23 夜会
「ルイ殿下、お誕生日並びに立太子、お祝い申し上げます」
隣国ヴァルザシスからいらっしゃったディアーヌ様は本日の主役、ルイ王子にお祝いの言葉を贈る。
「叔母様、遠路遥々いらしくださり、感謝申し上げます」
ルイ殿下も感謝の言葉を返した。
「こちらはかの有名なデュフォール侯爵令嬢でいらっしゃいますね」
「ええ、本日は僕のパートナーとして出席してもらいました」
ルイ王子は誇らしげにディアーヌ様にそう伝えた。
「お初にお目にかかります、デュフォール侯爵家の長女、リリアーヌと申します」
国の顔に泥を塗らぬよう、リリアーヌは丁寧にディアーヌ様にご挨拶した。
その首元にはルイ王子から頂いたネックレスの魔道具が付けられており、それに気付いたディアーヌ様は少しだけ苦笑いを浮かべながら話した。
「そちらのネックレスは、我が国から贈られた魔道具でございますか?」
「はい、お陰様で私の魔力過多症は大層落ち着きました、貴重なお品を頂き感謝申し上げます」
「そう…我が国にあった時は、それほど豪奢なデザインではなかったですが…」
ヴァルザシスは気候が寒いため、装飾品も華美さよりも荘厳さと機能性を重視する傾向がある。
何より、こうもかも藤色で固められているところはもはや甥の狂気を感じてしまう。
「左様ですか?」
リリアーヌは宝石追加の件を知らない。
「一応僕からのプレゼントだから、叔母様から頂いたままで贈ってもどうかと思って、リリアーヌの好きな藤色の宝石をつけさせてもらったんだ」
ルイ王子は顔色一つ変えずに笑顔でリリアーヌに説明を加えた。
「そうなんですね、ありがとうございます」
何度も言うが、リリアーヌは色恋に関して常識がない。
「……リリアーヌ嬢は藤色がお好きですか?」
ディアーヌ王妃は思わず聞いてみた。
自分の認識では、甥にまだ婚約を結んでおらず、その相手がデュフォール侯爵令嬢という話も聞いたことない。
「はい、藤の花には病気快癒の伝説があるとお聞きしたので、一番好きな花です」
「病気快癒の…伝説…?」
何だか聞いたことないような気がするけど…?
「ええ、叔母様、ほらあるじゃないですか、藤の花を庭に植えたら病気が治る伝説」
ニコニコと圧をかけてくるルイ王子。
「そうね…そんな伝説あったかも知れません…オホホホ」
これは触れてはならないと直感で感じたディアーヌ王妃はさりげなく話を合わした。
この甥は自分の姉ととことん似ており、下手に墓穴を掘ってはならないと、子供時代姉と過した日々から散々学んできたディアーヌ王妃だった。
「あの、ディアーヌ殿下とご一緒に、フランツ第一王子殿下もお越しになられたとお聞きしましたが…」
前日二人の殿下がご到着されたと知らせを受けたはずなのに、どこもフランツ王子の姿が見えないから、気になったリリアーヌはディアーヌ様に直接聞いてみた。
「ええ、フランツも一緒に来ているわ、しかし昨日から熱を出してしまって体調が悪いから、休ませているわ」
ディアーヌ王妃はリリアーヌの質問に答えた。
「実は我が国にも流行り病があり、症状はセレスタン王国の流行り病と似ているのに、派遣してもらった薬師が抗生物質を使ってもなかなか治らないのよ」
「だから別の薬を作りたいと思って、セレスタンのカレッジに研究者を受け入れてもらったわ」
「その症状はもしや高熱と咳及び体の痛みで、1人発症すると接触した人たちも次々と発症するが、一度発症すれば1年くらいは感染しない特徴がありますか?」
「!そうよ、リリアーヌ嬢は我が国の流行り病をよくご存知かしら?」
間違いない、これは前世で言うインフルエンザウイルス感染症に近い病気だ。
ヴァルザシスはセレスタンより寒く、年の半分が冬のため、細菌は増えにくい環境である。
セレスタンの夏の豪雨後に流行る病気は、高熱と倦怠感が見られ、早期の感冒様症状から自然に回復する軽症例と、やがて黄疸と出血を来す重症例があり、前世で言うレプトスピラ症に近い。
レプトスピラ症は汚染された水や土壌から、皮膚や口を経て感染し、前世過ごした日本では古くから用水病、秋やみなどの名前で呼ばれ、20世紀前半まで毎年死者が出るほどだった。
細菌に起因するレプトスピラ症ならペニシリンなどの抗生物質は功を奏するが、ウイルス性の感染症にいくら抗生物質を投与しても効くはずがない。
なぜなら、そもそも抗生物質は細菌のみを殺傷する毒素だから、種の違うウイルスには効かないのだ。




