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アクナス修練堂-侵入者

 神聖クロイダン王国軍に囲まれ孤立したダヌイ城の城門に達するもその門は開かず、追撃に集まる神聖国精鋭の紅黒の猟犬兵に包囲されてしまったアクナス公国軍。

 窮地に陥ったこの一団を掻き分けて現れた、一つの人馬。

 カッカツカッカツカッカツ。城門前に整然と敷き詰められた石畳を踏みしめ、軽やかな足取りの馬蹄が響く。




 城門前のベグナ陣形はサーと割れ、先鋒を務めていた騎馬が進み出た。馬上にあるのは何の装飾もない実用一点張りの操甲体。アクナス公国正式エメルタイン、シロウナンドである。

それに呼応するかの如く、神聖国側から黒い羽根飾りを頭頂から背後へ垂らす巨躯の猟犬兵エメルタイン、グリューンが迎え、吠える。


 「紅黒の猟犬軍副将、ガルドネ・ネイトである。そこのシロウナンド、公爵クリスイン・エンテスであろう。よき敵に出会った。まず貴殿を血祭りに上げ、残りの兵にはここまできたことを後悔させてやろう」


「よかろう。掛かって参れ」


それを聞くなり、ガルドネ・ネイトは人馬一体となって走り出し、目にも止まらぬ早業でエンテスの腰辺りに剛槍を突き入れた。


 「若輩者ではあるがこれでも生涯の大半を、槍、剣ともに修練を重ねてきた。その猟犬副将が相当な槍の名手であるのは明白であった。その猟犬兵の突きを目の当たりにした私の脳裏には電光のごとく、“不可避“という言葉が閃いた」


当時を思い出したのか、ヴォイドの声は熱を帯び、顔はいくらか紅潮しているように見えた。


いつ振り上げたのか、それさえわからぬほど力み無く淀み無い動きであった。


カーン


甲高い音とともにエンテスの槍はネイトの槍を巻き込み、手からもぎ取られた槍は高々と宙に舞った。

 

 逡巡することなくタルツに手をかけた猟犬副将はしかし間に合わなかった。コルワールを展開する紅黒の猟犬兵専用エメルタイン“グリューン”の胸部装甲は、突き刺さる槍を中心に明るい輝きが同心円状に広がる。人馬一体となったエンテスの突進するエネルギーを叩き付けられたガルドネ・ネイトのグリリューンは馬上から宙を舞い、激しく地面に叩きつけられた。


 呆然とその様を見送る猟犬の群れに、クリスイン・エンテスは単騎突っ込んだ。赤と黒に配色されたエメルタインに飲み込まれたと見えたその数瞬後、爆発が起こったのかと思われた。推し包んでいた猟犬兵が次々と宙を飛ぶ。遂に戦場に真空地帯ができた。敵兵のだれもエンテスのエメルタイン“シロウナンド”に近寄れなくなってしまった。


 怯んだ敵方に、城内から無数の徹甲矢、重銃弾が放たれた。同時に、城門は一気に開き、城兵を吐き出した。これを迎えクリスイン軍は戦闘を開始する。一瞬のうちに怯えは伝播し、神聖側は潰走を始めた。四千近くに膨れ上がったクリスイン軍は追撃の手を緩める事なく、散々に陣を打ち破った。ダヌイ城にクリスイン家の旗が翩翻と翻ると、劣勢であったベグナ軍は意気万倍、息を吹き返し、多勢の神聖軍を押し返し始めた。


 このアクナス公国軍がダヌイ城に運び込んだのが大量の兵糧であることが判明する。というのもその夜、城内にあるはずもない家畜肉、生魚の焼ける匂いが戦場に立ち込め、宴の賑わいが外まで伝わったからだそうだ。


 要のダヌイ城をよりによってクリスイン家に固められてしまった神聖クロイダン王国は、その翌日に退却を始めた。



 要のダヌイ城をよりによってクリスイン家に固められてしまった神聖クロイダン王国は、その日の夕刻に退却を始めた。


 これは三年前のセリナに衝撃を与えた。武を極めれば個人が戦局を左右しうるのか、と。


このデンス・ケンスと交わした会話で、瞬時この快事を思い起こしたセリナだった。



デンスの話は続く。 

 

 

 正式に折目正しく修練堂に試合を申し込む者もいる。が、ニイン流では他流との試合を認めていない。潔く諦める者には、もしよろしければ、と修練堂内に招き入れ型稽古をつける場合もある。


が、己の剣に命を懸ける者たちだ、そうそう諦めの良い者ばかりでもない。ならば、とクリスイン家、もしくはそれに連なる者を待ち構え、路上で試合を申し込む無法者が出てくる。なので、公国側では、入国の目的を確認し、目的に合わせた証板を発行している。路上での試合を行うこと自体が認められておらず、それを行えば即座に捕縛の対象となる仕組みだ。

 取り締まりの目を掻い潜り、運よく師範代などと剣を合わせようとも、即座に叩き伏せられ、その後介抱されるのが落ちであるというのに。



 この騒動を起こしたのは獣脚人の一団三名らしく、修練堂下町に着くなり研師の家に押し入り、家にいた研師の妻とその娘を人質にした。研師自身は商用で外出中であった。


 逃げ出した客たちはすぐ警邏隊の詰め所に駆け込む。取り囲んだ隊員たちの中にはデンス・ケンスもいた。包囲した者に向かい、表に立った一人が言い放った解放条件は、クリスイン家の者との試合だ。どうやら真っ当な手段では、クリスイン家の者と相対することができないと、どこからか聞き込んで来たらしい。


これは、公都パラリスで騒動を起こした者どもと同一人物なのではないだろうか、とセリナはリヨルと顔を見合わせる。


 修練堂にすぐ知らせが飛ぶ。事態を知った行政長官兼師範クリスイン・ダンガスは師範代ナギヤ・モンドールを向かわせた。と同時に警邏隊にも指令を飛ばした。狼藉者を生かして捕えろ、と。再び芽吹くことのないよう、禍根を絶つためである。


 この事態を引き起こしそうな者どもが修練堂に行く事を獣脚人の自治都市の一つから知らせがあったようだ。が皮肉なことに届いたのが遅かった。既にことは起こってしまった。


 ナギヤが研師の商家前の広い道に到着した旨を告げると、一人目の獣脚人が出てきた。同族の中では平均的な大きさであろうが、人族よりは頭ひとつ分背が高い。額に一本角の兜、鉄鋲を打った皮鎧、左の二の腕と手の甲それぞれに付けた小円盾。長い右腕の先には幅広の反剣。典型的な恐竜人の武装だ。対する師範代が身に帯びる真剣は腰の短刀のみ。手にはワイル鋼板を挟み込み、刀身側面に鋼線を埋め込んだブールと呼ばれる木刀だけである。


 シャーッ、シャーッ、シャーッ。


始まった。戦闘的な種族である彼らの儀式。円盾で反剣を研ぐような動き。『研ぎ澄ましたこの剣でお前を切り刻んでやろう』とでも言いたいのであろうか、不敵な顔でナギヤを睨みつけてくる。


 前置きもなく恐竜人は左腕の盾を前面に押し立て兜を前へ突き出し一気に間合いをつめる。しかし、勝負はあっけなかった。ナギヤはブールの芯金にレイワールを込めた一撃を放つ。すると防御の左盾に張り巡らしたコルワールと衝突し明るく輝く。すると、恐竜人の左手はだらりとぶら下がってしまった。すかさず返す一刀で脇腹を打たれた相手はナギヤの脇を走り抜けると前のめりに倒れた。


 二人目が表に現れる。槍士であった。師範代は、これに無造作に近づくと突き込まれた槍のけら首を掴み、ぐいっと引き寄せるとブールを相手の胸元に突き込む。やはり左腕の小盾で防ぐが、大重量のハンマーを直撃されたかのように後方へ吹き飛び、店舗横の石垣に叩きつけられ失神した。


 これを見た三人目は、流石に叶わないと悟ったのか研師の家から幼女を攫って逃走した。アクナス修練堂街は古代都市の上に築かれている。地下には数おおく遺跡が眠り、古代の地下用水路が様々な向きに根を張っている。研師の主人はいざというときのためにこの通路を整備し、避難通路を確保していた。しかし、これが災いした。異変を感じた警邏隊は屋内へ突入したが、三人目は逃走した後だった。脅されていたのか研師の妻はしばらくは口を閉ざしたままだった。即座に追っ手がかかれば娘を殺す、とでも言われたのであろう。

 頃合いを見計らったかのように、涙ながらに女性は訴えた。娘は肺の持病を患っており、定期的に薬草を煎じて飲ませないと呼吸困難に陥ってしまう、と。


 避難通路の出口は、古代遺跡の空井戸の内壁にあった。巧妙に隠されていたであろう扉は既に開け放たれており、駆けつけた警邏隊が周辺を探ったが逃走者の姿形は見えなかった。ここまでくると地下用水路は行き止まりが多く、内部の捜索は打ち切られ、周辺の森に逃げ込んだであろうと見当をつけて捜索中にセリナ一行と出会った、というわけだ。


 そうこうしているうちに修練堂街入り口、左右上と三方を巨岩で取り囲む石門に辿り着いた。そこに待ち受けていたのは歳のころ十五、六であろうか、緋色の鞘が美しいタルツを腰に刺した女性であった。


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