24 解熱鎮静剤
「恐れながら申し上げますと、ヴァルザシスに流行る病は抗生物質では治せぬものでございます」
「っ!それはどういうことかしら」
自国で重要な課題である流行り病の話になると、ディアーヌ王妃は顔色を変え、真剣な面持ちとなった。
「微生物には種類があり、顕微鏡で見える細菌というものと、顕微鏡ですら見えない、さらに小さいウイルスというものがございます」
「我々の研究により、細菌は比較的暖かく、水の多い環境で増えますが、寒くて乾燥した環境ではあまり増えません」
「代わりにウイルスはまだ未知な部分も多いが、寒い環境でも問題なく増えるようです」
「ヴァルザシスに流行る感染症は、恐らくウイルスによるもので、このウイルスという微生物に抗生物質は効かないのです」
「ならば、どのような薬なら効くのかしら」
セレスタンに研究者を派遣し、その成果を用いてヴァルザシスにも流行り病を根絶させたいと考えていたのに、まさか抗生物質はヴァルザシスの流行り病に効かないとは予想外だった。
ディアーヌ王妃は心中少しガッカリしながらも、もしかしてリリアーヌなら対策法が分かるかもしれないと思い、率直な質問を問いかけた。
「ウイルスを直接殺す薬はございませんが、その症状を著しく抑え、自然治癒をより簡単にする薬ならございます」
「っ!」
まさかリリアーヌは本当に対策法を知っていたとは思わず、長年の王妃教育を受けたディアーヌ王妃でなければ、仰天して驚いていただろう。
「その話、ぜひ落ち着いた所で聞かせて欲しいわ、ルイ殿下、よろしいでしょうか?」
「ええ、ではファーストダンスが終われば、叔母様とリリアーヌ嬢に別室をご用意致します」
やはりリリアーヌは別格だと、何度も再認識させられたルイ王子、何故か誇らしさを覚えた。
5年前、誰もリリアーヌの才能に気付かない時から、僕は彼女を見出したと、大々的に言いふらしたい気分だった。
でもまだダメだ、まだリリアーヌとの婚約のこの字も出ていない。
今日の夜会を経て、国内外の貴族にリリアーヌは僕と婚約間近と、ドレスの色を使って、半分強引に知らしめたが、まだ実際にデュフォール侯の許可を得てもいなければ、リリアーヌ本人にすら伝わっていない。
ヴァルザシスの流行り病を解決すれば、恐らく国内のみならず、近隣諸国からもリリアーヌは狙われるだろう。
そうなる前にリリアーヌを完成に自分のものに囲まなければならない。
そう脳内で計算を始めたルイ王子だった。
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「つまり、抗生物質と異なり、病原菌を殺すことはできないが、その症状を抑える薬なら可能だと、そう言う話だったわね」
「左様でございます、本来、薬を使わなくても、人には免疫という自然治癒力を持っており、症状にさえ耐えられれば、病気は完治するはずです」
「要するに、治癒まで持たず、流行り病の症状によって、我がヴァルザシスの民たちは命を奪われていると、そういうことかしら」
さすが一国の王妃ともなるお方、話の理解が早い。
「おっしゃる通りです、薬を使って症状を抑えれば、残りは体の免疫が完治するのを待てば良いのです、現に一度流行り病にかかれば、一年間は再感染しないのは、その免疫によって対抗力が生じたためでございます」
「対抗力は一年ほどしか持たないかしら?」
「人と場合によるとしか言いようがございません、治癒力が強く、長く対抗できる人もいれば、そうでない人もいます、逆に威力の弱く、長い間対抗できるウイルスもいれば、そうでないウイルスもいます」
「ウイルスは一種類ではないのか?」
「はい、ウイルスも細菌も、実に多くの種類が存在しており、互いに拮抗しながら生きながらえております。我が国に流行る感染症も、その一種類の細菌が多いせいで、他の病原菌があまり姿を見せないだけで、一つの病気を治せば、いずれ今現在使われている薬が効かない、別の病原菌が台頭すると予測されます」
「なるほど、病気とやらは厄介なものね…」
「はい、我が国を含め、皆治癒魔法に頼りすぎている部分があり、可能なら、より多くの研究者に薬による医療の研究に参入してほしいものです」
「では、リリアーヌ嬢には、我がヴァルザシスの流行り病に効く薬をご存知なのね」
「はい、私が所有するピンクローズ商団で現在開発しており、すでに別の病状で治験も済んでおります、その効果は言わば解熱鎮静剤であり、ヴァルザシスの流行り病も同じ高熱と痛みが主な症状と存じるため、効果を示す可能性が高いと考えます」
解熱鎮静剤、前世で一番有名なものとしてアスピリン=アセチルサリチル酸があり、高校化学ではその製法は必須知識として出題範囲にされていた。
さらに、アスピリンは効果覿面の一方、高齢者や小児には脳に副作用をきたす場合もあり、小児に使う解熱鎮静剤としてアセトアミノフェンが一般的である。
もちろん、アセトアミノフェンもまた高校化学の必修範囲に含まれており、前世医学部受験を経験した私は、その製法をはっきり覚えていた。
抗生物質の次に臨床依存度が高く、多くの疾患に効くアスピリンとアセトアミノフェンを、私は数ヶ月前からデイビットに頼み、その研究と治験を始めさせていた。
これもまた、アンナという有能秘書を雇ったから、デイビットに新たな研究を始められる余裕ができたおかげだ。
「ならば早速、明日にでもその薬を我が国から来た従者に試して貰えないかしら」
「承知いたしました」




