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Dead Man's Journey  作者: 古木花園


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16/16

黙祷


「前方に十体のアンデッド! 神聖魔法の準備を開始せよ!」

先遣隊を率いる聖騎士の鋭い号令が響く。法衣と頑強な鎧に身を包んだ男たちが一斉に体内の魔素を練り込み、厳かな呪文の詠唱を紡ぎ始めた。

彼らの身体から段々と、闇夜を払うような神々しい純白の光が溢れ出し、重なり合っていく。


「――”ターンアンデッド(死者退散)”!」


一喝と共に放たれた聖なる光の波動が、街道を徘徊していた複数体のアンデッドを直撃した。死者たちはその身を内側から聖なる劫火に焼かれ、見るも無惨に悶え苦しみながら、次々と石畳の上に倒れ伏していく。

だが、討ち漏らした数体のアンデッドが、肉を求めてなおも牙を剥く。

その瞬間、白銀の鎧を纏ったサイマンが、風のように前に躍り出た。彼の細身ながらも鍛え上げられた強固な鋼の剣が、鋭い弧を描いて一閃される。

一切の無駄のない洗練された剣技により、肉薄していたアンデッドたちの頭部が、次々と宙に舞って血を噴き上げた。

さらに、後方から回り込もうとしていた別の死者に向けて、筋骨隆々たる巨躯を揺らしたカシウスが肉薄する。鎧越しからでも容易に分かる圧倒的な筋肉の質量。彼が機械の義手で巨大なメイスを軽々と振りかぶると、凄まじい風切り音と共にアンデッドの頭蓋骨が肉片ごと粉砕された。

凄まじい戦闘の破壊音。それに反応した周辺のアンデッドたちが、再びわらわらと集まり始めている。その動向は、魔導通信を介して偵察隊から刻一刻と報告されていた。

だが、死者の増援が戦線に到達するよりも早く、一筋の紫の閃光が戦場を駆け抜けた。

紫に染め上げた、息を呑むほどに美しい長髪をヒラヒラと風になびかせた眼帯の男――ヘリオスである。彼が颯爽とアンデッドの群れの隙間をすれ違いざまに駆け抜けたかと思うと、一瞬の遅れの後に、首無しの死体が大通りに大量に出来上がった。


「メイデス! 」


ヘリオスの鋭い掛け声が響く。

戦線の後方、安全圏にて静かに魔素を練り上げていた黒いローブの少女――メイデスが、鋭い瞳を見開いた。ボサボサの茶髪をなびかせ、いかにも魔法使い然とした彼女の周囲に、異常な密度で魔術回路が展開されていく。

通常の魔法使いであれば、一つの魔法を発動する際には一つの魔法陣が形成されるのが世界の常識だ。しかし、彼女が今ここで披露しているのは、その常識を完全に凌駕する『多重詠唱』だった。

彼女は、誰もが初歩中の初歩として見くびる「生活魔法」の術式を極限まで応用していた。脳内に生活魔法による「並列処理」「並列思考」「精神加速」のバフを何重にも事前掛けしておくことで、一人の人間でありながら、まるで数人の高位魔導師が同時に詠唱しているかのような超高速処理を実現しているのだ。

結果、彼女の頭上や周囲には、神聖魔法の魔法陣が二重、三重、四重と幾重にも重なり合って出現した。その光景はあまりにも神々しく、周囲にいる「神聖魔法の専門家」であるはずの聖騎士たちですら、言葉を失い感嘆の呻き声を漏らすほどだった。


「「「「――”ターンアンデッド(死者退散)”!!!!」」」」


メイデスの細い杖から放たれた凄まじい浄化の光は、前方にいた数十体のアンデッドをまとめて一瞬で飲み込んだ。その光の出力は文字通り桁違いであり、他の聖騎士の魔法であれば「苦しみながら倒れる」ところを、彼女の四重神聖魔法を浴びた死者たちは、苦しむ隙すら与えられず、一瞬で塵芥ちりとなって消滅してしまった。


「ふぅ……」


荒方が片付いた大通り。戦闘がひと段落すると、神聖魔法に特化した聖騎士たちが一斉にメイデスの周りに集まり、惜しみない称賛の声を浴びせ始めた。


「流石は魔術学校の才女、メイデス氏!」

「素晴らしい! まさかこれほどの高出力の浄化を一人で行うとは……!」

「実戦で多重詠唱を完璧にコントロールするなんて、化け物……いや、天才だ!」

「大変美しい魔法でした、メイデス様!是非魔術教会へ入信を!」


次々と浴びせられる熱烈な賛美の嵐。

メイデスは必死に「これくらい私にとっては大したことありません」というクールな表情を保とうとした。しかし、あまりの嬉しさと満更でもない優越感から、どうしてもニヤケ顔を完全に抑え込むことができない。結果として、彼女の顔つきは非常にだらしなく、ゆるゆるに崩壊していくのだった。


「へっへへ……別に大したことじゃないですよ……へへ。大賢者ジフ様の魔術書をちゃんと読み込んで、その通りに魔素を運用すれば誰でもできますから。……あ、ちなみに皆さんは、あの新たに出た最新の魔術書、もう読まれました??? 私はですね、すでに十回は読み直しましたよ! この後、天幕に戻ったら十一周目に突入する予定ですから!」


さっきまで彼女を讃美歌のように褒め称えていた聖騎士たちだったが、急に専門的で熱量の高すぎる魔術書の講釈が始まると、次第に顔を引きつらせ始めた。彼女の口から飛び出す理論や数式が難解過ぎて、専門職であるはずの彼らの頭の上には、一様に巨大な「?」が浮かんでいるように見えた。


「そこまでにしとけ、お前ら。嬢ちゃんは次の作戦のために休まないとダメなんだからよ」


見かねたヘリオスが歩み寄り、話を遮った。


「いえいえ、まだです! これから百ページ目に記載されている、複合魔法の並列展開の可能性について皆さんと熱く議論を交わさなければ――」


なおも熱弁を振るおうとするメイデスを、ヘリオスはすっと片手で軽々と抱え上げ、文字通り米俵のように肩に担ぎ上げた。メイデスが「何するんですかー!」とジタバタと手足を動かして抵抗するのを、ヘリオスはやれやれと深い溜め息をつきながら、そのまま本陣へと連行していった。


 ヘリオスが彼女を連れていったのは、このエリアの進軍駐屯地として活用している建物だった。

そこは、かつて人間が利用していた王都の『元冒険者ギルド』の跡地だった。周囲を臨時の木杭の防壁などで張り巡らせ、軽度の補修が施されている。

二階建てだった立派な建物は、激しい戦闘の余波か二階部分が完全に倒壊しており上層へ登ることはできなくなっていたが、一階部分を支える頑強な大黒柱が、崩れた天井の重みを軽々と支えていた。もともと災害時の一次避難場所としても設計されていたため、並の建物とは頑丈さの桁が違うのだ。

ギルドの内部には、かつて市民が避難してきた形跡が残されていたが、それらは一様に赤黒く血濡れており、つい先ほどまでは知性のないアンデッドたちが徘徊する巣窟となっていた。

もちろん、今はサピエンティアの精鋭によって掃討され、一体の死者も残されてはいない。


「ほら。魔素ポーションと、乾パンだ」


ヘリオスは肩からメイデスを降ろすと、気化した空気中の魔素に砂糖と水を混ぜ合わせて作られた、独特の黄緑色の瓶と、石のように固い携帯食料のパンを彼女に投げ渡した。


「ありがとうです……っ」


メイデスは受け取ると、ごくごくと喉を鳴らしながら、少し美味しそうに黄緑色の液体を飲み干した。涸れかけていた彼女の魔力が、急速に充填されていく。


「ぷはぁ!ふぅ……。なんだか、いつもより魔素の消費量が異常に多いみたいです」


口元から垂れた黄緑色の液体を、ローブの袖で無造作に拭いながらメイデスが呟く。

ヘリオスは薄暗いギルドの周囲を見渡しながら、静かに言った。


「恐らく、この王国内一帯の『魔素濃度』が、異常なほどに高くなっているんだろうな。大気が澱んでやがる」

「確かに、肌で感じる魔素の量はいつもより格段に多いです。……大気からの魔素吸収の効率さえ良ければ、もっと効率よく高位魔法を連発できますのに。体内の魔素が周囲の濃度に引っ張られて、放出される量だけがいつもより無駄に上がっているのです。ということは…魔素吸収の魔術を編み出して………」


ふむふむ、とメイデスは乾パンを小さく齧りながら、懐からお気に入りの紙を取り出し、手にした木の杖の先端をペンのように使って、何事かを猛烈な勢いで書き殴り始めた。

これは彼女が新しい魔法の術式を構築するために行っている、天才特有のルーティンなのだが、ブツブツと呟きながら怪しい笑みを浮かべてペンを走らせるその姿は、事情を知らない人間から見れば「禁忌の呪術」にでも手を染めているかのように見え、非常に不気味だった。


「ま、ゆっくり休みな、嬢ちゃん。俺は偵察隊のところへ行って現状を聞いてくる」


ヘリオスはそう言い残し、冒険者ギルドの重い扉を開けて外に出た。

出たところで、ちょうど正面から歩いてくるカシウスと鉢合わせる。カシウスの衣服や皮膚は、ドロドロとした黒赤い返り血で完全に染まっていた。もちろん、すべて先ほどの戦闘で浴びたアンデッドの返り血である。


「おう、ヘリオス。偵察隊のところへ行くのか?」


機械の義手をガシャリと自身の広い肩に乗せ、カシウスが聞いてくる。


「ああ。現状の敵の配置を聞いてくるさ。ついでに、あいつらに補給物資を届けてくる」

「そうか、頼んだ。気をつけていけよ」


カシウスはギルドに入るや否や、重苦しい鎧をバキバキと脱ぎ捨て、待機していた後方の補給部隊へと手渡した。ヘリオスはその豪快な背中を横目にギルドを後にし、偵察隊が潜伏している、駐屯地から少し離れた市街地の一等地に建つ大きな一軒家へと向かった。

一軒家の勝手口に到着すると、ヘリオスは周囲の警戒を怠らないまま、細かく感覚を空けて扉をノックした。

『コンコン。……コンコン』

自身が人間であること、そして味方であることを伝えるための合言葉代わりのノックだ。

一瞬の静寂の後、内側から『コン、コン』と、対応するノックの音が返ってきた。ヘリオスが静かに扉を開ける。


「あ、ヘリオスさん! わざわざ私たちのために補給物資を届けにきてくれたんですか?」


暗がりの部屋の中で出迎えてくれたのは、偵察隊に所属する獣人の猫族、ミーシャだった。

彼女が頭のフードを外すと、猫族特有の三角形の愛らしい耳がぴょこんと飛び出す。顔全体が柔らかいグレーの毛並みで覆われており、その中央にある大きな瞳は、まるで磨き上げられた青い宝石のような美しい輝きを放っていた。そんな可愛らしい見た目だが、彼女はサピエンティアが誇る過酷な偵察隊の「隊長」を務める、極めて優秀な隠密のプロフェッショナルだった。


「上手くやってるようだな、ミーシャ」

「はい! おかげさまで、みんな怪我なく潜伏できています!」


ヘリオスに褒められると、ミーシャは嬉しそうに顔を綻ばせ、衣服の隙間から伸びる細い尻尾をパタパタと左右に激しく揺らした。


「それで、現状の王宮周辺の敵の配置はどうだ?」


ヘリオスが、持参した乾パンと水の入った袋を渡すと、彼女はそれを受け取りながら、即座に斥候としての真剣な顔つきに戻って報告を始めた。


「はい。現在、ここから東の方角にある教会の敷地周辺に、アンデッドのかなり大きな集団が集結しています。その数、およそ五百体前後。さらにその周辺の路地にも、数百体規模の伏兵が潜んでいます。……そして、王宮へと続く正面の大通り(街道)に、すごく大きな『球体型(肉のかたまり)のアンデッド』の存在を確認しています」

「ほう……。やはり、新種か?」

「はい。その球体型だけでなく、東の教会周辺でも、これまでに見たことのない特徴を持つ新種の個体が数体、発見されています」


国を一夜にして崩壊せしめた大災害。やはり、この地獄に溢れかえっている死者たちは、生前の常識で測れるような、ただ徘徊するだけの生易しいゾンビばかりではないようだった。


「わかった。また新しい情報が入り次第、報告の継続を頼む。……ま、俺はただの雇われ冒険者だからな。公式な報告は、ちゃんと中の聖騎士の偉いさんたちに通してくれよ」

「はい、わかってます! ……あの、それで、その……ヘリオスさん……」


報告を終えたミーシャは、突然もじもじと自身の身体を左右に揺らし、グレーの耳を少し寝かせながら、潤んだ青い瞳でヘリオスを上目遣いにじっと見つめてきた。

ヘリオスは内心で苦笑混じりのため息を吐きながらも、彼女の頭に手を置き、よしよしの手つきで優しく撫でてやった。

「ふにゃぁ……」とミーシャは身を震わせ、極上の喜びに浸るように目を細める。これでも彼女は百戦錬磨の偵察隊の隊長なのだ。部屋の奥にいる他の隊員たちが「ボスがあんな顔………」と言わんばかりの、半ば呆れた視線をこちらに向けていたが、ヘリオスはあえてそれを黙認することにした。


 ヘリオスがギルドの作戦室に戻ると、すでに主要メンバーによる軍事会議が始まっていた。


「お帰りなさいです、ヘリオスさん」


先ほどまでだらしない顔をしていたメイデスだったが、今は真剣な表情で机の上の地図を見つめながら、ヘリオスの帰還を出迎えた。


「ヘリオスさん。偵察隊からの最新の情報は、どうでしたか?」


サイマンが机の上に広げられた王都の全体地図の、いくつかの駒を動かしながらヘリオスに尋ねる。


「あー、東の教会の方角に五百体前後の大群が集結してる。そこにはいくつかの新種も混ざっているらしい。それと、王宮へと続く正面の大通りに、ひときわ巨大な球体型の新種が居座ってやがる。……それがゴロゴロと街道を転がりながら、周囲を蹂躙しているそうだ」


ヘリオスの詳細な報告を受け、サイマンの白い指が地図の該当する位置へと、新たな敵の駒を配置していく。

それを見ながら、サイマンとカシウスの二人が、緊迫した表情で具体的な戦術の相談を進めていった。

結果、サピエンティア軍は戦力を二つに分ける決定を下した。

別働隊として二千の聖騎士と冒険者の連合を編成し、東の教会の制圧および周囲のアンデッド群の殲滅にあたらせる。

そして、サイマン、カシウス、ヘリオス、メイデスら本陣の精鋭たちが、王宮への進軍ルートを確保するため、正面街道の「巨大な球体型アンデッド」の直接討伐にあたる――。


「よし、作戦は決まりだ。夜が段々と深まってきた、侵攻は明日明朝、日が昇ると同時に開始する。今夜は全員、万全の状態で泥のように眠れ」


カシウスの重々しい言葉によって軍議は解散となり、王都の駐屯地は静かな夜の闇へと沈んでいった。

夜、誰もが明日の死闘に備えて寝静まろうとする静寂の中。

ヘリオスは焚き火の微かな残り火の光を頼りに、自慢の紫の長髪を入念に櫛でとかしていた。

彼は懐から、皮の包みに大切に保管していた、バターのような質感の固形物を取り出した。それを少量を指先に取り、自身の体温でじっくりと手のひらに馴染ませていく。そして、その両手で優しく、髪へ手ぐしを通しながら全体へと馴染ませていった。


「……はぁ。本当に、どこまでもヘリオスさんは女々しい」


横の毛布に包まりながら、消えかけの灯りでギリギリまで魔術書を読み耽っていた髪ボサボサのメイデスが、ジト目をヘリオスに向けて呆れたように呟く。


「嬢ちゃんには、この大人の嗜みが分からんだろうが……これは本当にいいやつなんだぜ? こないだの任務で倒した、極上の『魔樹』の心材から特別に抽出した天然の特製オイルだ。こうして夜に塗っておくだけで、翌朝の髪に見事な艶と、極上のまとまりが乗るんだよ」

「はいはい、そうですか……」

やれやれと大袈裟に首を振りながら、メイデスはパタンと大切な魔術書を閉じ、「私は先に寝ます。ヘリオスさんも寝たほうがいいですよ?」と告げて、毛布を頭まで被って眠りについた。

ヘリオスは、静かに櫛を動かし、自身の髪を美しく整えながら、窓の外の暗澹たる王都の光景に視線を向けた。

かつて、この美しかった大国で、どれほど多くの幾人もの人間が、笑い、泣き、懸命に生きていたのだろうか。

そして――あの一夜の災厄で、どれほど多くの幾人もの人間が、絶望の中で無惨に死んでいったのだろうか。

ヘリオスは櫛を置き、静かに隻眼の目を瞑った。

そして、明日の戦いで出会うであろう数多の死者たち、そして散っていった命に向けて、胸の中で静かに、深く、黙祷を捧げるのだった。


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