どうして?
冬鳳に言われた言葉を、侑は心の中で反芻した。
あなたと一緒に音楽はできない。
でもここで引き下がる訳にはいかない。
「どうして?あんなに素敵な曲なのに。冬鳳ならきっといい音楽ができるよ!」
もう一度冬鳳の目をじっと見つめながら、問いかけるように言った。
だが冬鳳は目を逸らす。
その表情には、なぜだか少しの哀しみが浮かんでいた。
侑の視線に耐えられなくなったのか、冬鳳はそっぽを向いたままぼそりと呟いた。
「出来るわけ、ないじゃん。私なんかに。何にも取り柄なんかないし。何やっても上手くいかないこんな奴が。音楽で成功するなんて‥‥。無理に決まってんじゃん。」
その声には自身を蔑むような、何もかも諦めてしまったような、そんな感情が含まれていた。
しかしそんなことで侑がはい、分かりました。なんて言うはずがない。
冬鳳の顔を両手で挟み自分の方を向かせると、侑は彼女に言い聞かせるように言った。
「どうしてそんなことを言うの?そんなの冬鳳が決めることじゃないよね?それに自分のことをそんな風に言わないでよ。少なくとも私はそう思ってない。」
少し怒りを含んだ声だった。
だが、それを聞いて冬鳳は腹が立ったらしい。
侑の手を跳ね除けると、涙の滲んだ声で言った。
「そんなこと、なんで会ったばっかりのあんたに分かんのよ!!私は、あんたが思ってるよりずっと駄目な子なんだよ!!」
その言葉を聞いて、何故か侑の目から大粒の雫がポタポタと溢れ出していた。
それを見た冬鳳がギョッとしたように目を見開く。
流石に言い過ぎたと思ったのかあたふたとしている。
その様子を見て、侑は何故だか可笑しくなってしまった。
今度はふふふと笑い出した彼女を見て冬鳳は驚愕の表情を浮かべる。
「ちょ、大丈夫?」
そう言いながら侑のことを心配そうに見つめる。
ああ、この表情‥‥。
侑の胸に熱いものが込み上げてきたが、それを必死に抑え込んだ。
なんとか心を落ち着けると、冬鳳の方へ向き直る。
もう冬鳳の顔に憤った様子は無かった。
その代わりに奇妙な眼差しを向けてきてはいるが。
彼女はすぅっと大きな息を吸い、侑に言った。
「とにかく、あんたがどんだけ泣き喚いても私に音楽はできない。やりたいならおひとりでどうぞ。」
そう言った彼女に侑は被せるように声を掛ける。
「ねえ冬鳳、自分に自信がないからって好きなことから逃げるの?」
その言葉に冬鳳はぴくりと反応する。
眉を顰め、不快そうな顔をしている。
おそらく図星だったのだろう。
冬鳳は苛立ったように言った。
「別にあんたとやらないだけで、ひとりで音楽なんて続けれるし。それになんでそんなこと言えんの?」
明らかに怒っている。
だが侑も負けない。
「1人で音楽するのもいいと思うよ。でもそれを自分の中だけに留めておくのは勿体無い。少なくとも私はそう思った。それに私と組めばもっと世界が広がるんだよ?冬鳳だって、本当はみんなに自分の音楽を知って貰いたいって気持ちがあるんじゃないの?」
その言葉に冬鳳はぎりっと奥歯を食いしばった。
無理に見せびらかす必要などない。
そんなの当たり前だ。
だがそう思っていても、心の何処かで自分の音楽を聴いてほしいと思っていることはたしかだった。
でも自分に自信がないせいでそれが出来ないことも。
侑が言ったことは図星だった。
だから腹が立った。
冬鳳は胸がギュッと締め付けられるのを感じた。
そして今度は自分が涙を流していた。
「でもさ、そう思っててもやっぱり怖いんだよ。私みたいになんも持ってないただの薄っぺらい人間がさ。自分のこと認めて貰うなんて想像できないんだよ。だって‥‥。」
そこまで言って声にならなくなってしまった。
喉の奥から嗚咽が溢れる。
今までずっと思っていたことを吐き出して、収集がつかなくなっていた。
張り詰めていたものが切れたように、涙が溢れ出す。
言えなかった。
こんなこと。
誰にも。
親にさえ。
でも何故か侑には話していた。
その理由なんて分からない。
ただ誰かに聞いて欲しかっただけなのかもしれない。
努力したところで人との差は埋まらない。
人に失望されるのが怖かった。
自分なんか誰も必要としてくれない。
そんな日がいつか訪れるのではないか。
いや、もしかしたらもうその日はやってきているのかもしれない。
寂しかった。
本当はこの家で母と2人で暮らしたかった。
でも言えなかった。
迷惑をかけたくなかったから。
面倒臭い奴だと思われたくなかったから。
ずっと心の中に溜まっていた膿が一気に流れ出していく。
堰を切ったように、目からとめどなく雫が零れ落ちる。
そんな冬鳳を、侑は優しく抱きしめながら背中をさすってくれた。
本当は侑と音楽がしてみたい。
新しい世界を見てみたい。
この子となら変われそうな気がする。
初めて出会った時に、そう予感していた。
どういうわけでそう思ったのかは分からない。
ただの直感かもしれない。
それでも今回だけは、それを信じてみたかった。
自分を信じてみたかった。
ひとしきり泣き終えた後、目を真っ赤にしながらも、冬鳳は侑をじっと見据え言った。
「侑。私、自分を信じてみたい。あなたと新しい世界に行ってみたい。だから、私と一緒に音楽をしてください!」
それを聞くと、侑は涙目になりながら答えた。
「勿論だよ冬鳳!!じゃあ、今日からよろしくね!」
そう言ってにかっと真っ白な歯を覗かせながら、満面の笑みで言った。




