砂漠の町 そのご
日干しレンガの建物の間を縫ってまっすぐに走ると、宿屋の看板がかかった店に辿り着いた。隣にある空き地にクルマを停め、三人は店内へ入る。無機質な外見とは裏腹に、内装は華やかさがある。壁に白い粘土を塗りたくり、額に入れられた絵画が飾られている。オアシスで水を飲むラクダの絵だ。奥にあるカウンタの向こう側に男がいて、手元にある雑誌に目を通している。三人に気付いた彼は顔をあげて彼女らを出迎えた。
「……いらっしゃいませ」
「一泊したいんですけど、部屋は空いてますか? 一部屋で十分ですので」
「…………ええ、空いていますよ。三名様でよろしいですか」
「はい」
「……ではこちらの鍵をどうぞ。部屋は二階に上がって右手でございます。それから、申し訳ありませんがお食事はお出しすることができません。ご了承ください」
ありがとうございます、と言ってドリガルは鍵を受け取った。
「え、ご飯ないの? 楽しみにしてたのに。何か理由でもあるの?」
パセリのものいいに、店主は頭を下げて申し訳ありません、と繰り返すだけだった。
「出ないというならしょうがないですよ。まだ保存食はありますよね? それでしのぎましょう」
階段を昇ろうとして、ふと思いついたようにドリガルは店主に質問した。
「あの、ひとつ訊ねていいですか? この町の人は皆目の下に黒い模様がありますね。どんな意味があるんですか?」
「…………」
やはりこの質問に返答はない。
「……黙秘権?」
「ずいぶんと奥手な人たちですね」
諦めて会話を打ち切り、階段を昇った。
部屋はベッドがふたつにソファがひとつ、あとはクローゼットが置いてあるだけだった。公正なるじゃんけんの結果、ドリガルがソファで寝ることになった。
「あの、わたしと替わりましょうか?」
「いや、私にはこっちの方が性にあってるんでね。大丈夫だよ。ありがとね、エスタちゃん」
「はあ、そうですか」
パセリと隣り合ったベッドでは何をされるか分かったものではない。さりげなく逃げようとしたが、エスタシアの企みは失敗に終わった。
「まだ日暮れには早いから、外を見て回ろうかな。ドリちゃんとエスタちゃんも行く?」
「私はいいや。装備の点検したいからさ」
「わたしもいいです。クルマの整備を……」
「じゃあ仕方ない。ふたりで行こっか、エスタちゃん」
ずるずるとエスタシアを引っ張っていくパセリ。
ひ、人の話は聞いてくださいぃ!」
悲痛な断末魔を残してドアの向こうへ消えていったふたりを苦笑を浮かべて見送ったドリガルは、手提げのトランクを開いて中身を広げる。二段になった収納の上部には、すぐに取り出せるようによく使う物をしまってある。油紙に包まれた予備の銃、装填済みのマガジンが数本、炸裂弾、閃光弾、煙幕弾、ランタン、小型のナイフ。それらを床の上に置くと、下にはロープ、油瓶、火口箱、銃の整備に必要なセット、粘土のような携帯食料、皮の水袋、干し肉、魚の缶詰が一週間分はある。
「そろそろ油がなくなりそうだな。パセリにお使い頼んでおけばよかった」
瓶を軽く振りながらつぶやいた。ドリガルは腰のホルスターからオート・ピストルを抜く。普遍的に流通している型で、弾薬が手に入りやすくドリガルは愛用している。それを分解してクリーナーを染み込ませた布で丹念に拭う。この作業がドリガルにとっては至福の時間だ。彼女以外誰もいない部屋。邪魔する者はいない。ここは今まさに、愛銃と語り合うための私的で詩的な空間へとシフトした。
再び銃を組み直して手持ちの弾薬数をカウントしている時、ドリガルの聴覚はドアの外からの微かな異音に気付いた。
「そこに誰かいるの?」
呼びかけるも反応はなし。
(パセリやエスタちゃんじゃない。となると、宿の主人? でも用事があるのならなぜさっさと入ってこない?)
わずかに逡巡した後、銃をホルスターに入れてすぐに抜けるようにし、ベルトに装着したナイフに手を掛けながらドアへと音もなく近づく。ドアに耳を当てても何も聞こえない。警戒しながらゆっくりとドアを開けた。
軋みをあげながら開いていくドアの向こうには、果たして誰もいなかった。
一応念には念を入れて周辺を調べたが、やはり何も出てこない。
「考えすぎだったか……。まったく、この町の不気味さにすっかり飲み込まれちゃったな」
ドリガルは部屋に戻ると、再び自己の宇宙を展開した。




