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哲学理論はミステリを解けるか?(連作作品集)  作者: 黄黒真直
最終章 哲学は真理を見抜けるか?(長編ミステリ)
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7. 静観する生徒会

「この部屋は無事だったみたいね」

 聖フィロソフィー学園の第四校舎一階にある生徒会室に入り、生徒会長の釈迦しゃかが呟いた。

「施錠してある部屋は、無事だったみたいですよ」

 釈迦の後ろから生徒会室に入った鳩摩羅什くまらじゅうが言った。生徒会室は、基本的にいつも施錠しているため、今回の被害を免れたようだ。

「念のため、確認しておきましょう」と、釈迦が細い目で鳩摩羅什を振り返った。「もしかしたら、書類に例の判子が押されているかもしれないわ」

 はい、と鳩摩羅什は素直に頷き、まずは自分の仕事場である隣室に入っていった。

 生徒会室のすぐ横に、元倉庫だった部屋がある。廊下からは入れず、生徒会室からのみ入室できる。窓の無い、狭い部屋だ。

 ただし、廊下と完全に遮断されているわけではない。廊下に面した壁には、投函口が付いているのだ。マンションのドアポストと同じ口が壁に開いていて、そこから意見書を投函することが出来る。投函された意見書は、口から伸びる滑り台を滑って、鳩摩羅什の仕事机のすぐ横の箱に入る。

 箱の中には、二通の分厚い意見書が入っていた。この学園の生徒達は、何を考えているのか、意見書を何百ページにも及ぶ論文にして投函する。これらを、生徒会の面々がすべて読んでいたら、時間がかかって仕方が無い。そこで、書記である鳩摩羅什が、これらの論文を“翻訳”する仕事を担っているのだ。

 パラパラと論文をめくる。スタンプが押されている様子は無い。

「良かった、無事だ」

 と鳩摩羅什は安堵した。

 それから、室内を見渡す。仕事机にしている座卓、座布団。座卓の隣の栄養ドリンクの箱。それから、この部屋が倉庫として使われていた頃から置かれている、雑多な物たち。

 目に付くところに、あの赤いスタンプは無い。

「そっちはどうだい?」

 出し抜けに部屋に入ってきたのは、生徒会で会計を務める一休いっきゅうだった。ショートカットの髪と、悪戯好きそうな目。ベルトのバックルには、髑髏のマークが付いている。

「無事だったよ。そっちは?」

「こっちも平気だな。ただ、相談室はやられた」

 相談室とは、この倉庫部屋とは生徒会室を挟んで反対にある、狭い部屋だ。釈迦が月に数回、生徒からの相談を受け付ける部屋である。

「そっか、相談室は施錠してないもんね」

 鳩摩羅什は立ち上がり、部屋を出た。

 生徒会室には釈迦のほか、竜樹りゅうじゅ三蔵さんぞうがいた。生徒会メンバーが全員揃っている。

「会長、この事件について、私達は何もしなくて良いのでしょうか?」

 三蔵が釈迦に尋ねた。三蔵は制服のブレザーの上に袈裟を羽織り、首からデフォルメされた猿、豚、河童のアクセサリーをぶら下げている。

 尋ねられた釈迦は、目を細めたまま、三蔵を見つめていた。蓮の形をした椅子の上に、胡坐をかいて座っている。くるりと内側にカールした髪が、人好きのする柔和な顔を包んでいた。

「静観しましょう」と釈迦は告げた。「事件について調べてくれと投書が来ない限り、私達は何もするべきではないわ」

「それが、会長の判断か?」

 首にストールを巻いた少女、竜樹が言った。頭の上に般若のお面を載せている。何か困ったことがあると、さっとこの般若のお面を顔につける癖が、竜樹にはある。

「私達は生徒会です。警察ではありません」釈迦が毅然と答えた。「それに、生徒の意見は原則的に受け入れる方針ですが、生徒が何も言わなければ何もしません」

 それから釈迦は振り返り、生徒会室の窓を見た。窓にはブラインドが付いているが、今はすべて開けられている。そして、窓には外側から「Who Done It?」とスタンプされていた。

「それに、こうした奇行は、この学園では日常茶飯事ではないかしら?」

「そ、そうかな?」

 鳩摩羅什が、顔の横のお下げを引っ張りながら、尋ね返す。

「そうですよ。うちの東洋組だけでも、牛に乗って練り歩いたり、両手両足に手錠をつけたりしている人が、いらっしゃるでしょう?」

 言われてみれば、その通りである。鳩摩羅什以下、生徒会メンバーは納得してしまった。

「この学園の生徒はみな、真理を求めているわ。真理を得るために止むなしと思えば、学園中にスタンプを押すくらい、なんら驚くべきことではないでしょう?」

「だけど」と一休が口を挟んだ。「スタンプ押して得られる真理って、一体なんだ?」

「……」

 釈迦は押し黙った後、厳かに告げた。

「貴女も、押してみればわかるのではないかしら?」

 冗談なのか本気なのか図りかねる言葉に、一休たちは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

「ね、ねぇ、一休ちゃん」

 場を取り繕うように、鳩摩羅什が一休に顔を向けた。

「一休ちゃんはどう思う? 私達は、これからどうすれば良い?」

「そうだねぇ」

 一休は、何か困ったときに妙案をひねり出すことで有名だった。生徒から寄せられた意見に対しても、正攻法で対処できないときは、一休の知恵が活躍する。

 一休は両手の人差し指で、こめかみを押さえた。考えるときの一休の癖だ。ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。五秒経って、一休は言った。

「犯人を、捜さなければ良いんじゃないか?」

「え?」と三蔵。「会長の意見を推すの?」

「そうさ」一休はにやりと笑った。「犯人はフーダニット、つまり『犯人は誰か?』と尋ねている。だから、あたしらが犯人を捜すのは、まさに犯人の思う壺ってことだ」

「あたしも、それが良いと思うな」

 竜樹が、片手を挙げて言った。

「こんな事件は、起こらなかった。色即是空ってことで、どうよ?」

 鳩摩羅什は反論しかけたが、無駄だろうと思った。

 事件を調べるべきと主張しているのは、鳩摩羅什と三蔵の二人。反対意見は釈迦、一休、竜樹の三人。

 この三人と議論して、勝てる自信は無かった。

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