20・ヤマダ(仮)よ、何故そこにいる?
ちょっと長めです。
時間を少し戻す。
上級駅馬車の結界から出たヤマダ(仮)は、その足でまた森の中に戻った。
前回のように、のんびりと採取や狩りはせずに、尋常ではないスピードで進んでいく。
魔物に出くわしても無視し、川や生い茂る木々を物ともせずに突き進み、最短距離で森を出た。
森を出てからも人の目を避けつつ、昼も夜も休む事なく、真っ直ぐに王都に向かう。
ヤマダ(仮)は、森の反対側から王都まで、数週間はかかるであろう、道のりをわずか数日でたどり着いた。
そんな休み無しの、過酷な移動にも関わらず、ケロッとしているヤマダ(仮)は、遠い岩陰から王都の検問前の長い行列を眺める。
「おい、ヤマダ(仮)よ、とんでもない強行軍もいい所だったぞ。一応、聞くが休まなくても平気なのか?」
「え?この程度で休んでいては、長生きは出来ませんよ。相変わらず、王都の検問待ちはすごい人ですね。」
普通、逆では?コイツ本当にヒト族か?と、魔王(仮)は心の中だけでツッ込んだ。
王都へ訪れる商人や旅人、貴族の旅行者は多く、検問は常にヒトでごった返している状態である。
「さてさて、どうしますかね。おっと、いい所に。」
数人の護衛を引き連れ、大きな荷馬車が検問に向かって走ってくるのが見えた。
大きな商会の荷馬車なのだろう、ずっしりと重い荷で車輪を軋ませ、速度を落として検問の人混みに入っていく。
その馬車に目を付けたヤマダ(仮)は、スルリと人混みに紛れた。
護衛がヒトの流れに気を取られている隙に、荷馬車の荷台に滑り込む。
この荷馬車は雨風から荷を守る為に、布製の幌ではなく、木製の大きな箱状に作られた頑丈な荷台になっている。
その為、一度潜り込んでしまえば、中の様子は外からはわかり辛い。
「おい、また密行する気か。金は持っているのだ、たまには検問を受けて通行料を払ってはどうだ?」
「ははは、何を。今回はちゃんと払う気満々ですよ。その前に少々、お買い物をしようかと。」
ヤマダ(仮)は、ゴソゴソと積荷を漁り、中の荷を確認していく。
「よかった、ありましたね。いい感じです。」
荷箱から淡いブルーのワンピースと、揃いの靴などを引っ張り出す。
自分の懐から、ある程度の金額を出して
「この衣服セットでだいたい、この位の価格ですかね。」
「……む、ヒト族のしかも女子の服の値などわからんぞ。まぁ、だいたいその位ではないか?」
金を大きめの葉に包み、そっとワンピースが入っていた箱に代金として入れる。
ヤマダ(仮)が購入した衣服を、大きな布で包んで背に斜めがけに背負うと、外から護衛同士の合図の声と同時に、荷馬車が動き出した。
荷馬車の壁に耳を当てて、外の様子を伺うと、この荷馬車の主人はツテを使って検問の列を抜けるらしい。飛び交う野次の声を物ともせずに、前進していく。
「あらまぁ、これでは降りられませんね。通行料を払いたかったのですが、致し方無し。」
「……貴様、こうなるとわかって、乗ったのだろう。まったく……。」
「以前、侵入した時にこの荷馬車ような大きな馬車が、賄賂やツテで先行して検問を通過していくのを見たことがあったので。当たりましたね。」
そう得意げに言いつつ、ヤマダ(仮)は一番奥にある荷箱の中に入り、身を隠した。
検問に入り、兵士が荷馬車の中を改める。荷馬車の主人が賄賂でも渡したのか、上辺だけ簡単に調べると降りていった。
あっさりとヤマダ(仮)達を乗せた荷馬車は、王都の中に入っていく。
しばらく揺られると、荷馬車は商会の店に着き、店の奥にある倉庫前で止まった。
護衛と御者が馬車を離れると、入れ違いで使用人と薄汚れた獣人が荷馬車の荷を倉庫に入れていく。
荷を倉庫に入れ終えた使用人達が、倉庫の扉を閉めて出ていくと、少し間をあけてからヤマダ(仮)が這い出てくる。
ヤマダ(仮)は、倉庫の小窓からヌルッと外に出ると、さっさと商会を後にした。
そのまま、人の目を避けて裏路地に入り、空き家を見つけた。ヒトの気配が無い事を確認すると、中に入り込む。
そこでヤマダ(仮)は、購入したワンピースに着替え、顔を覆っていたメガネとマスクを取る。
「……貴様、そういう顔してたのか。その……簡素すぎて服の意匠に負けていないか?」
ヤマダ(仮)は、顔の作りと体付きが、全て薄くシンプルに構成されている。
この世界のヒトの容姿は、顔の堀が深く、体は凹凸がハッキリしているスタイルの為、衣服のデザインはそれに似合うように作られている。
「似合わないと?ふっ、魔王(仮)さんはわかっていませんね。」
「いや、胸元も尻もガバガバだぞ……着られてる感がすごい。」
ゴソゴソと、脱いだ制服の懐からある道具を取り出す。
魔王(仮)は、ヤマダ(仮)の制服下の収納が不思議で仕方がない。
一見、手ぶらのようで服の下にはとんでもない量の、武器や道具を隠し持っている。
ヘタな収納魔法より異次元である。
そんなヤマダ(仮)は、得意げに鼻を膨らませた。
「ふふふ、とくと見るといいですよ。私のこのスッキリ顔とボディの可能性というやつを!」
数刻後、そこには魔王(仮)も驚愕の“完璧美少女”ヤマダ(仮)が爆誕したのだった。
そうして、ヤマダ(仮)はその姿で冒険者ギルドのカーデン支部本部に現れ、流れるように王城に舞い戻ってきた。
そして今、王太子の目の前にいる。
「私が聖女(強調)として召喚されたあの日、私は消えてしまったのですね。そして死んだと……。それを聞いた時は驚きましたが、私が今、ここにいるのはきっと、神様のご慈悲に違いありませんね。」
美しい顔に、涙で潤んだ黒真珠のような瞳に見つめられ、ときめかない者はいない。
アシュトンは顔を真っ赤にして、気持ち悪い笑みを浮かべ、ギルド総長とコーラクは、僅かに頬を染めてはにかんだ。
唯一、王太子だけが青ざめ、若干震えながら少女を見る。
脳を高速回転させ、今この状況の最適解を出そうと頑張るが、何も思いつかない。
そうして、青ざめて引き攣る笑顔を、照れ臭そうに鼻の下を指で擦るギルド総長に向けた。
巻き込む気満々である。
「彼女は確かに、あの日我々が召喚し、その負荷に耐えきれず消滅してしまった聖女である。……彼女の言う通り、神の慈悲により、この世界に復活されて舞い戻ってきてくれたのだろう。」
「おお!やはり、この少女は聖女様だったのですね!」
「彼女の身元はこの王太子であるアルベルト・カーデンが保証する。だが一度、他国や民に聖女が消滅したと公表し、その混乱が収まってきたばかりだ。奇跡であり朗報とはいえ、これ以上の混乱を今は避けたい。…聖女の復活は、今はまだここだけの事とし、伏せておきたい。」
えぇ〜と、不満げなアシュトン。
王太子は、一度目を閉じて静かに開いた。周囲の雰囲気が引き締まり、緊張が高まる。
「混乱に乗じて、大切な聖女を利用しよう、害しようとする輩が出るかもしれない。世が瘴気でかつてない程、混沌とした時代だ。我が国は、聖女を失うという失態をすでに犯している。これ以上の失態は、王家の存続にも関わると思わぬか?アシュトン・ストム男爵令息よ。……これは命令である。聖女復活の件は、ここにいる者のみ知る事とせよ。漏れれば、わかるな?」
「……は。かしこまりました……。」
「ふっ、そう落ち込むな。今はその時ではないという話だ。聖女の安全を確保し、また国の状況が安定次第、必ず公表する。その時こそ君の献身に、必ず応えよう。……今日はもう帰るといい。あぁ、聖女はこちらで預かる。悪いが、エンラクも残ってくれ。」
王太子の命により、アシュトンとコーラクが退出する。
また、常に側に控えさせている従者も、箱をローテーブルに置くよう指示し、退出させた。
応接室には、王太子とギルド総長、聖女たる少女の三人だけになる。
王太子は深く深く、ため息を吐くと少女に向かって言った。
「久しぶりだな。この間は素敵な贈り物をありがとう。……聖女ヤマダ(仮)。」
ギルド総長は、目を剥いて少女を見た。




