21. 入室拒否
鳩摩羅什と釈迦は、生徒会室で呆然としていた。ついさっき流れた、バークリーの放送。その中で、密室の生徒会室で犯行があったことを、暴露されてしまった。
錆びた歯車のような動きで、鳩摩羅什が釈迦の顔を見上げた。
「ど、どうしましょう、会長」
話しかけられたことで、釈迦は急に冷静になった。
「どうしようも何も、暴露されてしまった以上は仕方ないわねぇ。大した騒ぎにならないことを、仏にでも祈るしかないわ」
「でも、たぶん、騒ぎになると思います」
「どうして?」
「この事件、独自に調べている人がたくさんいるからです。そういう人たちが、こぞって押し寄せて来たら……」
「……騒ぎになるわねぇ」
おそらく、何人かはやって来るだろう。そして、生徒会室に入りたがるはずだ。それを拒否すべきか、許諾すべきか。もし一人でも許諾したら、ほかの生徒も入れなくてはいけない。そしたら、騒ぎはどんどん大きくなる。生徒会室が混乱の極みに達するかもしれない。よって、誰がなんと言おうと、生徒会メンバー以外の入室は拒否すべきだ。
釈迦はそう結論付けた。
しばらくすると、コンコンと、生徒会室の扉がノックされた。
「あのあの、密室殺人事件があったって本当ですか??」
尾ひれが付いていた。
「ちょっとソクラ!」扉の向こうで、別な女子の声がした。「殺人は起こってないわよ!」
その声に被せるように、ソクラと呼ばれた少女の声が言う。「あ、ソーカルちゃんも来たんだ!」
「……賑やかねぇ」
「そうですね」
釈迦は笑みを引きつらせながら、生徒会室を横切り、入り口の扉を開けた。
外にはなんと、八人もいた。全校生徒の顔と名前、所属クラスを暗記している釈迦は、どれが誰か、すぐにわかった。まず、図書委員長と委員長補佐の四人に、平の図書委員が一人。古代組のアリストテレスとソクラテス。そして現代組のソーカル。
全員の視線がこちらに集まったのを確認し、釈迦は言った。
「生徒会長の釈迦です。皆さん、どのようなご用件でしょうか?」
ソクラテスがビシッと右手を挙げた。
「生徒会室で密室事件が起こったって本当ですか??」
「残念ながら、本当です」
平の図書委員ソシュールが、手を挙げた。
「意見書に『How Done It?』のスタンプが押されたってことですけど?」
「ええ。ですが、意見が読めなくなるほどではありません。皆さんの意見は確実に受け取ります」
まるで記者会見のようなやり取りだった。図書委員長補佐の一人デカルトが、記者のように手を挙げた。
「あの、生徒会室の中、見せてもらえますか?」
「申し訳ありませんが、お断りします。生徒会室内は、生徒会役員以外立ち入り禁止です」
「え、そんな」
デカルトが何か言いかけたとき、
「おー、賑わってるな」
新たな人物が現れた。またか、と釈迦が廊下を見ると、そこには生徒会役員が立っていた。悪戯好きそうな目、髑髏のマークが描かれたベルトのバックル。
「一休! この状況、何とかしてくださらないかしら?」
「ふむ?」
一休は自分のこめかみに、人差し指をつけた。考えるときの一休の癖だ。ポク、ポク、ポク、チーン。たっぷり五秒考えて、一休は言った。
「えー、皆さん!」全員の注目を集めるために、手を二度打つ。「ここに集まったということは、密室の謎を解く自信があるということですね?」
曖昧に頷く八人。一休はにやりと笑った。
「よろしい!」
一休はさり気なく八人の前に回りこみ、扉の前に立った。釈迦を室内に押しやりながら、堂々と告げる。
「では、密室のトリックが解けた人は、そのトリックを使って、この部屋に侵入してください!」
勢いよく扉を閉めた。内側から鍵をかける。
「え、ちょっ」
すぐに、扉が激しく叩かれた。
「ちょっと! その謎を解くために、この部屋に入る必要があるんでしょうがっ!」
叫んだのはソシュールだろうか。だが、知ったことではない。
「どう、会長?」
「少し強引な気がしましたが、まぁ、良いです。そのうち諦めるでしょう」
踵を返して、自分の席へ向かう。蓮の形をした椅子に胡坐をかくと、ふぅ、と一息ついた。
「ですが、あんな放送がかかったにも関わらず、一休以外の役員が来ないとは……」
釈迦のため息に、一休が「いや」と答えた。
「第四校舎の入り口までは来たんだけど、騒ぎが聞こえたから、みんなそこで立ち往生したんだ。出来るだけ、関わりたくないって。その代わり、ほら」
一休が、釈迦の背後を指差した。そこにあるのは「Why Done It?」とスタンプされた窓。その向こうに、生徒会メンバーが揃っていた。
「なるほど」釈迦は窓を開けた。「窓から侵入するという発想は、無かったわ」
もっとも、窓にも鍵がかかっている。やはり犯人がどこから侵入したのかは、わからない。




