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アクナス修練堂-剣の町

 鮮やかな手並みを見せたエルガーに、エルメ、セリナ、リヨルは興味が尽きない。質問攻めにあったエルガーは少しずつ過去を話し始めたのだが、身に起こったワール異常の反動なのか、突然体の自由がきかなくなる。

膝から崩れ落ちそうになるエルガーの突然の異変に皆がとっさに手を伸ばそうとしたときである。


巨大な何かが上方から伸び胴体に巻きつくと、エルガーの身体はあっという間に抱え上げられた。


 エルメ、セリナ、リヨルが驚いて見上げると、青空を背景に黒々と大きな馬の頭があった。歪な柱と見えたのは巨馬アルヘカント種の前脚で、その上にそびえるように、大きな人影があった。


 3人は反射的にぱっと跳び退き柄に手を掛けた。が、見上げるとだれかわかったのかエルメは


「ナイサ」


安堵とともに名を呼んだ。


 「エルメか。エルガー、マノンを開いたのか」


 重低音ではあるが、優しい女性の声である。珍しい巨人族のそれも女性だ。背中にはその身体に見合った巨剣の影が空を斜めに切り取っている。


「やあ、ナイサ。またこんなことになっちゃって」


巨人の片腕に抱きかかえられ、力なくエルガーがつぶやく。


心配そうに眉をひそめていたエルメの


「ナイサ。エルガーが急に倒れそうになって」


という言葉をさえぎって


「問題ない。こんなこと前にもあった。ダンガスとカムナ、同じ部屋にナギヤいた。エルガーの鳥が来た。カムナ怒ってる。ナイサはエルガー捕まえに来た」


ナイサはぐったりしているエルガーをしばらく見て、


「エルガーのオーグ揺れてる。エルガー疲れ切ってるだけ。よかった。ご主人、心配してない。カムナ、心配してる。エルガー、ナイサと早く帰る」


するとエルメは折り曲げた両腕を水平に胸の前まで持ち上げ、手のひら同士を合わせ、指を折り曲げて組んだ。ガニス族に人を紹介する仕草である。


エルガーを抱えたまま、ナイサは巨馬から降りエルメに正対した。地上に足をつけていてさえ、セリナからは見上げるような大きさである。銀のサークレットから流れ落ちる豊かなブロンド髪、青い瞳、整った眉に鼻、肉感的な唇。


「セリナ様、リヨル様、紹介します。私の叔母クリスイン・アーネルの護衛兼使用人、ガニス族のナイサです。ナイサ、お二人は南クロイダン共和騎士国からいらっしゃったセリナ・カナリ様、御舎弟のリヨル・カナリ様。議員騎士様の御息女、御子息です」


紹介されない者には話す事をしないガニス族なので、ここで初めて二人に視線を合わせた。


「ハバガースのナイサがお目にかかる。お二人、修練生になるか。ここの修練堂、学ぶ事沢山ある。良き修練をお祈りする」


セリナもリヨルも、この美しくも素朴な巨人が大層気に入ったようであった。ナイサは腰を屈め手のひらをこちらへ向けた。セリナもその大きな手に自分の手を合わせる。リヨルとも挨拶を交わす。


 姉弟の親愛の情が伝わったようで、ナイサの温かい笑顔が帰ってきた。


エルガーを鞍の前に乗せ、颯と身を翻すと巨人は見上げるような馬に軽々と跨った。


鞍から落ちないように、ナイサはエルガーの背中から片腕を回す。


「恥ずかしいか。だめだ、エルガーこのままで帰る」


「赤ちゃんの時期はもうだいぶ前に終わったんだけどな」


「ナイサにはまだ赤ちゃんだ。お前のしたこと、みんなわかってる。逃げないように連れて帰る。カムナに叱られろ」


「初対面のセリナ、リヨルには恥ずかしいけど、どうやらこのまま一旦お別れみたい」


言葉とは裏腹に、なんの恥ずかしげもなくエルガーはさらりと言ってのけた。


「じゃあエルガー、叔母の使用人としてしっかり働きなさい。ラバはあとで返しておくから」


とエルメが言うと、エルガーは


「この春、新入堂生と一緒に・・・」


まで言いかかると、突然巨馬は竿立ちし、ズシンと石畳を踏みしめると走りだした。


「ボクも修練堂に入るんだぁー、三人ともよろしくねー」


最後の部分ではもうかなり距離が離れていたが、なんとか3人に届いたようだ。


 エルメ、セリナ、リヨルは新緑が眩しい木々に囲まれた丘のうえにさしかかる。と徐々に城壁ともいうべき威容を誇る壁が見えてきた。門は大きくあけられており、近寄るとかなり厚みのある壁である。その短いトンネルの左右には守衛室があり、馬上のエルメが挨拶を送ると誰何されることなくそのまま素通りすることができた。


「ここが南大門。修練堂の裏門に当たるけど、堂下町からくる修練性たちは皆ここから通ってくるの」


門をくぐり抜ける。


滑らかに整えられた石板と太い木材を巧みに組み合わせた構造物が目の前に現れた。


大きなドーム屋根は陶器で葺かれているようで、釉薬の照り返しが清々しい。その中心から大樹が聳えており、豊かに伸ばした太い枝たちが修練堂を優しく包み込んでいる。


エルメは連れの二人を振り返り、誇らしさを滲ませ


「お二人とも、アクナス修練堂本堂へようこそ」


感銘を受けたリヨルは


「聞くと見るとでは大違いです」


まだ修練堂までは距離があるにも関わらず、中で激しく打ち合う音がここまで届いている。堅牢な造りの割に、内部の音が漏れていることにセリナは疑問を感じた。


「あの打ち合う音が大きく感じられるのですが」


「訓練刀ヨールですか。あそこまでの音が響くのは二つ理由があります。一つは修練堂の造りです。いま春先で空気中の水分が増えてます。修練堂の木材がそれを吸い、屋根下に隙間を広げているのです。


二つ目は、今修練している修練生ですね。お二人も入堂式前に段位確定試験をお受けになり、『セグマ』を授かります。セグマは、その者の有する精神性、身体能力、剣技などの総合評価としての段位です。


上位から『黒位、白位、青位、赤位と分かれ、それぞれのセグマは更に上中下に細分化されています。いま、修練しているのは多分白位の修練生でしょう。高反発材のパント材から作られるヨールは、本来打ち合ってもそれほどの衝撃音はでないのですが、あそこまで高位セグマの修練生ですとさすがに違います」


 しばらく進むと、修練堂の細部まで見える様になった。荒廃した遺跡と質素ではあるが造りの良い城砦が見事に調和した建造物だ。


アーク遺跡からここまでの道中でセリナが目にしてきた丘の下、木々に囲まれた堂下町の様子。あちらこちらから高い煙突が伸び、鍛治仕事なのだろうか、金属を叩くリズミカルな音がいくつも聞こえていた。


この町は、まさしく『剣の町』なのだ。


 公都パラリスから程近いアクナス修練本堂は知る人ぞ知る、剣術名家クリスイン家が道統を受け継ぐニイン流の聖地である。


ニイン流。


このエトワイル大陸に数ある流派の一つではある。一般にそれほど知られている流派ではないものの、剣を学ぶ者の間では知る者ぞ知る流派である。その証拠に武芸にうるさい父親がこの姉弟をわざわざ修行に出すほどなのだから。



 アルス海の南に横たわるエトワイル大陸。大陸北岸を占めるマノニナ法皇国。精強を誇る僧兵が守るこの国へ、食い込むように突き出した広大なヴァン内陸半島を内包する王国がある。北の虎と呼ばれるベグナ王が治めるベグナ選出王国である。ヴァン内陸半島最北端を領地とするアクナス公国は王国の北の守りとしてとしての務めを永らく果たしてきた。


 武芸が盛んな王国内にあって、アクナス公爵クリスイン・エンテスは誰もが認める剣の達人であり、ベグナ三将の筆頭とも目される有能な武将であった。その鬼神のごとき強さは噂を生み、単身で敵陣に乗り込み、敵将のエメルタインを一刀両断した、寄生蛇に頭を侵された地竜を一刀で仕留めた、などと噂され、周辺諸国からは“虎の刀“と畏れられている。


 まして、三年前の戦での活躍があったのだ、その名声は高まるばかりであった。


王国への忠誠は揺るぎなく、それ故に大きく自治権を認められた公国である。物腰は柔らかく、それでいて王への諫言も辞さない古兵ふるつわものであるという。


 ベグナ地方に限ったことではないが、操甲体に乗る乗のらずにかかわらず主流となっているのは古来より両手持ちの曲刀『タツ』であった。いざ戦ともなればこの地方でも歩兵の主力はワールで機動する操甲体である。乱戦では手返しの良い両刃の直剣に利があるのだが、操甲体を覆い尽くす防御用ワール被膜『コルワール』を断ち切るのは困難である。


 またこの大陸に住まう動植物には、人を襲う肉食獣、肉食樹、妖獣、ワールを使う魔獣がいる。それらは『コルワール』と似た防御を誇るもの、滑る粘膜、しなやかで強靭な繊維、硬い殻などで身体を覆うものもいて、切り裂き、突き刺すことができ、折れず曲がらずよく切れる『タツ』が好まれていた。


 十数代以前、アクナス領を配していたクリスインの分家−ロードン家が没落すると、それを引き継ぐようにクリスイン本家がベグナ選出王国に引き移って来た。王国側とどのような交渉があったのか想像すべくもないが、交代劇はすんなりと受け入れられた。


 移り住んできた彼らは永年に渡って『タツ』に創意工夫を積み重ね、ついにこの地で『タルツ』を生み出した。


当時、『タルツ』と呼ばれるその刀はクリスイン家のものが引き連れてきた刀匠によってのみ生み出されていたのだが、その技術はベグナ選出王国で公にされ、しだいに広く伝播した。


 しかし、タルツを生み出した作刀家門が世に送り出すアクナス産のものは別格の高品質として扱われており、この地を剣の聖地とする要因の一つとなっている。


 まず『タツ』の何がこの地において広く使用させる原因となったのか。


ゆるく弧を描く『タツ』は、その刃に輝く線状ワール“レイワール“を流すことにより、コルワールに覆われた対象を刃こぼれせず、断ち割ることができる。


これは直刀を使用して為すことは難しいこととされている。というのも戦場に使用される防具は、乱戦を想定して余計な装飾を省き、ほぼ曲面の物が多い。直刀の叩き付けるレイワールの刃はコルワールと接触すると止まり、切り込み角度は鈍くコルワール層を集中させる。


 タツは曲刀だけに切れば自然と引き切りになるため、コルワールといえども連続的に襲いかかる鋭角のレイワールを弾き切れず、切り分けられてしまう。


しかし、クリスイン家の鍛治衆はそれに満足するような人々ではなかった。鍛錬することに倦むことなく工夫を凝らし日々を過ごし、ついにこれまでなかった刀を生み出した。

それが『タルツ』だ。


 刀匠が不眠不休で作刀に心血を注ぎ、その作業を終えた刀匠は生死の境を彷徨うほどに消耗してしまうという。それ故、刀匠が一生の間にタルツを打つ事ができるのは三度まで、と決められている。


完成された本場の“タルツ“にどのような力が宿るか。


『あの一体感を知る者は、タルツ以外は使えない』


そう言われるほどの代物である。刀身内部の隅々まで行き渡るワイル鋼の網。それが使用者が展開するオーグとリンクしたとき、タルツは武器ではなくなる。正に身体の一部と化す。


 『タルツは動かすのではない。自ら動くのだ』


そう言われるタルツ作刀の神髄を極める、そのためにセリナはここへ来た。託された物を携えて。


こまで考えを進めたセリナは、先ほどの少年を思い出し微笑んだ。


「ここは面白い事が尽きることない地なのかもしれない」


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