アクナス修練堂-検査生グルファ・グア
段位確定検査、アクナス修練堂入堂生は欠かさず受けなければならない過程だ。
エルガーを検定するのは一人の豹人族であった。
内心ではこの少年に興味の尽きない姉弟であったが、これ以上の質問は相手に警戒心を芽生えさせてしまう。機敏に察知したリヨルは
「そうでしたか。こうして出会えたのも何かの縁です。私たちは同期生となるわけです。この際、敬語はやめませんか。そのほうが私としてもありがたい」
「分かりました。その申し出は私の方こそありがたいです。そうさせていただきます。」
「私のことはセリナと呼んで。いいでしょ。弟の事はリヨルで。私たちは国外からの特別枠で修練生になったから、なるべく知り合いを増やしておきたいの」
するとリヨルは
「そうそう、だからエルメ様の次に知り合えたエルガーは記念すべき二人目の知人となったわけさ」
「喜んで二人の知り合いの一人に入らせてもらうよ。あ、二人は、もう段位は決まったの」
「姉も私も決まった。試験官の指摘は的確だったから、さすがアクナス修練生だと感心したよ」
「私の志望はワーレイス修練生だから二人とは修練では会えないかも知れないけど、これからもよろしくね」
その時、室内から採寸係が頭を覗かして、声をかけた。
「次の採寸の方、どうぞ室内へ」
「エルガー、行かないといけないわね。じゃあ、また会いましょう」
「じゃあ、エルガー。違う段位になったとしても互いに励もう。来週の入堂式でね」
「ありがとう」
そういうと、エルガーは姉弟と別れた。
「やぁ!」 ッズッツパァーン 「えぇいっ」 ダンッ
「おう」 ドドドドッ 「っとぉりぁ」 ビシッ
激しい気合い声、打ち合うヨールの音、床を踏み鳴らす音、床に倒れる音、修練堂を埋め尽くす色とりどりの音たち。
修練堂控室内にいるグルファ・グアには耳慣れた音だ。
修練堂に入る入り口は二つ。外部の来訪者を招き入れる外入り口と、寮から直接に通ずる内入り口である。入堂生は未だ入堂式を終えておらず正式な修練生ではないという扱いであり、段位が決定されるはでは入堂志願生でしかない。そのため、修練堂には外来者用である外入り口から入り、そこでの受け付けとなっている。
例年のごとく、グルファは受付席の後ろに張り付いていた。毎年のことであり、受け付けを担当している女性修練生はその存在を気にも止めず己の務めを果たしている。
緑色の瞳がちらりちらりと入堂生に焦点を合わせる。
『出会えば、おのずと判る』
その言葉を信じて今年で4年がたつ。受け付け横の壁に隠れる様に寄り掛かり、ときどき入堂志願生に視線を送る動作を何回繰り返してきた事であろうか。期待と不安が入り混じる、とはよく言うが正にそういう顔をした入堂生たちが次々と現れては己の名を告げ、名簿の欄にチェックが入れられてゆく。
『この内、何人が修練堂を去る事になるだろう』
グルファ・グアは腕を組み直し、うつむき加減に閉じた瞼に、去って行った同期生の顔を思い浮かべた。
『自分も、もうこの地を去る時がきたのだろうか。世界樹の種は既に蒔かれた。あまり時間は無い。敢えて力を隠し、白位に留まっているのはその人物に出会うためだというのに、その兆しは一向に・・・』、そこまで沈思していたとき、その声を耳にして全身の毛が逆立った。
「我が名はエルガー」
その澄み渡る声は、周りの音を掻き消しグルファ・グアの心を貫いた。
『会えば分かる』
グルファは俯いていた顔を少し上げ、うっすらと開いた瞼の奥からこの入堂生に視線を送った。その姿を視界に収めたとき全身がカッと燃え上がるように熱くなった。精気に満ちた精悍な顔立ち、隅々まで気の行き渡った機敏な動き。惹きつけてやまないその眼差し。この方の為に自分の命を使いたい、なぜかわからぬがそういう衝動がグルファの中に湧き上がり、不思議と目頭が熱くなった。
故国の精霊院で受けた言葉に従いグルファは行動を開始した。
『全力で試したいと思うようになるとは』
心で呟きながらあの入堂生担当の試験官を探す。試験官は修練生がおこなっているのだが、予定されていたのはたまたま同郷の豹人だったのは幸いだった。この時に備え前々から頼んでいたこと、また郷里から送られてきた上等なベーコンをお裾分けする事を条件に、担当を代わってもらえた。いくつか準備していた交換条件のうち、比較的軽いもので済んだ。
控室に入るとグルファは堂着の上に透明防具『ランカル』を身に付け始めた。ワールに反応する異なる樹液を二層固めたもので訓練刀『ヨール』の打撃を受ければ、表面は低反発し内側は高反発になる特性を持つ。打たれた刃筋の痕がありありと残るため、試合後の検証に役立つ。
このランカルは付け心地と馴染みがよい。今日はそれに当たったのだ幸先が良い、とグルファは思った。
豹人の感覚は鋭い。先程から意識に触るか触らないくらいの強度でグルファに向けられる意を感じ取っている。が、それがどこから発せられているものなのか、判然としない。
目を閉じ己の気持ちに目を向ける。いつもと違い、少し緊張、もしくは焦る気持ちが自覚される。そのせいで過敏になっているだけなのかもしれない。
いつものように頭、腕、胴胸、腰、脚と手際よく手慣れた様子で支度を進め、最後に小手のランカルに手を差し込む。この一連の動作で、常の心持ちを取り戻した。固定のため手首の金具を締めようと、視線を落とすと豹人は瞬時眩暈を覚えた。背後に視線を感じヨールで薙ぎ払う、が、それは虚しく空を切った。
誰もいない。遠くで支度をしていた修練生の驚いた顔がいくつかあるばかりである。
エルガーは今、かの有名な修練堂本堂ではなく、その前室となる板間にいる。この板間は、修練生集合場所、本堂に入る前のその日行う修練講習などを受ける場所であるが、入堂生の来るこの時期には検定の場所となる。
検定受付の列に並んでいる間、行われている試験の様子が見てとれた。試験官は白と紺の修練着なのですぐにそれとわかる。さまざまな年齢層の試験官であるが、その進退から相当な高段位者であることは明白であった。
「132番、ロードン・エルガー。検定区5番へ」
壁に堂々と貼り付けてある板張り室区割り図をじっと眺めていたエルガーは大きく
「はい」
と答えると待機する新入堂生をかき分けて、5番へ向かう。
入堂申請した者へ最初に支給される装備は“ケッパー”と呼ばれる機能性靴底である。馴染むまでに時間がかかるため、最初に送られてくるのだ。今は板間の区域なので、ケッパーはもっとも柔軟性のある“軟”にしているのであろう、修練生、入堂生は音もなく吸い付くように床を掴んでいるはずで、行き交う者は皆静かに歩む。が、エルガーの堂内靴にはケッパーは装着されていない。ただ、目立たぬようそれと見えるような靴底にはなっているだけである。
エルガーは歩きながら段位確定検査の行われている場面をいくつか見てきた。
修練着のベルトの色から、全ての試験官が白位の修練生であった。
段位には上から、黒位、白位、青位、赤位とありそれぞれの段位に上中下の三段階ある。よって一番上の上黒から一番下の下赤までの12段階。
辺りを埋める人の頭を一つ抜け、検定区5番の表示が見えた。机一つの簡素な受付で名前を告げると係の人が少し待てという。後ろに控えていた女性に何かを告げると、エルガーを脇に避けさせ次の受験者の受付へと移ってしまった。
5番といっても、受付を終えた新入堂生は次々と防具ランカルを身に付けて試験管と共に検定場所へと入ってゆく。何人の受付を見送ってきただろうか。背後でごった返す人混みの中から腕が伸び、誰かが少年の肩を叩いた。
エルガーが振り返ると、修練着の合わせ目から見える艶やかな毛並みの胸板があった。
「君がエルガーか。今日の試験官は俺だ。グルファ・グア、上白生」
燃えるような瞳が見下ろしていた。たじろぐことなくエルガーは見上げ
「我が名はロードン・エルガー。入堂生です。検査、お願いします」
と腹から響くような声で名乗りを上げると、入り口周りのざわめきが静まり、この古風な名乗りをあげる少年に視線が集まった。名乗りを返しながら、『この人知っている』とエルガーは心で呟く。継いで
『上白、違う。もっと上だ。この人、力を隠してる』
「こちらに来てくれ。5番だな」




