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哲学理論はミステリを解けるか?(連作作品集)  作者: 黄黒真直
最終章 哲学は真理を見抜けるか?(長編ミステリ)
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9. 犯行推定時刻

 第二校舎二階の放送室で、バークリーは放送用の原稿をチェックしていた。手製の原稿の出来栄えに満足すると、回転椅子を回して、後ろを向いた。

 後ろにはバークリーのほか、三人の人物がいた。中世組の担任イエス、学園の警備員、それと現代組の生徒サルトルだ。全員、パイプ椅子に座って、黙ってこちらを見ていた。

「それでは皆さん、始めますよ」

 聞き取りやすい声で、バークリーが言った。放送機器の方に向き直ると、マイクのスイッチをONにする。

 ピンポンパンポーン、とチャイムが鳴った。バークリーはマイクに向かって喋り出した。

「こんにちは、放送部のバークリーです。聖フィロソフィー学園の生徒の皆さんに、いま学園を沸かしているフーダニット事件に関して、最新情報をお伝えします」

 目の前に置いた原稿を一枚取る。その内容を読み始めた。

「放送部では、フーダニット事件について独自に調査を行いました。その結果、三人の方から、犯行時刻について有益な情報を得ることに成功しました。その内容を、お伝えいたします」

 バークリーがこんな調査をし、放送するのは、この学園に新聞部が存在しないことが原因だろう。バークリーはこうやって、学園のニュースなどを定期的に放送している。

「まず一人目は、中世組の担任、イエス先生です」

 バークリーはマイクを持ったまま回転椅子を回し、イエスと向かい合った。

 イエスは、ウェーブのかかった金髪に、草かんむりを被っていた。窓を背後に座っていたため、後光がかかっているように見える。柔らかく微笑んだまま、バークリーの言葉を待った。

「イエス先生は、今回の事件の第一発見者なんですよね?」

「ええ、そうですわ」

 マイクを向けられ、イエスは答えた。この受け答えは、事前に準備されたものだ。と言うと語弊があるかもしれないが、決して捏造されたものではない。バークリーが各人の話をまとめ、放送が滞らないよう、あらかじめ原稿を用意しておいたのだ。その原稿は各人の手にある。

「登校したのは、何時ごろですか?」

「朝の六時です」

「登校したときには、既にスタンプが押されていたと?」

「ええ」イエスは頷いたが、これは音声放送なので、その様子は学園の生徒には伝わらない。「まず正門のアーチに『Who Done It?』と書かれていました。それから、第一校舎の昇降口には、スタンプがされていました。職員室にもですわ」

「わかりました」

 では、と言ってバークリーは、今度はイエスの隣に座る初老の男性にマイクを向けた。警備員だ。

「二人目、本学園の警備員さんに、お話を伺います。警備員さんは、昨日の夜から今朝にかけて、どこにいましたか?」

「もちろん、学園にいたよ」しわがれた声で、警備員は答えた。「裏門の近くに、警備員の詰所がある。私はそこにいた」

 ちなみに学園の裏門は、学園の南の方にある。第一校舎などの主だった校舎からは、少し離れた場所だ。

「学園の見回りは、何時ごろに行いましたか?」

「まず、完全下校時刻の午後六時半。次に午後八時と、深夜十二時」

「それ以降は?」

 警備員は首を振った。

「いや、十二時で終わりだ」

「そうですか。では、深夜十二時から翌朝六時までは、どこにいましたか?」

「詰所だ。そこで寝ていた」

 寝ていては、警備にならないではないか。最初に話を聞いたとき、バークリーはそう思った。

「深夜十二時の見回り時、何か不審な点はありましたか?」

「いや、全くなかった」

「すると犯人は、深夜十二時から午前六時までの間に、犯行に及んだということですね」

「ああ、そうなる」

「わかりました、ありがとうございます」

 最後に、バークリーはサルトルの方を向いた。サルトルは、虹彩異色症ヘテロクロミアの少女だった。左目が青く、右目が赤い。やや乱雑に伸ばした茶色い髪で、サイドテールを作っている。サルトルは気分が悪そうに、顔をしかめていた。

「それでは最後に、現代組のサルトルさんにお話を伺いたいと思います。サルトルさんは、どこに住んでいらっしゃいますか?」

 サルトルは沈んだ声で

「……学園」

 と答えた。

「すると、昨日の夜はどちらにいましたか?」

「この学園よ」サルトルの声は、相変わらず沈んでいた。「第四校舎の二階に、空き教室があるの。そこで寝てたわ」

「では」心なし、バークリーの声に熱がこもる。「昨日の夜十二時から今日の朝六時までの間に、何か不審な出来事はありませんでしたか?」

「……午前一時頃」サルトルが、搾り出すように声を出す。「気分が悪くて目が覚めたら、廊下から足音が聞こえた。最初は警備員さんかなと思ったんだけど、いつもと様子が違ったから、違うとわかった」

「どう違ったんですか?」

「部屋のドアを開けようとしたのよ。普段はそんなことしないのに」

 バークリーは、警備員にマイクを向けた。

「どうして、普段は部屋のドアを開けないんですか?」

「あの部屋にはサルトルちゃんがいて、いつも鍵がかかっているからだ」

「なるほど」

 バークリーは再び、サルトルにマイクを戻す。

「鍵をかけてらっしゃるんですか?」

「ええ……南京錠で」

「そうですか。それで、サルトルさんはその後、どうしましたか?」

「トイレに吐きに行きたかったんだけど……怖かったから、我慢したわ」

「わかりました。ありがとうございます」

 バークリーは回転椅子を回し、放送機器に向き直った。次の原稿を取る。

「以上が、放送部が調査した内容です。まとめますと、犯行推定時刻は昨夜十二時から、本日午前六時までの六時間。特に、深夜一時ごろには、犯人は第四校舎の二階にいたと考えられます」

 原稿を見ながら、バークリーは最後を締めくくった。

「放送部では、フーダニット事件に関する情報を募集しています。何かお気づきの点がありましたら、近代組のバークリーまでお願い致します。以上、最新情報をお伝えしました」

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