交渉 〈後編〉
────── プッ………
「賢斗?………切れた…」
……ミユキ?
そう…聞こえたけど………
会いたいって………
「ミユキ………」
もしも…
あの人のことだとしたら…
「どうして…賢斗が……知ってるの?」
叔母さん…のことを…
「でも……」
…思い当たるところが…ある。
高3の夏…父の葬儀で会ったのが最後だけど、不思議な…空気を纏った人だった。
そう…何かを張り詰めたような、厳格で近寄り難い…
「父の……妹。」
陽気な父とは違って…静かに、存在感のある美しい人。
名は……
「東雲 巫幸。」
キ ─────────────────ン…
耳鳴り………
まただ…
「う………」
賢斗が目覚めてからも…時々、耳鳴りがして…
そして…現れる…
『キテ……』
謎の…女。
『ケント……を…』
あなたは……
『……連れて…』
「…巫幸さん?」
───── 賢斗を連れて来て! ─────
「…はっ!」
賢斗を連れて来て?
「何かが…起きようとしている?」
二人を会わせないといけない…
何かが…ある?
そう…思わざるを得ない程に、胸騒ぎがする。
今すぐ、行かなきゃ…
「でも…どうやって………?」
病院から…賢斗を連れ出して…
そこから、車で2時間はかかる。
車で……
こんなことを頼める人…
「どう…しよう。」
考えてる余裕はない…
プルルル………プルルル………
〘 え……?さ、紗希子さん?〙
「店主…夜分に、ごめんなさい。お願いがあるの………」
………………………………………………………
恍惚とした…微笑。
それは…歪んだ大人が弱者に見せる…
快楽の前兆を表すものだと…
僕は…父から教わった。
「服を……脱ぐよ?」
薄明かりでも…分かる。
舌なめずりしながら…
僕を…品定めしているのがね…
「へえぇ〜?…考えたわね?……でも、傷だらけじゃない?商品としては…ど〜かしら?」
……確かに。
包帯を巻かれた全裸なんて…
一部の物好きにしか、興味を持たれないだろう。
「じゃあ…どうする?30分経っても…僕が戻らなかったら、涼平くんがここに…来ることになってるけど?」
これは、嘘…
「あら……あの子、暑苦しくて苦手なのよね〜。」
──── ゾクッ……
「なら……遺伝子が欲しい。」
背中から…真っ直ぐ下に伸びる指先……
太腿から付け根に沿って……
「ぁ……僕、まだ……10歳だよ?」
………………
「…ぷっ…ふふ……あはははは……」
「…え?」
「は〜あ…10歳だよ。だって!笑っちゃう。賢斗くん、大人がすること知ってるんだ〜?」
……うっ
「ふふ…参ったわ。あなた賢いから、どうせ次の手も考えてるんでしょ〜?遺伝子は…5年待ってあげる。」
はぁ……
助かった……?
「で?……どんなお願いなの?」
「外出許可が欲しい。…今すぐに。」
「は?!……ムリムリ〜、私にそんな権限ないし!」
「できるさ…今まで誰にも見つからずに、こんな大胆な事が…できていたんでしょ?」
悪魔の体から…
黒い霧が…持ち上がっていく…
「…分かったわ。でも、起床6時までに帰ってくること。それが条件よ?」
流れている?
どこに………
「検温時にベッドに居なかったらアウト!脱走しましたと、報告するしかないわ〜。」
あ…
あの少年?
「ねえ…聞いてるの?」
哀しみのような…
憎しみのような…
そんな顔をしてまで…
悪魔の黒い霧を取り込んでいるのは…
「ああ…分かったよ。」
君も…
被害者だった………?
「交渉成立。」
でも……
こんな醜いモノを取り込んで…
君は、何を得られるの?
……………………………
「ところで〜賢斗くん。一人で外出するの?」
「いえ…お母さんに電話したので、もうすぐ…迎えに来ると思います。」
たぶん…来てくれるはず。
「ふ〜ん。用意周到ね?…そしたら、誠也くん連れて部屋に戻りましょ?服、着せるの手伝って。」
「…手伝う?」
「そうよ?…早くしないと!時間が無いわ。」
時々、大人に対して…疑問に思うことがある。
「……にしても、賢斗くん?…あなた、意外と度胸があるのね?」
「……度胸?」
「こんな状況で…冷静でいられる子は、初めて見たわ。」
こんな状況…?
…普通は、冷静ではいられない状況?
まぁ…そうだろう。
僕の場合は、育った環境が普通ではなかったから…
でも…疑問に思うことは、そこではなく…
「あの……そういう考え方、良くないと思います。」
「え…何よ?…交渉成立したんじゃないの?」
どうして…
この大人は…
こんなにも…
心が歪んでしまったのだろう。
「まず、あなたがしている事は…犯罪だということを忘れないで欲しい。」
どういう環境で…
どういう生き方を学んだら…
生活の一部のように…
犯罪ができるんだろう。
「誠也くんの……被害者の動画は全て、削除して下さい。」
「はっ!?……調子に乗らないで!世間知らずのガキのくせに!…交渉は決裂ね!」
どうして…そうなるの?
「安西さん?あなたにも…子供の頃があったでしょ?」
これは…
僕の考え方だけど…
「わ……私の………?」
大人になると…
自分がされた事をそのまま…
「大人の怖さを知っていた…はずですよね?」
誰かに…やり返すのでは?
─────── フワッ ───────
『賢斗…そこまでだ。その女は、侵食されている。何を言っても、無駄だ。』
「おじさん……」
いつものように、
風のように現れた姿からは…
いつもとは違う、
哀愁と脆さを感じるけど…
鋭い眼は、
いつもと同じに、強い光を放っている。
「ひぃ…!なっ…何?!」
『眠れ…』
膝から崩れ落ちるように、床に倒れた悪魔は、目を見開いたまま涙を流し、黒い霧に覆われていった。
『賢斗。こんな下卑た女に、交渉の余地は無い。素行を認めさせるには、晒すが良い。』
「おじさん……僕、怖い。…怖いんだ。」
『賢斗……』
僕も、大人になったら…
お父さんのように………?
『……君には、私がいる。』
「…でも」
『今も…君を護るために、あの少年が…私に知らせに来た。』
「僕を、護るために…?」
悪魔の黒い霧を取り込んだ少年…
それは…何かを得るためではなく?
『そうだ…以前、自分が経験した記憶を…あの女から取り込んで、私に教えてくれたのだ。』
「経験した記憶………」
きっと、想像もできないような恐怖…
誰にも言えない陵辱と…苦痛があったに違いない。
それなのに…
僕と、誠也くんを救うために動いてくれた…
『君が…過ちを犯さないように、導くモノがいる。だから……』
肩に置かれた手から…
全身が包み込まれるのを感じて…
『もっと…私を信じて、気高く生きなさい。』
僕は……
守護られているんだ…
「…ごめんなさい。」
心配させて…ごめんなさい。
『さあ、もうすぐ母親が来る。服を整えて、裏口から外に出なさい。…少年が、裏口まで案内してくれるそうだ。』
お母さんが…来てくれる。
僕の意志が、伝わったんだ…
「あの……誠也くんは?」
『友人は、私が部屋に連れて行く。』
良かった……
「…お願いします。」
前に…進んでいる。
やっと…
ミユキさんに…会えるんだ。
これから…何が起きるのか分からない。
どんな未来があるのか…不安しかない。
でも…
この扉の向こうに…
「…お母さん!」
優しい笑顔があるように……
「賢斗……」
希望の未来を…目指したい。




