第十七話 黒瀬さんはそんなことする人?
ひなの実家に帰った朝浦は、リビングでごろりと横になる。
食欲はもともと薄めだが、最近はご飯が美味しいことも分かってきた。朝も少しずつ起きられるようになってきた。それでもまだ、起きている間は半分スライムだ。
「……しんどくなったら、見るのをやめる……」
そうつぶやきながら、ニュースサイトを開く。並ぶのは、何の変哲もないニュースだった。
(……どれのことだろう)
スクロールを続ける。その時だった。黒い見出しが飛び込んでくる。
『黒瀬迅のマネージャーを逮捕 朝浦湊さんの知人女性を誘拐・監禁した疑い』
「……え」
震える指でニュースを開く。
『人気俳優・黒瀬迅さんのマネージャーが、俳優・朝浦湊さんの知人女性を誘拐し、自宅に監禁した疑いで逮捕されたことが分かりました。
捜査関係者によりますと、女性は帰宅途中に連れ去られ、容疑者の自宅に監禁されていたということです。女性はその後、警察によって保護され、病院に搬送されました。
取り調べに対し、容疑者は「黒瀬さんに勝ってほしかった。朝浦が弱れば、黒瀬さんが勝てると思った」という趣旨の供述をしているということです。警察は、朝浦さんの活動に影響を与えることで、黒瀬さんが俳優としての競争で優位に立てると考えた可能性があるとみて、事件の詳しい経緯を調べています。
一方、黒瀬さんは今回の事件について、関与を否定しています。警察は、黒瀬さんが事件を認識していたかどうかについても慎重に捜査を進めています』
息が、うまくできない。検索窓に、黒瀬迅と入れる。ニュースサイトは、ほとんどが黒瀬の関与否定を伝えていた。SNSでは、ファンやアンチの憶測が飛び交う。
『黒瀬くんがそんなこと望むわけない。迅くんはいつだって正々堂々と勝負する人だよ』
『マネージャーが勝手にやったことなら、黒瀬本人は被害者じゃん。何でもかんでも本人の責任にするのは違う』
『朝浦が活動休止したタイミングで、黒瀬が主演のドラマが話題になってたの、偶然にしては出来すぎてない?』
指が動く。全部、憶測だ。分かっている、分かっている。
黒瀬の公式SNSを覗く。
『【お知らせ】
弊社所属・黒瀬迅のマネージャーが逮捕されたとの報道について、皆様にご心配をおかけしておりますことをお詫び申し上げます。
黒瀬本人は、今回報道されている事件への関与を否定しております。
現在、関係機関による確認が進められているため、弊社といたしましても、引き続き状況の把握に努めてまいります。
関係者の皆様、ならびに日頃より応援してくださっている皆様には、ご心配とご迷惑をおかけしておりますことを、深くお詫び申し上げます。
今後、皆様にお伝えすべき事項が生じた場合には、改めてご報告申し上げます。
何卒ご理解賜りますよう、お願い申し上げます。』
気持ち悪い。吐き気がする。その時だった。
「みなと、みなと」
肩をそっと叩かれる。朝浦が顔を上げると、朝浦母がいた。後ろには伊藤母もいる。
「……母さん、おばさん……」
朝浦は喉を詰まらせる。
「……黒瀬は……」
「警察は、黒瀬さんの関与は低いと見ているらしいわ」
「……そう……なの……」
「ひなの名前も知らなかったそうよ。誘拐された時間は、湊くんと一緒にドラマを撮影していたって」
「……本当……?」
「警察から聞いたわ」
伊藤母は笑う。朝浦母は朝浦の顔をのぞき込んだ。
「みなと、黒瀬さんはそんなことする人?」
ふと、思い出す。朝浦湊には、大切な幼馴染がいる。その噂を聞いた黒瀬は、何と言っていただろうか。
『お前、幼馴染がいるのか』
『……いるよ』
『へえ。で、演技は全力か?』
『……全力』
『ならいい』
『いいんだ』
『お前が全力出せるんなら、それでいい』
朝浦は首を横に振る。
「……しない」
「そうよね。お母さんもそう思う」
朝浦は静かに息を吐く。
「……落ち着いた?」
「……ちょっとは」
スマホを手放し、床に転がる。
「フローリングは冷たいでしょ」
「冷たいほうがいいもん」
「体、冷やさないでね」
「はぁい」
朝浦は唇を尖らせて見せる。頬を床につけ、そのまま、目を閉じた。
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