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哲学理論はミステリを解けるか?(連作作品集)  作者: 黄黒真直
最終章 哲学は真理を見抜けるか?(長編ミステリ)
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12. 異常事態

 古代組のアリストテレスは、現代組のサルトルと面識がなかった。サルトルを見つけるためには、まず放送室に行き、バークリーからサルトルのことを聞き出さなくてはいけない。

 放送室の扉をノックし、「お邪魔します」と言って中に入った。

「バークリーさんはいらっしゃいますか?」

「私ですが?」

 部屋の奥、放送機器の前に座っていた少女が立ち上がった。カジュアルスーツを着て、ネクタイを締めている。手にしていた紙の束を機械の上に置くと、こちらに歩み寄ってきた。

「なんの用でしょう?」

「さっきの放送ですけど……」

 アリストテレスが言いかけると、バークリーの表情が変わった。パッと顔を輝かせ、鐘のような大きな声を出す。

「なにか、情報があるんですか!?」

「い、いえ、そういうわけでは」

「あ、そうですか」

 急に冷めた。アリストテレスは、悪いことをした気になった。

「で、なんの用でしょう?」

「さっきの放送に出ていたサルトルさんですけど、服装とか顔の特徴とか、教えて頂けないでしょうか?」

「別に良いですが……捜してるんですか?」

「ええ。だって彼女は、昨夜ずっと学園にいたのでしょう? ならば、何か知っているはずです」

「私もそう思ったんですけどね」肩をすくめてバークリー。「残念ながら、放送で流した以上のことを、彼女は知らないようでしたよ」

「そう……」

 それでも、裏づけは取るべきだ。それに、後になってから何かを思い出した可能性もある。

 アリストテレスはそう思って口を開きかけたが、ソクラテスが先に割り込んだ。

「ねぇ、バークリーちゃんは今回の事件について、どう思う??」

 キョトン、とバークリーが目を丸くした。アリストテレスは、ソクラテスを羽交い絞めにする準備をした。しかしソクラテスが殴りかかる前に、バークリーは「そうですね」と話し出した。

「とても面白い事件だと思います」

「面白いって、どういうこと??」

 口を半開きにして、ソクラテスが首を傾げた。バークリーはそれを見て、紳士的な笑みを浮かべる。

「先ほどの放送を流すために、色んな人に事件について尋ねたのですが、意外にも多くの生徒が関心を抱いているんですよ」

「それって、意外なの??」

「意外ですよ!」

 バークリーは、よく通る声を大きくした。ここが重要どころだ、と言わんばかりだ。バークリーの話し方は緩急や抑揚が付いていて、要点が頭に入って来やすい。

「普段、この学園の生徒はみんな、万物の根源は何かとか、神様はいるかどうかとか、国家はどうあるべきかとか……そういう哲学的なことを考えています」

 それは当然だ。ここは聖フィロソフィー学園、哲学を愛する生徒が集まる学園だ。

「なのにいまは、『フーダニット事件の真相は?』と考えています。はっきり言って、異常ですよ」

 異常と来たか。アリストテレスは思った。学園中に「Who Done It?」とスタンプされたら、普通は気になる。でも、この学園の生徒はみんな、普通じゃない。学園の外と比べて、の話だが。

「まぁそのおかげで、情報が集まりやすかったんですけどね」

 とバークリーは笑った。

「どうして、そんな異常事態になったのだと思いますか?」

「それはもちろん、学園中に押されたということが原因でしょう。あと、個人攻撃を受けた人も何人かいるみたいです」

「個人攻撃?」

 それは初耳だった。アリストテレスは身を乗り出して聞いた。

「はい。と言っても、自分の持ち物にスタンプされた、という程度ですけどね。特に、先生方に多いようです。自分の教員室に置いてあった物に、ことごとくスタンプされていたとか」

 ここ聖フィロソフィー学園には、クラスが五つしかない。そのため、第一校舎には多数の部屋が余っている。その余った部屋は、各教員に「教員室」として割り振られているのだ。

 施錠をしていなかった教員が軒並みやられたようだと、バークリーは語った。

「そんなわけで、この事件は、普段自分の興味のあることにしか関心を抱かない生徒達の心を、がっしり掴んだんです。これは、とても面白い事態です。あなただって、そうではありませんか?」

 それは違う。私はソクラテスに頼まれて調査しているだけだ。アリストテレスは反論しかけた。しかしその反論は、喉元で逆流した。

 確かに初めは乗り気ではなかった。だが今は……。

「そうね」アリストテレスは呟くように言った。「面白いわ」

 学問にしか、興味を持っていなかったはずなのに。

 この不可解なフーダニット事件。その真相を、自分の哲学理論で解き明かしたいと、思うようになっていた。


 サルトルの特徴(ヘテロクロミア、乱雑な茶髪とサイドテール、などなど)を聞き出し、アリストテレスは放送室を出た。幸いにも、バークリーは殴られることがなかった。

「サルトルちゃんに会いに行くの??」

「ええ」

 部屋を出る少し前に、昼休みのチャイムが鳴っていた。学園で生活しているならば、お弁当を作るとは考えにくい。お弁当がないならば、昼食は食堂で取るだろう。いや、さっきの放送で少し気分が悪そうにしていたから、保健室かもしれない。

 アリストテレスは歩きながら考えたが、急にお腹が空いてきた。

「まずは、食堂に行きましょうか」

「うん、ご飯にしよう!」

 ソクラテスが元気一杯に答えた。

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