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木の下闇  作者: 皇 凪沙
12/22

11.悲憤


 相変わらずの暑い日だった。

 斬られた若者の葬儀が行われ、えんはひっそりとその列に加わった。

 非人とはいえ、集落内で行われるそれには、町人の葬儀との変わりはない。しめやかに滞りなく葬儀は済み、後には遺骸が安置されていた板敷にぼんやりと座り込む母親の姿が残った。

 葬いが済むまでは気を張っていたのだろう母親は、今はもう見る影もなく放心している。

「───私たちで当分は面倒を見るように、親方から言われてます。」

 言葉もなく見つめるえんに、兄妹の妹娘がそっと囁いた。

 えんは黙って頷く。

 聞いたところでは、斬られて死んだ若者の母親は、腹の中に悪いでき物があるらしい。もう、そう長くはない筈だった。

「せめて、みんなで看取ってやっておくれ───彼は母親を残して来たことを随分と気にしていたからね。」

 娘が頷く。

「大丈夫。様子を見に通うには手が足りないから、ここへ移ってもらうんです。ここならいつでも誰かが(そば)に居るから。」

───そうか。と呟いて、えんは娘を見る。

「───あんたの事も、気にしていたよ。」

 赤くなった若者の顔を思い浮かべながらそう言ってやると、娘ははにかんだような顔でえんを見上げた。

「口惜しかっただろうね。」

 えんがそう言うと、娘はぽろりと涙を零した。悲しみに泣き伏すには、まだまだ淡い恋心だったのだろう。そう思うと、余計に不憫だった。

「こんな事は、起きちゃいけない事だ。」

 噛み締めるように言うえんを、娘がじっと見上げている。

「けど───起きて仕舞えばどうする事も出来ない。」

 娘の目からまた、涙が零れ落ちる。

「今度の事は集落内で起きた事だから、みんな用心するだろうが、用心にも用心を重ねた方が良い。」

 娘が小さく頷く。

「当分は、夜は表に出ちゃいけない。昼もひとりにならないように気をつけて。集落に入って来る者には殊に注意を払って置くんだよ。」

 そんな事は、もう既に非人頭から集落中に伝えられているだろう。それでも、えんは言わずにはいられなかった。これまでは兄妹が集落の外に出る事は無いと知っているえんは、幾らか安心していられた。しかしもう、集落内も安全ではない。

「───分かったね。」

 もう一度真剣な顔で念を押すと、娘はえんを見上げてしっかりと頷いた。


 娘に頷いて、えんは兄を呼びそっと外へ出る。

 夕刻の夏の空は赤く染まって、ひぐらしの物悲しい声が響いていた。

「───気をつけるんだよ。」

 頭ひとつ分ほど高い顔を見上げえんが厳しい顔でそう言うと、彼は曖昧に頷いて下を向いた。

 えんは彼の両の二の腕を掴み、その顔を覗き込む。

「何かあっても、どうにかしようなんて思っちゃいけない───」

 彼の顔がえんの眼差しを避けるように横を向く。

「死人が増えるだけだ、分かるだろう。」

 叩きつけるようなえんの声に、彼は怒りを含んだ目でえんを睨みかけて、項垂れる。

 えんの目に、涙が光っていた。

「───堪え切れない事は分かってる。けど───どうにも出来ない事が、ひとにはあるんだ。」

 涙を零しながら言うえんの顔を彼はじっと見つめる。

 その目に涙が溢れた。

「──────。」

 思いを言葉に出来ないまま、彼はえんをじっと見つめて涙を零した。

 夕暮れの光が山の端に消え、ひぐらしの声が高くなる。

 涙に頬を濡らしたまま、彼はやがてゆっくりと頷いた。二の腕に掛けたままのえんの手から、ふっと力が抜ける。

 見交わす顔には、お互い遣り切れない悔しさが滲んでいた。

 それでも───と、えんは小さな声で呟く。

「───死んじゃ、いけないんだ。」

 彼が、えんに頷く。

 その顔には辛い決意が浮かんでいた。

 生きる為に逃げる決断をするのは、死地に向かう決断をするよりも、時に辛い───

 真っ赤に染まった空に目をやって、えんは強く唇を噛む。

 口の中に、血の味が拡がった。

「分かったね。」

 彼が項垂れるように頷いたのを確めて、えんは彼に背を向ける。

 歩いて行くえんの背に、彼は「───気をつけて。」と、そう言った。

 その声が、涙にかすれている。

 えんは知らぬふりのまま振り返り、薄く笑って手を上げた。

 左手を手拭いに置いて、彼は躊躇うように小さく右手を上げる。

 赤さの残る空の下ひぐらしの声に送られて、えんは遣り切れない思いを抱えたまま集落の出口へと向かった。

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