20. 犯行声明
バークリーは放送室で、一通の手紙を広げていた。その手紙は白い封筒に入っていたもので、その封筒には、赤いスタンプが三個、押されていた。
「Who Done It?」
「Why Done It?」
「How Done It?」
と。
バークリーが広げているA4サイズの印刷用紙にも、同じスタンプが署名のように押されている。そして、ワープロで文章が書いてあった。それは明らかに、犯行声明であった。
バークリーは声を整えると、放送機器の電源を入れた。
「みなさん、こんにちは。放送部のバークリーです。聖フィロソフィー学園のみなさんに、いま学園を沸かしているフーダニット事件について、最新情報をお伝えいたします」
今回はいつもと違って、原稿が無い。西田先生散歩警報以外で、原稿なしで放送するのは、これが初めてだ。軽い緊張感を覚えながら、先を続ける。
「たった今、放送室の扉に、一通の封筒が挟まっていました。おそらく、フーダニット事件の犯人からの手紙だと、思われます」
そこで一拍置く。放送を聞いている生徒達が、自分の言葉の意味を理解するのを待つ。
「手紙には、『Who Done It?』と『Why Done It?』、そして『How Done It?』のスタンプが押されていました。『Who』と『Why』の二つは、これまで学園に押されたスタンプと、同じものだと思われます」バークリーはもう一度、手紙を見た。「ではこれから、手紙の内容を読み上げます」
一度マイクから顔を離し、一息つく。ここから先は、いつも通り原稿を読むように話せば良い。
「聖フィロソフィー学園の全生徒と教員に告ぐ。私はつい先ほど、密室の生徒会室に忍び込み、生徒からの意見書に『How Done It?』のスタンプを押してきた。これでこの学園に、『Who』『Why』『How』の三つが揃った。さて、ここで問題だ。私は誰だろう? 何故こんなことをしているのだろう? どうやって生徒会室に忍び込み、そして出たのだろう?」
手紙を置き、また一息つく。これから話すことを、頭の中で整理した。
「――以上が、手紙の内容です。なおこの手紙は、私が食堂から帰ってきたとき、放送室の扉に挟まれていました。私は、四時間目が終わる少し前に放送室を出て、五分ほど前に戻ってきたところです。部屋を空けていた時間は、三十分。犯人はこの間に、手紙を差し込んだものと思われます」
この推測はあっているだろうか、とバークリーは自問した。間違っていないはずだ。
「また、手紙の内容を信じるなら、犯行推定時刻はお昼休みが始まる少し前、ということになります」
つまり、昼休みが始まる前から現在までの四、五十分の間、アリバイの無い者が怪しい……そう続けようとして、さすがに煽りすぎだと思い直し、口をつぐんだ。
「……放送部では、フーダニット事件に関する情報を、募集しています。何かお気付きの点がありましたら、近代組のバークリーまでお願いします。以上、最新情報をお伝えしました」
放送を切ってしばらくすると、放送室の扉をノックする音がした。
「はいはい、ただ今」
バークリーが扉を開けると、そこには二人の人間が立っていた。一人はミニスカートにツインテールの小柄な少女。もう一人は、この学園では珍しい男子生徒だった。
少女の方は知っていた。同じ近代組のデカルトだ。一方、男子生徒の方は初めて見た。デカルトの彼氏か何かだろうか。
「あら、デカルトちゃん。それと……」
バークリーは男子生徒の方を見て、言い淀んだ。
「フィルです」
「フィル君。どうしたんですか?」
「さっきの放送だけど……」
デカルトが言いかけただけで、
「何か情報があるんですか!?」
バークリーはすごい勢いで食いついた。
「い、いや、そういうわけじゃ……」
「あ、そうですか」
急に冷めた。
「では、何の用です?」
「さっきの手紙、見せてもらえないかなって思って」
「別に良いですけど、どうして?」
「念のため、自分の目でおきたいの」
そうだ、デカルトはそういう哲学の持ち主だった。バークリーは思い出した。何でも疑う癖がある。時には自分の考えすら疑う。多分、私はいまデカルトちゃんに疑われているんだ。本当に手紙が来たのかどうか。
二人を放送室に招き入れ、椅子を出すと、バークリーは先ほどの手紙を手渡した。封筒にも中のワープロ用紙にも、「Who Done It?」「Why Done It?」「Hwo Done It?」のスタンプが押されている。
デカルトがそれを見ている間、放送室は奇妙な静寂に包まれた。デカルトは文面を何度も読み返し、時々紙をひっくり返し、スタンプを凝視した。
「ありがとう」
三分ほど見た後、デカルトはその手紙をバークリーに返した。これで疑いは晴れたのだろうか。いや、それは無いだろう。まだ、自作自演の可能性が残っている。
「ところでバークリーちゃんは」とデカルト。「この事件について、犯人や動機に、心当たりある?」
「そうですね。私も、取材しながら色々考えてはみましたが……」
ふぅ、とそよ風のようにため息を吐く。
「この事件、手がかりが少な過ぎて、誰が犯人でどんな動機があっても、おかしくないんですよね」
そうね、とデカルトが同意した。
「色んな人に話を聞きましたが、みんな、自分の哲学と照らし合わせて、今回の事件を推理しています。ほかに、考える取っ掛かりがないからだと思います」
「すると」とフィル。「君は、どう考える?」
ふむ、とバークリーは考えた。昨日、アナクサゴラスに尋ねられたときは、何も答えが浮かばなかった。しかし、自分の哲学と照らし合わせたら、どうなるだろう。
「この事件の犯人は……」
「犯人は?」
バークリーは凛とした声で答えた。
「神です」
「はい?」
うん、まぁ、そうなるよね、とデカルトが呟いた。
「この世界に、物質は存在しません。存在するのは精神のみです。そして神が、その精神に物質のデータを送信することで、私達はあたかも物質が存在するように、感じているだけなのです。『マトリックス』って映画、知ってますか? あの映画では、私達の住むこの世界は本当は存在していなくて、私達を支配するコンピュータが私達の脳に直接刺激を与えて作り出した虚構だとしています。それと似たような考えです」
「……で、どうしてスタンプが?」
「動機はわかりません。ただ、あたかもそこにスタンプが『あるかのように』見せることで、学園中にスタンプが押されるという現象が起こったのだと、考えられます。だから、犯人は神です」
「つまり、スタンプは本当は押されてないと?」
「ええ。学園自体、本当は存在しません。私達自身も」
どうやら、フィルには受け入れ難い哲学だったようだ。デカルトはそこまででもなかったようだが。
二人の用は、それで済んだらしい。立ち上がって、出て行こうとする。
「あ、そうだ、バークリーちゃん」デカルトが振り返る。「これから生徒会室行くけど、一緒に来る?」
「いえ」バークリーは首を振った。「後で情報を教えてくれれば、それで十分です」
「そう。わかった。それじゃね」
手を振って、二人は外に出て行った。




