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世界樹は詠う  作者: 青河 康士郎


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23/23

アクナス公国再建の道


それから五年後・・・



「白位(びゃくい)修練生、手合わせー、始めっ」

 

「コーン」「コィーン」


筆頭修練生の掛け声とともに、特有の金属音が響き始めた。高反発パント材のヨールの打撃はランカルにより容易に衝撃を吸収されるが、レイワールを通したヨール同士の打ち合いでは特有の音を発する。


 巨大な円筒形のアクナス修練堂、その中央の師範塔は修練堂の屋根を貫きそびえ立つ。屋根上最上階4階には宗家クリスイン・エンテスの部屋、その下3階に師範ダンガス、2階師範代ナギヤ・モンドールと師範代補佐、1階は修練生準備室、そして地下には備品室がある。


 ここ師範塔2階、窓際に据え付けられた双眼鏡を覗き込み、師範代補佐達が評価を口頭で伝え、側に控える黒位修練生が忙しなく書き留めている。


 中央の机に座を構えるナギヤ・モンドールの前に師範代補佐の一人が立っている。


ナギヤ・モンドールは茫洋としたまなざしを修練生の動きに送る。その眼は機敏に動く修練生たちの動きを逐一捉えていた。


「よし、森へ出せる修練生が増えたな」


独り言のような言葉が口からでると師範代補佐は


「旧ダブニ伯爵領との交易路、ダバナス街道でしたか。すっかり整備されましたようで。今度はいよいよマノニナ法皇国へ向けて、ということですか」


いつの間にか上階から降りてきていたダンガスは二人に声をかけた。


「ベグナ王国崩壊から五年、苦難の連続であったがなんとかここまで立て直すことができた。これもみなの尽力のお陰だ。


 さて、北へ向けての探索だがある程度のルートは決まったのか」


先ほどそっと席を離れ隣室に向かった師範代補佐の一人が近くのテーブルに地図を広げていた。モンドールはダンガスを誘(いざな)い


「先ほど戻りました探索隊の報告を反映させた地図です。


やはり商人たちの商魂の逞しさには目を見張るものがありますなあ。あの山亀の大移動の直後からマノニナ、旧ベグナ双方で活発に活動を始めていたようです。


ダンガス様のお指図どおり、商人の警護と地形変化後の状況確認のため幽闇の者を中心に『冒険者ギルド』なるものを立ち上げさせました。公国機関であることは伏せてあるので、依頼の幅は広がるでしょう。これはエルメお嬢様の発案でしたな」


 こういうとナギヤ・モンドールは両の口角を微かに上げ、ちらりとダンガスを盗み見た。


「こやつ、娘の話を持ち出してどんな顔をさせるつもりだ」


「師範様の目じりの下がるご尊顔を拝見するのが楽しみの一つでして」


「あの子の空想小説好きには困ったものだったが、発案だけでなく人員の配置まで考えていたのは評価できよう。こちらが進めていた内容とも一致していたからな」


「ギルド長にナイサ殿を置いたのは見事ですな。ニイン流を修めた巨人族の戦士ならば、どんな荒くれ者といえど一目も二目もおかざるを得ないでしょう。しかも『職人ギルド』の長にはアーネル様が就任なされた。ご結婚なされてクリスイン家を離れた形となられておれば、公爵家との強い繋がりを疑う者は少ないでしょう」


「あのがさつなアーネルが男に惚れるとああも変わるものかと感心した。しかも相手は滅亡した王国の王弟とはな。世の中、何が起こるかまったくわからんよ。おかげで世評では職人ギルトの高い独立性が認められたようだ。これで特産のタルツ、エタルツは国交関係を気にせず売り渡し先を選べる」


「大丈夫ですか、あの男。男勝りのアーネル様にいいようにこき使われて逃げ出したりしませんか」


「それがな、逆なのだよ。妹はあの画家にぞっこんでな甲斐甲斐しく世話を焼いているようだ」




クリスイン・アーネルが机に向かう男性の後ろから覗き込む。


「これはまた見事な刀装図案ですね」


やわらかい口調で話しかける。


「うん、これはこれまでのお礼としてお義父上に献上しようと思ってな。野に咲く花がお好きだと伺っていたから、野菊と蝶をあしらってみた。そうか、よいか」


「ええ、大変に。仕上がりましたら一度私のタルツ工房の刀鍛冶職人にお披露目しましょう。このような見事な拵えにしていただけるのなら一層の励みになります」


「これでお義父上の気晴らしになれば、容態も少しは良くなるだろうかな」


「必ず。美しいものがお好きなので。刀身の出来栄えにも満足いただけるようになりました」


「そういえば最近目に見えて腕を上げている職人がいるそうじゃないか」


「セリナ・ナカリのことですか。南クロイダンからの紹介で見習いとして修業していましたが、先ごろ正規のタルツ刀匠となりました。先が楽しみです」


「そうか、新たな刀匠が育ち、十数年掛かっていたシューン湖太陽炉の再稼働にも成功を収めた。職人ギルドもこれからが勝負どころになりそうだな」


「何代も一族が探し求め、ついにこの地に太古の炉を見出すことができました。無事この土地に移り住むことができたのは僥倖でした。旧主ベグナ王には感謝しており、ご冥福を祈るばかりです」


「そういってくれると亡き兄も報われることであろう。しかし、若き頃はライカム、クリスイン家の誉ある家門に傷をつけるほどの迷惑をかけたのだ、帳消しにはならないだろうが少しは手助けとなった、とあの世で胸をなでおろしているだろうよ」


「おかげ様でよき土地に恵まれました。あの大災害を乗り越えられたのは父の力あってこそと皆が言いますが、多くの幸運に助けられたのは間違いなきこと。小国ゆえ民の数は多くはありませんが、皆が豊かに暮らせるよう導くのが我が一族の務め。そのためにも街道と販路の整備が急務となります。ルート探索に向かったエルメ、エルガーと商隊は今頃どこまで進んだやら」




ヒヒーン、ブルルル。「はっはー、それ踏ん張れ」


怒号と亜竜馬のいななきが響く。周辺の安全は確認され、斥候隊本隊はきつい斜面を気遣いなく進むことができた。


「ここの峠を越えれば、国境のあったオートイ川が見えるはずだ。登り切ったら休憩するぞ。押せ押せ」


斥候隊のリーダー、ガングベツの怒声が響き渡る。


亜竜馬の轡を引く一人の青年が見える。


そよぐ風に髪がさらさらとなびき、額の汗を乾かす。切れ長の涼やかな目が視界に入ってきた尾根を一瞥すると、気を引き締めるよう口を真一文字に結んだ。


エルガーは17歳となった。身長は伸び、修練で鍛え抜かれた体躯は二回りほど大きく逞しくなっていた。


一歩一歩のテンセル(足裏から展開するワールの一種、面積を広め過重を分散する。熟練者は吸着作用をも使いこなす)が地面に対し適正であるか意識しながら進む。


 この青年は何をするにも修業に結び付けることが習慣となっている。


 浮き出ている木の根が網の目のような急斜面であるためあちらこちらで足を滑らせる冒険者が続出するなか、エルガーとグルファ・グアの他数名の修練生だけは足を滑らせることなく着実に歩を進めていた。


 グルファがとなりでささやく。


「エルガー様、物見が返ってきたようです」


軽快な足取りでこちらへ向かってくる小さな影。ガングベツの前までくると猿虎からひらりと降りたのは人族の3/5ほどの身長のスラリとしたナーダム族である。報告を聞き終わると斥候隊リーダーは


「大型の金剛蟹がこの先の尾根を下ったところにいる。弾蜂の巣を背負っているはずだ。射程圏内に入らないよう、斜めに進路を変更する」


弾蜂は、この世界に生息する鋼殻生物の外殻を貫くほどの弾速と貫通力を誇る危険生物である。硬い甲羅の下に巣をつくり、外敵から巣を守ってもらう代わりに宿主の食料確保のため辺りの獲物を狩る。甲羅の上に銃身のような狩巣をつくり、自らが弾丸となり獲物を打ち取る。防御のワール コルワールが効かないため出くわすのは大変危険である。


 報告を終えたナーダム族がこちらへと近づいてくる。


豹人グルファ・グアは軽く鼻に皺を寄せ露骨に嫌な顔をしている。


「エルガー、戻ってきたよ。この辺は滑りやすいから、転んじゃわないかって心配だったんだ」


この小さなナーダム族がお姉さんぶって接してくると、エルガーの心は知らずとほかほかと暖かくなった。


 「心配してくれてたんだ、ありがとう。ナーサムのお陰で大した障害もなくここまでこれたんだ。お礼の追加をしなくちゃいけないね」


「エルガー様はナーサムを甘やかしすぎです。ナーサム、そんな心配はまったく無用だ。エルガー様をなんだと思っている」


「あー、もう豹柄が何か言ってる。男の嫉妬は醜いわよ」


「豹人が豹柄なのは当たり前だ。エルガー様にべたべたくっつくな」


「こっちは察気を全開にして疲れてるんだから、心の栄養を補充してる最中なの。邪魔しないで」


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