすぐ外にも魔物が『発生』すんだぞ!? 騒ぎ聞きつけて集まってくるから、静かにしろ!」
下の方で、北門の門番を務めるアルヴィニアの緑竜騎士……僕たちがリーガレオに来た時も迎えてくれたオリヴァーさんが、集まった群衆に罵声を浴びせる。
当の本人の声が一番デカイ……のだが、言わぬが花か。
「お、おお~? フローティアの時も思いましたが、ロッテさんが来るってだけで、すごいことになってますねえ」
「まぁな。特にリーガレオだと、ロッテさんライブだけじゃなくて援軍としても出てくれるし……他にも、色々な」
北門側の、城壁の上。
下に集まったみんなを見ながら、僕とシリルはそんな風に言葉を交わした。
……今日は『虹の歌い手』の異名を誇る英雄、シャルロッテ・ファインさんがリーガレオに到着する日なのである。
下の連中は出迎え――というより、一秒でも早くロッテさんの姿を拝まんと集まったやつらだ。
僕たちも同じくだが、下の混雑は容易に想像できたので、こうして人混みを避けて城壁の上に来ている。
「しかし、よかったのか、ヘンリー。城壁の上なんて、本来俺達は仕事でじゃないと上がれないのに」
「……いや、ジェンド。お前の恋人が是非ロッテさんを出迎えたいって言ったから手配したんだぞ」
「そうは言うけど、まさか本当に来れるなんて」
ちら、とジェンドとともに城壁にかじりついているフェリスを見やる。
……ロッテさんの熱狂的なファンである彼女は、今か今かと興奮した面持ちで北から伸びている街道を睨みつけており、僕たちの会話にも気付いてない様子だ。
今回、僕たちがここにいるのは、フェリスが『シャルたんを是非出迎えよう! できれば目立つよう、城壁の上とか無理かな!?』とか言い出したので、しゃーなしで僕が骨を折ったのだ。
「まあ~~~。コネと貸しはちょっと使ったけど、厳戒態勢でもないならこのくらいはな」
城壁の上の防備は、三大国の軍の管轄。騎士や冒険者も軍からの依頼で登ることはあるが、逆に言うとそうやって許可をもらわないと登れない。
……が、僕たち以外にも何組か冒険者のパーティと思しき面々が上に上がっている通り、別に絶対というわけではない。
僕の場合、ちょっと戦場で命を助けたことのある軍士官の知り合いにお願いして、北門側の城壁警備支援の指名クエストを報酬無料で出してもらった。
「そういえば、アゲハ姉も言ってました。『ヘンリーのやつは顔が広いから、困ったことがあったら便利に使ってやれ』って」
「今度アゲハとはじっくり話す必要がありそうだな!」
アイツ、僕の地道な人脈作りをなんだと思ってやがる。
「ま、まあまあ。でもヘンリーさん、そういうのってどうやって作るんです?」
「んー、まあ仕事してたら、自然と、だな。僕は小器用な方だったから、臨時でパーティ組むことが多かったし。あとは、ユーの助手兼護衛みたいに動くこともあったから、その関係とか」
ユーが英雄となった大攻勢の治療劇でも、怪我人を運んだり、治療の順番が回ってくるまで『持た』せたり、治療中に襲ってくる魔物共をブチのめしたり、色々やったもんだ。
「あ~~、私には真似できませんねえ。参考にできるかな、って思いましたが」
シリルの目的には、当然色んな人の支持が必須である。そのため、ってことだろうが、
「ちなみに……」
「言っとくが、そこまで影響力ある人にゃコネないぞ。……いや、エッゼさんとかの力を借りたいっつーなら止めはしないが」
「ちょ、ちょーっと反則な気がするので、英雄の方を頼るのはやめときます」
それが賢明である。
……知名度とか考えると、あの辺の人の名前を借りた瞬間、看板がシリルからそっちにすげ変わる。『元王女が故国を復興する』が『大英雄が元王女を担いで復興させる』みたいな感じに。
シリル自身の名前が売れてからなら一考の余地はある……が、そもそも売れるのか? という問題もあるし。
まあ、一発で望みを叶えられるような妙案などそうそうないというわけである。
「みんな、雑談をしている場合じゃないぞ! 見えてきた!」
……と、そこで。
地平線を凝視していたフェリスが、鋭い声を上げた。ともすれば冒険中より真剣な声色だ。
内心溜息をつきながら街道を見やると――五十はある馬車の群れと、それを護衛する百を超える戦士たち……という大きな一団が、ゆっくりとこちらにやって来ていた。
「お、おう。話にゃ聞いてたが、この街道をあの規模の商団が無事に通るってヤベェな」
ジェンドが軽く引く。
……馬車の護衛をしてるのは、シャルたんファンクラブの精鋭たちである。
彼らは、ロッテさんのライブを見るためどこにでも――それこそ、この最前線であるリーガレオにまでも付いてくる。
で、戦闘力のある連中がまとまって移動すんだから、リーガレオへ商機を見出した商人たちからすれば、同道したいのは当然だろう。
そこで、中心人物であるロッテさんが『いいよー』と気軽に引き受けた結果が……あれである。
「あれも、ロッテさん人気の理由の一つだな。……今はラナちゃんのおかげでだいぶマシになったけど、昔はリーガレオに嗜好品が沢山入ってくるのなんて、ロッテさん一行が来る時くらいだったから」
アルヴィニア王国、最南端の大都市サウスガイアから、リーガレオを結ぶこの街道は本当に安全になった。
今、ロッテさんの一団の目の前にキマイラが『発生』し、先頭のロッテさんが蹴り飛ばしたが……あ、安全になったんだって。いや、本当に。
「うぉぉおおおおお! シャルたーん! かっこいいーーー!!」
……思わぬアイドルの活躍に、フェリス、及び北門に集ったファンたち、そしてロッテさんが引き連れてきた精鋭共が、大きな声を上げる。
ファンの歓声に、ロッテさんは手を上げて、
『みんなー! ありがとー!』
と、よく通る声で返した。
「ぃぃぃやっほーー! ようこそリーガレオへー!」
フェリスも、それに対して千切れるほど手を振って反応する。
「ロッテさん相手のフェリスって久々に見るけど……悪化してないか?」
「その、まあ。診療所も忙しいみたいだし。ストレス……とか、だろ……」
ジェンドは虚ろな目で、どこか願望のようにそう答える。……頑張れ、僕は遠くから応援している。
「っと、ん?」
遠く……まだ数百メートルは離れてるのに、なんかロッテさんがこっち見てる気がする。
それは勘違いではなかったのか、不意にロッテさんは宙にパンチを繰り出し――たんだろう、右手がなんかブレたし。
「? なにやって……わっぷ!?」
不意に、突風が僕の顔を叩く。
「ど、どうしましたヘンリーさん?」
「い、いやなんか今、風が……ってまさか」
僕の反応を見て、ロッテさんはケラケラ笑っていた。
今のもしかして……ロッテさんの、拳圧突風攻撃。
「相変わらず悪戯好きなんだから……」
いや、この距離まで届かせるのは悪戯の域じゃないけどね!
なにかまた進歩しているっぽいなあ、と半ば呆れ、半ば感心しながら。
僕は、ロッテさんたち一行がやって来るのを眺めるのであった。
「やあやあ、皆の衆! 久し振りだねえ。元気にやってたかい?」
そうして、夜。
執政院やらグランディス教会やらへの挨拶を終えたロッテさんは、星の高鳴り亭に突っ込んできた。
「どうも、久し振りです。おかげ様で、それなりにやっていましたよ」
「うんうん、ヘンリーは復帰する気になってなによりだ。理由はー」
ロッテさんが、シリルを見やる。
「ロッテさん、お久しぶりです。シリルです! 一回しか会ったことがないからって、忘れてちゃ嫌ですよ!」
「忘れるもんか。いやあ、相変わらずかわいいねえ。ヘンリーにいじめられたら、すぐに言いなよ? 躾けてやるから」
「はい!」
そこで元気よく返事をするな、馬鹿。
「ジェンド、フェリス、ティオも久し振り」
「ひゃい! こんばんは、シャルた……シャルロッテさん!」
裏返った声でフェリスが挨拶をして、ジェンドが頭を抱える。
「あー、すみません、シャルロッテさん。フェリスが」
「なぁに、こんなに喜んでくれるなら、冥利に尽きるってもんさ」
笑い飛ばして、ロッテさんはジェンド、ティオとも挨拶を交わす。
……と、そこで、僕らの様子を遠巻きに見ていたクリスさんがやって来る。
「シャルロッテ。顔見知りとの挨拶が済んだのなら、宿の手続きをしろ。泊まっていくんだろう」
「ああ、ゴメンゴメン」
ぺろ、と舌を出してロッテさんが謝る。
ロッテさんのリーガレオでの滞在先は毎回違うが、ここに泊まることも結構ある。なので、いきなりアイドルが宿に来ても、一部の新顔を除き驚いてはいない。
理由は、僕とか知り合いがいるから……というのもあるが、
「クリスの旦那、ちょっと待った! 悪いケド、ロッテさんはアタシが先約だ!」
割って入ってきたのはアゲハである。
アゲハは、やたらめったら好戦的な笑顔を浮かべ、ビシィ! とロッテさんを指差した。
「ロッテさん、前の時の約束、覚えてるよな! リベンジだ!」
「うん、あんたも相変わらずだ。いいよ、訓練場出ようか。クリス、ごめんね」
くるりと踵を返したロッテさん。その背中に向けて、アゲハが迷い一つなく奇襲を仕掛け、
「悪いけど、流石に読めてたよ」
「わひゃ!?」
ロッテさんは、アゲハの突進を軽く受け流し、上へ投げる。アゲハはぐるぐるぐる、と空中で回転して突進の勢いを殺し……すとんと床に着地する。
「……ちぇー。やっぱ駄目だったか」
「生憎、どんだけ気配を殺しても、私はこの宿くらいの範囲なら指先一つの動きでもわかるからね。その辺を『わからない』ようにできたら、あんたも一人前だ」
一人前のハードル高すぎないっすかね。
「まあいいや。正面からぶっ飛ばしますから」
「いい意気だ。じゃ、改めて行こうか」
二人が並んで宿の訓練場に向かい、見物に何人かの冒険者が付いていく。
「……あの、ヘンリーさん。アゲハ姉、どうしたんです?」
「あー、アゲハな。ロッテさんのことライバル……っつーのはまだ早いか。超えるべき目標、みたいに思ってて。ああやってよく突っかかってんだ」
拳とナイフという得物の差はあるが、どちらもスピード主体の前衛で。
ロッテさんも実は気配を隠してからの奇襲は大得意。
色々と符合するところがあるから、参考にできることも多いらしい。
「なるほど……それは是非見に行かないとですね」
「そうだな、ティオ! う、うん。万が一怪我をしたりしたら、私の癒やしが役に立つだろうし。うん、だから仕方ないんだ」
フェリス、お前誰に言い訳してんだ。見たいなら素直にそう言えよ。
「……ま、僕も興味あるし。じゃ、見物にいくか」
なお。
もう一回、もう一回、と、アゲハがねだって、模擬戦は十戦にも及び。
……アゲハは全敗ながらも、なんとか二発の有効打を入れることに成功するのだった。
とうとう二百話です。
皆様の応援のおかげでここまでこれました。ありがとうございます。
なお、百話の時のあとがきで、「大体折り返しですね」って書いていましたが、真っ赤な嘘でした。すみません。三百……はいかないと思いますが、どうなることやら。
あ、活動報告の方も久し振りに更新してみました。よろしければ見てやってください。




