プロローグ「その夜、彼はカメラを構えた」
お初です
1週間に1話が目標です。
※TS要素有り
深夜零時を過ぎたコンビニで買い物を済ませ、いつもの帰り道を歩いていた。
住宅街を抜ける近道、小さな公園の脇を通りかかったとき、視界の端で何かが弾けた。
白い光だった。まるでカメラのフラッシュを何倍にも増幅させたような、一瞬だけ夜を切り裂く閃光。続けて、金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響いた。
足を止めた。
深夜の公園から聞こえる不穏な物音に首を突っ込むのは、褒められた行動ではない。頭では分かっていた。分かっていたはずなのに、足はいつの間にか公園の植え込みへと向かっていた。
好奇心。小さい頃から、非日常への憧れを拭えたことは一度もない。テレビの向こうの出来事、ネットの向こうの事件——そのすべてが、自分とは無関係などこか遠い世界の話だと思っていた。だからこそ、それが自分の生活圏のすぐそばで起きているという事実に、抗いがたい引力を感じてしまう。それが俺の一番の弱点だった。
植え込みの隙間から公園の中を覗き込んで、息を呑んだ。
街灯の消えた噴水広場の中央で、二つの影が対峙していた。
一方は、およそ現実離れした姿をしていた。人型ではあるが、輪郭のところどころが黒く滲んだように歪み、闇そのものを纏っているかのような異形。それでいて、緩やかに揺れる腰つきや、たっぷりとした黒紫の髪が夜風に流れる仕草には、隠しきれない女性らしい艶やかさが滲んでいた。二本の角に似た突起が月明かりに鈍く光っている。
もう一方——それは、紛れもなく人間の少女だった。
サファイアブルーを基調とした、甲冑とドレスが組み合わさったような衣装に身を包み、細身のレイピアを構えている。俺と同じ高校の制服を着ていてもおかしくないような年頃に見えた。彼女が一歩踏み込むたびに、剣先から淡い光の粒子が舞い散る。
テレビの特撮やアニメでしか見たことのない存在が、今、目の前で本当に戦っている。
少女の一撃が異形の肩をかすめ、黒い霧のようなものが飛び散った。異形が苛立ったように咆哮し、腕を薙ぎ払う。少女はそれを紙一重で躱し、体勢を崩さぬまま反撃の構えを取った。互角、いや、少女がわずかに押している。
気づけばポケットの中のスマートフォンを探っていた。
誰も信じてくれない。この目で見たものを言葉だけで説明しても、絶対に誰も信じてくれない。だったら証拠を残すしかない——そんな理屈を都合よく組み立てながら、カメラを起動させた。
画面越しに見る戦闘は、さらに現実感を失っていく。まるでよくできた特撮映画のワンシーンのようで、恐怖よりも興奮が勝った。心臓が早鐘を打つ。この動画さえあれば。この瞬間さえ収められれば。
もっと近くで撮りたい。
その欲求に突き動かされるまま、植え込みから半歩、また半歩と足を踏み出した。スマートフォンの画面の中で、少女の横顔が大きくなっていく。真剣な表情、汗で額に張り付いた前髪、光を弾く瞳——その一つひとつが、あまりにも鮮明に映る。
だからこそ、足元の小枝を踏み折る音に、自分自身が誰よりも驚いた。
パキ、という小さな、しかし夜の静寂には十分すぎる音。
異形の頭が、ぎこちなく動いた。まるで軋むような動きで、こちらを——正確には、俺が立っている植え込みの方向を向く。
少女もまた、はっとしたようにこちらへ視線を投げた。戦闘の最中だというのに、その一瞬、彼女の目に浮かんだのは驚愕と、それから——それが「巻き込んでしまった」という後悔のように見えた。
「……嘘、だろ」
声にならない呟きが漏れる。異形の唇の端がゆっくりと吊り上がり、蠱惑的な、それでいて底知れない笑みが浮かんだ。それが笑みだと理解した瞬間、背筋を凍りつくような悪寒が駆け抜けた。
逃げなければ。
頭の中で警鐘が鳴り響く。だが体は、まるで金縛りにあったかのように動かない。スマートフォンを構えた手だけが、震えながらもまだ、その光景を映し続けていた。
異形が、ゆっくりと——しかし迷いなく、こちらへと足を向け始めた。
少女が何かを叫んでいる。おそらく「逃げて」というようなことを。しかしその声すらも、今の俺にはひどく遠くに聞こえた。
コンビニのビニール袋が、乾いた音を立てて足元に落ちた。
その夜、俺が知ることになるのは——自分がただの傍観者ではいられなくなる、長く暗い物語の始まりだった。
読んでいただきありがとうございます。
皆さんの暇つぶしになれば




