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角が生えた少年  作者: 紅いろ 葎
第二部
29/31

剣術の授業

剣術と剣舞の授業は、男女に別れて別々に受けることとなる。フィオナとは一つ手前の教室で別れて、アデルとライラスも剣術の教室へ辿り着く。教室をざっと見回した後、窓際の後方の席に空きを見つけると、二人はそこに着席した。


教室は男女に別れているためか先程の授業よりも幾らか人数が少ない。剣術の授業は人気があるのだろうか。誰もかれもが興奮した面持ちでざわざわと話し込んでいる。手前の入り口にヴィルエッド・グリフォンが掛けているのが見えた。とんとんと指先で机を叩きながら、隣に掛ける少年を煩わしそうに横目で見ている。おどおどとした少年の横顔は、あまり楽しそうには見えない。





「ライラスは剣術ってどんなものかわかる?」

隣に掛けた友人に向かって、アデルは声を掛けた。ライラスはアデルに向き直ると、少し考えながら答えた。

「そうだな。実家には真剣がいくつかあったな。俺は持ったこともないけど」

「へぇ。すごいや。剣なんて僕見たことも無いな。あるのは本に、ドラゴンの模型ばっかり」

ライラスはそれを聞くと、目をまん丸くして首を傾げた。

「ドラゴンの模型?アデルの家は面白そうだな」

ライラスが興味深そうに反応してくれたので、アデルは嬉しくなった。




そして、何処からともなく授業の開始を告げる鐘が響く。教室はしんと静まり返り、教師の到着はまだかとドアを気にする生徒がちらほらと見えた。アデルもライラスも前に向き直って、それぞれの教科書を取り出す。表紙には簡素なデザインで『剣術と護身術』と書かれていた。アデルは机に片肘を付きながら、その本の表紙を開いてみた。そのままぱらぱらとページを捲って中を眺めてみる。剣の形、長さ、防護服の正しい着用方法......。




しばらくそうして眺めていたが、一向に教師がやってくる気配は無い。次第に教室はまたざわめき出してくる。


「いくらなんでも少し遅いな」

ライラスはドアの方に視線を向けながら小さく呟いた。アデルもつられて本から目を上げた。ドアは開かれることも無く、しっかりと閉じられたままだ。誰かがこちらへ歩いてくるような気配も無い。アデルは知らずに首を傾げた。


「誰も来ないね」

「少し遅すぎるな」

ライラスとアデルは顔を見合わせた。



そうこうしていると、教室の手前で椅子をひく音が響いた。ヴィルエッドと隣に座る少年が立ち上がっている。ヴィルエッドはそのまま少年をちらりと人睨みすると、教室を早足で出ていった。慌てた少年も、おどおどしながらその後に続いて教室を出ていく。

アデルとライラスはまたも顔を見合わせた。








それからまたしばらく時間が経った頃、誰かの足音が廊下に響いた。どうやらその足音は人一人分のようで、ヴィルエッド達のものでは無さそうだ。アデル達の教室の前でその足音は一度ぴたりと止まり、ドアがガラリと大きく音を立てて開いた。教室中の視線がドアに集中する。アデルはその姿を見て、少しばかり驚いた。


ドアの前に立っていたのは少女を思わせるような小さく華奢な女性だった。長いピンクブロンドの髪を左の頭上てっぺんに細い紐で括り付けて、教科書に載るような訓練向けの防護服よりも身軽さを重視した服装だ。手も足も細く顔は幼さを残した面持ちだが、その表情は凛としている不思議な風貌。




女性はそのまま教壇まで歩いていくと、教室をそこから見渡した。


教室中の生徒の視線は、その女性に一心に向いている。




「私の名前はエリュン・レヌアント。一学年における剣術の教鞭を担当する。諸事情により到着が遅れてしまって申し訳ない。全員揃っているか?」


淡々と話し出した女性はどうやら教師のようだった。格好を見れば生徒でないのはなんとなく理解出来るが、教師と言うには幼さの残る見た目に誰も口を開かない。



そんな教室の空気を感じ取ったのか、知らぬ振りなのか。エリュンは名簿に目線を下げると一人一人の名前を読み上げ始めた。返事をした生徒の顔をちらりと見上げて確認しながら、淡々と読み進めていく。


「ヴィルエッド・グリフォン」

ヴィルエッドの名前が呼ばれると、教室が一度静まり返った。エリュンは名簿から目を離して顔を上げると、教室を見渡して本人が不在であることを確認する。エリュンは気にする素振りもなく、次の名前を読み上げた。

「ブルウォン・ウィッサ」

またも教室は静まり返る。エリュンがもう一度顔を上げると、教室中の生徒もあたりを振り返りそれぞれの顔を見合わせた。



エリュンはパタンと名簿を伏せて、それを横にさっと寄せた。顔を上げて生徒達の顔ざっとを見渡している。

「あれ?おかしいな」

アデルは思わず声を潜めて呟いた。ライラスも気が付いたように、アデルを一度横目で見る。

「ジェルトが呼ばれなかったな」

アデルは頷いた。



「それではだいぶ遅くなったが、これより授業を開始する。まずは聖夜までの期間の大まかなスケジュールに関してだが......」


エリュンは見た目こそ幼く真っ直ぐな少女に見えるが、声は充分に成熟した女性のような、深みのあるトーンだった。教室を見下ろす深く紅い目が、真っ直ぐに生徒を映している。


もう授業の半分ほどを過ぎていたため、説明はごくシンプルに進められたけれど、それはわかりやすく明快だった。「本来ならば練習用の木剣をここで握らせるつもりだったが仕方がない」と言うと、エリュンは背中に手を回し、腰からベルトで下げられた真剣をするりと引き抜いて生徒に見えるよう軽く掲げてみせた。


おお、と教室中から羨望の眼差しを浴びる中、教壇を降りて生徒達の机脇の通路をゆっくりと歩き回って見せた。


「一学年の授業では、これよりも長く太さのある木剣を使用するが、それは聖夜を過ぎる頃になろう。真剣はもちろん木剣もそれなりの重さがある。これより数ヶ月は先程の説明の通り、体作りが主になる。この剣は見た目こそ小柄なものだが、重さは君らが使う木剣の二本分だ」

そう説明を加える。



そこで、エリュンが通り過ぎたところの机に座っていた我体の良い一人の生徒が、エリュンに向かって野次を飛ばした。

「ふん、女が使う玩具じゃないか」

その野次にエリュンがぴたりと足を止めると、その生徒に振り返った。表情は涼しげで凛としたまま、真剣は胸元に掲げられたままだ。


「どうした、ランドルム。君のようにご家族が軍人だと言う生徒は大勢いる。女にも勝てぬままではならんだろう。不服ならば真面目に授業を受けて成長した方が良かろうよ」

エリュンは女が使う玩具と言われたのがあまり気に入らないようだった。ランドルムと呼ばれた生徒は小さく舌打ちをすると、肘をついて目を逸らした。



エリュンは教壇まで軽い足取りで戻って行くと、腰に吊るされた鞘に真剣をしまった。

そして深く紅い瞳をキラキラと真っ直ぐに向けて生徒達を人睨みした。

「君らの中には、女が剣術を嗜む事に意があるものもいるだろう。事実女で剣術に精通し、適正のあるものは希少であり、この学校においても年に数度の適性試験に合格出来る希望者しか、女で剣術を学べる者はない。しかし、それほどの選別を受けた女剣士には、なまくらに剣を振るものなど一人もいない。私がこのクラスを受け持つ以上、君らの剣技をしかと磨くことを約束しよう。文句があるものは一年の勉学を経て正当に剣で語れば良い。わかったな」








初めての剣術の授業はそうして鐘と共に終わりを告げた。先程の野次を飛ばしたランドルムは、バツが悪そうにさっさと教室を出ていった。



「先生は何か知ってるかもしれない」

アデルは早口でライラスに話し掛ける。ライラスも考えていることは同じだったようだ。アデルとライラスはお互いに顔を見合わせて立ち上がると、荷物を素早くまとめてエリュンの前に進み出た。

エリュンは教壇の上で姿勢よく立ったまま、生徒達の様子を眺めていた。




「あの、ジェルト・ゴージについて伺いたいんですが」

アデルの声は僅かに緊張していて、少しひっくり返るようなか細い声だった。エリュンはアデル達を振り返ると、一度目を丸くして瞬いた。

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