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黄金の国の狩人  作者: 神誠
第二章 騎士と魔獣

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一人の夜

 その日、カールは朝からずっと落ち着くことが出来ぬままに過ごしていた。

 

 真十郎は昨夜帰ってくるはずだった。

 だが朝になっても帰って来ていない。

 その身に何かあったのではないかという不安な思いが時間が経つほどに強くなっていった。

 何の問題も無い、ただ帰ってくるのが遅れているだけなのだと、そう自分に言い聞かせたが、言い聞かせれば言い聞かせるほど不安は募り、焦燥は増していく。


「無事なのか? 真十郎」


 のしかかる不安に耐えきれなくなり、カールは一人呟いていた。


 最後に見た真十郎の姿を思い出す。

 気をつけろと言ったカールの言葉に、笑みを浮かべ何も心配ないと言うように片手を上げて答えていた。

 獣の徘徊する森の中をあの男は気にすることもなく歩き回っていた。

 恐怖など微塵も見せず、獣を取るに足らない存在のように扱っていた。

 それを見ていたせいか、あの男に何かが起こることなど考えたことはなかった。

 あの男に限って万が一の事などありえないように思えた。

 だから大丈夫だと、じきに帰ってくるはずだと、自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。


 だが現実に真十郎は帰ってきていない。

 昨日の夜までには帰ると言っていたのにだ。


 やはり真十郎の身に何かがあったのかもしれない。

 いや、そんな筈がない、そんな事がある筈がない。

 そんな答えの出ない問答を、カールは自分の心の中でずっと繰り返していた




 やがて日が傾き、沈み始めた。

 カールは自分が知らぬ間に随分と消耗していることに気づいた。


 たった一日だ。

 たった一日、真十郎が帰ってくるのが遅れただけで、何故これほどまでに不安になるのか。

 自分はこれほどまでに心の弱い人間だったのだろうか?

 今の自分は一人では何も出来ない。

 真十郎のおかげでなんとか命を繋ぐことが出来ている無力な存在なのだと痛感する。


 日が完全に落ち、辺りが暗くなっても真十郎は帰ってこなかった。

 その間、ずっとカールは不安に苛まれながら過ごしていた。

 食欲も無かったが、無理をして真十郎の置いていった食料を胃の中に流し込んだ。


 カールは真十郎の帰りを待ち続けた。

 深夜になっても、真十郎は帰ってこなかった。

 昨晩と同じように、朝目が覚めたら何事もなく座っていることを期待してカールは寝床に横になった。

 怪我を早く治さねばならない。

 そのためにも睡眠は十分に取らなければと思うが、一向に寝付けなかった。

 何か物音がするたびに真十郎が帰ってきたのではないかと期待して耳を澄ましてみたが、その期待はことごとく裏切られた。




 次の日、朝というにはもう遅いであろう時間に、カールは目を覚ました。

 周りを見回し狩人の姿を探したが、その姿を見つけることは出来なかった。


 起き上がり、食事をとる。

 出来るだけ早く真十郎に世話を掛けるのをやめなければならない。

 そのためにも出来るだけ早く怪我を治さなければならない。

 あの男は必ず帰ってくる、そう自分に言い聞かせた。

 相変わらず食欲は無かったが、無理をして食料を胃に押し込んだ。


 その日も、カールは洞窟の中で真十郎の帰りを待ち続けた。

 夜になってもカールは火も焚かず、月明かりだけが差し込む洞窟の中で一人、狩人の帰りを待ち続けた。

 どれくらいそうしていただろうか?

 低い獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。

 それは聞き覚えのある声だった。

 忘れるはずもない、あの獣の声だ。

 その声はかなり近く、洞窟の入口の方から聞こえてきていた。


 カールは立ち上がり恐る恐るといった体で洞窟の入り口を見に行く。

 入り口の向こうを覗くと、赤く輝く獣の右目が見えた。

 驚きでカールの体は一瞬こわばる。

 その獣は何をするでもなく、ただじっとこちらを見ていた。

 洞窟の中にいる限り危険は無いとわかっている。

 入り口は狭く、あの獣の巨体では中に入ってくるのは不可能だ。

 にもかかわらず、カールは自分の手が震えている事に気づいた。


 この洞窟に自分たちがいることをあの獣は気づいているだろうと、真十郎は言っていた。

 獣がこの洞窟に近づいてきても何もおかしいところはない。

 だが、ずっと心にあった一つの疑問がカールの頭に不吉な想像を浮かび上がらせる。


 なぜ真十郎は帰ってこないのか?


 獣が一声吠え声をあげた。

 その吠え声に押されるようにカールはたじろぎ、数歩後ずさった。

 カールは自分の心が恐怖で満たされていることに気づいた。

 獣を恐れているわけではなかった。

 死を恐れているわけでもない。

 昨日から抱いていた不吉な想像が現実になってしまったのではないかということが恐ろしかった。


 獣が目の前に現れた。

 そして狩人は帰ってこない。


 真十郎は獣をまるで恐れておらず、その態度は自信に満ちていた。

 あの男が死んでしまっているはずがない。

 そんな筈が無いと、心の中で何度もそう繰り返す。


 では、なぜ帰ってこないのか?

 なぜあの獣がここにいるのか?

 真十郎が今まで獣に見つからなかったのはただ運が良かっただけなのかもしれないではないか。


 獣を自分の手で倒すか、真十郎に倒してもらうかと問われたときのことを思い出す。

 もし真十郎に倒して貰っていたなら、今頃どうなっていただろう?

 既に真十郎によって獣は退治され、全てが終わり、心安らかに過ごせていたのではないか?


 カールはあの狩人にどれほど助けて貰っただろう?

 こんな山の中で身動きのできない怪我人の世話をすることがどれほど大変だろうか?

 だが真十郎はそれを気にした風もなく、不平一つ言わずカールの世話をしてくれた。


 真十郎が死んでしまったのだとしたらアンナはどうなるだろう?

 真十郎に助けを求めたのはアンナだ。

 真十郎の死について、アンナは自分自身を責めるに違いない。

 だが、アンナは何も悪くない。

 悪いのは自分だ。

 全ては自分の手で獣を倒したいなどと言った、自分の愚かでわがままな願いのせいなのだ。


 死んでいった仲間達の顔が浮かんだ。

 命をかけて時間稼ぎをしてくれた彼らを残してカールは逃げ出し、生き延びた。

 自分がもっとうまくやれていたなら、彼らも死なせずに済んだかもしれなかった。

 彼らを犠牲にして生き延び、今また自分の愚かさのせいで真十郎の身を危険に晒している。

 もし自分のせいで真十郎を死なせてしまったのだとしたら……。

 自分はアンナに一体何と言って詫びれば良いのだろう?


「ハハッ……」


 そう考えて、自分の滑稽さに思わず笑いが出てしまう。

 アンナに詫びる事など出来るはずが無い。

 真十郎が既に死んでしまっているのなら、自分も生きていられる筈が無いだろうから。


 カールはまだ武器を持って戦うことも難しい。

 食料を調達することも出来ないだろう。

 この先待っている結末は、外に出て獣に殺されるか、この洞窟の中でやがて餓死するかだ。


 真十郎はこの洞窟の場所も獣に気づかれているだろうと言っていたが、さして用心しているようには見えなかった。

 もっと目立たぬように気をつけるべきだと強く言えば良かった 。

 もっと真剣に諌めるべきだった。

 何故そうしなかったのか?


 自分の愚かさに腹が立った。

 自分の無能さに我慢がならなかった。

 既に真十郎が死んでいたとしたら、彼はきっと自分自身を許すことは出来無いだろう。


 カールは寝床の上に座り、頭を抱えてうずくまった 。

 胸が苦しかった。

 吐き気すら覚えるほどに。


 ……すまない……本当にすまない


 その夜の間、カールはずっと祈り続けた。

 どうか真十郎が無事でいてくれますようにと。

 そして、ひたすらに己の愚かさを責め続けていた。


 獣の唸り声はいつの間にか聞こえなくなっていた。







 カールは小枝が燃えて爆ぜる音で目が覚めた。

 いつ寝たのか思い出せない。

 気づかぬうちに眠ってしまっていたらしい


 やがて感覚が覚醒していき鮮明になっていく。

 パチパチと薪が燃えて爆ぜる音がはっきりと耳に届いてくる。

 それが何を意味するのか、理解したと同時にカールは跳ね起きた。

 まだ治りきっていない肋に痛みが走りうずくまるはめになった。


「おはよう。戻るのが遅くなってしまってすまない」


 痛みに耐えながら顔を上げ、声のした方向に目を向ける。

 そこには何事もなかったかのように真十郎が座っていた。

 特に何かがあったようには見えない。

 どこかに怪我をしている様子もない。

 いつもどおりの見慣れた姿で、彼はそこに座っていた。


 夢を見ているのではないかと目をこすり、もう一度見直してみる。

 その姿は消えて無くなったりはしなかった。

 カールはしばらく呆けたような顔で火の前に座る真十郎の姿を眺めていた。


「グゥ……」 


 喉から奇妙な声が漏れた。

 胸が熱くなり何かがこみ上げてくる。


 気づけば涙を流していた。

 大の男が、それも騎士たる者が人前で涙を流すなど恥以外の何物でもない。

 真十郎に見られぬようにうつむき、涙を止めようとしたが、それは止まることがなかった。


「どうした?」


 異変を感じたのだろう。

 真十郎が問いかけてくる。

 涙を流している姿など決して見せるわけにはいかない。

 うつむき、顔を隠したままカールは答えた。


「なんでもない……。本当になんでもないんだ」


 カールは困惑していた。

 涙を流すなど、一体何年ぶりのことだろうか?

 何故こんなことで泣いているのか、自分でもわからなかった。

 恥ずかしいことだと思いながらも、今の彼の心は喜びと安堵で満ちていた。

 只々、真十郎が生きていてくれたことが嬉しかった。


 そのまま、しばらく彼は涙を流し続けた。

 痛みに耐えているとでも思ったのだろうか?

 真十郎はそれ以上何も言おうとはしなかった。


 やがて涙は止まり、心も落ち着いてきた。

 顔を上げ、真十郎に目を向け口を開いた。


「……ありがとう」


 無意識のうちに口に出た感謝の言葉。

 それは生きて戻ってきてくれたことに対する感謝の言葉だった。


「ん? ああ、いや……」


 そのカールの言葉をどう受け取ったのか、真十郎は曖昧な笑みを浮かべてそれに答えた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 待ちぼうけの2人のご様子 カール「まさか、真十郎に限ってそんな」 真十郎「空が……青いな……」 カール「すまない…私が愚かだったばかりに…!」 真十郎「雲が……白いな……」
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